見ているだけで満足な姫と死んでも触りませんと誓った剣士の両片思いの恋物語

まつめ

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67.長男でもあるスオウ

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「おい」
 低い声が上から降って来て、アツリュウは目を開けた。あたりはすっかり暗くなり、闇の中に薄ぼんやりと、スオウ隊長が立っているように見えた。

 いつの間にか眠っていたようだ。鍛錬場の硬い土の上に倒れている自分を覗き込むように、体を二つ折りにしたスオウ隊長が見下ろしていた。

「お前、ここで寝る気か?」
 不機嫌な声はいつもよりさらに低い。寝起きかつ体が痛いせいか、ムッとした。俺のことは放っておいて欲しい。アツリュウはむくれて黙っていた。

「お前ここで寝ていたら食われるぞ」
「食われるって何にです?」
 スオウ隊長は少し考えている。そうだな……と呟いた。
「野生の動物とか、それから、人間のオスとか」

「はあ?人間のオスってなんですか。」
 彼は兵舎の建物を指さした。
「あの中にいるデカいオスに食われるかもしれない、おまえ小さくて可愛いから」
「小さいっていうな!」
 寝たままの姿勢から、ぴょんと立ち上がった。彼が「今のはどうやったのだ」と顔を近づけた、酒臭い。

「あなたは酔っているのか?」
「そうだ、俺は酒を飲んでいた。それなのに、迷惑にも代行が鍛錬場で死んでいると報告が入ったので、面倒だが来た」
 スオウ隊長が酒を飲んで、しかも酔っている。アツリュウは驚いて、まじまじと彼を観察した。

 酔っているように見えないが、でもたぶんすごく酔っているのかもしれない。
「おい、付いてこい」
 彼が嫌そうな口調で言った。酔っ払いについて行くのは不安だったが彼に逆らえるとも思えず従った。

 城1階の普段は来ることのない、上級士官の居室に来た。彼の部屋に通された。意外に広くて、けっこう豪華な部屋だ。でも窓は細長く小さくて、少し湿度がある。

「良い部屋だけど、雨季はじめじめしそうなへやですね」
「そうだ、いい部屋だが少し居心地は悪い。だが、冬は暖かいそうだ。この壁が全体に暖かくなるように造られているらしい。楽しみだが、まあ、冬まで生きていられればの話だ」

 スオウ隊長は1人掛けの革張りの上等な椅子に腰かけると、お前も適当に座れと指さした。
 彼の動作はいつもよりゆっくりで、顔は無表情ながら、時々眠そうに目を細める。いつも隙のない彼だが、いま手合わせすれば勝てそうな気がした。

「飲むか?」
「いえ、俺は酒を飲まない」
 眠そうにしていた彼の目が開いた。そしてすぐ興味を無くしたように、椅子の横に置いてあったグラスを持ち上げた。茶色い透明な液体が入っている。それに口をつけたが、飲んでいるのかいないのか、たいして減らなかった。

「だったらその辺を探して水でも飲んでいろ。俺はな、部屋で男と酒を飲んで、楽しかった記憶は一度もない、お前が酒を飲まないならそれは良い事だ」

 アツリュウが座っても、何も言わずに酒を飲んでいる。まさかこのままこの無言に付き合うのかと不安になった頃、彼が口を開いた。

「オルゴン殿が言い過ぎてしまったと落ち込んでいた。おまえをえらく心配している。それで、何かお前に話をしてみようという気になった」
 彼らしからぬ、話をしてみようと言う言葉に、ちょっとどう返していいか分からなかった。

「それでだが、始めに言っておくが俺はどうでもいい」
「ならいいですよ、何も言わなくて。そのお話しとやらはいりません」

「そうか、それならこれで俺は寝る。尊敬するオルゴン殿には済まないが」
「え? スオウ隊長はオルゴンを尊敬しているんですか?」
「そうだ、お前は知らないことが多すぎる。あの方が戦地で何をしたかもお前は知らない」

 アツリュウはその話に興味が湧いたが、スオウ隊長の目はほとんど閉じられて半分寝ている。
「まあ、話してみよう」
 彼の目がうすく半分開いた。
「アツリュウおまえ……」

 彼は言いかけて、はっと目を開けた。考えるように少し首を傾げる。
「いや……やはり言うのはやめておこう」
「え、何ですか?そんな途中でやめられたら気になります。言ってください」

「うーむ。実は私には弟が多い。下に4人いる」
 いきなりの話題に、戸惑いつつ、そうですかと相槌あいづちをうった。
「私は面倒見がいい兄で、小さいときから皆の世話を良くした。だから今でも、慕われ尊敬される兄だ」
「はい」

「しかし4人全員から、度々注意されることがある。兄上は時々、人として言ってはいけない酷いことを言うと、そして酷い言葉だと自覚が無いのが恐ろしい、くれぐれも人と話す時は気を付けるようにと」
「……はあ」

「今、お前に言う直前で思ったのだが、これから私が言おうとしているのは、なんとなく弟達に叱られるたぐいのような気がする。だからやめておいた」
「いやいや、気になります。俺は平気だから言ってください」

「そうか……それなら、アツリュウおまえは」
「待った!やっぱりやめてくれ」
 アツリュウは大きな声で彼の言葉を止めた。

「いや、スオウ隊長の言葉は俺の心臓をえぐってくるような気がする。そんなの今の俺が聞いたら、心臓から血を噴き上げて死ぬかもしれないです。やっぱりやめときます」

「そうか、なら俺から話すことは何もない。ではお前はなにか聞いて欲しいことがあるか?」

 この人に聞いて欲しい事? 何か言っても絶対優しい言葉など掛けてくれない気がする。最悪「そうか」で終わりそう。聞いて欲しいのか俺は……何を?

 アツリュウが真剣に考えこんでいると、スオウ隊長の細いくなった目がとうとう閉じられた。

「言いたいことは無いのか?」
 寝たのかと思ったら目を閉じたまま聞いて来た。
「無い訳じゃないのですが、どう話したらいいのか分かりません」
「そうか、ではやめておけ」
「はい、分かりました。ではこれで失礼します」

 椅子の背にもたれ掛かって目を閉じている彼は、どう見ても完全に寝ているようにしか見えない。
 アツリュウは立ち上がって歩いていき、部屋の扉に手を掛けようとして、あることを思い付いて振り返った。

「聞きたいことがありました」
「なんだ」
「どうしてセウヤ殿下は、姫様をここに置いておけと言うのか理由を知りたい」
 彼はパチリと目を開けた。

「それは言えない、セウヤ殿下からお前に告げるなというご命令だ」
「そうか、やはり教えてくれないか。では聞きたいことは他には何もありません」

「俺はいったい何のためにここに来たのだ」とアツリュウがぼやきながら扉を開けると、背中に彼の声が聞こえた。

「本当だ、まったく何のみのりもない会話だった」

 振り返ると彼が笑っている。初めて彼の笑い声を聞いた。
 何なのだこの人はいったい、そうかただの酔っ払いか。アツリュウは馬鹿馬鹿しくなって、つられて一緒に声を出して笑った。

「帰って寝ろ」
「はい、寝ます」

 扉を閉め、部屋にもどる道すがら、アツリュウは思い出してもう一度くすりと笑った。そこで少し気が晴れていることに気づいた。さっきはもう生きていけないくらいに思っていたのに、今笑った自分に驚いた。

 なんだか髪も乱れた感じで、眠そうにしているスオウ隊長はいつもの彼らしくなくて、まるで……
 兄さんみたいだ……
 ほっと力が抜ける気がした。
 早く部屋に帰って寝ようと、階段を駆け上がった。
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