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34.崩れた神殿
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アツリュウ達が向かうエイヘッドは『赤ん坊の頭』の位置にある。彼らがこれから向かうのは、『赤ん坊の首』と呼ばれる山脈だ。
エイヘッドはシュロム領土の中で最大の面積を誇るが、居住や農耕に適した有用な土地は、領土の中で最も狭い。赤ん坊の頭はほとんどが山脈と森林に覆われている。
エイヘッドの山脈向こうには、入ったら抜け出せない広大な大森林が広がり、その先には果てない岩砂漠、そしてその、はるか先にはピプドゥ国に繋がっていると言われている。しかし未開の土地に足を踏み入れたものはいないので、伝説のような話だ。生きてその真偽を確かめた者は誰もいない。
とうとう、8日間の旅を続け、アツリュウ一行は赤ん坊の首の麓の村に到着した。
山越えの為の食糧を買い込み、山に連れていけない馬を、買い取ってくれるという場所に向かった。店の主人とオルゴンが交渉していると、先客らしい男が、「あんたらまさか山越えする気かい?」と声をかけてきた。
「まだ『虎月』の5月だからな、山越えは自殺行為だ。見てみろあの雪を」
ヒルディルドの中心部にある首都モーリヒルドも冬季は雪が降る、しかし積もっても足首程度。しかしここの村の冬はアツリュウの身長ほどの雪が積もるそうだ。
首都で虎月といえば、日中は暖かく、体を動かせは汗ばむほどであるが、ここではまだ、山の頂に雪が少し残っていた。
「天気が良ければ、山越えできる。でも3日はかかるんだ。もし天候が悪くなったら雨でも雪でも絶対に夜を越せない。凍死しちまうんだよ。必ず晴れる3日を選ぶことは賭けみたいなもんだ。あんたら金をもってる高貴な身分のお方なんだろう、だったらエンドバードで船に乗るか、来月の『蜻蛉月』まで待つのがいいよ」
男は親切に教えてくれた。
「整備された山道があると聞きました。かなり険しいが早朝に出れば、なんとか暗くなる前に赤ん坊の首を抜けられるという道です」
アツリュウが尋ねると、男はいったい何年前の話をしているのかと、あきれ顔であんな崩れ道と言った。
以前はエイヘッド領の管理があり、整備されていた山道は、今や打ち捨てられ、道はいたるところで崩れて使えないと言う。山道ではなく、山頂に登り稜線をたどっていけば、赤ん坊の首を越えられる。しかしそれにはどうしても3日かかるのだと言う」
アツリュウが落胆を隠せないまま、言葉を返せずにいると、男はそれじゃあなと店を出ようとした。
「お待ちください、それではあなた様が行かれる道を教えてくださいませ」
ヨンキントが去ろうとする男に声を掛けた。
去ろうとしていた男が驚いて振り返る、アツリュウ達7人も同じくヨンキントを見た。
「あなた様の道ってなんだよ、俺はこれから家に帰るんだ」
男がひどく焦った口ぶりで返事をする。その様子にアツリュウ達もこの男がヨンキントの問いに図星を突かれたのではないかと予想できた。
「あなた様は私たちと同様に馬を売り払い、表に待たせている連れのもう一人は大きな荷物を抱えている。これから山越えなさるのでしょう?」
そんなわけないだろう、家に帰るんだ。と男は慌てて店を出て行った。
彼から事情を聞かねば。アツリュウは持っていた荷物を従者に渡すと、男を追った。
アツリュウに追われて、逃げおおせる人間を見つけることは難しい。彼は苦も無くあっという間に男の前に立った。
「もう少しお話をお聞かせ願います」
丁寧に頭を下げるが、男は話すことはないと応じてくれない。
後から追い付いたオルゴンが丁寧な物言いで、謝礼はするのでどうか教えてくれないかと金額を提示した。その額を聞いて男はかなり返事を迷った、しかし、やはり俺は何も知らないと首を振った。
アツリュウは男に真っすぐ視線を合わせた。
