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しおりを挟む翌日、わたしは遅い朝を迎えた。
館へ戻ったのが、遅い時間だった事もあるが、
体が怠く、重く感じられ、中々ベッドから出る事が出来無かった。
ボヌールが心配し、ベッドに潜り込んで来た。
「ごめんなさいね…もう少しだけ、ゆっくりさせてね」
それでも、ボヌールに餌をやらなくては…と、わたしは何とかベッドから出ると、
重いくふらつく体を引き摺り、階段を下りた。
餌を皿に出し、ボヌールが食べるのを見守ってから、
わたしは食事のワゴンを取りに行く。放置していては、心配を掛けるだろう。
ワゴンを入れ、料理を別の皿に移し、空の皿をワゴンに乗せ、外へ出した。
時間が経てば、少し食べられるだろうと思ったが、結局この日は何も口に
入れる事が出来無かった。
二階へ上がるのが辛く、一階の椅子に座り過ごした。
「お義母さん」
呼ばれて意識を戻した。
瞬きをするとランメルトの顔が目に入り、わたしは自然に微笑んでいた。
「ランメルト…」
「こんな所で寝ていると、病になりますよ」
「ああ、寝てしまったわ、ボヌールに餌をあげないと…」
わたしが立とうとすると、「僕がやります」とランメルトが代わりに餌を出してくれた。
「具合が悪いのではありませんか?」
「少し、体が怠く、重くて…」
「失礼します」
ランメルトの手がわたしの額に触れた。
「少し熱があります、疲れかもしれませんね…食事はされましたか?」
ランメルトがテーブルを見る。
料理が乱雑に置かれたままだ。
普段であれば、恥ずかしいと思う処だが、今は気にならなかった。
「いえ、食欲がなくて…」
「取り敢えず、ベッドに運びましょう、寝た方が良い」
ランメルトがわたしを抱え上げ、二階の部屋へ運んでくれた。
ランメルトは慎重にわたしをベッドに下ろすと、寝具を掛けてくれた。
「寝て下さい、今薬をお持ちします」
わたしはほっとし、目を閉じた。
一度起き、薬を飲み、再びベッドに入ったが、
ランメルトの帰る気配が無い事に気付いた。
「ランメルト、お疲れでしょう、部屋に戻って寝て下さい。
あなたまで病になってしまいますわ…」
「僕は大丈夫ですよ、頑丈ですから」
「でも…」
「安心して寝て下さい」
ランメルトがわたしの目の上に手を置くと、直ぐに意識が遠くなった。
魔法だろうか?
「おやすみ、クリスティナ」
『お義母さん』ではなく、名を呼ばれた。
だが、それは、わたしの名では無い…
些細な事だが、わたしはそれが悲しく、涙を零していた。
翌朝は薬のお陰なのか、すっかり体が軽くなっていた。
体を起こし、伸びをしようとした時だ、視線を感じ、目を向けると、
椅子に座るランメルトと目が合った。
「体調は良くなりましたか?」
「は、はい、お陰様で…あの、ずっと、いらしたのですか?」
「はい、心配だったので…」
ランメルトは立ち上がると、その手の平をわたしの額に付けた。
「熱も下がった様ですね、よかった」
「心配をお掛けしてしまい、すみませんでした…お仕事は大丈夫ですか?」
いつもであれば、馬を飛ばし、王都へ通っている時間だろう。
「はい、表向き、今は義母が行方不明となっていますので、
数日は休みを貰い、その様に動いている所ですので、問題はありません」
わたしは「ほうっ」と息を吐く。
「食欲はありますか?」
「はい、すっかり気分も良くなりました、お薬のお陰でしょうか?」
「そうですね、それに、疲れていたのでしょう、大変な目に遭いましたからね…
それでは、僕は下で待っています」
ランメルトはボヌールを連れ、部屋を出て行った。
わたしは自分の姿に気付き、愕然とした。
顔も洗っていないし、髪もボサボサだわ!
ああ、酷い姿を見られてしまった…!!
