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54.黒ずくめの集団
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「リエリー姫君の話が本当だとすれば、なぜバンダイは殺されなかったのか」
ブルーグレーの瞳が鋭くアツリュウに向けられた。スオウ隊長の疑問はアツリュウも同感だ。
執務室に集まった、オルゴン、スオウ、サンバシ、そしてアツリュウはリエリー王女が告げた内容を検証していた。
「バンダイの所に『黒ずくめの集団』が現れた。殺すことができたのに、殺さなかった。バンダイは脅されて、何かを要求されたのではないだろうか」
スオウ隊長の言葉に、アツリュウは思いを巡らせる。この城から無くなったものが2つある。
「使用人と食料が事件の10月に消えている」
「単純に考えれば、使用人たちがバンダイを脅して、食料を奪って逃げた。と想像できますね」
サンバシがそういうと、うーむとオルゴンが唸った。
「だが、それでは何故バンダイは海賊にやられたなどと嘘をついて、モーリヒルドに逃げたのか。使用人たちの身元は割れているのだ、怒り狂って兵士に追わせるだろうし、彼が逃げるのは不自然だ。なぜならこのままでは領地を取り上げられてしまうことを、バンダイだって分かっている」
オルゴンの言葉にスオウ隊長が返した。
「逃げなければ、殺されるとしたら?」
「寝込みを襲われて、またいつでも殺せるんだと脅されれば、確かに逃げたくなる」
アツリュウはそう言ってから、それができる人間はこの城で誰だろうかと考えた。
「トビタトリ?」
アツリュウとサンバシの声が重なった。
言ってはみたものの、二人とも「いやあの男がそんなことするかな」と首を捻った。
「あの男の口を割らせるしかないのだが。代行、セウヤ殿下からトビタトリの妻子について情報は来ましたか?」
スオウ隊長に答えてアツリュウは頷いた。
「今日届いた書簡によると、妻子はミヤビハラのモーリヒルドの屋敷にいると確認できた、いつでも保護できるがバンダイを刺激しないために、今のところ監視をつけているだけだとあった」
「落とすか」
オルゴンが腰を上げた。
◇◇◇ ◇◇◇
座らされたトビタトリと向かい合って、オルゴンは正面に座った。
いつもの雰囲気と違うことはすぐに肌で感じた。「私は本気だ、命のやり取りの話を始めるぞ」という気迫が静かな彼の中から見えない湯気のように立ち上っている。
「おまえの妻子はこちらの手にある。これは取引だ、応じるか?」
トビタトリは言われるとすぐに、あ、あ、妻が……と唇を震わせて、どうか、どうかと弱々しく声を漏らした。
「無事なのでしょうか、私の妻と娘は、どうかお助けください。あの娘は気が小さくてどれだけ怖がっているか。どうか戻してください。お願いします」
意外なほどに、彼は取り乱し、オルゴンに縋るように頼んだ。
オルゴンはそれには反応せず、静かに答えた。
「お前が話す内容しだいだ。あの日何があったか全てを言え」
話し出すかに見えたトビタトリは、黙ったまま下を向いた。
「黒ずくめの集団」
オルゴンの言葉に彼ははっと顔を上げ、目を見開いた。
「お前が話さないのならここまでだ。別の者から聞く」
オルゴンの言葉に「話します」とトビタトリが叫んだ。
「あの日、バンダイ様の声で深夜に目を覚ましました。目の前には、首に刃物を当てられて、脅されたバンダイ様と、黒ずくめで、顔も黒い布で隠した賊がおりました。バンダイ様は、すぐに使用人を全員広間に集めろとおっしゃいました」
彼は思い出すのか、震える手を口に当てた。
