【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音

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二人への挨拶を終えると、わたしたちは直ぐに館を出て、帰路に着いた。
最初から、顔見せだけする予定だったが、助かった。
ランメルトと一刻も早く、話したかった。

馬車に乗り、二人になるのを待って、わたしは謝罪した。

「結婚は契約だと、今まで、あなたに秘密にして、申し訳ありませんでした…」

これまで受けた、ランメルトからの親切や好意を思うと、身が縮む思いがした。
彼はわたしを『義母』と慕ってくれていたのに、わたしは裏切ってしまったのだ___

「わたしの父が、あなたのお父様を騙し、金と短剣を不当に奪った事で、
わたしは人質として来ました。
世間体もあり、結婚という形になりましたが、それだけです」

わたしは淡々と言っていた。
結婚に夢を見て、そして、裏切られた…思い出すと、まだ胸が痛む。
だが、それよりも、ランメルトに真実を告げられる事がうれしい。
漸く、枷を外す事が出来る。

「アドルフは、父が金と短剣を返す意志を見せれば、わたしを家に帰すと…
アドルフには最初から結婚の意志は無く、結婚は無効にするお考えでした。
あの方は、ただの一度も、デルフィネ様を裏切ったりはしていません。
あの方が愛しているのは、デルフィネ様だけですから…」

それを、ずっと、ランメルトに話してあげたかった。
ランメルトは感情を抑えた声で言った。

「あなたが謝る事は何もありません、あなたも被害者なのだから」

「いいえ!わたしは、あなたを騙していましたもの!
わたしは義母などではなく、卑しい盗人の娘で、人質です!
あなたの好意や親切を、わたしが受ける権利は無かったのに…
申し訳ありません…」

わたしはランメルトを見る事は出来ず、頭を下げ、謝罪した。
ランメルトの手が、わたしの手にそっと重なった。

「いいえ、言った筈です、それは切っ掛けに過ぎません。
父も僕も、あなたをそんな風には見ていませんよ。
あなたの存在に、父も僕も救われました、感謝している位です」

救われた?
どういう事だろうか?
わたしは目を上げ、聞いたが、ランメルトは微笑み、それを流した。

「それよりも、父があなたにした非道な行いを、謝ります。
金を騙し盗られたのは、父にも落ち度があります。
僕が調べただけでも、デシャン伯爵には悪い噂が幾つもありました。
それを棚に上げ、相手の娘に罪を負わせるなど…息子として恥ずかしい」

ランメルトが、その深い顔色の目に剣呑な光を見せ、わたしは慌てた。

「お父様を責めないであげて下さい!
あの方は、あの方のやり方で、わたしを守って下さっていましたから…」

ランメルトは頭を振る。

「いいえ、足りません、あなたの絶望や孤独が、今になり分かりました…」

その言葉だけで、わたしには十分だった。
ああ…分かってくれた人が居た___

「あなたが、救って下さいました…」

わたしたちの視線は重なっていた。
ランメルトがわたしの手を強く握る。
わたしはキスを期待し小さく息を飲んだが、彼は微笑んだだけで、手を離した。

わたしったら…馬鹿ね…

失望を知られない様に、そっと視線を逸らした。

「父が今日、ここに僕を寄越した理由が分かりました」

ランメルトが言い、わたしはギクリとした。

「あなたは、クリスティナではなく、コレットだったんですね」

言い当てられ、わたしは目を見開き、息を飲んだ。
それが、答えだった。

「どうして…お分かりになったのですか?」

アドルフには自分から話したが、ランメルトには気付かれない様にしていた筈だ。

「ああ!カサンドラの失言からですか?」

わたしは、先のカサンドラを思い出した。
彼女は本物のクリスティナの事を話していたので、父と会話が成り立っていなかった。
エリザベスの態度も、姉に対しての態度では無かった。

「それもありますが、前々から、あなたには少しおかしな所があったので…」

「おかしな所!?」

「はい、伯爵家に入ったのは母の再婚からの筈ですが、あなたは幼い頃の
方が教育を受けていた様でしたし、実の母の事を過去形で話していました。
義妹の行方不明の母親の名で呼び出しを受けるのも、おかしい。
そして、あなたはそれを知られたくなさそうでしたし…」

わたしは何も言い返せなかった。

「今日、あなたの家族と会い、確信しました。
カサンドラ、コレット、エリザベスは、顔立ちや声、姿が似ていますが、
あなたには何処も似た部分がありませんでした、誰にでも分かります」

確かに、並べて見たら、彼女たちとわたしは似ていない。
わたしはその事を失念していた。

「その通りです…アドルフに求められたのは、クリスティナでしたが、
両親は彼女を他の者に嫁がせたいと思っていたので…
わたしがクリスティナとして、来る事になりました…
クリスティナで無い事が露見したら、デシャン家は終わりだと父に言われ
隠してきたのですが…アドルフには少し前ですが、言ってしまいました」

「それは…辛かったでしょう…」

わたしは無言で頷いた。

「あなたは望まれないかもしれませんが、僕は、あなたを殺そうとした者を許しません。
二度と同じ事が起こらない様に、その正体を暴き、糾弾します。
見たくないなら、あなたは目を閉じ、嵐が過ぎるのを待っていて下さい。
僕と父で、全て終わらせます____」

ランメルトは固く意志を決めていた。

わたしは…真実を知るのが怖い。
もし、父が金の為にわたしを殺そうとしたのなら、わたしは自分が壊れないでいる自信が無い。

塔に籠り、目を閉じ、耳を塞いでいたい。

わたしに真実は必要ない。
夢でいい。
優しい父と母、そして、幼い自分___

ああ…!

