人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉

文字の大きさ
51 / 96
第2部 自由

一抹の勇気

しおりを挟む
 ひとときの自由を満喫しつつ、手に職を。

 そう思いながら中庭を歩いていると、クレアの目線の先に脚立に登って木に登っている人物がいることに気がついた。
 庭師は見たところ中年の男性で、日差し避けなのか大きな麦わら帽子をかぶっている。
 彼は剪定鋏で木の枝を切り落としているが、突然長い溜め息を吐いた。

「あいつ、何をしているんだ。遅刻なんて珍しいが……」

 そうはっきりと聞こえた。
 見たところ、とても困っているようなのでクレアは思わず声を掛けようとしたが、すんでのところでやめた。

(突然、私が声を掛けたりなんかしたら迷惑よね。驚かせてしまうかもしれないし……)

 クレアはこの第二宮には何処か居候をしているような心地でいるので、未だに部外者のような感覚を抱いていた。
 自由に立ち振る舞うことを許可されているとはいえ、あまり見知らぬ使用人に声を掛けられる勇気はまだ持ち合わせていない。
 
 このまま立ち去ろうかと思い、クレアは気がつかれないよう息を潜めてくるりと向き直し歩きだすが、何歩か歩いたところで歩みを止めた。

(それでよいのかしら。……私でも、お話くらいは聞くことができるのではないのかしら)

 そう思い直すと、クレアはぎゅっと手のひらに力を込めた。

「あ、あの……!」

 掠れながらもなんとか勇気を振り絞って出したが、男性は特に動きを止めず先ほどと同じように作業をしていた。どうやら声は届かなかったようだ。
 もう帰ろうかと思い直し、中庭の出入り口の方に視線を移した。

「クレア?」

 すると、背後から思ってもみなかった人物から声を掛けられたのである。

「こ、皇太子殿下……!」
「散歩か?」
「は、はい」

 まさか、アーサーに声を掛けられるとは思ってもみなかった。

「あ、あの、皇太子殿下もお散歩でしょうか」
「ああ、まあそのようなものだな。ところで、君は今誰かに声を掛けようとしなかったか?」
「い、いえ。それは……」

 このまま誤魔化すこともできるが、果たしてそれでよいのだろうか。
 せっかくアーサーが質問をしてくれたのに、それを踏みにじるようなことはできればしたくなかった。

「実は、庭師の方が何か困っている様子だったので……」
「庭師? ああ、ガウルのことか」

 アーサーの声かけと共に、庭師のガウルは動きを止めた。

「殿下。いらっしゃっておいででしたか」
「ああ。少し散歩をな。そのままでよい」
「はっ!」

 思わず脚立から降りようとしていた彼の様子を汲んだような声掛けをし、アーサーはクレアに対して片目をつぶってみせた。
 それは何かの合図のように感じられたが、もしかしたらクレアに何かを促しているのかもしれない。

(皇太子殿下が背中を押してくれている……?)

 そう思うと自然に声が出ていた。

「あの! 何かお困りですか?」

 今度は、ハッキリと通った声で言うことができた。
 その声に気がついたのか、庭師のヴァンがクレアの方に視線を向けた。

「え、ええ。実は弟子がこれから合流する予定だったのですが、約束の時間になっても来ないんですよ」
「そうだったのですね」

 周囲を見渡してみると複数の道具が置いてあった。予定であればそれらの道具を使って弟子が補佐をするのだろう。

「よければ、声を掛けてきましょうか」
「クレア様がですか?」

 瞬間、ヴァンはアーサーの方に視線を向けた。
 ヴァンの目は戸惑いを含んでいるようだったが、アーサーは小さく頷いた。
 
「それでは、よろしくお願いいたします」
「……はい!」

 クレアの心は浮き立っていた。
 思えば、ここに来てからはずっと周囲の人たちに至れり尽くせりの待遇をしてもらってばかりだったから、ほんのささやかなことでも誰かの役に立てるようなことができるのが純粋に嬉しいと思ったのだ。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜

ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。 しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。 生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。 それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。 幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。 「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」 初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。 そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。 これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。 これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。 ☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

【完結】髪は女の命と言いますが、それよりも大事なものがある〜年下天才魔法使いの愛には応えられません〜

大森 樹
恋愛
髪は女の命。しかし、レベッカの髪は切ったら二度と伸びない。 みんなには秘密だが、レベッカの髪には魔法が宿っている。長い髪を切って、昔助けた男の子レオンが天才魔法使いとなって目の前に現れた。 「あなたを愛しています!絶対に絶対に幸せにするので、俺と結婚してください!よろしくお願いします!!」 婚約破棄されてから、一人で生きていくために真面目に魔法省の事務員として働いていたレベッカ。天才魔法使いとして入団してきた新人レオンに急に告白されるが、それを拒否する。しかし彼は全く諦める気配はない。 「レベッカさん!レベッカさん!」とまとわりつくレオンを迷惑に思いながらも、ストレートに愛を伝えてくる彼に次第に心惹かれていく…….。しかし、レベッカはレオンの気持ちに答えられないある理由があった。 年上訳あり真面目ヒロイン×年下可愛い系一途なヒーローの年の差ラブストーリーです。

【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

buchi
恋愛
ポーシャは、平民の特待生として貴族の学園に入学したが、容貌もパッとしなければ魔力もなさそうと蔑視の対象に。それなのに、入学早々、第二王子のルーカス殿下はポーシャのことを婚約者と呼んで付きまとう。デロ甘・辛辣・溺愛・鈍感コメディ(?)。殿下の一方通行がかわいそう。ポジティブで金儲けに熱心なポーシャは、殿下を無視して自分の道を突き進む。がんばれ、殿下! がんばれ、ポーシャ? 

殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。 だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。 魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。 変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。 二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

処理中です...