見ているだけで満足な姫と死んでも触りませんと誓った剣士の両片思いの恋物語

まつめ

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4.捕らえられる

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 シュロム近衛兵厩舎きゅうしゃで、いつものようにアツリュウは、馬の様子を見て回っていた。

 シュロム近衛兵養成学校を16歳で卒業し、一般的にはそこから予科兵士として2年の経験を積み、18歳で近衛兵となる。
 
 しかしながら『金月の名の貴族様』と市井で呼ばれる、大名家ミタツルギの子息であるアツリュウは、本人の希望を全く聞き入れてもらえず、養成学校からさらに士官学校に進まされた。

 座学が恐ろしいほど苦手なため、息も絶え絶えになんとか過程を修了し、高等士官課に進むことをなんとか免れ、18歳の今年の春晴れて下級士官として厩房うまやぼうに配属となった。

 士官学校の同期達からすれば、軍馬の管理をする厩房などは出世の道から外れた、寂しい閑職かんしょくであるらしい。どうしてそんなところへわざわざ行くのかと笑われた。

 出世なぞ望まない。
 本当は、もう平民として、誰も自分を知らないどこかへ行ってしまいたい。

 そう焦燥感しょうそうかんに突き動かされそうになっても、家族の顔が浮かんできて自分を縛る。
 ならば、自分はここで馬と共に生きて行こう。

 配属されて3カ月余り…… 
 希望通りに厩房に配置されたこと、そして馬たちと共にあることに満足していた。
 
「うまやちょうー」と自分を連呼しているのが聞こえる。

 遠くからではあるが、その呼び声は絶叫といってよかった。
 取り乱し近づいてくる部下、戦争でも始まったか? と思わせる必死の形相。

「すぐに主馬しゅめ長官室に向かってください。大変です、大変なことです、お客様です、いえお客様ではありません、でん、でん… とにかくお早く」

                ◇◇◇   ◇◇◇

「どういうつもりだ」
 それが、セウヤ王子の第一声。

 自分より1歳下の17歳と記憶している、シュロム王家第2王子のセウヤ殿下が厩舎隣の建物の主馬長官室にいる。

 輝く銀色の髪にすみれ色の瞳。天使と見まごう絶世の美しさで、彼は怒りをまったく隠そうとせず、その怒気は、真っすぐに自分に放たれている。

 ひざまずき、礼の姿勢で頭を伏せたまま、答えにきゅうした。

 殿下が、車椅子を使っていると分かった瞬間、苦しい気持ちが胸を突いた。
 放水口から水路に投げ出された殿下をお救いしたのは、数カ月前のこと、月日が経ち、それでも癒えぬ深い傷を負ったのだと知り、やるせない気持ちになった。

 が、しかし。
 そんな気持ちも吹き飛ぶような、まるで断罪するかのような言葉を、殿下からいきなり頂戴ちょうだいした。

 はて? 俺はあなたの命の恩人だった気がするが……
 何ゆえに、そんなに怒っている?

 衛兵と護衛官と従者だろうか、とにかく大勢のお付きを引き連れて、セウヤ殿下は近衛兵厩舎にお越しになった。ここは元来、殿下のようなお方が来るところではない。

 もしや自分を召し取りに来たのか? 罪状はなんだろう? 何もしていないが……

「どういうことだおまえ、なぜ褒美を受け取らない」
 先ほどよりセウヤ殿下の声は低く、アツリュウは凍えるような怒りの冷気を浴びた。

 褒美?
 褒美を受け取らなかったことが俺の罪状なのか?

 さすがに腹がたった。
 いきなり現れたと思ったら、訳の分からない理由で怒り出し、もしかしたら引っ立てられる。
 なんだこの理不尽さは!

