見ているだけで満足な姫と死んでも触りませんと誓った剣士の両片思いの恋物語

まつめ

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35.港の要塞

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 村々を通り、最初の目的地である『赤ん坊の口』と呼ばれるエイドドアドの港街に到着した。
 街に入ると、アツリュウたち一行は、驚きとともに強烈なやるせなさを感じた。

 西の街道から街に入ると、街は南北の2つの丘に挟まれていた。
 海側の南の丘には、美しい漆黒の瓦を輝かせた女性神官が司る神殿があり、それと対になるように向き合って。北の丘には男性神官が司る大きな神殿がそびえていた。

 真っ白に塗られた大神殿は、遠目でも建てられてまだ年月が浅いことが分かる。その2棟の神殿の建設費だけで、アツリュウたちが通ってきた村々の貧しさからくる諸所の問題は、ろうそく1本吹き消す程の容易さで解決できるだろうと思われた。

 しかし、やるせなさは街を進むほどにひどくなった。
 町の中央を東西に走る華やいだ街道は、ここはもしや帝国の街なのではと錯覚さっかくを起こす程だった。洒落しゃれた帝国式の館でできた商店が並び、歩道は化粧石が敷き詰められ、これほど財を費やした地方都があるのだろうかと、あちこち驚嘆かんたんして眺めずにはいられなかった。

「話には聞いていたが、実際に目にすると強烈だな」
オルゴンの言葉に、一行の全員が頷いた。

 エイヘッドの領主バンダイ・ミヤビハラは2人の妻に逃げられた。

 最果ての北の地の侘しさに耐えられず、子を成すこともなく都に帰ってそれきり。3人目の妻を何とか繋ぎ留めるため、彼はできうる限りの財を投じて、エイドドアドの街を飾り立てた。

 夫人を退屈させないよう、都から歌だの舞だの思いつく芸術家を呼んでは金で居つかせ、北の田舎に小さな都を完成させたのだ。

 その犠牲ぎせいとなったのが、アツリュウたちが見てきたものだ。どれほどの重税でこの都の為に財を吸い取ったのだろう。

 道を行くほどに、この街の異様さがあらわになった。
 確かに豪華な館が並ぶが、昼だというのに、家は扉を固く閉じ、商店の多くも閉まっている。用心棒なのか、雇われ警備兵風の厳つい男が大きな商家の前には必ず見張りとして立っている。物々しい雰囲気の中、街道に人はまばらだった。

 ヨンキントと別れた。彼はエイドドアドの神殿を訪ねて神官達に着任の挨拶をしてくるという。
 崩れた神殿を見てから、道すがら彼はほとんど語らなかった。

 しかし別れ際、数日しましたら領主城の神殿に参りますので、その時またお会いしましょうと、彼の穏やかな微笑みをアツリュウに向けた。


 港警護の兵士詰め所に到着した。

 詰め所という名の要塞ようさいにしか見えない場所
 エイドドアドに軍港は存在しないはずだったが、石造りの要塞ようさいの防壁には砲弾避けの鉄板まで貼られ、小さいながら、なかなかの軍港だった。

