人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉

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第3部 幸せのために

再び

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「クレア」

 クレアの鼓動が、最高潮に高鳴った。

(まさか……、いえ、そんなわけが……)

 そこには、この国に不本意な形で連れて来られてから想わない日はなく、ずっと会いたいと願い続けたアーサーが立っていた。

 彼は深く外套を着込んで髪の毛が隠れており、一見するとすぐに彼だとは気が付かないだろう。

「……どうして、ここに」
「君を迎えにきた」

 クレアの心臓が大きく跳ねた。
 
「アーサー様は、婚約を結び直したのでは」
「新聞の報道は偽の情報だ。俺はノア嬢とは一切婚約するつもりもないし、俺の婚約者は今も君だけだ」
「ですが、すでに私との婚約は破棄されたと国書が届きましたが……」

 父親が、暗い表情で伝えてくれた時のことがクレアの脳裏に過った。

「一度婚約を結んだら、教会の許可なしに破棄することはできない。皇帝が圧力を加えて無理矢理婚約を破棄するように働きかけたらしいが、俺は君が第二宮を離れたあの日、即座に教会に根回しをして教皇を焚き付け、俺たちの婚約を破棄させたと皇帝には見せかけるようにと働きかけたんだ」

 そして、それは無事に履行されたとのことだ。ということは、つまり……。

「私は、まだアーサー様の婚約者なのですか?」
「ああ、無論だ。だが、皇帝の目を欺くためにノア嬢は第二宮に移住しているが、当然君の部屋とは別室を割り当てている。加えて、彼女には元々今回のことで婚約を解消させられた婚約者がいたので、彼らを再婚約させる手筈はすでに整っているんだ」

 夢のような話だと思った。
 クレアは自分にとって都合のよい夢を見ている心地でいるが、アーサーの真剣な眼差しがそうではないと思わせてくれた。

「一緒に戻ろう。そのための準備は着々と進んでいる」

 クレアは表情を緩めたが、あることがふと過ぎったのですぐに引き締めた。

「戻りたいです。ですが、私が戻れば混乱を招くでしょう」
「そうか。……ならば隣国のダンテ王国にいこう」
「ダンテ王国ですか?」

「ああ。実は様々な状況に備えて対策を立ててきた。ダンテ王国への亡命もその一つだ」
「そのように考えていただけて嬉しいです。ですが……」

 亡命するということは、皇太子としてのアーサーの立場を捨てさせることに繋がる可能性が高い。
 自分のためにその決断をさせるのは、絶対に防がなければならない。ただ、同時にアーサーは本当に亡命をしようとしているのかと疑問にも思う。
 というのも、アーサーの思考傾向からこの状態で亡命することは尤も不利になることと考えるだろうから、それは避けると思ったのだ。

 だが、きっとアーサーのことだからこの提案自体になにか考えがあるのだろう。
 そうだとしたら、今その意見に異を唱えるのは好ましくないと思った。

 加えて、クレアにはずっと燻っている思いがあった。それを伝えずにアーサーと行動を共にしたら、きっと後悔をするだろう。

「私には、あなたの傍にいられる資格はありません。今回のように、ただ政略結婚の駒になることだけが私も最大の役割です。もう私には、創造の力は失われてしまったのですから……」

 アーサーは強い眼差しを向ける。

「そんなことはない」

 クレアの心に生じていた負の感情が影を潜め、反対に少しずつ温かい気持ちが湧き上がってきた。

「俺は君が好きだ。自分がどんなに不利な立場でも、決して心を曲げず屈せずその時の最善を尽くす君を心から愛している」
「アーサー様……」

 アーサーはクレアをふんわりと抱きしめて髪の毛を撫でた。そして、そっと口付けを交わす。

 ──すると、クレアの目前にプラチナブロンドの酷く傷ついた少年が現れた。

 彼は自分のことを「リウス」と名乗った。そして今なら分かる。彼はアーサーだったのだと。

 あれは、まだブラウ帝国に連れてこられて間もない離れで暮らしていた頃だった。
 薪を起こすために庭の木の枝拾っていたところ、ボロボロになった少年が倒れていたのだ。

 彼は無口な少年で最初は何も話してくれなかったが、クレアが作ったパン粥を何度も食べているうちに打ち解けて話してくれるようになった。
 
 彼は幼い頃から兄の取り巻きに虐げられていて、あの時もそうだったらしい。
 もうこんな生活は嫌だと溢した彼のことをクレアは他人事とはとても思えず、彼の手を取ってこう言ったのだった。

『私はいつでもあなたの味方だよ。あなたが不幸だと私も不幸だし、あなたが幸せなら私も幸せなの』

 その言葉を思い出した途端、クレアは目を見開き自身の心がじんわりと温かくなっていくのを感じた。

「リウス君……」
「思い出したんだな」
「はい」

 クレアの瞳から涙が溢れ落ちた。

「俺はずっと君に感謝の言葉を伝えたかったんだ。ありがとう、クレア。君がいてくれて、君のあの時の言葉にどれだけ俺が救われたか計り知れない」

 そう言って再びふんわりと抱き締められ、クレアの心は幸福感に満ちていた。

(私、今とても幸せだわ)

 ──プラスからプラスへ。

 クレアの全身から眩い光が溢れだした。

「私、一体何が……?」


 クレアはアーサーの幸せを願った。
 
 それはとても幸福な光だった。
 光の中から一枚の花びらが現れる。

「これは、薔薇の花びら……?」

 呟くと、いくつもの花びらが出現し二人を優しい香りで包んだのだった。
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