35 / 130
35.港の要塞
しおりを挟む
村々を通り、最初の目的地である『赤ん坊の口』と呼ばれるエイドドアドの港街に到着した。
街に入ると、アツリュウたち一行は、驚きとともに強烈なやるせなさを感じた。
西の街道から街に入ると、街は南北の2つの丘に挟まれていた。
海側の南の丘には、美しい漆黒の瓦を輝かせた女性神官が司る神殿があり、それと対になるように向き合って。北の丘には男性神官が司る大きな神殿がそびえていた。
真っ白に塗られた大神殿は、遠目でも建てられてまだ年月が浅いことが分かる。その2棟の神殿の建設費だけで、アツリュウたちが通ってきた村々の貧しさからくる諸所の問題は、ろうそく1本吹き消す程の容易さで解決できるだろうと思われた。
しかし、やるせなさは街を進むほどにひどくなった。
町の中央を東西に走る華やいだ街道は、ここはもしや帝国の街なのではと錯覚を起こす程だった。洒落た帝国式の館でできた商店が並び、歩道は化粧石が敷き詰められ、これほど財を費やした地方都があるのだろうかと、あちこち驚嘆して眺めずにはいられなかった。
「話には聞いていたが、実際に目にすると強烈だな」
オルゴンの言葉に、一行の全員が頷いた。
エイヘッドの領主バンダイ・ミヤビハラは2人の妻に逃げられた。
最果ての北の地の侘しさに耐えられず、子を成すこともなく都に帰ってそれきり。3人目の妻を何とか繋ぎ留めるため、彼はできうる限りの財を投じて、エイドドアドの街を飾り立てた。
夫人を退屈させないよう、都から歌だの舞だの思いつく芸術家を呼んでは金で居つかせ、北の田舎に小さな都を完成させたのだ。
その犠牲となったのが、アツリュウたちが見てきたものだ。どれほどの重税でこの都の為に財を吸い取ったのだろう。
道を行くほどに、この街の異様さがあらわになった。
確かに豪華な館が並ぶが、昼だというのに、家は扉を固く閉じ、商店の多くも閉まっている。用心棒なのか、雇われ警備兵風の厳つい男が大きな商家の前には必ず見張りとして立っている。物々しい雰囲気の中、街道に人はまばらだった。
ヨンキントと別れた。彼はエイドドアドの神殿を訪ねて神官達に着任の挨拶をしてくるという。
崩れた神殿を見てから、道すがら彼はほとんど語らなかった。
しかし別れ際、数日しましたら領主城の神殿に参りますので、その時またお会いしましょうと、彼の穏やかな微笑みをアツリュウに向けた。
港警護の兵士詰め所に到着した。
詰め所という名の要塞にしか見えない場所
エイドドアドに軍港は存在しないはずだったが、石造りの要塞の防壁には砲弾避けの鉄板まで貼られ、小さいながら、なかなかの軍港だった。
「それでは行ってこい」
アツリュウはオルゴンンに背中を思い切り叩かれ、気合をいれられた。
背中をさすりながら、「俺を待っている間、酒飲むなよ」と睨んでおいた。
「飲む訳ないだろ、お前の死体をもらいにいく仕事があるかもしれんのに」
オルゴンンが笑うと、代行どうかご無事で、と縁起でもない言葉で、皆が口々に励ましてくれた。
「それでは代行、初仕事に行ってらっしゃいませ! 」
どこかでゆっくり休憩しようなどと明るく言って、オルゴンンは、ここに待機するつもりでいた他5人の護衛と従者を引き連れ行ってしまった。
アツリュウは要塞の前に一人ぽつんと取り残された。
「あれは絶対、酒を飲む気だ」
シュロムの属領地では領主は治安のための警備兵を置くことを許されている。領主の裁量で警備兵は動くが、実質の総指揮者はシュロムの王である。
属領地の警備兵はすべてシュロム近衛兵の下に置かれ、領主はシュロム王から兵を借りている形だ。兵士はシュロム王に、現在はセウヤ殿下に忠誠を誓っている。
アツリュウがエイヘッドの地で、海賊退治をするためには、エイヘッドの港警備兵の協力が必要だ。海兵と対海賊船用の警備船がなければ、海に出ることすらままならない。
しかしここはバンダイ・ミヤビハラによって統治されていた地、いきなり今日からアツリュウに従えと言われても、簡単に受け入れられるものではないだろう。
港の警備兵の協力を得るために、セウヤが付けてくれた小隊を引き連れて、力でねじ伏せるという方法もあるが、自分にそれが首尾よくできるとは思えなかった。まず少人数で友好的に訪ね、協力を求める方法を選択したところ、オルゴンンは無情にもアツリュウに一人で行けと言い渡した。