 シュロム王家の内情など、18歳のアツリュウは知ることもない。
 だが、世間の評判は耳に入ってくる。

 セウヤ殿下の父であるシュロム王ハリーヤ。彼は市井しせいの平民、多くの弱小諸侯に恐れられている。

 なぜならシュロム王ハリーヤは、今までに多くの者に制裁を与えてきた。不敬という理由で。

 彼の気分を損ねた者を投獄し中には極刑にされた者もいた。
 さらに、シュロム王主導で始めた隣国『ハイシャン』との無謀な戦争で、土地と兵士を多く失った。

 身分の低い者の命に対して、ハリーヤ王が敬意を払っていないのは明白。だから彼はは人気がない。

 一方ハリーヤ王の息子、第一王子のリュウヤ殿下は巷の評判がとても良かった。

 彼の人柄、平民や諸侯への丁寧な振る舞い方、そして慈善活動。帝国留学から帰ってからの、公務における彼の言動はとても注目されたいた。民に愛され、諸侯からの期待を受け、そしてこれからもっと活躍するはずだったリュウヤ王子の死。その悲しみは2カ月が経っても、人々の心から消えていない。

 目の前にいるこのお方。
 シュロム第二王子セウヤ殿下は、首都の最も権威ある学院にこもられて、難しい研究をしていると聞いたことがある。

 今まで公にほとんど顔を出していない。どんな方かは知らなかったが。この話しぶりからすると、どうやら彼の父親と同じ性質のようだ。

「許す、話せ」
 犬に投げ捨てるような言い方だった。

 己の地位から見下ろせば、すべてが思い通りに動いて、周りの人間は自分のご機嫌をとって当然と思っているのだろう。

 傲慢な王家の人間と貴族たち、彼らは考えたこともないだろう、身分が低いという理由だけで虐げられる理不尽さを。アツリュウはかつて自分が平民だった頃の気持ちが、胸の奥からむくむくと顔をだした。

「何故黙っている。答えよ」
 アツリュウが黙っていると「おもてを上げよ」と苛立った声で命じられ、頭を上げた。

 片膝の自分の高さの正面に、車椅子のセウヤ殿下の顔はあった。
 距離は近くはなかったが、お互いの視線がぶつかったがそらさなかった。

「何故、答えない」

 無表情で視線を外さず黙っていた。多分これは不敬にあたるだろう。
 腹立ちのままに、どうでもいいやと思った。

 別にこの男に感謝されたくて、あの時堀に飛び込んだ訳ではない。
 しかし、結果的には命を懸けて、彼を救ったことには違いない。
 それが不敬で罰せられるなら、好きにしてくれ、と思う。

 しばらく沈黙の時間が続いた。
 殿下の問いに応えない、恐ろしく不敬な態度。

 次の殿下の一言で、この若い男はどう処分されるのかと、見守る者たちの恐れと緊張で、部屋の中は張り詰めた空気で満ちた。

「何故おまえが褒美を受け取らぬのか、理由を知りたい」
 殿下の声は、若干落ち着いたものになった。

 彼もアツリュウから視線を外さない。
 納得する答えを得るまで絶対に許しはしないと告げている。

 本当の理由を言おうと思った。されど、皆の前で言うのは嫌だった。
 自分の今の状況で、殿下と二人になるのは不可能だ、だから理由は告げられない。

 それでも、殿下の後ろに控える護衛官や、後方の上司に意識を向けた、その自分の考えが目線に現れたのだろうか、一瞬後、驚くことを殿下が言った。

「よかろう、おまえと二人で話をする」
 セウヤ殿下は護衛官に全員出せと合図を送った。
 指示を受けた護衛官が、部屋からすべての人間を出した後、一人残って殿下の後ろに控えた。

「おまえもだ、行け」
「ですが殿下、この者と二人にするわけにはまいりません」

 セウヤは鼻で笑った。
「この者はシュロムに忠誠を誓った近衛兵士で、そして私の命の恩人だ。私を害する意思があれば初めから私を救ったりしない」

 向かい合ったまま部屋に二人になった。
 
 この王子には、自分に命を救われた自覚があるようだ、今までの態度からは意外だが……
 先ほどより落ち着いたように見えるが、彼の目の奥には変わらず激しい怒りが燃えている。