「それでは行ってこい」
 アツリュウはオルゴンンに背中を思い切り叩かれ、気合をいれられた。

 背中をさすりながら、「俺を待っている間、酒飲むなよ」とにらんでおいた。
「飲む訳ないだろ、お前の死体をもらいにいく仕事があるかもしれんのに」

 オルゴンンが笑うと、代行どうかご無事で、と縁起でもない言葉で、皆が口々に励ましてくれた。
「それでは代行、初仕事に行ってらっしゃいませ! 」

 どこかでゆっくり休憩しようなどと明るく言って、オルゴンンは、ここに待機するつもりでいた他5人の護衛と従者を引き連れ行ってしまった。

 アツリュウは要塞の前に一人ぽつんと取り残された。
「あれは絶対、酒を飲む気だ」


 シュロムの属領地では領主は治安のための警備兵を置くことを許されている。領主の裁量さいりょうで警備兵は動くが、実質の総指揮者はシュロムの王である。

 属領地の警備兵はすべてシュロム近衛兵の下に置かれ、領主はシュロム王から兵を借りている形だ。兵士はシュロム王に、現在はセウヤ殿下に忠誠を誓っている。

 アツリュウがエイヘッドの地で、海賊退治をするためには、エイヘッドの港警備兵の協力が必要だ。海兵と対海賊船用の警備船がなければ、海に出ることすらままならない。

 しかしここはバンダイ・ミヤビハラによって統治されていた地、いきなり今日からアツリュウに従えと言われても、簡単に受け入れられるものではないだろう。

 港の警備兵の協力を得るために、セウヤが付けてくれた小隊を引き連れて、力でねじ伏せるという方法もあるが、自分にそれが首尾よくできるとは思えなかった。まず少人数で友好的に訪ね、協力を求める方法を選択したところ、オルゴンンは無情にもアツリュウに一人で行けと言い渡した。

 ミタツルギが来たと伝えると、この場所の司令官であり、エイヘッド領全ての港と船の保安を統括するヒシダ総監が入口で彼を出迎えた。

 アツリュウは19歳の、どこから見てもまごうことなき若造わかぞうで、対するヒシダ総監は歳は50代前半の威風堂々たる壮年そうねんの男だった。

 エイヘッド領の海の全てを任される総監にふさわしく、国軍海兵の上級士官の雰囲気がある、数多実戦を経験してきた貫禄があり、そして事実、彼の前職はそうだったと、事前の調べで知っていた。

 この男をアツリュウが動かせるかどうか、この1点が今回の海賊退治が、成せるかいなかのかなめなのだ。

「モーリヒルドから来た、ミタツルギだ。領主代行だいこうとしてここを監督させてもらう、よろしくたのむ」

 握手のために右手を差し出したが、そのままヒシダ総監の目線が手にしばし注がれただけで、己の手は宙に浮いた。嫌な間が空いて、しかたがないので、手を引っ込めた。

 いきなり来た若造に今日から領主代行だと言われても、はい了解しましたとはいえないだろう。自分でも内心、上官の上官のさらに上官みたいなお偉い雰囲気の方に、上から物を言うのはそれだけで、体力を使う。お互い疲れることだ。
 
「ミタツルギ殿は長旅でお疲れでしょう、本日のところはもうお休みになられたらいかが? 先触さきぶれがありませんでしたので、お迎え入れる準備も整っておりませんので」
 ヒシダは低い声でさらりと言うと、入り口から一歩も入れようとしなかった。

「先触れはしない、私が好きな時にいつでも来る。それに、準備など、私の為に何の準備をする必要があるのかな?」

 笑い顔を作って言いながら、アツリュウは腰に帯びている大剣に手を伸ばした。ヒシダの後ろに控えている兵士達の目が見開き、素早く剣の柄に手を掛けた。

 礼儀の手順通りに大剣と小剣を外すと、控える兵士に向けて差し出した。
 しばらく呆気に取られていたが、アツリュウが剣を預けるつもりなのだとやっと理解して兵士は受け取った。

「話を聞きたい。でも、まずここを案内してくれ」
 アツリュウは一歩中にぐいと進んだが、立ちはだかるヒシダ総監の体でそれ以上は無理だった。

 彼の方が身長が高いので、見上げる形で目を見据えた。
 ヒシダと彼を呼び捨てた。

「私を呼ぶときはミタツルギ殿ではなく、代行だいこうと呼べ」
 彼は恐ろしい雰囲気でアツリュウを見下ろしていた。

 内心、すいませんでしたと頭を下げて帰りたい心地だったが、涼しい顔を見せてやった。
「承知しました。代行ご案内します」
 長い沈黙の後、彼がこちらへと招き入れた。

 要塞は建設されてまだ5年なのだという。新しい雰囲気の中、内部、外部、そして港に停泊している警備船の説明を受けた。

 背がそれほど高くない若い男のアツリュウに大柄なヒシダが敬語で案内しているのを兵士たちが見て、あれがミタツルギかとささやく声が聞こえた。

「なんだあれは」
 思わず呆れて声が出てしまった。ヒシダ総監の人柄を表すがごとく、兵の配置から武器弾薬の管理と無駄なく整然と整えられている中で、それは子供の玩具のように周囲から浮いて見えた。

