【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音

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「よかった…!」

絞り出される声、心配させてしまった事を知る。
強い力、そしてその温もりに、わたしは身を委ねていたが、その安心感から、
次第に感情が溢れ、体が震え、声を殺し、泣き出していた。

「う…うう…」
「もう、大丈夫ですよ…」

ランメルトが優しく囁き、腕の力を解いた。
わたしは離されるのが怖く、ランメルトに縋りついていた。
ランメルトが息を飲むのが分かったが、わたしは離せなかった。

ランメルトの手が、優しくわたしの背を撫でる。
そして、肩を撫で、頭にキスを落とす。

それは、次第に下へと向かい、こめかみ、瞼に落とされる。
わたしは目を閉じ、その甘い優しさを感じていた。
だが、彼の唇が首筋に触れた時、それまでと違い、ゾクリとした。
それは嫌悪とは真逆のものだ。
首筋から胸元へ、唇を押しあてられた時、今まで感じた事の無い、
強い感覚が体を突き抜けた___

「…っ!」

足元から崩れ落ちそうになるわたしを、ランメルトの腕が支える。
彼はわたしの後頭部を掴むと、覆い被さる様に唇を重ねた。

「ん…!」

熱く、強引に口付けられ、その熱に溶けてしまうのではと思えた。
溶けてしまいたい…
わたしはそれを望んでいた。

だが、不意に、それは終わった。
熱い吐息と共に、体を離される。

「すみません…こんな事をするつもりは…っ」

ランメルトの顔には、深い後悔が見えた。
今まであった熱は、スッと消えた。
わたしは泣きたくなる気持ちを抑え、「いえ…」と小さく答えた。


ランメルトは信号なのか、空高く、小さな花火の様な物を打ち上げた。

わたしが攫われる時、ボヌールが男たちに捕まらない様に逃げつつ、
吠えて騒いだ事で、館の庭師が気付き駆け付けてくれた。
それで、男たちは慌ててその場を離れなければならなかった。
暴走する荷馬車を変に思った町の人たちが、行方を見ていた事も助けになった。

知らせを聞いたランメルトは、場所を幾つか割り出し、
仲間たちと手分けをし、探してくれていたのだった。

「座って下さい、怪我をしている、治癒しましょう…」

ランメルトに促され、わたしは適当な岩を椅子にし、座った。
彼はわたしの顔、腕、手、足に手を翳し、魔法で擦り傷を治癒してくれた。
痛みがスッと消え、傷も消えて、何も無かったかの様に元に戻っていた。
縛られていた痕も綺麗に消えている。
スカートを捲られた時には、意識し硬直してしまったが、ランメルトは何も感じていない様だった。
傷を治し、さっとスカートを戻した。

「痛む所はありませんか?」

その目が、検分する様に、わたしの頭から爪先まで注がれ、わたしは震えてしまった。

「いえ、大丈夫です、ありがとうございました」

ランメルトは黒いローブを脱ぐと、「着て下さい」と、わたしに掛けた。
わたしはそれに腕を通す。温かさにほっとする。

「おーい!ランメルト!お義母さんは無事だったかー?」

ランメルトと同年位の青年が走って来た。

「ああ、無事だ、そっちはどうだ?」
「おう、ちゃんと捕まえたぜ!縛り上げてる、連れて来るか?」
「お義母さん、どうしますか?嫌なら顔を出す必要はありません」

ランメルトに聞かれ、わたしは戸惑った。
真実を知りたいが、知るのが怖い。
それに、男たちが余計な事を言わないか心配でもあった。
迷っていると、急に、青年が声を上げた。

「ええ!?お義母さんて、その娘!?嘘ー!めっちゃ若いじゃん!!」

好奇の目で覗き込まれ、わたしはランメルトの背に隠れた。

「おい、お義母さんに失礼だろ、お義母さん、彼は同僚のジョエル=マイヤー、
魔法学園時代からの友人です。調度居たので、手伝って貰いました」

「失礼しました、ランメルトがお世話になっています。
今日はわたしの為に、ありがとうございました…」

「いいって、いいって!こいつの慌てぶりがあんまり酷かったからさー、
友としては、放っておけないっつーの?
けど、まー、こんだけ可愛いと、そりゃ心配するよなー」

可愛いというが、今は悲惨な姿をしている筈だ。
傷は治して貰ったが、ワンピースは逃げる時に茂みや小枝に引っ掛け、
所々破れているし、砂や埃を被り汚れている。
纏めていた髪は解け、逃げる時に走ったりした事で、ぼさぼさになっているだろう。

