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97.客人として迎えるならば
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「森の人を知っていたのは、草原の果て岩砂漠の入り口に暮らす、取るに足らない小さな部族だ。俺の指輪を見るなり、部族全員が地べたにはいつくばって怯えていた。だがその部族は岩砂漠の渡り方を知っていた。なぜなら、砂漠の向こうの大森林に暮らす『森の人』と物々交換しないと、彼らは生きる糧を得られないからだ」
バッシャールの話は続いた、彼は岩砂漠を渡り、森の人の助けを受け、大森林を越えた。彼が言う「いくら追い払っても離れない奴ら」と一緒に、とうとうエイヘッドにたどり着いた。
「あなたに付いてきたというピプドゥ人は何人程いるのですか?」
ヨンキントの問いに、バッシャールは片眉を上げた。
「こちらの手の内を教える訳がなかろう。だが、食い扶持が多くてかなわん。私一人なら今頃、モーリヒルドの都でブラブラ気ままにしていただろうよ。あいつらが付いて来たせいで、世話をせねばならない。こんな恐ろしく寒い土地に閉じこもることになるとは……」
もう何度彼が繰り返したか分からない、その言葉をまた言った。「面倒だ」
「それにしても、ここの領主はつまらない男だった。遊び相手にもならない」
ずっとめんどくさそうに話していたバッシャールが、アツリュウに嬉しそうな顔を向けた。
「坊やは良い子だ。あんまり熱心に私に会いたがるから、つい我慢できずに覗きに行ってしまった。あれは怖かった、危うく犬に噛まれるところだった。久しぶりに楽しかったな」
可笑しそうに笑ったが、本音かは分からなかった。
「坊やはあのまぬけな領主の息子なのか?」
「坊やはやめろ、ミタツルギだ」
「ミッタツールギ、おまえは何者だ。私はお前と取引せねばならない」
彼はミタツルギと上手く発音できないようだった、取引と彼は言った、ここからが勝負なのだとアツリュウは悟った。
「我が主はシュロム・セウヤ王子。かの方の命で私はエイヘッド領主になった。あのまぬけ領主のことは忘れろ」
アツリュは彼を睨みつけながら続けた。
「私と取引きしたいと言ったな。それはすなわちセウヤ王子と取引することを意味する。お前が我が主を喜ばせることができるならば聞いてやろう」
「ミッタ―ツルギ残念だ。私はそのシュロムの王子とやらに興味がない。私が会いたいのは、ヒルディルド国の実権を握るビャクオム・グイド王の方だ、おまえ、そちらに私を引き合わせる伝手はないのか?」
アツリュウが「無い」ときっぱり告げると、バッシャールはヨンキントに顔を向けた。
「では、ヨウクウヒの第三王子とやら、おまえを殺すと脅したら、おまえの父はグイド王に取り次ぎしてくれるだろうか?」
「そうですね、私は父の強烈な執着の対象です。父は私のためなら、国中の神殿の機能を止めてでも、グイド王を説得するでしょう。私は人質として有効です」
ヨンキントの返事にアツリュウは内心の驚きを表情に出さぬように努めた。
彼は本当にヨウクウヒの王子なのか? それともはったり?
