【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音

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気持ちが鎮まると、正体を明かしてしまった事が、急に恐ろしくなった。
父との約束を破ってしまった。
父は怒るだろうし、デシャン家は困るだろう。
あの家から捨てられたも同然のわたしだが、
それでも、自分が原因になると思うと、悪い事をした様に思える。
いや、わたしはただ、これ以上、父から責められたく無いのだ。

父には、アラード卿の様に、わたしを愛して欲しかった。
わたしは父に、良い娘だと認められたかったのだ。
そして、それは今になっても、手放せない、わたしの切なる願いなのだ。
僅かな望みに縋ってしまう。
父のいう通りにしていれば、愛して貰えると___

「アラード卿、あなたを騙し、お金と短剣を奪っただけではなく、
更に騙す事をしてしまいました、申し訳ありません。
父が騙し取ったお金は、わたしが働いて必ずお返しします、
どうか、父を責めないで下さい」

わたしはアラード卿に全てを明かした上で、それを頼んだ。
恐怖に震えるわたしに、アラード卿は顔を顰めた。

「何故、それ程、おまえは父親を庇うんだ、おまえだって、父親の犠牲にされたんだぞ?
他人を騙すだけでも許せんが、自分の娘を犠牲にするとは!」

「父は今の妻、カサンドラを大事にしているんです…
わたしの母は家を出てしまったので…そんな風にしたくないのだと思います。
義母や義姉妹とわたしは、上手くいっていないので、仕方ない事です…
わたしさえいなければ、家族は幸せなのだから…」

「ならば、おまえもあの家を捨てろ!嫁いだのなら、いつまでも実家に
しがみ付くもんじゃない!あんな家の事は忘れ、新しい家族を大事にしろ。
俺は、おまえの夫にはなれんが、父親ならば、なってやってもいい」

アラード卿の優しさはうれしかった。
だが、わたしは自分が分からなかった。

「簡単に断ち切る事が出来るでしょうか?
わたしはずっと、父から愛されたかったんです、父に認められたくて、
何でもいう通りにして来ました…どんな事にも耐えて来ました…
父を裏切ってしまった事が怖いんです、父から責められ、憎まれたら…!
わたしは、生きていられる自信がありません…」

涙が零れる。
アラード卿はわたしの頭を撫でた。

「だがな、おまえのそれは、愛ではない」

アラード卿の言葉にわたしは目を上げる。
その黒い目はわたしをじっと見つめ、言った。

「ただの支配だ、おまえは父親に恐怖を植え付けられ、支配されているだけだ」

支配?

「相手のいいなりになる都合の良い女など、使い捨てられるだけだぞ!」

わたしには、いいなりになる事しか考えつかない。
他にどうしたら、気に入られたというのだろう?
どうしたら、父から愛を得られたというのだろう…

「おまえは父親からの愛に執着しているが、望んでも手に入らないものもある、
皆が恵まれている訳ではない。恵まれなかった者には、それなりの人生というものがあるんだ。
その分、自分の子を愛せばいい。
おまえも、いつまでも囚われていてどうする、前を見て生きろ!
好きな男と結婚し、家族を作れ___」

好きな男と結婚して、家族を…そんなの、無理だわ!
ランメルトにはスザンヌがいる、彼女がいなくても、彼がわたしなんかを選ぶ筈はない!
ただ、一度、キスをしてくれたけど、それだけだ。

「あなたに、父が騙し取ったお金を、お返しします…」

わたしは呟く様に言っていた。
アラード卿は顔を顰めた。

「必要無いと言っただろう、おまえからは一銭も受け取らんぞ!」
「…それしか、わたしは生きる意味をみつけられません…」

それを失えば、わたしには何も無くなってしまう。

「フン…まぁ、それは追々決めれば良い、暫くはここに居て貰うぞ、コレット」

コレット…
名を呼んで貰えた。
胸にうれしさが滲みていく。
わたしは「はい」と頷いた。

「ランメルトには、話しますか?」
「いや、もう少し様子を見よう、少しは困らせてやらんとな…」

アラード卿は何やら独り納得し、呟いていた。
わたしとしては、早く打ち明け、罪悪感から逃れたかった。
わたしに、ランメルトの親切を受ける権利は無いのだから…

「そう、深刻になるな、悪い様にはせん!」

わたしが嘆息すると、アラード卿は笑い、わたしの背を叩いた。


階下では、ボヌールとリリーが寄り添い寝ていたが、わたしたちに気付くと、
揃って顔をあげた。ボヌールとリリーは、すっかり仲良くなったらしい。

「リリーと遊びたいなら、一緒に散歩に連れて行ってやるぞ」

アラード卿がボヌールに言う。

「あなた方を相手に、ボヌールでは付いて行けませんわ」
「心配するな、へばったら抱えて連れて帰ってやる」
「駄目です、ボヌールが可哀想ですわ」
「おまえは甘やかし過ぎだ、こいつは犬だぞ」
「子犬です、あなたは、子供を連れて訓練をなさいますの?」
「分かった分かった、その内、犬用に庭を改装してやる、好きに遊ばせろ」
「まぁ!それならボヌールも喜びますわ!ありがとうございます、アラード卿」