そうだわ…
そこには、もう、戻れないんだわ。

わたしはもう、幼い子供ではない。

わたしは自分の手を見つめる。
こんなに、大きくなってしまった。
父と母に抱かれる事など、もうないのだ…

ずっと、夢見てきたが、叶う事は無かった。

だが…

『コレット、おまえを愛している』

叶えてくれたのは、アドルフ=アラード。

そして、今、わたしが抱きしめて欲しい、キスして欲しいと願う相手は、
両親では無かった。

『いつまでも囚われていてどうする、前を見て生きろ!』

アドルフの声が蘇る。

今のわたしならば、向き合えるかもしれない___


「わたしも、協力致します、いえ、協力させて下さい。
わたし自身の事ですから」


◇◇


翌週末、わたし、アドルフ、ランメルトは、馬車でデシャン家に向かった。
わたしたちの急な来訪に、使用人含め、デシャン家の者は皆驚いていた。
玄関で執事が「旦那様をお呼びしますので、お待ち下さい」と言ったが、
それで大人しく待つ様なアドルフではない。

「娘が里帰りに来たんだ、中で待たせて貰うぞ!」

堂々と玄関ホールを歩き、パーラーへと向かった。
わたしとランメルトもそれに続いた。

「こ、これは、アラード卿、急にいらっしゃるとは、何用でしょうか?
確か、催促はしない約束だった筈ですが?」

父が愛想笑いをしながら現れ、ソファに腰を下ろした。
勿論、良くは思っていないだろう、父は一瞬顔を顰め、わたしを睨んだ。
わたしはそっと、視線を落とし、逸らした。
カサンドラは愛想も見せずに、忌々しいといった調子で、無言で父の隣に座った。

「この際だ、はっきり言わせて貰うぞ、デシャン伯爵」

前置きをしたアドルフは、息を吸うと、堂々とした声を放った。

「俺を何処まで馬鹿にする気だ、デシャン伯爵!何度も何度も謀りおって!
俺はクリスティナを寄越せと言った筈だ、この娘はクリスティナでは無い!
本物のクリスティナを出せ!」

「この娘が何と言ったかは知りませんが、この娘がクリスティナで間違いございません。
この娘は少々頭が弱くてですな…」

父はあくまで、わたしをクリスティナだと言い張るつもりらしい。
だが、当然、アドルフは鼻で笑った。

「ならば、クリスティナの学友たちも、この娘をクリスティナだと言う筈だな?」

アドルフに言われ、父は引き攣った。

「し、しかし、学校を出て何年も経っております故…顔も見た目も多少変わっているかと…」
「だが、まさか、髪の色や目の色までは、変わったりはすまい?」
「そういった事も、稀にあると聞きますが…」
「いい加減にせんか!」

アドルフがテーブルを叩き、父は飛び上がった。

「見苦しいぞ!デシャン伯爵!
この上は、本物のクリスティナを差し出すか、金と短剣を直ちに渡して貰うぞ!
俺を謀った報いを受けるがいい!!」

「そんな、急には無理です…」

「この娘の時は、三日で送って来たではないか、直ぐに出せ!
連れて帰り、この娘にした様に、塔に閉じ込め、甚振ってやるわ!」

「そんな!冗談じゃありませんわ!許しませんよ!
実の娘ならば、父親の負債を負う義務もございましょうが、
義理の娘にその様な義務はございません!お断りしますわ!」

母であるカサンドラは顔色を変え、厳しい口調で言った。
父は顔を明るくし、それに同調した。

「そうです!実の娘であれば当然の事だ!だからその娘をやったのです、
クリスティナはやれませんからな!」

「黙れ!実の娘であっても、おまえの所有物ではないわ!
だが、これは俺も悪かった、頭に血が上り、酷い条件を出してしまったからな、
コレット、許してくれ」

アドルフがわたしに頭を下げ、わたしは慌てて頭を振った。

「いいえ、あなたが謝る必要はありません、父のした事を思えば、怒って当然です」

「コレット!おまえというヤツは!何処まで恩知らずなんだ!! 
あれ程、正体を明かすなと言っておったものを…
おまえの所為で、デシャン家がどうなってもいいのか!この…!!」

父がわたしに襲い掛かって来た。
隣に居たランメルトがわたしを庇い、父を風の魔法で退けた。
父は風に喘いでいたが、無駄だと悟ったのか、椅子に戻った。

「彼女が喋らずとも、クリスティナでない事は分かります。
彼女はカサンドラ、クリスティナ、エリザベスとは全く似ていません」

ランメルトが言うと、父は唸った。

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