「私はこれからエイヘッド領主代行になるアツリュウ・ミタツルギだ、シュロム王子セウヤ殿下の命をうけこれからエイヘッドへ向かう」
男は何を言ってるんだ小僧と、ひきつった顔で笑おうとした。
「若い私に領主代行といわれても、信じられないもの無理はない、おいセウヤ殿下の任命証書を出せ、こちらの方にお見せする」
「いい、いいよ俺は字が読めねえよ」
アツリュウは後ずさる男の両手を取った。
「先ほどは金で交渉するなどと大変な失礼をした。あなたにとって安々と教えられないことだとお見受けする。しかしながら、私はこれから領地を守る者として、領地に続く道は必ず把握しておかねばならない。それは領民の安全に関わることだ、私の言っていることが分かるか?」
男はアツリュウにがっちりと手を取られ、逃げられず、首を上下に振った。
「もしあなたが道を教えることで、あなたの身に危険があるのであれば、領主代行の名において必ず守ると約束しよう。他の理由であるならば、けしてあなたに悪いようにはしない教えてもらえないか」
男はぐっと口を結んでしばし考えているようだったが、首を左右に振って、本当です道なんて知りません。と答えた。
後ろでオルゴンが「仕方がない、尋問か……」と呟くと、男の顔が真っ青になった。それでも男は何も言おうとしなかった。
「分かりました。失礼しました」
アツリュウが手を離すと、男は腰が抜けてしゃがみこんだ。ヨンキントがオルゴンに熱心に何事かをささやくと、オルゴンは男に金貨を握らせた。
「無礼を働いたお詫びです」
男は走って、逃げるように去って行った。
「代行よろしかったので? 尾行しましょうか?」
護衛の1人が問うてきたが、アツリュウは必要ないと断った。
「道案内をさせるなら、信頼関係ができていなければ意味がない。山の中で姿をくらませられたら俺たちは迷って死ぬだけだ」
「大丈夫ですよ、私たちはあの男から道を教えてもらえます」
ヨンキントが陽気に言った。皆驚いて彼を見ると、自信たっぷりにふふふと笑った。
果たしてヨンキントの言ったことは本当になった。
翌朝、日の出とともに出発した。すると赤ん坊の首へと続く林道で大きな荷物を背負った二人の男が待っていた。彼らは一晩よく考えて、領主代行様の道案内をすることにしたと申し出てくれた。
「ヨンキント様、どうして彼が心変わりして協力してくれると分かったのです?」
アツリュウは驚きと尊敬の眼差しで問うた。
「ふふふ、それはあなたの功績です。私はあなたという方を増々好きになりました」
ヨンキントはあなたは可愛いだけではないんですねと失礼なことを言った。
「昨日のあなたの説得で、あの男は半分落ちたのですよ。残りの半分は金貨で落ちた。あとは決心するための時間をあげればいい。私たちに親切に山越えの危険を教えてくれるような人間です、誠実にお願いされ、大金をもらえば、お返しをしない訳にはいかない。それが良き心をもつ人の行動です」
この人が本人の望まないところで出世してしまうのは、うるう年のうるう日に生まれただけではないことをアツリュウは知った。ヨンキントの隣を歩いていると安心する。それはこの人がかもしだす「良い人」感がそうさせる。
いやいやこの人は侮れないぞ、これが神官という人達なのか、人心掌握恐ろしいな。
◇◇◇ ◇◇◇
男の案内で、山を一つ越え、大森林の中に入った。大森林は深く暗い森、地元の人間でもすぐに迷ってしまう迷路のような森だ。男が言うには『目印の木』で待つと、『森の人』が来てくれることになっていると言う。
『森の人』とはエイヘッドの山岳地帯や大森林に居住する人々で、ヒルディルド国が建国するもっと前からここに暮らしている人々なのだと教えてもらった。
様々にヒルディルドの歴史を学んできた8人だったが、初めて聞く『森の人』の話に驚いた。そんな妖精のような人たちに自分たちは命を託して、この大森林を進むのかと思うとさすがに不安になったがもはや信じるより他はない。
