見ているだけで満足な姫と死んでも触りませんと誓った剣士の両片思いの恋物語

まつめ

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53.頑固な猫殿

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 かつて見張り台だったであろう場所で、胸あたりの高さの石壁にひじをつき、アツリュウ―は城の下の広場を眺めていた。

 城と神殿を繋げている回廊は、天井が崩れる心配があり、現在使われていない。中を通ることはできないが、アツリュウは回廊の屋根に出て、中央を避けて通り、神殿の隣まで来た。見張り台のようなちょうどよい空間がある。

 1人になるのにはよい場所だ、自分のように屋根伝いに来る者はいないだろう。

 姫様に会いたいと、毎日どれだけ願っていたか。願いすぎて夢を見ているのではないかと思うほどに。
 目の前にあなたがいる現実を、どう受け止めればいいかわからない。

「アツリュウが死なないように守って欲しいのです」

  自分のために来てくれたのだと分かった瞬間、 あまりに強い感情が押し寄せてきて、どうにかなりそうだった。

 もしオルゴンが隣に居なかったら、あの時俺はきっと……あなたを……

 深いため息がでた。ここで一体何回目のため息か、彼女はひどく傷ついた顔をした。
 自分がそうさせたのだ。

「良い所ですね」
 アツリュウが振り返るとヨンキント様がいた。神殿の方からここに来られるようだ不覚だった。

 一人でいられると思ったのに、見つかってしまった残念さと、久しぶりに彼に会えた嬉しさが同時に湧き上がって、振り返ったのに、何も言えぬまままた広場に顔をもどした。
 彼が隣に並んで同じように肱をついた。

有志ゆうしの神官達と、とりあえずエイヘッドを一回りしてきました」
「全ての町と村を回ってきたのですか?」

「山間の小さな村は無理でしたが、主要な神殿は回ることができました。建物は古い所ばかりでしたが、みなさんの信心はどこでも変わらない。あらためて月女神さまのご慈悲の深さを知ることができました」

 ヨンキントはエイヘッド神殿に赴任するとすぐ、村々の視察に出かけ、昨日やっと帰ってきたのだ。
「真っ先に私がするべき仕事も終わりましたよ」
「あの崩れかけた神殿を壊してきたのですか?」
 ヨンキントは頷いた。

「あの危ない神殿を取り払うことができて一安心です。民家を一軒借りて、そこを仮神殿にしています。若い神官がそこへ常駐してくれることになりました。エイドドアドで御大おんたいと喧嘩をした甲斐かいがありました」

 ヨンキントは爽やかに笑ったが、この短期間に彼がやり遂げたことに舌を巻く。
 エイドドアドの御大とはエイヘッドの神官達の中で相当の重鎮じゅうちんらしい、それを二週間足らずで、自分の下に置いて見せた。ほんとうに恐ろしい人だ。

 崩れた神殿を前に、苦しそうにしていたのを忘れられない。権力欲で動いているのではないのだ。そんな彼を尊敬するし、一緒にいるとなぜか安心する、彼のことがとても好きだ。だから今は会いたくなかった。

「ヨンキント様はすごい方だ」
 背の高い彼の顔を見上げる。優しい眼差しがあってすぐ目を逸らした。俺はきっと今情けない顔をしているだろう。

「すごくはないですよ。できることを一つずつしているだけです」
 それきり彼は何も言わず、自分も何も言えず、長い事広場を眺めていた。

 馬車が城門前にやって来て、騒がしくなった。姫が乗る馬車と、これから邸宅で護衛にあたる者たちが乗る馬車、移動中の護衛をする兵士達など集まってくる。

 オルゴンがこちらに気づいて、遠くから手招きしてこちらに来いと合図をする。大きく横に首をふった。
 もうすぐ姫が出てくるかと思うと、苦しくなって壁の下に座り込んだ。ヨンキント様の前で、無様ぶざまにも隠れている姿を見せなければならなかった。

 ヨンキント様は何も言わずそのまま広場を眺めている。壁を背にして座り、情けなさを抱えて頭を膝につけてうつむいた。

 出発の号令がかかり、姫の乗った馬車が去るのだと分かった。彼女を見たいという強烈な気持ちが沸き上がったが無理やり気持ちを押し込める。

「第一城門を出ますよ、もうあちらからは見えないですよ」

 彼に声を掛けられて、すぐに立ち上がった。第一城門を抜けて、街の中に馬車が去っていく。その姿を目で追い続けた。

「リエリー様と友達になりました」
 馬車が街並みに消えてしまっても、そこから目を離せずににいると彼が静かに言った。驚いて見上げると、彼が素敵な方ですねと微笑んだ。