「あちらは……大砲でございます」
「それは見て分かるが、あれは陸戦用の移動式、しかもかなり旧式なのでは? あんな場所に並べて、潮風にあてて錆びさせる必要があるのか? 飾りなのか?」

 飾りと聞いて、ヒシダは口に手を当てた、明らかに笑いを堪えている。
「そうですね、飾り。そういうことにすれば、少しは兵士たちの気も収まるかもしれませんな」

 ヒシダ総監は独り言のように呟いてから、真面目な顔に戻った。
「あちらの大砲は先日お戻りになりました、ロドリゲス様が配置されたものでございます」

「あの大砲の砲弾飛距離はどれくらいあるのだ。そもそも使えるのか?」
「代行は南ルールド帝国が所有する、最新式の艦船がどんなものかご存じか?」

 アツリュウは分からないと素直に答えた。
「あそこ」とヒシダが灯台が見える入り江の入り口を指さした。

「帝国の艦船でしたら、飛距離だけなら入り江に入らずともここまで砲弾は届きます。命中する距離となると、この入り江の中ほどまで船を進めねばなりませんが……そもそも、帝国の艦隊がエイドドアドに来ることは無い」

「何故だ」
「我が国の主要な港、3か所を押さえれば国の機能は止まる。わざわざこんな最北の小さな港に来る必要もないし、この入り江は国の大型帆船さえ寄港しない。まあ、ありていにいって取るに足らない田舎の港なのですよここは」

 ヒシダの顔に浮かぶものは、馬鹿にした笑いだった、それはヒシダ自身に向けられているようだった。

「この要塞は、領主バンダイ様の対抗心で築かれた。ムラド陛下に続いて、グイド陛下も帝国の侵略に備えて、大きく動かれている。ミタツルギ家のあなたに説明は必要ないでしょうが、あなたのミタツルギ家領地のエンドバード港に建設された最新の軍港…… あの軍港がわが領主バンダイ様の気にさわったのです。それで……」

「バンダイのミタツルギ家への対抗心で、この軍港が築かれたというのか?」
 ヒシダは頷いた。

「おまえの話でいえば、ここは無用の長物ということか? しかし、帝国の侵略の脅威を語る以前に、ここ北の海域では長く海賊との戦いの歴史があった学んだ。対海賊としたとき、この軍港の価値は無いのか?」
 アツリュウはここに来た理由でもある海賊について尋ねた。

「ここに着任して5年になりますが、ただの1度として海賊は出没しておりません。10年前に海賊の根城ねじろを、前ムラド陛下のご命令のもと、国軍海兵団が制圧しました。その時私も海軍におりました」

 海賊も来ない、帝国軍が来ることも無い、平和な田舎の港……
 アツリュウは遠く、入り江の入り口を見た。大きく広がる海は穏やかに光を反射する。

 大きな2つの神殿。財を凝らした帝国式の建物、そしてこの立派な軍港。どれも美しく、エイドドアドを飾る。この街はどこもかしこも飾りだらけだ。そしてその美しい飾りの後ろにはやせ細った領民が隠れている。

「この軍港を造ったことで、エイヘッドの主要産業である木材の搬出のための船が、大きな制限を受けることになりました。代行は着任すると同時に商人達の突き上げを受けますよ、海賊よりもそちらの方がよほど恐ろしく強敵だ」
 ご覚悟されるとよい、とヒシダが笑った。

「海賊を見ていないと言ったが…… バンダイ殿は海賊に襲われたと聞いている。その時ヒシダは一緒ではなかったのか?」

 場所を移しましょうといって、ヒシダ総監はアツリュウを応接室に案内した。
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