「どうして褒美を望まなかった」
 同じ問いが繰り返される。この男は答えるまで絶対に引かないだろう。

「もらう理由がないからです」
 セウヤの片方の眉が上がった。
「どういう意味だ」

「殿下を助けるために飛び込んだわけではありません、だから殿下を助けたことで、褒美を受け取る理由がありません」
「ふざけているのか、おまえ」

「ふざけてなどおりません、恐れ多いことでございます。本心より嘘いつわり無く申し上げました」

 セウヤが車椅子を進め、間近に来た。美しく整った顔は、ぞっとするほど無機質で、白い憤怒ふんぬの仮面をつけているようだ。

「私をこんな体にしておいて、おまえは私を笑うのか」

 より迫るセウヤの膝がアツリュウの膝にぶつかった。
 セウヤの怒鳴り声が響いた。

「おまえが私をこんな体にしたのだろうが、二度と歩けぬ。それをおまえはその何もなかった体でのうのうと、私を馬鹿にするのか!」

 いい加減にしてくれ! アツリュウは天を仰いで叫びたかった。

 この傲慢な男には、物事を判断するのに2択しかないのだ。

 気に入るか、気に食わないか。
 そのたった2つだけなのだ。

 命を救われたせいで、こんな体にさせられたなどど、ふざけたことをほざいている。
 学院で高尚な研究をしているというその頭脳を使えばば、どれだけ馬鹿げたことをわめいているか分からない訳がないのだ。

 でもこの男は、気に食わないのだ。自分が傷を負い、そして、同じく放水口に入ったのに、無傷で出てきたこの俺が。

 この男がここに来た理由が明白になった。
 八つ当たりにきたのだ。ままならぬ己の体に苛立って、その苛立ちを俺にぶつけるためにきたのだ。

 これが王族か!
 傲慢で、残忍で、気が食わなければ、それを理由に平気で殺すんだろう。

 睨みつけてくるすみれ色の澄んだ瞳。
 その色と同じ瞳を自分は知っている。

「あの日、王女様は橋の欄干らんかんに立っていた」

 何のことだ?セウヤの瞳が揺らめく。

「あの時、姫様は、間違いなく本気だった。あなたを助けるために、堀に飛び込もうとしていた」
「何の話をしている」

「あなたの妹御である王女殿下が、命を懸けて、あなたを救おうとしていたと、そう申しております」

 セウヤの眼が驚きに大きく開く。
「……リエリー……が? そんな……、だが、あれがそうしようとしたとして、到底私を助けることなど叶わぬだろう」

「そうです、助けることなどできない。それでも、姫様は飛び込まずにはおれなかった。絶対に助ける、あなたを助ける。あの方の目に迷いはなかった。それがどういう意味かあなただって分かるはずだ!」

 セウヤは膝に置いた手を握り締め、しばし顔を伏せて黙っていた。
「だから、なんだというのだ」

 セウヤの握った拳が、力をこめすぎて震えている。がっと顔をあげ、着くほどの近さに顔をよせ、噛みつくように吠えた。

「だから、それが今更なんだというのだ。私はこんな体になった。おまえが助けたりするから、放っておけばよかったのに、そうすれば今頃、死んでしまえていたのに、おまえの、おまえのせいで」

 アツリュウは殴り飛ばしてやりたいほどの怒りが湧いた。
 あなたの妹が、命を失ってもかまわないと、
 たった一人飛び込んで救おうとした命を、
 それを捨てればよかったとふざけたことを抜かす。

「だったら、好きにすればいい。今からもう一度堀に飛び込んだらいい。私はあの時、あなたの命はどうでもよかった。私が助けたかったのは、絶対にお守りしたかったのは姫様だ」

