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しおりを挟むどの位寝たのか…目を開けると、少し陽は傾いていた。
「目が覚めましたか?気分はいかがですか、お義母さん」
その声に釣られ、顔を向けると、深い青色の目と出会い、ドキリとした。
ベッドの側に椅子を置き、ランメルトは本を読んでいた様だ。
彼は本を閉じると、テーブルに置き、わたしに向き直った。
「はい、良くなりました」
わたしは言ったが、ランメルトの手は、わたしの額のタオルを取ると、
熱を確認した。
「まだ少し熱がありますね、食欲はありますか?」
「はい…」
「それでは、少し待っていて下さい」
ランメルトは微笑み、タオルをわたしの額に戻した。
「あの、ボヌールは?」
「彼のベッドで眠って貰っています、沢山遊ばせておきましたよ」
「ありがとうございます…」
ランメルトは頷き、部屋を出て行った。
わたしはそれを確認し、体を起こすと、ボヌールの様子を見た。
籠のベッドの中、気持ち良さそうに眠っている。
わたしは安堵し、体を戻した。
ランメルトは、なんて面倒見が良いのかしら…
ずっと、傍にいてくれたのかしら…
うれしさが込み上げる。
「でも、折角の休日だというのに、引き止めてしまってはいけないわよね…」
少しして、ランメルトがトレイを持ち、戻って来た。
「ミルク粥です、食べられますか?」
「はい、ありがとうございます」
わたしはそれを受け取ろうとしたが、ランメルトはそのままスプーンで粥を掬い、
わたしに向けた。気恥ずかしさはありつつも、促されるままに、口を開けそれを食べた。
「ん…美味しいです!」
「食べ易いでしょう?僕が熱を出すと、母は必ずこれを作ってくれました。
母はこれしか作れなかったんです。普段料理をしない母が作ってくれるのが
うれしくて、よく仮病を使っていました…」
ランメルトが笑いを零す。
「素敵な思い出ですね」
小さな彼と母親のやり取りを想像し、心が和んだ。
だが、逆に聞かれた時には、困った。
わたしには、その様な、微笑ましいエピソードなどない。
「あなたは、病の時には、どんな物を食べていましたか?」
「特別な物は…普段と同じ物でした」
「そうですか、栄養がありますからね、普通の物をお持ちしましょうか?」
「いえ、わたしも、これを気に入りました、良い事を教えて頂きましたわ」
わたしが笑うと、ランメルトも笑った。
「作って下さった、サンドイッチと紅茶は僕が頂きました。
美味しかったですが、体調が悪い中、作るのは大変だったでしょう?」
「はい、実は、スコーンは炭にしてしまいました…」
他にも失敗していたが、それは黙っておいた。
「それは重症だ、調子が悪い時は、無理はしないで下さい。
その分、元気になったら、作って下さい、楽しみにしていますよ」
ランメルトは無意識だろう、その指でわたしの頬を撫でた。
わたしは当然、驚いたのだが、ランメルト自身も驚いていた。
「すみません、馴れ馴れしく…失礼な事をしました」
「いえ、気になさらないで下さい…」
心臓が煩く鳴っているが、それでも、彼が離れてしまう方が嫌だった。
昨夜、あの男に触られた時には、ぞっとし、恐怖しかなかったが、
ランメルトに触れられるのは、くすぐったく、うれしいとさえ思ってしまった。
「独りでは不安でしょう、治るまで、メイドを付けましょう」
「いえ、そんな必要はありませんわ、大した熱でもありませんので…」
「甘くみてはいけません、夜になり、悪化するかもしれません」
ランメルトに押し切られ、メイドに来て貰う事になった。
但し、ずっと付いていて貰うのではなく、数回だけ、様子を見に来て貰う事にした。
ここには、他の者が泊まれる設備は無かった。