「そうか、ならばお前を使わせてもらう。お前の父親に使いを出す」
「それはいいですが、ここはシュロムの領土です。シュロム王がその気になれば、誰もここから出られないし、入れない。グイド王であってもです。あなたはこの国の仕組みが分かっていない。ここはシュロム王の治めるシュロム国ですよ、手順をお踏みなさい」
バッシャールは酒を飲み、アツリュウに向き直った。何を言うかはもう知っていた。
「ああ、面倒だ」
アツリュウはこの怠惰なやる気のない男に、少し慣れてきた。初めて手を伸ばして、出された料理を口にした。焼いた小さな魚だった。口に入れた瞬間、お?と思った。
「旨いだろう? 森の人は色々教えてくれる。それは私も気に入っている」
もともとお前の城にあったものだと嫌味なことを言いながら、バッシャールが酒も飲めとすすめる。
「それではミッターツルギ、面倒なことだが、おまえを人質にセウヤ王子とやらと取引しよう」
「私に人質の価値はない。私の命で我が主は動かない」
アツリュウはまた魚を口に放り込んだ。
「そうなのか、ミッタ―ツルギ、おまえを串刺しにして火であぶるといっても駄目か?」
「ああ、全然だめだ。あの人はむしろ私を殺したい。よろこんでやってくれと返事するだろう」
バッシャールは「そうか」と興味なく言うと、そっちも旨いから食えと皿を指さした。
「私に価値はないが、おまえには価値がある。私を人質になどしなくても、セウヤ殿下はお前に会う。分からないかバッシャール」
「私に価値があるのは知っている。だがのこのこ出ていったら、捕らえられて帝国に高値で売られるだけだ」
「そっちの価値ではない、シュロム国にとってのお前の価値だ、私が教えてやろう」
アツリュウはバッシャールの顔を見ずに、ばくばくと料理を口に運んだ。山の中の料理にしてはどれも旨かった。
「シュロム国にとっての私の価値とはなんだ」
アツリュウは皿を置いた。バッシャールがすぐに話にのってきたことが意外だった。この男はどうやら本当に、何もかもが面倒であるようだった。腹の探り合いで話しを進める気もないのだ。
「知りたいか? ならば私の縄を解き、私を自由にしろ。そうして私を客人として扱え、部下にもこのお方は私の客人で、けして手を出してはならぬと言って聞かせろ。それをやって見せたら教えてやってもいい」
「それはできない。そんなことをしたら、坊やは私に噛みつくだろう? ここにいる奴らはお前の主と違って、頼んでもいないが私の命を惜しむからな、また面倒事が増える。凶暴な犬を放つ馬鹿はいないだろう?」
「ならば話は終わりだ。試しに私を殺すとセウヤ殿下に使いを送ってみるといい、たぶん返事もくれないだろう。人質として私を置いておく間は、この魚を食わせてくれ、私もこれは気に入った」
アツリュウはそう言うと、ごろりと寝ころんだ。天井に天幕の木組みが見えた。
「これはピプドゥから持ってきたのか?」
天井を指さして聞くと、バッシャールはそうだと答える。
こんなものを運んでくるくらいだから、引き連れて来た部族の人数はかなり大勢いるのだろう。山の中に兵士集団が潜んでいたとは、恐ろしいことだと改めて思った。
「坊や私に噛みつかないと約束するか?」
アツリュウは寝たまま、顔だけ彼に向けた。
「13部族の上に立つ男が気弱なことだ、狼の群れを躾ける男が、犬の一匹を恐れるのか?」
バッシャールが愉快そうに顎をこすった。
「お前は面白い子だ、ピプドゥに私と一緒に来るか?」
アツリュウは起き上がった。