『約束の木』にたどり着くと、二人の男が今夜はここで野営して早朝に来る森の人を待つと言う。男たちは焚火を囲んだ。
暇だからと護衛の1人が、従者のキボネに劇場で観た、剣士様の純愛物語を話してくれと言いだした。
登場人物の名前は違うが、それでも自分の話を脚色されている物語だ。アツリュウも初めは興味をもって聞いていたが、すぐに身もだえし、のたうちまわりたくなる恋人たちの甘い台詞の数々。それをキボネが迫真の語りで聞かせる。逃げたしたいのに暗い森に入れば一瞬で迷うだろう、拷問のような夜だった。
案内してくれた男2人はその話がたいそう気に入って「領主代行、エイヘッドにもその劇団をいつか呼んでくださいませ」と頼まれて困ってしまった。
◇◇◇ ◇◇◇
獣の匂いがうっすらと、森の香りに混ざりあって鼻に届き目を覚ました。不思議な香りたっだ。
夜が明けていた。朝日の光の中、浅い覚醒で匂いの方を見ると。白い毛皮を羽織り、見たことのない民族衣装の少年が簡素な槍を片手に持って立っていた。獣の匂いは毛皮からしているようっだった。
深い青い瞳と、白い肌にそばかすが散っている。耳には大きな穴をあけて、翡翠の石をはめ込んでいる。髪は細くいくつにも分けて編み込まれていた。神秘的な美しさだった。人の形をしているのに、まるで小鹿を見ているようだった。
同行している男が「ありがとう」と少年に声をかけ、不思議な見たことのない仕方で腕を組んで挨拶を交わした。
その少年は一言も言葉を発しなかった。アツリュウがいくつか質問すると、目を合わせる。けれど首さえ振ってはくれない、男に言葉が通じないのかと聞くと、こちらの言っていることはすべて理解していると教えてくれた。必要な時に、必要なことしか話さないのだそうだ。
けして足音をたてず、滑るように歩く少年の案内で、日が暮れるまえに赤ん坊の首を越えることができた。男が荷物から大きな袋を出して少年に渡す。受け取るとまた不思議な仕方で腕を組んで挨拶をすると、少年はあっという間に森に消えた。
案内をしてくれた男に改めて謝礼を渡すと、受け取れないと返された。ヨンキントの良き心の人という言葉が思い出され、言葉で心からの感謝を伝えた。そしてかなり先にはなるだろうが劇団もいつか呼ぶと約束した。
◇◇◇ ◇◇◇
『赤ん坊の頭』エイヘッドに入った。領都に行く前に、港街のエイドドアド『赤ん坊の口』に向かう。港に出るまでに2日ほど、田舎の村々を越えていく。ヨンキントが見たいといったエイヘッドの領民、特に田舎の村人の暮らしがわかるだろう。
オルゴンがアツリュウに領主代行であることを、村人に明かさない方がいいだろうと提案してきた。
領民にとってはミヤビハラ家は100年以領地を治めてきたのだ、新しい領主をいきなり受け入れられるとも思えない、無用な争いや騒ぎを起こさないためにも、身分を隠した方が良いと諭された。
1つ目の集落に着いて愕然とした。家屋は修繕されないままに並び、牛も人も痩せていた。疲れた顔をして汚れた着物で働く大人の横で、本来なら遊んでいる子供がいてもいいのに、ぼんやりと座る老人がいるだけだった。
アツリュウ達の見るからに兵士と分かる身なりに、村人が寄って来る。施しを求め、得られないと分かると、この村の窮状をなんとか領主様にお伝えしてほしいを懇願する。
「もう夏を越せないのでございます。あと2カ月ほどで食糧は尽きるのです」
村人は口々に、次の秋の収穫まで食料が持たないことを訴える。特に神官のヨンキントに人が集まる。どうかお助けくださいと。
村をいくつ越えても同じだった。人々は次の収穫まで食料がもたないのだと訴える。なんとか冬は越したが、次の食糧を得る手立てがないのだと。
「ミヤビハラ家は何をしているのだ」
オルゴンが腹立たしく吐き捨てる横で、アツリュウは身分を隠した自分の行いを恥じていた。とても言えなかった、窮状を訴える村人の前で、自分が新しく領地を預かる領主代行だと。
あの場でそれを言ったら、人々が群がってきただろう。だが自分は何を約束できるのか?