ミタツルギが来たと伝えると、この場所の司令官であり、エイヘッド領全ての港と船の保安を統括するヒシダ総監が入口で彼を出迎えた。
アツリュウは19歳の、どこから見てもまごうことなき若造で、対するヒシダ総監は歳は50代前半の威風堂々たる壮年の男だった。
エイヘッド領の海の全てを任される総監にふさわしく、国軍海兵の上級士官の雰囲気がある、数多実戦を経験してきた貫禄があり、そして事実、彼の前職はそうだったと、事前の調べで知っていた。
この男をアツリュウが動かせるかどうか、この1点が今回の海賊退治が、成せるか否かの要なのだ。
「モーリヒルドから来た、ミタツルギだ。領主代行としてここを監督させてもらう、よろしくたのむ」
握手のために右手を差し出したが、そのままヒシダ総監の目線が手にしばし注がれただけで、己の手は宙に浮いた。嫌な間が空いて、しかたがないので、手を引っ込めた。
いきなり来た若造に今日から領主代行だと言われても、はい了解しましたとはいえないだろう。自分でも内心、上官の上官のさらに上官みたいなお偉い雰囲気の方に、上から物を言うのはそれだけで、体力を使う。お互い疲れることだ。
「ミタツルギ殿は長旅でお疲れでしょう、本日のところはもうお休みになられたらいかが? 先触れがありませんでしたので、お迎え入れる準備も整っておりませんので」
ヒシダは低い声でさらりと言うと、入り口から一歩も入れようとしなかった。
「先触れはしない、私が好きな時にいつでも来る。それに、準備など、私の為に何の準備をする必要があるのかな?」
笑い顔を作って言いながら、アツリュウは腰に帯びている大剣に手を伸ばした。ヒシダの後ろに控えている兵士達の目が見開き、素早く剣の柄に手を掛けた。
礼儀の手順通りに大剣と小剣を外すと、控える兵士に向けて差し出した。
しばらく呆気に取られていたが、アツリュウが剣を預けるつもりなのだとやっと理解して兵士は受け取った。
「話を聞きたい。でも、まずここを案内してくれ」
アツリュウは一歩中にぐいと進んだが、立ちはだかるヒシダ総監の体でそれ以上は無理だった。
彼の方が身長が高いので、見上げる形で目を見据えた。
ヒシダと彼を呼び捨てた。
「私を呼ぶときはミタツルギ殿ではなく、代行と呼べ」
彼は恐ろしい雰囲気でアツリュウを見下ろしていた。
内心、すいませんでしたと頭を下げて帰りたい心地だったが、涼しい顔を見せてやった。
「承知しました。代行ご案内します」
長い沈黙の後、彼がこちらへと招き入れた。
要塞は建設されてまだ5年なのだという。新しい雰囲気の中、内部、外部、そして港に停泊している警備船の説明を受けた。
背がそれほど高くない若い男のアツリュウに大柄なヒシダが敬語で案内しているのを兵士たちが見て、あれがミタツルギかとささやく声が聞こえた。
「なんだあれは」
思わず呆れて声が出てしまった。ヒシダ総監の人柄を表すがごとく、兵の配置から武器弾薬の管理と無駄なく整然と整えられている中で、それは子供の玩具のように周囲から浮いて見えた。
「あちらは……大砲でございます」
「それは見て分かるが、あれは陸戦用の移動式、しかもかなり旧式なのでは? あんな場所に並べて、潮風にあてて錆びさせる必要があるのか? 飾りなのか?」
飾りと聞いて、ヒシダは口に手を当てた、明らかに笑いを堪えている。
「そうですね、飾り。そういうことにすれば、少しは兵士たちの気も収まるかもしれませんな」
ヒシダ総監は独り言のように呟いてから、真面目な顔に戻った。
「あちらの大砲は先日お戻りになりました、ロドリゲス様が配置されたものでございます」
「あの大砲の砲弾飛距離はどれくらいあるのだ。そもそも使えるのか?」
「代行は南ルールド帝国が所有する、最新式の艦船がどんなものかご存じか?」
アツリュウは分からないと素直に答えた。
「あそこ」とヒシダが灯台が見える入り江の入り口を指さした。
「帝国の艦船でしたら、飛距離だけなら入り江に入らずともここまで砲弾は届きます。命中する距離となると、この入り江の中ほどまで船を進めねばなりませんが……そもそも、帝国の艦隊がエイドドアドに来ることは無い」