「森を渡り、岩砂漠を越えて、どこまでも続く草原に出る。そうしたら馬の国だ。お前たちは馬と共に生きているのだろう? いいぞ、ついて行く!」
「アツリュウ殿、何を言い出すのです」
ヨンキントが首を傾げて見てくる。
「俺は本気だ、バッシャール私をピプドゥに連れて行け。私は人間より馬が好きなんだ、馬に囲まれて生きるなら天国のようだ」
バッシャールは愉快そうに笑った。隣の男にピプドゥ語でなにやら伝え、男がアツリュウの足の縄を切った。
アツリュウは立ち上がると、長い事縛られて痺れていた足を曲げ伸ばしした。
縄を切った男が天幕を出て、3人の黒装束の男を連れて戻って来た。
彼らはアツリュウの前に膝をついた。バッシャールがピプドゥ語で何か伝えると、彼らは立ち上がって、いきなりアツリュウに軽い抱擁をした。びっくりしたが、それが客人への挨拶のようだった。
バッシャールが、アツリュウの言った通りにしてくれたことが分かった。
「バッシャール、お前の客人にしてくれたことに礼をいう。さあピプドゥ行きの話をしよう」
「すまないな、ミッタ―ツルギ。私は船でピプドゥに帰る、草原は見せてやれない」
「どうしてだバッシャール」
「言っただろう?私は部族から逃げて来たと。そして勝てない戦はしない主義だと。帝国経由で帰れば、話は違う。私はヌーフから王位を取り戻すだろう。南ルールドに借りをつくるのは本意ではないが」
「ずいぶん簡単に、王位をとりもどすと仰る。本当にそれができるとお考えですかアーディル?」
ヨンキントが冷めた声で聞いた。
「何故その名で私を呼ぶのだ神官」
「それはあなたに、王位を取り戻す熱意が感じられないからです。あなたは本当にバッシャールになる気があるのですか?」
「そうだな……、私はその問いに対する答えを今は持っていない。私がアーディルとして生きるか、バッシャールになるかは、グイド王に会ってから決めるかな」
めんどくさそうに、また彼は酒を飲み始めた。
「ここがそれほど寒くなければな、このままいてもいいのだ。だが寒すぎる。それにピプドゥ人はここで目立ちすぎる、本当に……」
「面倒だ」アツリュウが、ぴったりと合わせて彼と同時に言うと、バッシャールがはははと美しい声で笑った。
「それで、ミッタ―ツルギ。先ほどの話だ、私のここでの価値とはなんだ」
アツリュウは座り直すと、静かに彼を見すえた。
「バッシャールよ、これから私がおまえに教えることは、この国では金塊の山のごとく価値がある。だからこの金塊をもっていけば、我が主は喜んで取り引きに応じるだろう。だが、約束しろ、その金塊はまずセウヤ王子の所へ持っていけ、金塊に気が大きくなって、他へ持っていくなよ」
面白そうに目を輝かせて彼は「よかろう」と答えた。
「金塊とは、おまえが通ってきた『道』だ。その道こそが、我が主への宝になる」
バッシャールは不思議そうな顔をした。
「どういうことだ?」
「ここエイヘッドでは、大森林の向こうが、大陸とつながっていることさえ知られていない。ヒルディルド国は海路のみが、他国からの入り口だ。それがピプドゥに繋がる陸路があると分かれば、我が国の外交は大きく変わる。シュロム王は他国とつながる陸路を手に入れる。これはまさしく金塊だ」
ほう、とバッシャールの顔が変わった。そして意地悪く笑った。
「それは良い事を教えてもらった。それが本当であるならば、私は人質など必要ないということか。ピプドゥとヒルディルドを繋げる道、私の頭の中にあるその道の地図に価値があると、おまえは言うのだな。そういうことであれば……、私はグイド王と直接交渉しよう」