領地経営について、自分は何も知らない。セウヤ殿下に領地の窮状を救うための金をもらっているわけでもない。だから身分を明かせなかった。
「神官様この子に祝福をくださいませ」
継ぎはぎの着物をきた女性が、3歳くらいの子供を連れてヨンキントの所にやってきた。
見ると、その子の左手が曲がったまま固まって、動かせないことが見て取れた。
「もちろんです。なんというお名前かな?」
ヨンキントは優しく子供を抱き上げた。背の高い彼に抱かれて子供は目を丸くし、そして笑った。
男の子は照れたように名前をごにょごにょ言った。ヨンキントはよく聞き取って、その子を降ろすと名前とともに祝福の文言を朗々と謡い、子供の額に触れた。
オルゴンが母親にその子の腕はどうしたのかと聞くと、「神殿が崩れて……」と彼女は言った。
「神殿が崩れたとはどういうことです?」
ヨンキントが語気を強めて問うた。
「この子の1歳の祝いに、神殿にお参りしましたら、その時崩れてきた壁が腕に当たって大怪我をしてしまい、動かすことができなくなりました。」
ヨンキントはとても暗い顔になり、その神殿に案内してくださいと母親に頼んだ。
神殿は半分崩れていた。そして残された半分は、いつ崩れてもおかしくないと言うのに、いまだに人が出入りしていた。
「この半壊した神殿をまだ使っているのですか!」
ヨンキントは非常に大きな衝撃を受けたようだった。
「なりません、このような危険な場所に入ってはなりません」
たまたまそこに居合わせた、神殿に祈りにきた人々に彼は大きな声で言って聞かせた。それでも、そこに集まる人は、ありがたい神殿ですから、ここに皆来たいのですと返事をする。
修繕できないのかという言葉が喉まで出かかったが、アツリュウは黙るしかなかった。神殿を修理する金などあるはずもないのだ。それでもなお、村人は神殿を大切に思っているのだ。
「ここの神官はどこにいるのです」
ヨンキントの問いかけに、神殿が崩れた2年前に、神官たちは去りましたと村人が答えた。
出会ってから、ずっと陽気で笑顔だったヨンキント。
彼は苦しい顔をして、崩れた神殿の前からしばらく動かなかった。
エイヘッドはシュロム領土の中で最大の面積を誇るが、居住や農耕に適した有用な土地は、領土の中で最も狭い。赤ん坊の頭はほとんどが山脈と森林に覆われている。
エイヘッドの山脈向こうには、入ったら抜け出せない広大な大森林が広がり、その先には果てない岩砂漠、そしてその、はるか先にはピプドゥ国に繋がっていると言われている。しかし未開の土地に足を踏み入れたものはいないので、伝説のような話だ。生きてその真偽を確かめた者は誰もいない。
とうとう、8日間の旅を続け、アツリュウ一行は赤ん坊の首の麓の村に到着した。
山越えの為の食糧を買い込み、山に連れていけない馬を、買い取ってくれるという場所に向かった。店の主人とオルゴンが交渉していると、先客らしい男が、「あんたらまさか山越えする気かい?」と声をかけてきた。
「まだ『虎月』の5月だからな、山越えは自殺行為だ。見てみろあの雪を」
ヒルディルドの中心部にある首都モーリヒルドも冬季は雪が降る、しかし積もっても足首程度。しかしここの村の冬はアツリュウの身長ほどの雪が積もるそうだ。
首都で虎月といえば、日中は暖かく、体を動かせは汗ばむほどであるが、ここではまだ、山の頂に雪が少し残っていた。
「天気が良ければ、山越えできる。でも3日はかかるんだ。もし天候が悪くなったら雨でも雪でも絶対に夜を越せない。凍死しちまうんだよ。必ず晴れる3日を選ぶことは賭けみたいなもんだ。あんたら金をもってる高貴な身分のお方なんだろう、だったらエンドバードで船に乗るか、来月の『蜻蛉月』まで待つのがいいよ」
男は親切に教えてくれた。
「整備された山道があると聞きました。かなり険しいが早朝に出れば、なんとか暗くなる前に赤ん坊の首を抜けられるという道です」