「何故だ」
「我が国の主要な港、3か所を押さえれば国の機能は止まる。わざわざこんな最北の小さな港に来る必要もないし、この入り江は国の大型帆船さえ寄港しない。まあ、ありていにいって取るに足らない田舎の港なのですよここは」
ヒシダの顔に浮かぶものは、馬鹿にした笑いだった、それはヒシダ自身に向けられているようだった。
「この要塞は、領主バンダイ様の対抗心で築かれた。ムラド陛下に続いて、グイド陛下も帝国の侵略に備えて、大きく動かれている。ミタツルギ家のあなたに説明は必要ないでしょうが、あなたのミタツルギ家領地のエンドバード港に建設された最新の軍港…… あの軍港がわが領主バンダイ様の気に障ったのです。それで……」
「バンダイのミタツルギ家への対抗心で、この軍港が築かれたというのか?」
ヒシダは頷いた。
「おまえの話でいえば、ここは無用の長物ということか? しかし、帝国の侵略の脅威を語る以前に、ここ北の海域では長く海賊との戦いの歴史があった学んだ。対海賊としたとき、この軍港の価値は無いのか?」
アツリュウはここに来た理由でもある海賊について尋ねた。
「ここに着任して5年になりますが、ただの1度として海賊は出没しておりません。10年前に海賊の根城を、前ムラド陛下のご命令の下、国軍海兵団が制圧しました。その時私も海軍におりました」
海賊も来ない、帝国軍が来ることも無い、平和な田舎の港……
アツリュウは遠く、入り江の入り口を見た。大きく広がる海は穏やかに光を反射する。
大きな2つの神殿。財を凝らした帝国式の建物、そしてこの立派な軍港。どれも美しく、エイドドアドを飾る。この街はどこもかしこも飾りだらけだ。そしてその美しい飾りの後ろにはやせ細った領民が隠れている。
「この軍港を造ったことで、エイヘッドの主要産業である木材の搬出のための船が、大きな制限を受けることになりました。代行は着任すると同時に商人達の突き上げを受けますよ、海賊よりもそちらの方がよほど恐ろしく強敵だ」
ご覚悟されるとよい、とヒシダが笑った。
「海賊を見ていないと言ったが…… バンダイ殿は海賊に襲われたと聞いている。その時ヒシダは一緒ではなかったのか?」
場所を移しましょうといって、ヒシダ総監はアツリュウを応接室に案内した。
街に入ると、アツリュウたち一行は、驚きとともに強烈なやるせなさを感じた。
西の街道から街に入ると、街は南北の2つの丘に挟まれていた。
海側の南の丘には、美しい漆黒の瓦を輝かせた女性神官が司る神殿があり、それと対になるように向き合って。北の丘には男性神官が司る大きな神殿がそびえていた。
真っ白に塗られた大神殿は、遠目でも建てられてまだ年月が浅いことが分かる。その2棟の神殿の建設費だけで、アツリュウたちが通ってきた村々の貧しさからくる諸所の問題は、ろうそく1本吹き消す程の容易さで解決できるだろうと思われた。
しかし、やるせなさは街を進むほどにひどくなった。
町の中央を東西に走る華やいだ街道は、ここはもしや帝国の街なのではと錯覚を起こす程だった。洒落た帝国式の館でできた商店が並び、歩道は化粧石が敷き詰められ、これほど財を費やした地方都があるのだろうかと、あちこち驚嘆して眺めずにはいられなかった。
「話には聞いていたが、実際に目にすると強烈だな」
オルゴンの言葉に、一行の全員が頷いた。
エイヘッドの領主バンダイ・ミヤビハラは2人の妻に逃げられた。
最果ての北の地の侘しさに耐えられず、子を成すこともなく都に帰ってそれきり。3人目の妻を何とか繋ぎ留めるため、彼はできうる限りの財を投じて、エイドドアドの街を飾り立てた。
夫人を退屈させないよう、都から歌だの舞だの思いつく芸術家を呼んでは金で居つかせ、北の田舎に小さな都を完成させたのだ。
その犠牲となったのが、アツリュウたちが見てきたものだ。どれほどの重税でこの都の為に財を吸い取ったのだろう。
道を行くほどに、この街の異様さがあらわになった。
確かに豪華な館が並ぶが、昼だというのに、家は扉を固く閉じ、商店の多くも閉まっている。用心棒なのか、雇われ警備兵風の厳つい男が大きな商家の前には必ず見張りとして立っている。物々しい雰囲気の中、街道に人はまばらだった。
