見ているだけで満足な姫と死んでも触りませんと誓った剣士の両片思いの恋物語

まつめ

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19.どこへ行ってしまった

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 セウヤ殿下が父殺しを企てたあの日以来、アツリュウは一切の業務から外された。
 己のしたことはセウヤ殿下への裏切りだった。しかしセウヤからは何のとがめもなかった。

 アツリュウが1人放置されている間、宮廷は慌ただしく動いていた。
 2つの大きな出来事があったからだ。

 一つは、嵐による大雨で、シュロム領『イスド』で大規模な山崩れが起きた。また河川の氾濫も国のいたる所でで起きた。

 もう一つは
 新しいシュロム王子の誕生。

 ハリーヤ殿下は、離宮を留守にすることが多かったが、あちこちに女がいて、ここ1年は子作りに奔走ほんそうしていたと班長が教えてくれた。その甲斐かいあって、彼は新しい男児を手に入れた。新しく妃や側室を迎えることよりも、数をこなすことを選んだのだと。とにかく涙ぐましいほどの努力で、ハリーヤ殿下は励んでいたと班長が笑いながら話した。

 公には、ハリーヤ殿下は今回の嵐による災害の復旧に奔走《ほんそう》していることになっている。実際は、宮廷の公務はセウヤ殿下が、シュロム領地の采配《さいはい》はハリーヤの側近が担《にな》っている。ハリーヤ殿下にとって新たな男児を得ることは、最も優先すべきことだったということだ。

 ハリーヤ殿下はどうして息子を殺す必要があったのか、その答えが自分にも少し見えてきた。リュウヤ王子も、セウヤ王子もあまりに聡明《そうめい》。意のままにならない息子は邪魔だったのだろう、ハリーヤ殿下が欲しいのは、自分の言うことを聞く息子。彼はこれから聞き分けの言い息子を作り直すのだろう。

 シュロム宮廷警護団は編成を大幅に変えた。離宮に迎え入れられた新王子と側妃となった母親の警護に人員を大きく割かれ、セウヤ殿下はあからさまに阻害された。

 そしてハリーヤ殿下は、セウヤに山崩れの現地におもむき、復旧の指揮をとるよう命じた。

 車椅子を使うセウヤが、馬車で片道7日もかかる旅をして、さらに車椅子を進めることができない悪路を行かねば現地にたどり着けないことを分かった上での命だ。

 シュロム領『イスド』には領主の『シギノムレ家』がおり、要請もされていないのに、今まで領地の業務に関わってこなかったセウヤ殿下が、わざわざ山崩れの現地に赴くなど、明らかに不自然な命令だった。

 セウヤ殿下に付き添う護衛の数は、今までに比べると大幅に減らされた。
 そして殿下が、手薄な護衛のまま出発する数日前に、アツリュウを驚かせることが起きた。
 シュロム宮廷護衛団、団長ブリョウ・シンライガがその任を解かれ、副団長だったセキレイド・スオウが新団長となった。

 シンライガ団長はハリーヤ殿下の不興ふきょうをかってでも、セウヤ殿下と同行することを望み、その望みと引き換えに、団長の地位を失って1団員になった。

『父と息子の殺し合いが始まる』
 シンライガ団長の言葉通りのことがこれから始まるのだ。
 彼はセウヤ殿下を守り切ることができるのだろうか。

 自分もイスド行きに同行したいと願ったが、セウヤから返事さえもらえなかった。

                ◇◇◇   ◇◇◇

 セウヤ殿下がイスドに向けて出発した日から、2週間が立った日、離宮の兵士詰め所で、警護の教本を開いてぼんやりしていると、トモバラ班長が鋭い顔つきでやってきて、耳打ちをした。

「セウヤ殿下の乗った馬車が、谷に落ちた」
 息を飲んだ。視線だけ動かしてトモバラ班長を見た。

「おまえ今日はもう帰っていいぞ俺も上がる一杯付き合え」
 班長は「声を出さなかったのは褒めてやる、行くぞ」と耳打ちしてきて、衝撃で固まった。

 班長に促されるまま、護衛官の制服から私服に着替え、庶民が使う乗り合い馬車に乗せられた。

 頭の中は、セウヤ殿下の安否を知りたい思いで一杯で、班長に今にも問いただしたかった。馬車の行き先が大神殿であることが分かると、もしや遺体と対面させられるのではと不吉な思いに捕らわれた。

 馬車が事故で谷に落ちたとはとうてい思えなかった。
 事故に見せかけたハリーヤ殿下の仕掛けた暗殺。セウヤ殿下は、シンライガ団長は無事なのか。

 のんびりした雰囲気で相席している向かいの婦人と雑談している班長を凝視していると、馬車は大神殿前広場に到着し、二人で馬車を降りた。班長があすこに行くと指さした場所は、シュロム別邸。以前水鳥の上様とリエリーが暮らしていた場所だった。