 彼女に会ったのだ。そしてこの人だったらあっと言う間に仲良くなっただろう。
 悔しい気持ちが胸にわっと湧いた。きっと嫉妬したんだと思って、本当に自分にうんざりした。

「エイドドアドの神殿を案内する約束をしました。一緒にお出かけするんです」
 この人はそんなことを言ったら俺がどんな気持ちになるか分かって言っているんだろうか?

「いっしょに行きましょう」
「それは、できない」
「そうですか、残念ですね。アツリュウ殿はリエリー様に会うつもりがないの?」

 答えようとして、驚くほど言うのが重かった。
「会いません。彼女はすぐ帰ります」
「でも、10日くらいあるのでしょう? その間に二人で過ごしたら?」

 二人で過ごす……そんなことをしたら、俺はどうなってしまうのだろう。またどう処理していいか分からない感情の波が押し寄せる。

 抱えきれない、どうしていいかわからない。
 ただ、首を左右に振ってできない事を伝えた。

「きっと事情があるんでしょうけど、ちょっと冷たくしてしまったみたいですね」
 何も答えられない。

 彼女の短く切られた髪は、黒く染めた色が落ちかけてまだらに緑色になっていた。昨夜の熱から目覚めたばかりでやつれて…… どれほどの思いをしてここまで来たのか……たった一人で。

 名を呼んでくれた、俺の元に走ってきて、アツリュウと…… 姫様が、アツリュウと……
 
 それなのに、俺は……

「よく来たねって抱きしめてあげれば良かったのではないですか?」
 言葉にしないでくれ。抱きしめるなんて言わないでくれ。

「そんなことは許されない」
 とても彼の顔を見ることができない、小さく吐き出した。

「許されないって、あなた婚約者でしょう? それくらいいいでしょう、はるばる一人で会いにきたんだから、抱きしめたって、だれもとがめたりしません」

「彼女にはけして触れない約束なのです。セウヤ殿下に命じられています」
「ああ、そういうことですか」

 びっくりするくらい、明るい感じで彼は言って、なーんだそんなことか、と付け加えた。
「あなた、本当に真面目なんですね、いいですか、こうやるんです」
 彼の方を見上げると、人差し指をたてて口に当てている。そしてにやっと笑った。

「こうやってリエリー様にやって見せてですね、こう言うんです。「お兄様には内緒だよ」って。それで、まあまあ節度を保ちつつ、好きなことをしたらいいんです。あなたも成人した男なんですから、そこは詳しく説明しなくても分かるでしょう。まあ上手くやりなさい」
 彼はにやにやして目を輝かせた。

 明るく教えてくれる彼には申し訳ないが、深くため息をついた。
「そういう、ことではないんです」
「いやいや、そういうことですよ、世の男達はみんなしてますよ」
「私は……」

 こんなことをヨンキント様に言ったところで何になるのだろう。それでも、ニコニコ嬉しそうにしている顔をみたら悔しくなってつい口にしてしまった。

「私は、約束を破れば殺される」
「は……い?それは冗談ですか?」

 アツリュウが黙っていると、彼は真顔に戻った。
 しばらく、お互いまた何も言わず、広場を眺めた。

「あなたの周りは、恩赦の戦といい、殺すという約束といい、とても物騒ですね。そしてこんな北の果てまで飛ばされていったい何をしているんです」
 アツリュウ殿あなたはいったい何をしているんです、と彼はもう一度問うた。

 俺はいったい何をしているんだろう?
「リエリー様は泣いていました」
 目を閉じた。苦しい後悔の念が込み上げる。でもどうすれば良かったのだ。

「事情があるのはわかります、でもね、恩赦の戦を生き延びたあなたなら分かるはずだ。ほんの10日であっても、1日であっても、一瞬であってもだ、生きているからこそ会えるのですよ」

 彼はじっと見つめたまま、やれやれと呟いた。可愛い猫殿はなかな頑固がんこなようだと聞こえた気がした。

「神殿にお出かけするのは明後日です。気が変わったらいつでも一緒にどうぞ」
 そう告げると、神殿側の階段から彼は降りて行ってしまった。
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