ヨンキントと別れた。彼はエイドドアドの神殿を訪ねて神官達に着任の挨拶をしてくるという。
崩れた神殿を見てから、道すがら彼はほとんど語らなかった。
しかし別れ際、数日しましたら領主城の神殿に参りますので、その時またお会いしましょうと、彼の穏やかな微笑みをアツリュウに向けた。
港警護の兵士詰め所に到着した。
詰め所という名の要塞にしか見えない場所
エイドドアドに軍港は存在しないはずだったが、石造りの要塞の防壁には砲弾避けの鉄板まで貼られ、小さいながら、なかなかの軍港だった。
「それでは行ってこい」
アツリュウはオルゴンンに背中を思い切り叩かれ、気合をいれられた。
背中をさすりながら、「俺を待っている間、酒飲むなよ」と睨んでおいた。
「飲む訳ないだろ、お前の死体をもらいにいく仕事があるかもしれんのに」
オルゴンンが笑うと、代行どうかご無事で、と縁起でもない言葉で、皆が口々に励ましてくれた。
「それでは代行、初仕事に行ってらっしゃいませ! 」
どこかでゆっくり休憩しようなどと明るく言って、オルゴンンは、ここに待機するつもりでいた他5人の護衛と従者を引き連れ行ってしまった。
アツリュウは要塞の前に一人ぽつんと取り残された。
「あれは絶対、酒を飲む気だ」
シュロムの属領地では領主は治安のための警備兵を置くことを許されている。領主の裁量で警備兵は動くが、実質の総指揮者はシュロムの王である。
属領地の警備兵はすべてシュロム近衛兵の下に置かれ、領主はシュロム王から兵を借りている形だ。兵士はシュロム王に、現在はセウヤ殿下に忠誠を誓っている。
アツリュウがエイヘッドの地で、海賊退治をするためには、エイヘッドの港警備兵の協力が必要だ。海兵と対海賊船用の警備船がなければ、海に出ることすらままならない。
しかしここはバンダイ・ミヤビハラによって統治されていた地、いきなり今日からアツリュウに従えと言われても、簡単に受け入れられるものではないだろう。
港の警備兵の協力を得るために、セウヤが付けてくれた小隊を引き連れて、力でねじ伏せるという方法もあるが、自分にそれが首尾よくできるとは思えなかった。まず少人数で友好的に訪ね、協力を求める方法を選択したところ、オルゴンンは無情にもアツリュウに一人で行けと言い渡した。
ミタツルギが来たと伝えると、この場所の司令官であり、エイヘッド領全ての港と船の保安を統括するヒシダ総監が入口で彼を出迎えた。
アツリュウは19歳の、どこから見てもまごうことなき若造で、対するヒシダ総監は歳は50代前半の威風堂々たる壮年の男だった。
エイヘッド領の海の全てを任される総監にふさわしく、国軍海兵の上級士官の雰囲気がある、数多実戦を経験してきた貫禄があり、そして事実、彼の前職はそうだったと、事前の調べで知っていた。
この男をアツリュウが動かせるかどうか、この1点が今回の海賊退治が、成せるか否かの要なのだ。
「モーリヒルドから来た、ミタツルギだ。領主代行としてここを監督させてもらう、よろしくたのむ」
握手のために右手を差し出したが、そのままヒシダ総監の目線が手にしばし注がれただけで、己の手は宙に浮いた。嫌な間が空いて、しかたがないので、手を引っ込めた。
いきなり来た若造に今日から領主代行だと言われても、はい了解しましたとはいえないだろう。自分でも内心、上官の上官のさらに上官みたいなお偉い雰囲気の方に、上から物を言うのはそれだけで、体力を使う。お互い疲れることだ。
「ミタツルギ殿は長旅でお疲れでしょう、本日のところはもうお休みになられたらいかが? 先触れがありませんでしたので、お迎え入れる準備も整っておりませんので」
ヒシダは低い声でさらりと言うと、入り口から一歩も入れようとしなかった。
「先触れはしない、私が好きな時にいつでも来る。それに、準備など、私の為に何の準備をする必要があるのかな?」
笑い顔を作って言いながら、アツリュウは腰に帯びている大剣に手を伸ばした。ヒシダの後ろに控えている兵士達の目が見開き、素早く剣の柄に手を掛けた。
礼儀の手順通りに大剣と小剣を外すと、控える兵士に向けて差し出した。
しばらく呆気に取られていたが、アツリュウが剣を預けるつもりなのだとやっと理解して兵士は受け取った。
