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第1部 仮初めの婚約者
着ていけるドレスを持っていない
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「……皇太子殿下の……立太子パーティー……?」
「あんた、まさかこの国に住んでいるのに皇太子が立太子されることを知らなかったのではないでしょうね?」
「やだあ、トスカ。そんなことがあるはずないですわ」
「そうよねぇ」
──知らなかった。
全く耳に入ってこなかったのだ。だが、そんなことがあるのだろうか。
……いいや、ここは皇女宮だ。
おそらく皇女たちの指示でクレアに情報を入らないようにすることくらい簡単なことなのだろう。
焦りが怒涛のように渦巻いた。
「まあ、皇太子はなんとあの冷徹で滅多に人を寄せつけないことで有名な第三皇子のアーサーお兄様なのだけどね。正直に言って誰も側室の子のアーサーお兄様が皇太子に選ばれるなんて思ってもみなかったから、決定が下された三ヶ月前に国中に混乱が起きたのに、……それでもあんたは知らなかったの?」
「……はい」
きっとイザベラたち皇女が情報を制限していたせいで耳に入ってこなかったのだし、こちらから謝るようなことではないのでそれをする必要はないとクレアは漠然と思った。
ただ、解決をしなければならない懸案事項が増えたことは確かだ。
「…………実は、恥ずかしながら、パーティーに出席できるような衣服を持っていないのです」
これまで何度か王宮ではパーティーが催されたのだが、クレアは世間体のために強制的に国の主たるパーティーには出席させられていた。
だが、そのいずれも下女の衣服しか持たないクレアは、皇女のドレスを借りて出席したのだった。
あれは、確か一年前の皇帝の誕生日のパーティーだったか。
あの時は、同い年のトスカのドレスを借りたのだが、ふくよかな体型のトスカとはやせ細ったクレアと体型が合わず、下女に頼み込んでドレスのサイズをクレアのサイズに直してもらって出席したのだ。
そしてパーティーの翌日。
大切なドレスを勝手に切り裂かれたと言われて、三日間食事を抜きにされてしまったのだった。
それ以前はトスカの体型は自分とほぼ相違なかったので問題なかったのだが、この二年の間で急激に彼女の体型が変わってしまったのだ。
かといって第一皇女のイザベラはトスカよりもより気難しく、とてもクレアにドレスを貸してくれるとは思えない。
「そうね。あんたはドレスなんて一着も持っていないものね」
「今回もわたくしのドレスを貸してあげても良いけど……、詰めたりしたらどうなるか分かっているんでしょうね?」
キツい視線で睨んでくるトスカに思わずクレアは心の中で悲鳴を上げた。
どんなことでも大抵感じなくなったと思ってはいたが、未だ恐怖心に関してはどうにもならないらしい。
「あ、あの……」
「何?」
「い、いえ。何でもありません……」
ドレスをどうにかしなければならないという気持ちも強いが、食事を抜きにされる苦しみも耐えがたいものがあった。
いや、おそらくこの調子では再犯扱いされて、食事を抜きにされるくらいでは済まないだろう。
だからクレアは、すんでのところで言葉をにするのを止めたのだった。
「あんた、まさかこの国に住んでいるのに皇太子が立太子されることを知らなかったのではないでしょうね?」
「やだあ、トスカ。そんなことがあるはずないですわ」
「そうよねぇ」
──知らなかった。
全く耳に入ってこなかったのだ。だが、そんなことがあるのだろうか。
……いいや、ここは皇女宮だ。
おそらく皇女たちの指示でクレアに情報を入らないようにすることくらい簡単なことなのだろう。
焦りが怒涛のように渦巻いた。
「まあ、皇太子はなんとあの冷徹で滅多に人を寄せつけないことで有名な第三皇子のアーサーお兄様なのだけどね。正直に言って誰も側室の子のアーサーお兄様が皇太子に選ばれるなんて思ってもみなかったから、決定が下された三ヶ月前に国中に混乱が起きたのに、……それでもあんたは知らなかったの?」
「……はい」
きっとイザベラたち皇女が情報を制限していたせいで耳に入ってこなかったのだし、こちらから謝るようなことではないのでそれをする必要はないとクレアは漠然と思った。
ただ、解決をしなければならない懸案事項が増えたことは確かだ。
「…………実は、恥ずかしながら、パーティーに出席できるような衣服を持っていないのです」
これまで何度か王宮ではパーティーが催されたのだが、クレアは世間体のために強制的に国の主たるパーティーには出席させられていた。
だが、そのいずれも下女の衣服しか持たないクレアは、皇女のドレスを借りて出席したのだった。
あれは、確か一年前の皇帝の誕生日のパーティーだったか。
あの時は、同い年のトスカのドレスを借りたのだが、ふくよかな体型のトスカとはやせ細ったクレアと体型が合わず、下女に頼み込んでドレスのサイズをクレアのサイズに直してもらって出席したのだ。
そしてパーティーの翌日。
大切なドレスを勝手に切り裂かれたと言われて、三日間食事を抜きにされてしまったのだった。
それ以前はトスカの体型は自分とほぼ相違なかったので問題なかったのだが、この二年の間で急激に彼女の体型が変わってしまったのだ。
かといって第一皇女のイザベラはトスカよりもより気難しく、とてもクレアにドレスを貸してくれるとは思えない。
「そうね。あんたはドレスなんて一着も持っていないものね」
「今回もわたくしのドレスを貸してあげても良いけど……、詰めたりしたらどうなるか分かっているんでしょうね?」
キツい視線で睨んでくるトスカに思わずクレアは心の中で悲鳴を上げた。
どんなことでも大抵感じなくなったと思ってはいたが、未だ恐怖心に関してはどうにもならないらしい。
「あ、あの……」
「何?」
「い、いえ。何でもありません……」
ドレスをどうにかしなければならないという気持ちも強いが、食事を抜きにされる苦しみも耐えがたいものがあった。
いや、おそらくこの調子では再犯扱いされて、食事を抜きにされるくらいでは済まないだろう。
だからクレアは、すんでのところで言葉をにするのを止めたのだった。
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