「さっきの約束を忘れたか? 金塊に気が大きくなって、他に行くなよと私は言ったはずだ」
バッシャールは急に目の色を変え「もう一度縛ることになるかな?」と恐ろしい雰囲気をかもした。
「ミッタ―ツルギ、おまえは私のことを知らなすぎる。私は奇襲の天才と呼ばれている、ずるがしこく、卑怯に、だまし討ちをして、敵に忍び寄っては勝ってきた。だから私は強い。戦いに名誉や誇りは必要ない、そんなものは、いまだ剣で一騎打ちなぞする部族民たちの糞みたいなものだ。私はそれを眺めながら奴らを後ろから銃で撃ってきた」
バッシャールが立ち上がって、アツリュウを上から見下ろした。
「おまえ忘れたか? 私は父と兄を焼き殺して国を追われてきた男だぞ、そんな男の約束を信じたか?」
アツリュウも立ち上がり、間近に彼を睨み返した。彼は長身で、アツリュウは見上げることになった。
「バッシャール、知っているか? 砂金を手でつかむとき、大きく手を広げた時と、小さく広げた時、より多くの砂金を握れるのはどちらだ?」
「なんの謎かけだ」
「大きく手を広げるほどに、つかめる砂金は少なくなる。指の間から砂金がこぼれ落ちるからだ。欲をかくと、得られるものは少なくなるぞ」
「面白いことを言うのだな坊や、まだ子供なのに賢いことを言う」
アツリュウは眉を思い切りよせた。
「子供とはどういうことだ、ちょっと確認する。おまえ私を何歳だと思っている?」
バッシャールが即答した。
「15くらいだろう?」
アツリュウはヒルディルド語で「ふざけんな!」と叫んだ。
「私は19歳だ、この国では立派な大人だ!」
「それは驚いた。ではかわいそうに、おまえはそれ以上大きくなれないな」
くっそー! 頭にくるこいつ。やっぱりいけ好かないクソ野郎だった。
アツリュウはどかっと床に胡坐で座ると、大声で怒鳴るように言った。
「バッシャール、おまえが私の所にくるならば、私はお前を客人として迎え、我が主セウヤ王子の元へ連れて行く。その後のことは私には関係ない、セウヤ王子の機嫌をとって、欲しいものを引き出せるかどうかはおまえ次第だ。私の話は終わりだ」
「ミッターツルギの機嫌を損ねてしまったな。それではお前の話を受けるかどうか、すこし考えてみよう」
バッシャールは座ると杯に新しい酒を注がせた。肱を付いて寛いだ姿勢になり、顎を擦った。どうやらそれが彼の癖らしかった。
「私が考えて答えを出すまでの間、少しお喋りをしよう。いいかなミッタ―ツルギ」
アツリュウは胡坐をしたまま、不機嫌な顔を向けた。
「あのピチパ。美しい少女は誰なのだ」
アツリュウは目を細めるだけで黙っていた。
「あの美しい宝石の瞳をまた覗き込んでみたい、あの人に会えるならば、おまえの城に行ってもいいかもしれないな……」
「城に彼女はいない」
「ミッタ―ツルギ、やはりおまえは、あの美しい人を知っているのだな? 何故彼女はピプドゥ語を話すのだ。ふっ答えぬよな……まあよかろう、では、私の心は決めた」
バッシャールは杯を置き、体を起こした。
「ミッタ―ツルギ、私をおまえに預けよう。お前の主とやらに会わせてくれ」
アツリュウはしばらくバッシャールの黒曜石の瞳を見つめた。
この、荒々しい野生馬のような男を自分は乗りこなせるだろうか?
果たしてセウヤ殿下の所まで、こちらが傷を負わずに届けることはできるのだろうか。
「お前が一人で来るならば、私はおまえを客人として迎えよう」
アツリュウの提案にバッシャールは顎を擦った。
「それは少し難しい条件だ。私は構わんがな、私の取り巻き達が納得しないだろう。では、あいつらを説得するのに時間をくれ。何日かかかるだろう」