ジョエルが顔を近付けて来るので、わたしは恥ずかしさで後退した。
「馴れ馴れしく近付くな」と、ランメルトが押し返してくれ、わたしはほっとした。

迷ったものの、わたしは男たちと会う事にし、ランメルトと共に、案内して貰った。

荷馬車の所で、男たちは縄で縛られ拘束されていた。
周囲には、二人、黒いローブ姿の者が立ち、見張っていた。
彼らもランメルトの魔法学園時代の友人だった。

「ベラミー侯爵から頼まれたらしい、
アラード卿夫人クリスティナを、誰にも見られずに暗殺しろと___」

仲間から聞き、ランメルトがわたしを見る。

「ベラミー侯爵…お義母さんはご存じですか?」
「いえ」

わたしは長い間、デシャン家から出た事が無い。
故に、わたしの知り合いは精々、家庭教師、使用人、親戚位だった。
だが、ベラミー侯爵という名に聞き覚えは無い。
父では無かった事に安堵するも、腑に落ちないものがあった。

わたしが一番聞きたいのは、《ルイーズ》という名を使った理由だ。
だが、それを聞くと、ランメルトに怪しまれるだろうか?
でも、知りたい___!
わたしは意を決し、スカートのポケットに手を入れ、手紙を取り出した。

「この手紙は、あなた方が書いたのですか?」
「ああ」
「何故、ルイーズと?」
「ベラミー侯爵が、この名を使えと言ったんだよ」
「この名の事で、何か聞いていませんか?」
「聞いてねーよ、そんなもん聞いた所で、関係ねーだろ」

わたしは落胆し、肩を落とした。
ベアミー侯爵という人は、母の知り合いなのだろうか?
だが、わたしを殺す理由なんて無いだろう…

「手紙を見せて貰えますか?」

ランメルトに言われ、わたしはそれを彼に渡した。
注意深く手紙を見たランメルトは、それを聞いた。

「ルイーズとは誰ですか?」

わたしは迷った。
嘘を吐くべきか、それとも、本当の事を言うべきか…

「義妹の母です…彼女は家出をし、音信不通でした。
義妹の結婚が決まった事で、噂を聞き、連絡を取りたいのかと…」

わたしは慎重に言葉を選んだ。
嘘を重ねる事に罪悪感はあったが、わたしがコレットだと知られる訳にはいかない。

「成程…」

ランメルトは呟くと、「これは暫く預かります」と手紙をポケットに仕舞った。

成功報酬を受け取る事になっている男たちに協力をさせ、ベラミー侯爵を
おびき出し捕まえる事にした。無事にベラミー侯爵を捕まえる事が出来たら、
今回の事は見逃すと約束した。

ベラミー侯爵が捕まるまでの間、わたしは行方不明という事にし、身を隠す事になった。
何処に身を隠すかだが、結局の所、アラード卿の館、塔が一番安全だという事で、
わたしは夜の闇に紛れ、館に帰る事となった。


「馬車では目立ちますので、馬で行きましょう、お義母さん、後に乗って下さい」

ランメルトが馬に乗る。
わたしはスカートなので、横乗りになるのだが、もたもたしていると、
「俺っちが手伝いますよ、お義母さん!」と、ジョエルが抱えて乗せてくれた。

「うわ!軽っ!役得~!」
「ジョエル、さっさと離せ!」
「へいへい、おまえ、案外独占欲の強い男だったのねー」
「お義母さん、掴まって下さい」
「は、はい…!」

わたしが遠慮がちに、その腰に手掛けると、ランメルトに掴まれ、前に回された。
その逞しい体付きや体温を、わたしが意識しているなど、ランメルトは思いもしないだろう。
わたしはそっと熱い息を吐いた。

「お義母さん、またねー!」
「ランメルト、気を付けて帰れよ!」

仲間たちに見送られ、馬はランメルトの灯す明りを助けに、夜の山道を走り出した。


館に着くと、ボヌールが「キャンキャン!」と、勢い良く飛び付いてきた。
あんな別れ方をしてしまったのだ、心配していただろう。
「ごめんなさいね」と、わたしはボヌールを抱き上げた。

「使用人たちには、後で説明します、お義母さんは早く塔へ」

ランメルトに促され、わたしは挨拶もそこそこに、塔へと急いだ。
いつも通り、ランメルトが先に入り、部屋を確認してくれた。

「大丈夫です、お疲れでしょう、ゆっくり休んで下さい」
「ランメルトの方こそ、わたしの所為で…お疲れになったでしょう?」
「僕は大丈夫ですよ、お義母さん、お休みなさい」

ランメルトは笑みを見せ、塔を出て行った。
ランメルトの態度は、サラリとしていて、わたしは物足りなく感じてしまっていた。

「嫌だわ、何を期待しているのかしら!」

自分を叱る。

ランメルトにとって、あの時の事は、過ちだったのだ。
わたしの恐怖を拭い去ってくれようとしただけだ。

「そうよ、意味の無い事だわ…」

わたしはそっと、指で自分の唇に触れる。
ランメルトの唇の感触を思い出し、目を閉じ自分を抱きしめた。

「キャンキャン!」

ボヌールの鳴き声に、わたしは我に返り、嘆息する。
わたしはボヌールを抱え、二階へ上がった。

疲れていた事もあり、わたしはベッドに入ると、深く眠りについていた。

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