アツリュウが尋ねると、男はいったい何年前の話をしているのかと、あきれ顔であんな崩れ道と言った。
以前はエイヘッド領の管理があり、整備されていた山道は、今や打ち捨てられ、道はいたるところで崩れて使えないと言う。山道ではなく、山頂に登り稜線をたどっていけば、赤ん坊の首を越えられる。しかしそれにはどうしても3日かかるのだと言う」
アツリュウが落胆を隠せないまま、言葉を返せずにいると、男はそれじゃあなと店を出ようとした。
「お待ちください、それではあなた様が行かれる道を教えてくださいませ」
ヨンキントが去ろうとする男に声を掛けた。
去ろうとしていた男が驚いて振り返る、アツリュウ達7人も同じくヨンキントを見た。
「あなた様の道ってなんだよ、俺はこれから家に帰るんだ」
男がひどく焦った口ぶりで返事をする。その様子にアツリュウ達もこの男がヨンキントの問いに図星を突かれたのではないかと予想できた。
「あなた様は私たちと同様に馬を売り払い、表に待たせている連れのもう一人は大きな荷物を抱えている。これから山越えなさるのでしょう?」
そんなわけないだろう、家に帰るんだ。と男は慌てて店を出て行った。
彼から事情を聞かねば。アツリュウは持っていた荷物を従者に渡すと、男を追った。
アツリュウに追われて、逃げおおせる人間を見つけることは難しい。彼は苦も無くあっという間に男の前に立った。
「もう少しお話をお聞かせ願います」
丁寧に頭を下げるが、男は話すことはないと応じてくれない。
後から追い付いたオルゴンが丁寧な物言いで、謝礼はするのでどうか教えてくれないかと金額を提示した。その額を聞いて男はかなり返事を迷った、しかし、やはり俺は何も知らないと首を振った。
アツリュウは男に真っすぐ視線を合わせた。
「私はこれからエイヘッド領主代行になるアツリュウ・ミタツルギだ、シュロム王子セウヤ殿下の命をうけこれからエイヘッドへ向かう」
男は何を言ってるんだ小僧と、ひきつった顔で笑おうとした。
「若い私に領主代行といわれても、信じられないもの無理はない、おいセウヤ殿下の任命証書を出せ、こちらの方にお見せする」
「いい、いいよ俺は字が読めねえよ」
アツリュウは後ずさる男の両手を取った。
「先ほどは金で交渉するなどと大変な失礼をした。あなたにとって安々と教えられないことだとお見受けする。しかしながら、私はこれから領地を守る者として、領地に続く道は必ず把握しておかねばならない。それは領民の安全に関わることだ、私の言っていることが分かるか?」
男はアツリュウにがっちりと手を取られ、逃げられず、首を上下に振った。
「もしあなたが道を教えることで、あなたの身に危険があるのであれば、領主代行の名において必ず守ると約束しよう。他の理由であるならば、けしてあなたに悪いようにはしない教えてもらえないか」
男はぐっと口を結んでしばし考えているようだったが、首を左右に振って、本当です道なんて知りません。と答えた。
後ろでオルゴンが「仕方がない、尋問か……」と呟くと、男の顔が真っ青になった。それでも男は何も言おうとしなかった。
「分かりました。失礼しました」
アツリュウが手を離すと、男は腰が抜けてしゃがみこんだ。ヨンキントがオルゴンに熱心に何事かをささやくと、オルゴンは男に金貨を握らせた。
「無礼を働いたお詫びです」
男は走って、逃げるように去って行った。
「代行よろしかったので? 尾行しましょうか?」
護衛の1人が問うてきたが、アツリュウは必要ないと断った。
「道案内をさせるなら、信頼関係ができていなければ意味がない。山の中で姿をくらませられたら俺たちは迷って死ぬだけだ」
「大丈夫ですよ、私たちはあの男から道を教えてもらえます」
ヨンキントが陽気に言った。皆驚いて彼を見ると、自信たっぷりにふふふと笑った。
果たしてヨンキントの言ったことは本当になった。