「話を聞きたい。でも、まずここを案内してくれ」
アツリュウは一歩中にぐいと進んだが、立ちはだかるヒシダ総監の体でそれ以上は無理だった。
彼の方が身長が高いので、見上げる形で目を見据えた。
ヒシダと彼を呼び捨てた。
「私を呼ぶときはミタツルギ殿ではなく、代行と呼べ」
彼は恐ろしい雰囲気でアツリュウを見下ろしていた。
内心、すいませんでしたと頭を下げて帰りたい心地だったが、涼しい顔を見せてやった。
「承知しました。代行ご案内します」
長い沈黙の後、彼がこちらへと招き入れた。
要塞は建設されてまだ5年なのだという。新しい雰囲気の中、内部、外部、そして港に停泊している警備船の説明を受けた。
背がそれほど高くない若い男のアツリュウに大柄なヒシダが敬語で案内しているのを兵士たちが見て、あれがミタツルギかとささやく声が聞こえた。
「なんだあれは」
思わず呆れて声が出てしまった。ヒシダ総監の人柄を表すがごとく、兵の配置から武器弾薬の管理と無駄なく整然と整えられている中で、それは子供の玩具のように周囲から浮いて見えた。
「あちらは……大砲でございます」
「それは見て分かるが、あれは陸戦用の移動式、しかもかなり旧式なのでは? あんな場所に並べて、潮風にあてて錆びさせる必要があるのか? 飾りなのか?」
飾りと聞いて、ヒシダは口に手を当てた、明らかに笑いを堪えている。
「そうですね、飾り。そういうことにすれば、少しは兵士たちの気も収まるかもしれませんな」
ヒシダ総監は独り言のように呟いてから、真面目な顔に戻った。
「あちらの大砲は先日お戻りになりました、ロドリゲス様が配置されたものでございます」
「あの大砲の砲弾飛距離はどれくらいあるのだ。そもそも使えるのか?」
「代行は南ルールド帝国が所有する、最新式の艦船がどんなものかご存じか?」
アツリュウは分からないと素直に答えた。
「あそこ」とヒシダが灯台が見える入り江の入り口を指さした。
「帝国の艦船でしたら、飛距離だけなら入り江に入らずともここまで砲弾は届きます。命中する距離となると、この入り江の中ほどまで船を進めねばなりませんが……そもそも、帝国の艦隊がエイドドアドに来ることは無い」
「何故だ」
「我が国の主要な港、3か所を押さえれば国の機能は止まる。わざわざこんな最北の小さな港に来る必要もないし、この入り江は国の大型帆船さえ寄港しない。まあ、ありていにいって取るに足らない田舎の港なのですよここは」
ヒシダの顔に浮かぶものは、馬鹿にした笑いだった、それはヒシダ自身に向けられているようだった。
「この要塞は、領主バンダイ様の対抗心で築かれた。ムラド陛下に続いて、グイド陛下も帝国の侵略に備えて、大きく動かれている。ミタツルギ家のあなたに説明は必要ないでしょうが、あなたのミタツルギ家領地のエンドバード港に建設された最新の軍港…… あの軍港がわが領主バンダイ様の気に障ったのです。それで……」
「バンダイのミタツルギ家への対抗心で、この軍港が築かれたというのか?」
ヒシダは頷いた。
「おまえの話でいえば、ここは無用の長物ということか? しかし、帝国の侵略の脅威を語る以前に、ここ北の海域では長く海賊との戦いの歴史があった学んだ。対海賊としたとき、この軍港の価値は無いのか?」
アツリュウはここに来た理由でもある海賊について尋ねた。
「ここに着任して5年になりますが、ただの1度として海賊は出没しておりません。10年前に海賊の根城を、前ムラド陛下のご命令の下、国軍海兵団が制圧しました。その時私も海軍におりました」
海賊も来ない、帝国軍が来ることも無い、平和な田舎の港……
アツリュウは遠く、入り江の入り口を見た。大きく広がる海は穏やかに光を反射する。
大きな2つの神殿。財を凝らした帝国式の建物、そしてこの立派な軍港。どれも美しく、エイドドアドを飾る。この街はどこもかしこも飾りだらけだ。そしてその美しい飾りの後ろにはやせ細った領民が隠れている。
「この軍港を造ったことで、エイヘッドの主要産業である木材の搬出のための船が、大きな制限を受けることになりました。代行は着任すると同時に商人達の突き上げを受けますよ、海賊よりもそちらの方がよほど恐ろしく強敵だ」
ご覚悟されるとよい、とヒシダが笑った。