 セウヤの体が固まった。
 彼は呆然とした顔で、息を止めた。

「私は姫様を止める、ただ1つそれだけの理由で飛び込んだ。あの方は本気だった、止めることは無理だった。だから、だから、あの人のために私は命を捨てた。それだけだ!」

 最後はほとんど怒鳴り声になっていた。

 セウヤが息を1度だけ吸った。
 まるでこの世のものでないものを見たかのように、驚愕きょうがくに目を見開いたまま、彼に凝視される。

 部屋は静かになった。お互い何も言わなかった。

 静かに波が引くように頭に上がった血が引き始めた。
 何を言った……
 俺は、殿下に何を言った……

 父上の顔が浮かんだ。
 済まない……
 俺は不敬罪で、最悪死ぬ……

 セウヤは驚きに、しばらく口がきけないようだった。
 覚悟して、不敬の罪を言い渡たされるのを待った。

「私の命など、どうでもいいと……そう言ったか……」

 真顔のまま、ふっ、ふっ、と、彼の口から笑い声のような息が吐かれた。
「私にもう一度堀に飛び込めと……」

 セウヤは視線をはずし、頭の中で何かを思いめぐらしているようだった。そしてだんだん、表情が崩れていき、笑い顔になり、そして、声に出して大きく笑いだした。

「ははは、こんなことを私に言ってのける人間がいるとは」
 セウヤがまた至近距離で目を合わせてくる。

 さっきまでの彼と、何かがまったく違った。その瞳は光っていた、それは生気と呼べるものかもしれなかった。同じ顔をした別人が現れたように、どこが変わったのか分からないが、雰囲気がガラリと変化していた。

「おまえが褒美を望まない理由を理解した」
 セウヤは姿勢を正し、落ち着いた態度でそう言った。

 上に立つ者の静かな雰囲気がセウヤを取り巻いた。
 すみれ色の瞳は冷静で、静寂。まるで波の無い、湖の水面のよう。

 先ほどまで怒りまくり子供のように感情をさらしていた人物はもうここにはいない。
 もはやその瞳から、感情は完璧に隠され、彼が何を考えているか全く分からない。

 彼の美しさはあまりにも完璧に整っていて、天使のようで近寄りがたく、生きた人間には見えなかった。

「では、改めて褒美を与えよう。私の妹リエリーの命を救った者へ」
 声に出なかったが、え?と息がもれた。

「断ることは許さぬ。そなたの望む褒美を申せ」

 込み上げる思いを押し込めて「何も望みませぬ」と答えた。

「許さぬ。これは王子の命令だ。言わねば……殺す」

 心の中に、あの少女の眼差しがよみがえり、そして振り払い、望んではいけないと繰り返し己に叫んだ。

「……姫様を」

 セウヤは静かにこちらを見ている。

 声に出そうとして、唇が震えているのに気付いた。言おうとして迷い、飲み込んだ。

 そして……口にしてしまったその言葉を……

「1度だけ……、遠くからでかまいません。1度だけ……姫様を見たい……」

「おまえ名を何という?」
「……アツリュウ・ミタツルギでございます」

「おまえが気に入った。私のものになれ、アツリュウ」
 無機質なセウヤに表情が戻り、そしてにやりと笑った。

「アツリュウ、私に仕え、私の為に命を捨てよ」

 それは御免ごめんだ、絶対に嫌だ、と表情に出ていただろう。

 彼はまた声をたてて笑った。そして顔を近づけた。
 その瞳は全く笑っていない。まるで獲物に狙いをさだめた、獰猛どうもうな獣のようにそれは光っている。

「おまえが私のものになるのなら、見せてやるリエリーを」

 その言葉で己は知った。

 捕らえられたのだ、ああ、だめだ、抗えない。
 絶望的に苦しいのに、それは甘美な感覚だった。

 あの人を見ることができる……
 この誘惑に勝てるはずもなかった。
 
「特等席で、おまえにリエリーを見せてやる」

 もう彼と視線を合わせていることに耐えきれず頭を下げた。
 どうしてあの人を見たいなどと口走ったか……泣きたいほど己が愚かだと思った。

「おまえを私のものにする」
 
 頭を垂れたまま返事を返さなかった。されど、己はこの傲慢ごうまんな王子にもはや逆らえないのだと悟った。
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