「何日もかかるのか? おまえ頭領だろう、言うことをきかせられないのか?」
「私はあいつらの頭領になった覚えはない。何度も言っているだろう、あいつらが勝手について来たんだ。私がお前の城に行ったとたんに、勝手に侵入してくるだろう。あいつらは口で言ってもきかない、別の方法で躾ける。人数がいるからな、少し時間がかかるだろう」
別の方法で躾ける……ちょっと物騒な言い方だな。
「分かった。お前の準備ができるまで待つ」
「では話は決まった。明日お前達を山小屋まで送らせる。今晩はここで休むといい。寝ている間だけ、怖い犬の手足を縛っておきたいがいいかなミッタ―ツルギ?」
「いいともバッシャール。おまえが私の城に来た時に、同じように縛られたいなら」
はははといい声で笑うと、バッシャールは別の天幕にアツリュウとヨンキントを案内させた。
入口に見張りは付いたが、手足は縛られなかった。
バッシャールの話は続いた、彼は岩砂漠を渡り、森の人の助けを受け、大森林を越えた。彼が言う「いくら追い払っても離れない奴ら」と一緒に、とうとうエイヘッドにたどり着いた。
「あなたに付いてきたというピプドゥ人は何人程いるのですか?」
ヨンキントの問いに、バッシャールは片眉を上げた。
「こちらの手の内を教える訳がなかろう。だが、食い扶持が多くてかなわん。私一人なら今頃、モーリヒルドの都でブラブラ気ままにしていただろうよ。あいつらが付いて来たせいで、世話をせねばならない。こんな恐ろしく寒い土地に閉じこもることになるとは……」
もう何度彼が繰り返したか分からない、その言葉をまた言った。「面倒だ」
「それにしても、ここの領主はつまらない男だった。遊び相手にもならない」
ずっとめんどくさそうに話していたバッシャールが、アツリュウに嬉しそうな顔を向けた。
「坊やは良い子だ。あんまり熱心に私に会いたがるから、つい我慢できずに覗きに行ってしまった。あれは怖かった、危うく犬に噛まれるところだった。久しぶりに楽しかったな」
可笑しそうに笑ったが、本音かは分からなかった。
「坊やはあのまぬけな領主の息子なのか?」
「坊やはやめろ、ミタツルギだ」
「ミッタツールギ、おまえは何者だ。私はお前と取引せねばならない」
彼はミタツルギと上手く発音できないようだった、取引と彼は言った、ここからが勝負なのだとアツリュウは悟った。
「我が主はシュロム・セウヤ王子。かの方の命で私はエイヘッド領主になった。あのまぬけ領主のことは忘れろ」
アツリュは彼を睨みつけながら続けた。
「私と取引きしたいと言ったな。それはすなわちセウヤ王子と取引することを意味する。お前が我が主を喜ばせることができるならば聞いてやろう」
「ミッタ―ツルギ残念だ。私はそのシュロムの王子とやらに興味がない。私が会いたいのは、ヒルディルド国の実権を握るビャクオム・グイド王の方だ、おまえ、そちらに私を引き合わせる伝手はないのか?」
アツリュウが「無い」ときっぱり告げると、バッシャールはヨンキントに顔を向けた。
「では、ヨウクウヒの第三王子とやら、おまえを殺すと脅したら、おまえの父はグイド王に取り次ぎしてくれるだろうか?」
「そうですね、私は父の強烈な執着の対象です。父は私のためなら、国中の神殿の機能を止めてでも、グイド王を説得するでしょう。私は人質として有効です」
ヨンキントの返事にアツリュウは内心の驚きを表情に出さぬように努めた。
彼は本当にヨウクウヒの王子なのか? それともはったり?