わたしは声を弾ませ、お礼を言った。
アラード卿は少し考える様にし…

「アドルフでいい、女たちは皆そう呼ぶ」
「わたしは、あなたの女ではありません」
「いいから、アドルフと呼べ、コレット」

アドルフは扉を開けると、わたしに向かい、わたしの頬にキスをした。

「!?」

わたしが驚き目を丸くすると、アドルフはニヤリと笑った。

「気が向けばまた来る、行くぞ、リリー」

アドルフはリリーを連れ、回廊を歩いて行った。
ボヌールが見送りに出て、尻尾を振っていた。
わたしはボヌールを呼び戻し、扉を閉めた。


昼間、こんな事があったので、デルフィネの幽霊が出る気がし、
わたしはその夜、二階の部屋のテーブルに、便箋を並べて置いた。
アドルフから聞いた、デルフィネへの想いを書き綴ったものだ。
これを読めば、きっと、彼女も安心するだろう。

「心配する必要は、何も無いのだから…」

それに、アドルフの想いを知って欲しい。
彼がどれだけデルフィネを愛しているか。

わたしはそれを思い、眠りについた。


深夜、わたしはふっと、目が覚めた。

ああ、きっと、デルフィネが来たんだわ…

わたしは瞬きし、体を起こした。
テーブルの側に、彼女が立っている。
手紙を読んでくれたのだろう。

彼女の体が消え、わたしはベッドから降り、テーブルに向かった。
わたしが書いた便箋は消えていた。
替わりに、一枚の便箋が置かれていた。

《あなたは夫を愛している?》

デルフィネからの質問!?
わたしは思わぬ事に驚き、目を見開き、何度も文字を見た。

「彼女は、わたしがアドルフを愛しているのか、気になるのね…」

わたしはペンとインクを持ち、返事を書いた。

《わたしたちの結婚は、契約でしかありません》
《愛情は存在せず、夫婦関係も成り立たないものでした》
《ですが、今、わたしは、アドルフを愛しています》

《あの方は、わたしを娘の様に思って下さっています》
《わたしも、あの方を父の様に思えます》
《本当の父だったらと思います》


翌朝、その便箋は消え、また新しい便箋が置かれていた。

《あなたは息子を愛している?》

彼女は、ランメルトの事も見ていたのだ!

「見ていたのなら、分かる筈だわ…」

《愛しています》
《心から》
《彼は、わたしの全てです》

それを書き、置いた。
他の者に見られても、何かは分からないだろう。

「デルフィネはもう、来ないかしら…」

それを思うと、何故か寂しい気持ちがした。
幽霊を恐れる気持ちは、わたしには無かった。
デルフィネだと思うと、ずっと居て欲しいとさえ思うのだ。
いつか、アドルフの前にも現れてあげて欲しいと___


◇◇


その日、ランメルトが、いつもの様に花束を持ち、訪ねて来てくれた。
彼は、身を隠さねばならないわたしを心配してくれていた。

「気分は塞いでいませんか?少しでも明るくなるかと思い、花をお持ちしました」
「まぁ!ありがとうございます、塞いではいませんが、花は大好きです!」

わたしは花束を受け取り、匂いを嗅いだ。

「父が犬を飼い始めたのをご存じですか?」

ランメルトは驚いている様で、不思議そうな顔をして聞いてきた。
わたしは笑いそうになりながらも、恭しく頷いた。

「はい、先日連れていらっしゃいました、ボヌールとはもう友達ですわ」
「急に旅に出たと思えば、犬を連れて帰って来るんですから…何を考えているのか…」

ランメルトは頭を振っている。
わたしは紅茶を淹れ、常備していたクッキーと一緒に、ランメルトに出した。

「どうぞ」
「ありがとうございます、いい匂いだ…」

ランメルトが紅茶の匂いを嗅ぎ、微笑む。
今日のランメルトは力が抜けて、何処か余裕が見えた。
何か良い事があったのだろうか?

「犬の名はお聞きになりましたか?」
「リリーと呼んでいました」
「何故、【リリー】にしたのか、尋ねてあげて下さい」
「何かあるのですか?」
「はい」

わたしは微笑み、頷いた。

そこには、家族の愛がある。

わたしは、それを羨ましく思った。


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