ランメルトは気を利かせて部屋を出たのだろう…
熱と疲れの所為で、気にならなかった事が、今は気になり、羞恥で悶えた。
わたしは急いで着替えをし、髪を梳かすと、それを後で丸く纏めた。
これで幾らか誤魔化せる筈だ。
急いで階段を降りると、顔を洗い、身支度を済ませた。
ランメルトはテーブルに着き、ボヌールとボールで遊んでいた。
食事を温めてくれていたのか、湯気が出ていて、良い匂いもした。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、どうぞ、座って下さい、一緒に食事をしましょう」
ランメルトが椅子を引いてくれ、わたしは座った。
ランメルトとボヌール、そして温かい食事…夢の様だ。
わたしは、この夢が覚めない事を祈った。
「あなたにお聞かせするべきか、迷ったのですが…」
食事を終え、紅茶を飲みながら、ランメルトがそれを口にした。
ベラミー侯爵の事だろう。
わたしは「聞かせて下さい」と促した。
「男たちに、ベラミー侯爵と会う様に連絡を取らせたのですが、
連絡は取れませんでした。調べてみましたが、ベラミー侯爵という人物は
存在しませんでした。連絡先も住所も偽物でした。
男たちに人相を聞きましたが、未だ分かっていません…」
「それでは、素性を掴むのは、無理なのですね?」
「今の所は…申し訳ありません…」
「謝る必要はありませんわ、仕方の無い事ですもの」
わたしは言いながらも、何処かで安堵していた。
やはり、父ではないかと思えたからだ。
「あなたが生きていると分かれば、また狙われるかもしれませんので、
暫くはこのまま、行方不明としておきましょう。
窮屈かもしれませんが、身を隠しておいて下さい」
「はい、分かりました。
…ランメルト、あなたも危ない事はなさらないで下さいね?」
わたしは、ランメルトが巻き込まれるのではないかと恐れた。
ランメルトは笑った。
「お義母さんの様に、連れ去られる様な事にはなりませんので、安心して下さい」
だが、わたしは笑えなかった。
「連れ去られたのは、まだ運が良かったのです…
男たちが、殺すよりも異国に売ろうとした事で、助かった様なものですから。
襲われた時に殺されていたかもしれません…
だから、あなたも、どうか油断はなさらずに…」
ランメルトを失いたくない___
彼にとって、わたしはただの義母かもしれないが、
わたしにとって、彼は掛け替えの無い人なのだから…
「はい…お約束します」
ランメルトは真剣な目で頷いてくれた。
わたしは微笑み、頷き返した。
◇◇
【アラード卿夫人が行方不明になっている】
この噂は、広がり…旅に出ていたアラード卿の耳にも入ってしまったらしく、
突然、アラード卿が館に帰って来た。
「俺が留守の間に、妻が行方不明とは、どういう事だ!」
塔へ来るなり、大声で喚いたが、本人は極めて楽しそうだった。
それに、彼は大型の犬を連れていた。
「犬を飼われるのですか?」
「ああ、おまえの犬では、俺には役不足でな、いいだろう?こいつは、良く走るぞ!」
走る仲間が欲しかったらしい。
アラード卿が楽しそうに、その太い手で大きな犬の顔をわしゃわしゃと撫でた。
ボヌールが興味を持ち、犬の周囲をぐるぐると回っている。
「名は何というのですか?」
「リリーだ」
「雌ですか?デルフィネ様が嫉妬しないでしょうか?」
「嫉妬?犬だぞ?」
アラード卿は目を丸くする。
わたしはやれやれと、頭を振った。
「わたしは、デルフィネ様に同情しますわ」
「それよりも、何故リリーか聞かないのか?」
聞いて欲しいらしい。
「何故、リリーと名付けたのですか?」
「デルフィネが好きな花だ」
「まぁ!」
前言撤回しなくてはいけない。
アラード卿にもデリカシーはある様だ。
そして、更に、彼は続けた。
「娘が生まれたら、リリアーヌと名付けようと約束していた」
アラード卿の目が優しい。
「それは…きっと、デルフィネ様もお喜びですわ」
「フン!俺の事はいい、おまえの方は一体どうなっている、
いつ行方不明になったんだ?」
わたしは自分に起こった事をアラード卿に話した。
だが、父を疑っている事、そして、ルイーズの名で呼び出された事は言わずにおいた。
アラード卿の顔から完全に笑みは消え、険しい表情になった。
「自分の娘に手を掛けるなど!デシャン伯爵という男は、そこまで腐ったヤツだったのか!」
「待って下さい!父の謀略だと決め付けないで下さい!
父がその様な事をするなど、とても思えません!」
わたしは父を庇い、声を上げていた。
「ならば、おまえを殺して得をするヤツが、他に居るというのか?
おまえが家に手紙を書き始め、俺が館を留守にしたと同時に事が起これば、
それが原因に決まっておるだろうが!」
「ですが、わたしは、お金と短剣を返して欲しいと書いただけです、
それで、どうして、殺そうとまでするのですか?」
「気付いたのさ、おまえが死ねば、永久に金も短剣も返す必要は無いとな」
わたしは愕然とした。
「嘘です…そんなの…信じられません…
わたしは、父にとって、それだけの値打ちしかないというのですか?」
わたしは、父の娘なのに!
今までも、父はわたしに冷たかった。
だけど、それは、カサンドラと義娘たちとの関係を保つ為だと…
父は、カサンドラには、母の様に家を出られたくないのだと…
わたしさえ我慢すれば、家族は上手くいくのだと、ずっと耐えてきたのに…!
「クリスティナ…すまん、おまえの気持ちも考えずに、勝手な事を言った…」
「クリスティナなんて呼ばないで!!」
わたしはアラード卿の手を振り切り、階段を駆け上がった。
そして、ベッドに潜り込む。
嫌!そんなの嘘よ!信じたくない!!
わたしは寝具を被り、泣いていたが、不意に寝具を剥ぎ取られた。
驚き固まるわたしを、アラード卿は無理矢理引き起こし、その胸に抱いた___
「悪かった、俺の言った事など気にするな、
デシャン伯爵は、パーティでいつもおまえを自慢していた。
おまえの様に美しく、可愛い娘などいないとな…」
違う!違う!
それは、わたしじゃない!!
これ以上、わたしを惨めにしないで!!
アラード卿の腕の中、わたしは抗った。
「おまえはいい娘だ、おまえは自慢の娘だ、
幾ら大金を積まれても、おまえを手放したりはせん!
おまえを愛している、クリスティナ」
「もう止めて!わたしは、クリスティナなんかじゃない!
わたしは…わたしは、コレットよ!」
わたしは叫び、号泣した。
アラード卿はわたしを強く抱きしめ、離さなかった。
「コレット、おまえを愛している」
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