翌朝、日の出とともに出発した。すると赤ん坊の首へと続く林道で大きな荷物を背負った二人の男が待っていた。彼らは一晩よく考えて、領主代行様の道案内をすることにしたと申し出てくれた。
「ヨンキント様、どうして彼が心変わりして協力してくれると分かったのです?」
アツリュウは驚きと尊敬の眼差しで問うた。
「ふふふ、それはあなたの功績です。私はあなたという方を増々好きになりました」
ヨンキントはあなたは可愛いだけではないんですねと失礼なことを言った。
「昨日のあなたの説得で、あの男は半分落ちたのですよ。残りの半分は金貨で落ちた。あとは決心するための時間をあげればいい。私たちに親切に山越えの危険を教えてくれるような人間です、誠実にお願いされ、大金をもらえば、お返しをしない訳にはいかない。それが良き心をもつ人の行動です」
この人が本人の望まないところで出世してしまうのは、うるう年のうるう日に生まれただけではないことをアツリュウは知った。ヨンキントの隣を歩いていると安心する。それはこの人がかもしだす「良い人」感がそうさせる。
いやいやこの人は侮れないぞ、これが神官という人達なのか、人心掌握恐ろしいな。
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『森の人』とはエイヘッドの山岳地帯や大森林に居住する人々で、ヒルディルド国が建国するもっと前からここに暮らしている人々なのだと教えてもらった。
様々にヒルディルドの歴史を学んできた8人だったが、初めて聞く『森の人』の話に驚いた。そんな妖精のような人たちに自分たちは命を託して、この大森林を進むのかと思うとさすがに不安になったがもはや信じるより他はない。
『約束の木』にたどり着くと、二人の男が今夜はここで野営して早朝に来る森の人を待つと言う。男たちは焚火を囲んだ。
暇だからと護衛の1人が、従者のキボネに劇場で観た、剣士様の純愛物語を話してくれと言いだした。
登場人物の名前は違うが、それでも自分の話を脚色されている物語だ。アツリュウも初めは興味をもって聞いていたが、すぐに身もだえし、のたうちまわりたくなる恋人たちの甘い台詞の数々。それをキボネが迫真の語りで聞かせる。逃げたしたいのに暗い森に入れば一瞬で迷うだろう、拷問のような夜だった。
案内してくれた男2人はその話がたいそう気に入って「領主代行、エイヘッドにもその劇団をいつか呼んでくださいませ」と頼まれて困ってしまった。
◇◇◇ ◇◇◇
獣の匂いがうっすらと、森の香りに混ざりあって鼻に届き目を覚ました。不思議な香りたっだ。
夜が明けていた。朝日の光の中、浅い覚醒で匂いの方を見ると。白い毛皮を羽織り、見たことのない民族衣装の少年が簡素な槍を片手に持って立っていた。獣の匂いは毛皮からしているようっだった。
深い青い瞳と、白い肌にそばかすが散っている。耳には大きな穴をあけて、翡翠の石をはめ込んでいる。髪は細くいくつにも分けて編み込まれていた。神秘的な美しさだった。人の形をしているのに、まるで小鹿を見ているようだった。
同行している男が「ありがとう」と少年に声をかけ、不思議な見たことのない仕方で腕を組んで挨拶を交わした。
その少年は一言も言葉を発しなかった。アツリュウがいくつか質問すると、目を合わせる。けれど首さえ振ってはくれない、男に言葉が通じないのかと聞くと、こちらの言っていることはすべて理解していると教えてくれた。必要な時に、必要なことしか話さないのだそうだ。
けして足音をたてず、滑るように歩く少年の案内で、日が暮れるまえに赤ん坊の首を越えることができた。男が荷物から大きな袋を出して少年に渡す。受け取るとまた不思議な仕方で腕を組んで挨拶をすると、少年はあっという間に森に消えた。
案内をしてくれた男に改めて謝礼を渡すと、受け取れないと返された。ヨンキントの良き心の人という言葉が思い出され、言葉で心からの感謝を伝えた。そしてかなり先にはなるだろうが劇団もいつか呼ぶと約束した。
◇◇◇ ◇◇◇