                 ◇◇◇   ◇◇◇

「アツリュウ、気づかれずに来たか。今日はまだ、父上には私がここにいることを知られたくないのだ」
 セウヤは何事もなかったかのように、椅子に座っていた。

 豪華な調度と様々な芸術品に埋め尽くされた、かつて水鳥の上様の寝室だった場所。そこに居たのは、セウヤ殿下と、後ろに控えるシンライガ元団長そして……もう1人。

 1人の老人がセウヤの横に膝立ちで座りこんで……
 何だ、この気味の悪い光景は……

 執事のように見える白髪の老人、70代に見えるその男は、セウヤ殿下の手を握っていた。
 恍惚とした眼差しはセウヤ殿下だけを見詰め、部屋に入ってきた班長と自分に気づいてもいない。

「セウヤ殿下ご無事でよかった」
 声はでたものの、亡霊のような気味の悪い老人から目を離せない、痩せた体から伸びた枯れ枝のような手が、セウヤ殿下の手をもむように撫でている。セウヤはまるで意に返す様子も無い。そのうち老人は、セウヤの手を彼の頬に押し付けた。

 鳥肌がたった。なんだこれは? 
 シンライガ団長に抗議の視線を送るが彼も動じる風もない。

 耐えられない。
 足早に近づいて、老人の手を取った。
「やめろ、あんた何をしているんだ」

 瞬間、後ろに飛びのいた。
 体制を崩して、不覚にも尻もちをついた。全身が緊張でビリビリする。

 目の前の老人が、手に光るものを持っている。初めてみる暗器あんきだったが、明らかに致命的な傷を負わせることができる鋭い刃が見えた。
 彼の攻撃はあまりに速くて、自分が避けられたことが奇跡的だった。

 老人は一瞬だけぞっとする目を向けたが、すぐにまた恍惚としてセウヤ殿下の手を頬にすり寄せ始めた。
 無様に尻を付いたまま、トモバラ班長の所まで後ろに這うように戻り、床に座ったまま、「なんですあの化け物は?」と聞いた。

「ハリーヤ殿下の側近だ」
 班長が怖いね~と付け加えた。

「すまないなアツリュウ、カゲも今こちらに来たばかりなんだ。ご褒美が長い事もらえなかったから、こいつは今取り込み中なんだ。もう少し待ってやってくれ」

 奇妙な時間が流れた。皆無言で、老人がセウヤ殿下の手に満足するのを待った。
「今回のことはすべておまえの働きで上手くいった。ありがとうカゲ。私はしばらくここで大怪我の療養をすることになるから、好きな時に会いにおいで」

 小首をかしげたセウヤの額を、輝く銀髪がサラリと流れた。すみれ色の瞳はきらめいて、にっこりと微笑んだ姿は天使が降臨したかのよう。されどそれは造り物の動く人形のようだった。

 カゲと呼ばれた男は、足音を立てずに去った。彼がそこに居た存在感が嘘のように消えて、さっきまで見ていたことは夢だったのかと思うほどだった。

「アツリュウ、おまえをどうするか決めた、大事な話だ」
 セウヤが、シンライガ団長とトモバラ班長を下がらせた。
 部屋に二人きりになると、セウヤが彼の前にひざまずくよう命じた。

 セウヤが父を殺そうとしていた日、彼は何日も食べず眠らず、目は落ちくぼんで黒く縁どられ、真っ青な死人のような顔をしていた。
 あの日から彼に会っていなかった。半月を経て、目の前のセウヤは生気を取り戻し、瞳は輝いている。

 セウヤの口の端は上がって、笑いをこらえているようにも見える。彼は以前と変わった、何が変わったのかアツリュウには言葉で説明できない、ただ、とても、美しくなった。これを美しさというのか分からないが、もはや少年とはいえない妖艶ようえんとした美しさがあった。

「殿下の馬車が谷に落ちたと聞きました」
「そうだ、私の馬車は今、谷の下だ」

 セウヤが満足そうに鼻で笑った。
「父上が、そのようにして私を殺すようにカゲに指示を出した。あいつはまず、私たちを馬車から降ろして、それから馬車を落とした。カゲはいい仕事をするぞ」

「あの男は何者なのです」
「父上に長年仕えている筆頭執事のリョクリンだ。父がもっとも信頼し、仕事を任せている側近。もともとは祖父に仕えていた」

「ただの執事には見えませんでした。危うく殺されかけました」
 セウヤは声をだして笑った。

「私はあれをカゲと呼んでいる。諜報ちょうほうも暗殺も、父の暗部のすべてを請け負ってきた。カゲを筆頭にして、父は暗殺部隊を持っている。まあ、腕のほどは怪しいがな。優秀な部隊だったら、とっくにムラドでもグイドでも殺してるだろう。あいつらが生き延びてきたのだから、まあたかが知れている。だが、諜報についてはなかなかいい仕事をするぞ、気に入っている」

 どうやって、手に入れたのですか? 
 そう問いたかった。けれどできなかった。

 スオウ副団長の言葉が蘇る。
 『私は恐ろしい、あの方が己を失ってどこへいくのか』

「アツリュウ、知りたいんだろう? 私がどうやってカゲを手に入れたのか」
 こうやったのだ。そう言って、セウヤの手が伸びてきて、アツリュウの髪を優しく撫ぜた。
 驚いて身を引き彼を見上げた。
 そこには少年の顔をした、妖しい色気を放つ、ぞっとするほどに美しい男がいた。

 何をしているんだセウヤ。
 自分が知っている彼はここにはいなかった。
 不安と悲しみが込み上げる。おまえどこへ行ってしまったんだ。
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