「それでは、明日、様子を見に寄らせて貰います」
ランメルトが部屋を出て行き、わたしは目を閉じた。
傍にいてくれた…
ミルク粥を食べさせてくれたし、思い出を聞かせてくれたわ…
頬に触れた、彼の手の感触…
そっと、触れてみる。
その幸せに、頬が緩んだ。
直ぐに眠気がやって来て、わたしは幸せな気持ちのまま、眠りについていた。
夜中、メイドたちの会話で目が覚めた。
「夜中に塔を見回るなんて…」
「仕方ないでしょ、奥様が病気なんだから!」
「でも、気味が悪いわ!」
「幽霊が出るんでしょ?」
「ええ、何年か前まではね…旦那様が女を連れて来る度に出てたらしいわ」
「自害された奥様の霊に決まってる!」
「早く出ましょう!こんな所!」
「それにしても、今の奥様はよく平気でこんな所に住めるわね…」
「あの人も何処か変だもの…」
「でも、ランメルト様は気に掛けてるみたいよ」
「旦那様より、息子との方が年も近いし…」
「もしかして、旦那様と息子、どちらとも…じゃない?」
「この奥様が?そんなに魅力的とも思えないけど…」
「見た目じゃ分からないわよ、こういうタイプが意外と悪女だったりするのよ…」
悪女!?
わたしが、アラード卿とランメルトを手に掛けている?
そう匂わせるメイドたちに、わたしは唖然としていた。
現実は全く逆で、わたしは形式上の夫であるアラード卿にさえ、相手にされていないのだ。
笑い話でしかないだろう。
だが、わたしは変に緊張し、強張っていた。
◇
翌朝には、熱も引いていた。
わたしがいつも通りに起き、着替えをしていると、
ボヌールが籠を飛び出し、「キャンキャン!」と元気に鳴き、ジャレ付いて来た。
「寂しい思いをさせてごめんなさいね、今日は沢山遊びましょうね!」
「キャンキャン!!」
わたしはボヌールを抱き上げた。
階下へ降りると、メイドが朝食を運んで来た所だった。
メイドはわたしを見て驚いていた。
「奥様、お加減はよろしいのですか?」
「はい、すっかり良くなりました、昨夜は来て頂いてありがとうございます」
「いえ、失礼します」
そそくさとメイドが部屋を出て行き、わたしはテーブルを見た。
ミルク粥、カットされた果物、目玉焼きウインナー、紅茶のポットが置かれていた。
ミルク粥を見て、ランメルトの顔が浮かんだ。
ランメルトが指示してくれたのだろうか?
うれしさが込み上げた。
ボヌールに餌を出してから、わたしは席に着いた。
いい匂いだ。
わたしはミルク粥を一口食べる。
ランメルトが食べさせてくれたのを思い出し、幸せに浸った。
食事を終えた頃に、ランメルトが訪ねて来た。
わたしが居るとは思わなかったのだろう、ノックをせずに、入って来た。
「ランメルト!」
「もう、起きられていたんですか?」
わたしが迎えに出ると、ランメルトは驚いていた。
「はい、すっかり良くなりましたので…」
彼はわたしの言葉を無視し、わたしの額にその手を当てた。
「確かに、熱は下がった様ですね、でも、数日は安静にしていて下さい」
「はい、分かりました」
心配し過ぎると思ったが、気持ちがうれしく、わたしは頷いた。
「どうぞ、お見舞いです」
ランメルトが花束を差し出した。
いつかと同じ、野性的な花々だ。
「まぁ!素敵ですわ、ありがとうございます」
「朝摘みです、元気になられたら散歩に行きましょう」
「はい!楽しみですわ」
わたしは花束に顔を埋め、赤くなる頬を隠した。
ランメルトは昼過ぎまで塔に居てくれ、「週末にまたお会いしましょう」と、
帰って行った。
「週末に、また会えるのね…」
「キャンキャン!」
ボヌールも喜んでくれている様だった。
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