「灯りを点けてはならないと何度も叫ばれて、騒がずに集めろと、絶対に歯向かうなとおっしゃるのです。私はまだその時は、なんとかバンダイ様をお助けできるのではと考えておりました。賊は3人ほどしか見えませんし、城の中を動けば、見張りの警護兵にも会えます。でも……」
見たのです……と彼は震えて言った。
「警護の兵士が、あちこちで倒れていました。まるで眠るみたいに、転がっていた……首の骨を折られて。わたしはぞっとして、言われるままに使用人を集めました。使用人は通いの者が多くて、常駐の者は30人ほどだったでしょうか、それでも全て集めるのには時間がかかりました。外の警護兵が異変に気付いてもよさそうなのに、だれも来ない。殺されているんだとわかりました。振り返ったら、触れるほど近くに黒ずくめの男が私を見張るように、付いてきていたことに気づきました。気配がしないのです、息遣いさえ聞こえない」
その時の光景が浮かんでるかのように彼は体を震わせる。
「広間に使用人が集まると、全員両手を後ろに縛るように言われました。暗い部屋に黒ずくめの男たちがうごめいて、でも闇の中で、いったい何人いるのかも分からない。10人以上いるのは、ぼんやりとした影で分かりました。彼らはまったく声を出さない、音も立てない。指示を出すのは刃物で脅されているバンダイ様だけでした。バンダイ様は私に、使用人の男を何人か選んで、倉庫から食料を運び出せと言いました。私は言われるままに、張り付いてくる数人の賊とともに、倉庫へ行き、使用人の男達を使って、食料を馬車の荷台に積みました。大きな荷台の馬車が3台も用意されていました。それで、積み込みが終わって、また広間に集められた時、ようやく分かったのです何が起きているのか」
しばらく彼は、下を向いて何も言わなかった。
「何が分かったのだ」
オルゴンが問うた。
「この城が完全に乗っ取られたということが」
それは恐ろしい言葉だった。城が乗っ取られた。
「私たちは縛られて、暗い広間に居ました。領主が座る高座の椅子に賊の一人が座って、足を組み、私達を眺めていました。その男の前にバンダイ様は転がすように投げられて、賊の一人に頭を床に抑え込まれて、屈辱的な服従を強いられました。高座の男がそれを見て笑いました。その一度だけです、賊の声を聞いたのは。彼らは去っていきました。来た時と同じように、音もたてずにあっと言う間でした」
それきり、トビタトリは黙った。しかし肝心なことが語られていない。
「それで、バンダイは何時切られたのだ」
トビタトリは答えない。「妻子の命はこちらの手にある。全てを話せ」とオルゴンの低い声が促した。
「私たちは長い事縛られて動けず、一人の使用人の男がやっと縄を解いて、一番にバンダイ様を自由にしました。そうしましたら、バンダイ様が……」
トビタトリは苦し気に顔を歪ませた。
「バンダイ様が、殺せとその男に命じたのです。ここにいる人間を全て殺せと」
「なんだと?」
後ろで聞いていたサンバシが思わず声をあげた。
「男はできませんと叫びました、でもバンダイ様は今夜のことを誰にも知られる訳にはいかないと、ご自身で、倒れている兵から剣を抜き取って、全員殺すと大声で怒鳴った。私たちは手を縛られていただけですから、逃げだそうとして……バンダイ様が一人の女を捕まえて、殺そうとした時」
彼は悲痛な声を出した。
「その時、バンダイ様は切られた。全員殺せと命じた使用人の男に、後ろから切られました」
「賊に切られたのでは無かったのか……」サンバシが呟く。
「バンダイ様はそこで気を失いました。私達は縄を解いて、話し合いました。バンダイ様を殺すべきか否かを。でも、この状況から見て、バンダイ様が死ねば私達が疑われ、きっと罰せられるだろうと皆は考えて、今夜のことは絶対に話さないと決めて、エイヘッドから逃げることにしたんです」
「あなたは逃げなかったのか」
アツリュウの問いにトビタトリは力なく首を振った。
「私は30年バンダイ様に仕えてきました。殺されることを覚悟で医者を呼び、介抱しました。そして、その後は皆さまにお伝えした通りです。バンダイさまはモーリヒルドにお逃げになった。「襲撃のことをけして他言してはならない」と私の妻子は人質にされました」
これが全てでございますとトビタトリが言うのを聞いて、オルゴンは立ち上がった。
「ちょっと待て、一つ確認したいことがある」
ずっと黙って聞いていたスオウ隊長がそう言って前に出た。
「今の話だと、バンダイは自分が使用人に切られたと気づいているのか?」
トビタトリが驚いた顔で「えっ?」と声を出した。
「後ろから切られて気を失ったのだろう? 意識を取り戻してからバンダイは何と言っていた?」
「私はバンダイ様が使用人に切られたと知っているとばかり考えて、確かめておりませんが、そう言われてみますと、確かにバンダイ様は切った者を見ておりません。意識を取り戻してからのバンダイ様はとにかく怯えられていて、まともに話ができるご様子ではなく、慌ただしく都に行きました」
スオウ隊長はならばこうも考えられる、と言葉を続けた。
「バンダイは、黒ずくめの男たちが戻って来て、自分を切ったと思っているのかもしれない。黒ずくめの男たちに見張られている、または城に彼らの息のかかった者がいると考えて、それで慌てて逃げたのではないだろうか」
「内通者がいるというのは、そういう意味か」
アツリュウはスオウ隊長の考えが正しいように思った。それにしても、あまりに酷い話だ。バンダイに対し憤る気持ちが沸き上がってくる。
「私は腹立たしさのあまり、どうにかなりそうだ。バンダイは、城を乗っ取られ、その事実を隠すために使用人を皆殺しにしようとし、賊の内通者がいると信じる城を空にして、都に逃げて隠れている。さらに海賊にやられたなどと己の過失を取り繕ったがために、にエイヘッド領から人が逃げ出している。もうめちゃくちゃだ。あの男に領主としての気概は無いのか」
アツリュウは一息にそう言って、頭を振った。バンダイのあまりの愚かさに怒りしか湧かない。
オルゴンが立った席に、アツリュウは座り、トビタトリと向き合った。
「私はあなたの処遇を決めねばならない。トビタトリ、私はお前を許せない。あなたは悪い人間ではないのだろう、だがあなたを信用に足る人間だとは思えない」
アツリュウは冷たく言い放った。
「ミヤビハラ家が長年領民にしてきた仕打ち。そして、城を占拠されたという事実、セウヤ殿下はミヤビハラ家を廃籍するだろう。当然だ、そしてお前はそれを知りながらバンダイを支えてきた。私はバンダイを絶対に許さないし、お前のことも許さない。セウヤ殿下に引き渡し、相応の罰をうけてもらう」
トビタトリは何も言わなかった、彼は覚悟を決めているようだった。
「だが、エイヘッド領主代行である私から、お前に最後の仕事を命じる」
彼は意外な顔でアツリュウを見上げた。
「黒ずくめの集団に城を乗っ取られた、それが意味すること。ここで戦争があったということだ。その戦で命を落とした兵士達がいる。エイヘッドを守るために戦って死んだ者達だ。私は彼らを相応の礼を尽くして弔いたい。家族にも慰問と適正な褒章を与える。それから逃げて行った使用人もできるかぎり助けたい、行へを捜せ、そしていまだ怯える彼らの家族を代行はけして罰しないと知らせろ」
トビタトリはアツリュウの目をしっかりと見て、大きく頷いた。
「負け戦の後始末をつけていけ、それがお前の最後の仕事だ。私はお前を軽蔑する、声をあげる機会は何度もあったはずだ、でもお前はなにもしなかった。だから私はお前を信用しない。だが、この最後の仕事だけは、お前が誠実にやり遂げると信じている。お前にこの仕事を頼みたい、やってくれるか」
「全身全霊をかけまして、この任を全ういたします。ミタツルギ代行様」
彼は深くアツリュウに頭を下げた。
ブルーグレーの瞳が鋭くアツリュウに向けられた。スオウ隊長の疑問はアツリュウも同感だ。
執務室に集まった、オルゴン、スオウ、サンバシ、そしてアツリュウはリエリー王女が告げた内容を検証していた。
「バンダイの所に『黒ずくめの集団』が現れた。殺すことができたのに、殺さなかった。バンダイは脅されて、何かを要求されたのではないだろうか」
スオウ隊長の言葉に、アツリュウは思いを巡らせる。この城から無くなったものが2つある。
「使用人と食料が事件の10月に消えている」
「単純に考えれば、使用人たちがバンダイを脅して、食料を奪って逃げた。と想像できますね」
サンバシがそういうと、うーむとオルゴンが唸った。
「だが、それでは何故バンダイは海賊にやられたなどと嘘をついて、モーリヒルドに逃げたのか。使用人たちの身元は割れているのだ、怒り狂って兵士に追わせるだろうし、彼が逃げるのは不自然だ。なぜならこのままでは領地を取り上げられてしまうことを、バンダイだって分かっている」
オルゴンの言葉にスオウ隊長が返した。
「逃げなければ、殺されるとしたら?」
「寝込みを襲われて、またいつでも殺せるんだと脅されれば、確かに逃げたくなる」
アツリュウはそう言ってから、それができる人間はこの城で誰だろうかと考えた。
「トビタトリ?」
アツリュウとサンバシの声が重なった。
言ってはみたものの、二人とも「いやあの男がそんなことするかな」と首を捻った。
「あの男の口を割らせるしかないのだが。代行、セウヤ殿下からトビタトリの妻子について情報は来ましたか?」
スオウ隊長に答えてアツリュウは頷いた。
「今日届いた書簡によると、妻子はミヤビハラのモーリヒルドの屋敷にいると確認できた、いつでも保護できるがバンダイを刺激しないために、今のところ監視をつけているだけだとあった」
「落とすか」
オルゴンが腰を上げた。
◇◇◇ ◇◇◇
座らされたトビタトリと向かい合って、オルゴンは正面に座った。
いつもの雰囲気と違うことはすぐに肌で感じた。「私は本気だ、命のやり取りの話を始めるぞ」という気迫が静かな彼の中から見えない湯気のように立ち上っている。
「おまえの妻子はこちらの手にある。これは取引だ、応じるか?」
トビタトリは言われるとすぐに、あ、あ、妻が……と唇を震わせて、どうか、どうかと弱々しく声を漏らした。
「無事なのでしょうか、私の妻と娘は、どうかお助けください。あの娘は気が小さくてどれだけ怖がっているか。どうか戻してください。お願いします」
意外なほどに、彼は取り乱し、オルゴンに縋るように頼んだ。
オルゴンはそれには反応せず、静かに答えた。
「お前が話す内容しだいだ。あの日何があったか全てを言え」
話し出すかに見えたトビタトリは、黙ったまま下を向いた。
「黒ずくめの集団」
オルゴンの言葉に彼ははっと顔を上げ、目を見開いた。
「お前が話さないのならここまでだ。別の者から聞く」
オルゴンの言葉に「話します」とトビタトリが叫んだ。
「あの日、バンダイ様の声で深夜に目を覚ましました。目の前には、首に刃物を当てられて、脅されたバンダイ様と、黒ずくめで、顔も黒い布で隠した賊がおりました。バンダイ様は、すぐに使用人を全員広間に集めろとおっしゃいました」
彼は思い出すのか、震える手を口に当てた。
「灯りを点けてはならないと何度も叫ばれて、騒がずに集めろと、絶対に歯向かうなとおっしゃるのです。私はまだその時は、なんとかバンダイ様をお助けできるのではと考えておりました。賊は3人ほどしか見えませんし、城の中を動けば、見張りの警護兵にも会えます。でも……」
見たのです……と彼は震えて言った。
「警護の兵士が、あちこちで倒れていました。まるで眠るみたいに、転がっていた……首の骨を折られて。わたしはぞっとして、言われるままに使用人を集めました。使用人は通いの者が多くて、常駐の者は30人ほどだったでしょうか、それでも全て集めるのには時間がかかりました。外の警護兵が異変に気付いてもよさそうなのに、だれも来ない。殺されているんだとわかりました。振り返ったら、触れるほど近くに黒ずくめの男が私を見張るように、付いてきていたことに気づきました。気配がしないのです、息遣いさえ聞こえない」
その時の光景が浮かんでるかのように彼は体を震わせる。
「広間に使用人が集まると、全員両手を後ろに縛るように言われました。暗い部屋に黒ずくめの男たちがうごめいて、でも闇の中で、いったい何人いるのかも分からない。10人以上いるのは、ぼんやりとした影で分かりました。彼らはまったく声を出さない、音も立てない。指示を出すのは刃物で脅されているバンダイ様だけでした。バンダイ様は私に、使用人の男を何人か選んで、倉庫から食料を運び出せと言いました。私は言われるままに、張り付いてくる数人の賊とともに、倉庫へ行き、使用人の男達を使って、食料を馬車の荷台に積みました。大きな荷台の馬車が3台も用意されていました。それで、積み込みが終わって、また広間に集められた時、ようやく分かったのです何が起きているのか」
しばらく彼は、下を向いて何も言わなかった。
「何が分かったのだ」
オルゴンが問うた。
「この城が完全に乗っ取られたということが」
それは恐ろしい言葉だった。城が乗っ取られた。
「私たちは縛られて、暗い広間に居ました。領主が座る高座の椅子に賊の一人が座って、足を組み、私達を眺めていました。その男の前にバンダイ様は転がすように投げられて、賊の一人に頭を床に抑え込まれて、屈辱的な服従を強いられました。高座の男がそれを見て笑いました。その一度だけです、賊の声を聞いたのは。彼らは去っていきました。来た時と同じように、音もたてずにあっと言う間でした」
それきり、トビタトリは黙った。しかし肝心なことが語られていない。
「それで、バンダイは何時切られたのだ」
トビタトリは答えない。「妻子の命はこちらの手にある。全てを話せ」とオルゴンの低い声が促した。
「私たちは長い事縛られて動けず、一人の使用人の男がやっと縄を解いて、一番にバンダイ様を自由にしました。そうしましたら、バンダイ様が……」
トビタトリは苦し気に顔を歪ませた。
「バンダイ様が、殺せとその男に命じたのです。ここにいる人間を全て殺せと」
「なんだと?」
後ろで聞いていたサンバシが思わず声をあげた。
「男はできませんと叫びました、でもバンダイ様は今夜のことを誰にも知られる訳にはいかないと、ご自身で、倒れている兵から剣を抜き取って、全員殺すと大声で怒鳴った。私たちは手を縛られていただけですから、逃げだそうとして……バンダイ様が一人の女を捕まえて、殺そうとした時」
彼は悲痛な声を出した。
「その時、バンダイ様は切られた。全員殺せと命じた使用人の男に、後ろから切られました」
「賊に切られたのでは無かったのか……」サンバシが呟く。
「バンダイ様はそこで気を失いました。私達は縄を解いて、話し合いました。バンダイ様を殺すべきか否かを。でも、この状況から見て、バンダイ様が死ねば私達が疑われ、きっと罰せられるだろうと皆は考えて、今夜のことは絶対に話さないと決めて、エイヘッドから逃げることにしたんです」
「あなたは逃げなかったのか」
アツリュウの問いにトビタトリは力なく首を振った。
「私は30年バンダイ様に仕えてきました。殺されることを覚悟で医者を呼び、介抱しました。そして、その後は皆さまにお伝えした通りです。バンダイさまはモーリヒルドにお逃げになった。「襲撃のことをけして他言してはならない」と私の妻子は人質にされました」
これが全てでございますとトビタトリが言うのを聞いて、オルゴンは立ち上がった。
「ちょっと待て、一つ確認したいことがある」
ずっと黙って聞いていたスオウ隊長がそう言って前に出た。
「今の話だと、バンダイは自分が使用人に切られたと気づいているのか?」
トビタトリが驚いた顔で「えっ?」と声を出した。
「後ろから切られて気を失ったのだろう? 意識を取り戻してからバンダイは何と言っていた?」
「私はバンダイ様が使用人に切られたと知っているとばかり考えて、確かめておりませんが、そう言われてみますと、確かにバンダイ様は切った者を見ておりません。意識を取り戻してからのバンダイ様はとにかく怯えられていて、まともに話ができるご様子ではなく、慌ただしく都に行きました」
スオウ隊長はならばこうも考えられる、と言葉を続けた。
「バンダイは、黒ずくめの男たちが戻って来て、自分を切ったと思っているのかもしれない。黒ずくめの男たちに見張られている、または城に彼らの息のかかった者がいると考えて、それで慌てて逃げたのではないだろうか」
「内通者がいるというのは、そういう意味か」
アツリュウはスオウ隊長の考えが正しいように思った。それにしても、あまりに酷い話だ。バンダイに対し憤る気持ちが沸き上がってくる。
「私は腹立たしさのあまり、どうにかなりそうだ。バンダイは、城を乗っ取られ、その事実を隠すために使用人を皆殺しにしようとし、賊の内通者がいると信じる城を空にして、都に逃げて隠れている。さらに海賊にやられたなどと己の過失を取り繕ったがために、にエイヘッド領から人が逃げ出している。もうめちゃくちゃだ。あの男に領主としての気概は無いのか」
アツリュウは一息にそう言って、頭を振った。バンダイのあまりの愚かさに怒りしか湧かない。
オルゴンが立った席に、アツリュウは座り、トビタトリと向き合った。
「私はあなたの処遇を決めねばならない。トビタトリ、私はお前を許せない。あなたは悪い人間ではないのだろう、だがあなたを信用に足る人間だとは思えない」
アツリュウは冷たく言い放った。
「ミヤビハラ家が長年領民にしてきた仕打ち。そして、城を占拠されたという事実、セウヤ殿下はミヤビハラ家を廃籍するだろう。当然だ、そしてお前はそれを知りながらバンダイを支えてきた。私はバンダイを絶対に許さないし、お前のことも許さない。セウヤ殿下に引き渡し、相応の罰をうけてもらう」
トビタトリは何も言わなかった、彼は覚悟を決めているようだった。
「だが、エイヘッド領主代行である私から、お前に最後の仕事を命じる」
彼は意外な顔でアツリュウを見上げた。
「黒ずくめの集団に城を乗っ取られた、それが意味すること。ここで戦争があったということだ。その戦で命を落とした兵士達がいる。エイヘッドを守るために戦って死んだ者達だ。私は彼らを相応の礼を尽くして弔いたい。家族にも慰問と適正な褒章を与える。それから逃げて行った使用人もできるかぎり助けたい、行へを捜せ、そしていまだ怯える彼らの家族を代行はけして罰しないと知らせろ」
トビタトリはアツリュウの目をしっかりと見て、大きく頷いた。
「負け戦の後始末をつけていけ、それがお前の最後の仕事だ。私はお前を軽蔑する、声をあげる機会は何度もあったはずだ、でもお前はなにもしなかった。だから私はお前を信用しない。だが、この最後の仕事だけは、お前が誠実にやり遂げると信じている。お前にこの仕事を頼みたい、やってくれるか」
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