『赤ん坊の頭』エイヘッドに入った。領都に行く前に、港街のエイドドアド『赤ん坊の口』に向かう。港に出るまでに2日ほど、田舎の村々を越えていく。ヨンキントが見たいといったエイヘッドの領民、特に田舎の村人の暮らしがわかるだろう。
オルゴンがアツリュウに領主代行であることを、村人に明かさない方がいいだろうと提案してきた。
領民にとってはミヤビハラ家は100年以領地を治めてきたのだ、新しい領主をいきなり受け入れられるとも思えない、無用な争いや騒ぎを起こさないためにも、身分を隠した方が良いと諭された。
1つ目の集落に着いて愕然とした。家屋は修繕されないままに並び、牛も人も痩せていた。疲れた顔をして汚れた着物で働く大人の横で、本来なら遊んでいる子供がいてもいいのに、ぼんやりと座る老人がいるだけだった。
アツリュウ達の見るからに兵士と分かる身なりに、村人が寄って来る。施しを求め、得られないと分かると、この村の窮状をなんとか領主様にお伝えしてほしいを懇願する。
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村をいくつ越えても同じだった。人々は次の収穫まで食料がもたないのだと訴える。なんとか冬は越したが、次の食糧を得る手立てがないのだと。
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オルゴンが腹立たしく吐き捨てる横で、アツリュウは身分を隠した自分の行いを恥じていた。とても言えなかった、窮状を訴える村人の前で、自分が新しく領地を預かる領主代行だと。
あの場でそれを言ったら、人々が群がってきただろう。だが自分は何を約束できるのか?
領地経営について、自分は何も知らない。セウヤ殿下に領地の窮状を救うための金をもらっているわけでもない。だから身分を明かせなかった。
「神官様この子に祝福をくださいませ」
継ぎはぎの着物をきた女性が、3歳くらいの子供を連れてヨンキントの所にやってきた。
見ると、その子の左手が曲がったまま固まって、動かせないことが見て取れた。
「もちろんです。なんというお名前かな?」
ヨンキントは優しく子供を抱き上げた。背の高い彼に抱かれて子供は目を丸くし、そして笑った。
男の子は照れたように名前をごにょごにょ言った。ヨンキントはよく聞き取って、その子を降ろすと名前とともに祝福の文言を朗々と謡い、子供の額に触れた。
オルゴンが母親にその子の腕はどうしたのかと聞くと、「神殿が崩れて……」と彼女は言った。
「神殿が崩れたとはどういうことです?」
ヨンキントが語気を強めて問うた。
「この子の1歳の祝いに、神殿にお参りしましたら、その時崩れてきた壁が腕に当たって大怪我をしてしまい、動かすことができなくなりました。」
ヨンキントはとても暗い顔になり、その神殿に案内してくださいと母親に頼んだ。
神殿は半分崩れていた。そして残された半分は、いつ崩れてもおかしくないと言うのに、いまだに人が出入りしていた。
「この半壊した神殿をまだ使っているのですか!」
ヨンキントは非常に大きな衝撃を受けたようだった。
「なりません、このような危険な場所に入ってはなりません」
たまたまそこに居合わせた、神殿に祈りにきた人々に彼は大きな声で言って聞かせた。それでも、そこに集まる人は、ありがたい神殿ですから、ここに皆来たいのですと返事をする。
修繕できないのかという言葉が喉まで出かかったが、アツリュウは黙るしかなかった。神殿を修理する金などあるはずもないのだ。それでもなお、村人は神殿を大切に思っているのだ。
「ここの神官はどこにいるのです」
ヨンキントの問いかけに、神殿が崩れた2年前に、神官たちは去りましたと村人が答えた。
出会ってから、ずっと陽気で笑顔だったヨンキント。
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