「海賊を見ていないと言ったが…… バンダイ殿は海賊に襲われたと聞いている。その時ヒシダは一緒ではなかったのか?」
場所を移しましょうといって、ヒシダ総監はアツリュウを応接室に案内した。
10
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?
いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー
これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。
「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」
「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」
冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。
あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。
ショックで熱をだし寝込むこと1週間。
目覚めると夫がなぜか豹変していて…!?
「君から話し掛けてくれないのか?」
「もう君が隣にいないのは考えられない」
無口不器用夫×優しい鈍感妻
すれ違いから始まる両片思いストーリー
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜
織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。
侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。
学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。
虐げられた私が姉の策略で結婚させられたら、スパダリ夫に溺愛され人生大逆転しました。
専業プウタ
恋愛
ミリア・カルマンは帝国唯一の公爵家の次女。高貴な皇族の血を引く紫色の瞳を持って生まれたワガママな姉の陰謀で、帝国一裕福でイケメンのレナード・アーデン侯爵と婚約することになる。父親であるカルマン公爵の指示のもと後継者としてアカデミーで必死に勉強してきて首席で卒業した。アカデミー時代からの恋人、サイラスもいる。公爵になる夢も恋人も諦められない。私の人生は私が決めるんだから、イケメンの婚約者になど屈しない。地位も名誉も美しさも備えた婚約者の弱みを握り、婚約を破棄する。そして、大好きな恋人と結婚してみせる。そう決意して婚約者と接しても、この婚約者一筋縄ではいかない。初対面のはずなのに、まるで自分を知っていたかのような振る舞い。ミリアは恋人を裏切りたくない、姉の思い通りになりたくないと思いつつも彼に惹かれてく気持ちが抑えられなくなっていく。
厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです
あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。
社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。
辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。
冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。
けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。
そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ自分の居場所を取り戻していく。
静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。
【追記】完結保証タグ追加しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる