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60.賭けが当たっていることを願う
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机に肱を付き、指を組んで額を載せ、顔を伏せたまま、アツリュウは動かない。
執務室には、スオウ隊長とオルゴン、そしてすぐに指示に対応できるよう、兵士が戸口近くの壁に5人整列していた。
昼を過ぎたが、大した情報は集まっていない。エイドドアドの海と陸の封鎖が完了したとの報告とともに、エイドドアドの市長が激怒して、こちらに向かっているとの知らせがあった程度、姫の行へは一向に分からない。
少しでも身を動かせば、走って執務室を飛び出してしまいそうだった。
半刻ほど前に、キボネが軽食を食べろと持ってきたので拒否すると「これから何日もの耐久戦になるかもしれないときに、食べないなんてゆ・る・し・ま、せん!」と何かを口の中にねじ込まれた。仕方なく租借して飲み込んだ。
最悪の想定が、映像とともにアツリュウの頭の中を埋め尽くす。
手を強く組んで、額を押し付ける。これでもかと痛む程に押し付け続ける。「姫様」ともう何度心のなかで呼んだか分からない。
「スオウ隊長はどのようにみているか?」
オルゴンの問いに、スオウが組んでいた手を解いて、足を組み替えた。
「私は、誘拐ではないように感じています」
「それはどうして?」
「今姫君が身を寄せているムネゴトウ家のご令嬢、彼女はなかなかの怪傑だそうですね。面白い話をいくつか聞きました」
「あのご令嬢が姫様を攫ったと?」
「攫ったとは思いませんが……王都に姫を返したくなくて、二人で隠れている可能性はある。姫君がモーリヒルドにお帰りになるのは明日です。今日という日に姫君がいなくなったことが、私は引っかかるのです。このまま姿を見せなければ、明日の予定は無くなりますから」
「姫君は離宮を抜け出しエイヘッドまで一人で来られた。それだけの度胸がある方だ。しかし、ここでの姫君のご様子から、自ら隠れるとは思えない、やはりあの、ムネゴトウのご令嬢が私は気になります。」
「そうであればいずれ見つかる……か」
オルゴンはなるほどと指で髭を擦った。
「最悪の仮定となると、私たちが追う『黒ずくめの集団』に拉致された場合です」
その言葉にアツリュウは全身に力が入る。
「我々がここに来て、城の防衛力は一気に上がった。彼らが同じように城を襲撃し、食料を奪うことはもうできない。そこで、姫君を人質にとって交渉することは非常に有効だ。ここの領主代行は姫君の為ならなんでもする、彼らの欲しいものを全て差し出す、間違いなく」
スオウ隊長は、アツリュウ本人を目の前にして、当たり前のことのようにさらりと言った。
「確かに、アツリュウは城ごと差し出すな、間違いない。自分の首も付けかねない」
オルゴンもさらりと答えて、一つため息をつき、言葉を続けた。
「だが、奴らが姫様を拉致したとなれば、アツリュウにとって、姫の存在がどれほど大きいかを知っているということだ。姫様の居場所を知り、彼女の有用性を正しく理解している、姫様がここに来て数日だ、それで、そこまでの情報を得るには……」
「内通者……ですね」
スオウ隊長の低い声が、嫌な言葉を告げた。
「だが、それはまだ一つの可能性に過ぎない。今のところ私が賭けるなら、カーリン嬢を選びます」
オルゴンは真顔のまま、ふふっと笑った。
「そうだな、是非あなたの賭けが当たっていることを願う」
開けられたままの執務室に、兵士が入ってきた。
「報告します。王女殿下の居場所が特定されました」
アツリュウは弾かれるように立ち上がった。
「場所はアリタ山麓の、第一作業小屋」
山の中と聞いて、血の気が引く。そんな人気のないところに連れ込まれて……
「ムネゴトウ家の子息タクマー殿とご一緒であると推測されます。現地にすでに兵が向かっております」
「タクマー殿と……一緒」
つぶやいて、アツリュウは全身の力が抜けた「黒ずくめの集団でないことが分かり、安堵のあまりその場にへたり込んでしまいそうな虚脱感に襲われた。
「ムネゴトウ家のご息女の部屋から、王女殿下の手紙が見つかりました。そこにタクマー殿の仕事場に付いていく旨が書かれております。護衛を連れず出かけるのは、明日帰される抗議である事、代行と話をする機会をつくって欲しい事、自分たちで帰るので心配しないで欲しい事、書かれています」
兵士の報告にスオウ隊長が、鼻でふっと笑う音がした。
「手紙の発見が遅れましたのは、お二人の姿がないと気づいた際、ムネゴトウ家奥様が窓を開けたことにより、机の上から落ちて、床と机の隙間に入り込んだようです。ご息女が窓から出入りすることがあるとのことで、奥様は窓の外を気にされて、その後も窓が開いたままだったため、風などの影響があったと推測されます」
「その作業小屋はどこだ」
アツリュウの問いに、兵士が即答する。
「ムネゴトウ材木が管轄する場所です。ここから馬車で半刻の距離。アリタ山への道を北上し、林道に入って最初の作業小屋です。手紙の発見と共に、軍馬で向かっておりますので、間もなく現地に兵が到着するかと」
アツリュウは一瞬で机を飛び越えると、出口に向かった。スオウ隊長が「止めろ」と鋭く言うと、戸口に控えていた兵士達が、アツリュウの行手を塞いだ。
「迎えに行く」
「大人しく待っていろと言ったはずです代行」
スオウ隊長が立ち上がって、眼光鋭く言った。
「まあ、許してやってくれスオウ隊長、こいつはもう待てない」
オルゴンの言葉が終わらぬうちに、アツリュウは身をひるがえして、執務室の窓を開けた。
「おい、ここ3階」
スオウ隊長の言葉を背に、アツリュウは窓から飛び降りた。
執務室には、スオウ隊長とオルゴン、そしてすぐに指示に対応できるよう、兵士が戸口近くの壁に5人整列していた。
昼を過ぎたが、大した情報は集まっていない。エイドドアドの海と陸の封鎖が完了したとの報告とともに、エイドドアドの市長が激怒して、こちらに向かっているとの知らせがあった程度、姫の行へは一向に分からない。
少しでも身を動かせば、走って執務室を飛び出してしまいそうだった。
半刻ほど前に、キボネが軽食を食べろと持ってきたので拒否すると「これから何日もの耐久戦になるかもしれないときに、食べないなんてゆ・る・し・ま、せん!」と何かを口の中にねじ込まれた。仕方なく租借して飲み込んだ。
最悪の想定が、映像とともにアツリュウの頭の中を埋め尽くす。
手を強く組んで、額を押し付ける。これでもかと痛む程に押し付け続ける。「姫様」ともう何度心のなかで呼んだか分からない。
「スオウ隊長はどのようにみているか?」
オルゴンの問いに、スオウが組んでいた手を解いて、足を組み替えた。
「私は、誘拐ではないように感じています」
「それはどうして?」
「今姫君が身を寄せているムネゴトウ家のご令嬢、彼女はなかなかの怪傑だそうですね。面白い話をいくつか聞きました」
「あのご令嬢が姫様を攫ったと?」
「攫ったとは思いませんが……王都に姫を返したくなくて、二人で隠れている可能性はある。姫君がモーリヒルドにお帰りになるのは明日です。今日という日に姫君がいなくなったことが、私は引っかかるのです。このまま姿を見せなければ、明日の予定は無くなりますから」
「姫君は離宮を抜け出しエイヘッドまで一人で来られた。それだけの度胸がある方だ。しかし、ここでの姫君のご様子から、自ら隠れるとは思えない、やはりあの、ムネゴトウのご令嬢が私は気になります。」
「そうであればいずれ見つかる……か」
オルゴンはなるほどと指で髭を擦った。
「最悪の仮定となると、私たちが追う『黒ずくめの集団』に拉致された場合です」
その言葉にアツリュウは全身に力が入る。
「我々がここに来て、城の防衛力は一気に上がった。彼らが同じように城を襲撃し、食料を奪うことはもうできない。そこで、姫君を人質にとって交渉することは非常に有効だ。ここの領主代行は姫君の為ならなんでもする、彼らの欲しいものを全て差し出す、間違いなく」
スオウ隊長は、アツリュウ本人を目の前にして、当たり前のことのようにさらりと言った。
「確かに、アツリュウは城ごと差し出すな、間違いない。自分の首も付けかねない」
オルゴンもさらりと答えて、一つため息をつき、言葉を続けた。
「だが、奴らが姫様を拉致したとなれば、アツリュウにとって、姫の存在がどれほど大きいかを知っているということだ。姫様の居場所を知り、彼女の有用性を正しく理解している、姫様がここに来て数日だ、それで、そこまでの情報を得るには……」
「内通者……ですね」
スオウ隊長の低い声が、嫌な言葉を告げた。
「だが、それはまだ一つの可能性に過ぎない。今のところ私が賭けるなら、カーリン嬢を選びます」
オルゴンは真顔のまま、ふふっと笑った。
「そうだな、是非あなたの賭けが当たっていることを願う」
開けられたままの執務室に、兵士が入ってきた。
「報告します。王女殿下の居場所が特定されました」
アツリュウは弾かれるように立ち上がった。
「場所はアリタ山麓の、第一作業小屋」
山の中と聞いて、血の気が引く。そんな人気のないところに連れ込まれて……
「ムネゴトウ家の子息タクマー殿とご一緒であると推測されます。現地にすでに兵が向かっております」
「タクマー殿と……一緒」
つぶやいて、アツリュウは全身の力が抜けた「黒ずくめの集団でないことが分かり、安堵のあまりその場にへたり込んでしまいそうな虚脱感に襲われた。
「ムネゴトウ家のご息女の部屋から、王女殿下の手紙が見つかりました。そこにタクマー殿の仕事場に付いていく旨が書かれております。護衛を連れず出かけるのは、明日帰される抗議である事、代行と話をする機会をつくって欲しい事、自分たちで帰るので心配しないで欲しい事、書かれています」
兵士の報告にスオウ隊長が、鼻でふっと笑う音がした。
「手紙の発見が遅れましたのは、お二人の姿がないと気づいた際、ムネゴトウ家奥様が窓を開けたことにより、机の上から落ちて、床と机の隙間に入り込んだようです。ご息女が窓から出入りすることがあるとのことで、奥様は窓の外を気にされて、その後も窓が開いたままだったため、風などの影響があったと推測されます」
「その作業小屋はどこだ」
アツリュウの問いに、兵士が即答する。
「ムネゴトウ材木が管轄する場所です。ここから馬車で半刻の距離。アリタ山への道を北上し、林道に入って最初の作業小屋です。手紙の発見と共に、軍馬で向かっておりますので、間もなく現地に兵が到着するかと」
アツリュウは一瞬で机を飛び越えると、出口に向かった。スオウ隊長が「止めろ」と鋭く言うと、戸口に控えていた兵士達が、アツリュウの行手を塞いだ。
「迎えに行く」
「大人しく待っていろと言ったはずです代行」
スオウ隊長が立ち上がって、眼光鋭く言った。
「まあ、許してやってくれスオウ隊長、こいつはもう待てない」
オルゴンの言葉が終わらぬうちに、アツリュウは身をひるがえして、執務室の窓を開けた。
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