「そうか、ならばお前を使わせてもらう。お前の父親に使いを出す」
「それはいいですが、ここはシュロムの領土です。シュロム王がその気になれば、誰もここから出られないし、入れない。グイド王であってもです。あなたはこの国の仕組みが分かっていない。ここはシュロム王の治めるシュロム国ですよ、手順をお踏みなさい」
バッシャールは酒を飲み、アツリュウに向き直った。何を言うかはもう知っていた。
「ああ、面倒だ」
アツリュウはこの怠惰なやる気のない男に、少し慣れてきた。初めて手を伸ばして、出された料理を口にした。焼いた小さな魚だった。口に入れた瞬間、お?と思った。
「旨いだろう? 森の人は色々教えてくれる。それは私も気に入っている」
もともとお前の城にあったものだと嫌味なことを言いながら、バッシャールが酒も飲めとすすめる。
「それではミッターツルギ、面倒なことだが、おまえを人質にセウヤ王子とやらと取引しよう」
「私に人質の価値はない。私の命で我が主は動かない」
アツリュウはまた魚を口に放り込んだ。
「そうなのか、ミッタ―ツルギ、おまえを串刺しにして火であぶるといっても駄目か?」
「ああ、全然だめだ。あの人はむしろ私を殺したい。よろこんでやってくれと返事するだろう」
バッシャールは「そうか」と興味なく言うと、そっちも旨いから食えと皿を指さした。
「私に価値はないが、おまえには価値がある。私を人質になどしなくても、セウヤ殿下はお前に会う。分からないかバッシャール」
「私に価値があるのは知っている。だがのこのこ出ていったら、捕らえられて帝国に高値で売られるだけだ」
「そっちの価値ではない、シュロム国にとってのお前の価値だ、私が教えてやろう」
アツリュウはバッシャールの顔を見ずに、ばくばくと料理を口に運んだ。山の中の料理にしてはどれも旨かった。
「シュロム国にとっての私の価値とはなんだ」
アツリュウは皿を置いた。バッシャールがすぐに話にのってきたことが意外だった。この男はどうやら本当に、何もかもが面倒であるようだった。腹の探り合いで話しを進める気もないのだ。
「知りたいか? ならば私の縄を解き、私を自由にしろ。そうして私を客人として扱え、部下にもこのお方は私の客人で、けして手を出してはならぬと言って聞かせろ。それをやって見せたら教えてやってもいい」
「それはできない。そんなことをしたら、坊やは私に噛みつくだろう? ここにいる奴らはお前の主と違って、頼んでもいないが私の命を惜しむからな、また面倒事が増える。凶暴な犬を放つ馬鹿はいないだろう?」
「ならば話は終わりだ。試しに私を殺すとセウヤ殿下に使いを送ってみるといい、たぶん返事もくれないだろう。人質として私を置いておく間は、この魚を食わせてくれ、私もこれは気に入った」
アツリュウはそう言うと、ごろりと寝ころんだ。天井に天幕の木組みが見えた。
「これはピプドゥから持ってきたのか?」
天井を指さして聞くと、バッシャールはそうだと答える。
こんなものを運んでくるくらいだから、引き連れて来た部族の人数はかなり大勢いるのだろう。山の中に兵士集団が潜んでいたとは、恐ろしいことだと改めて思った。
「坊や私に噛みつかないと約束するか?」
アツリュウは寝たまま、顔だけ彼に向けた。
「13部族の上に立つ男が気弱なことだ、狼の群れを躾ける男が、犬の一匹を恐れるのか?」
バッシャールが愉快そうに顎をこすった。
「お前は面白い子だ、ピプドゥに私と一緒に来るか?」
アツリュウは起き上がった。
「森を渡り、岩砂漠を越えて、どこまでも続く草原に出る。そうしたら馬の国だ。お前たちは馬と共に生きているのだろう? いいぞ、ついて行く!」
「アツリュウ殿、何を言い出すのです」
ヨンキントが首を傾げて見てくる。
「俺は本気だ、バッシャール私をピプドゥに連れて行け。私は人間より馬が好きなんだ、馬に囲まれて生きるなら天国のようだ」
バッシャールは愉快そうに笑った。隣の男にピプドゥ語でなにやら伝え、男がアツリュウの足の縄を切った。
アツリュウは立ち上がると、長い事縛られて痺れていた足を曲げ伸ばしした。
縄を切った男が天幕を出て、3人の黒装束の男を連れて戻って来た。
彼らはアツリュウの前に膝をついた。バッシャールがピプドゥ語で何か伝えると、彼らは立ち上がって、いきなりアツリュウに軽い抱擁をした。びっくりしたが、それが客人への挨拶のようだった。
バッシャールが、アツリュウの言った通りにしてくれたことが分かった。
「バッシャール、お前の客人にしてくれたことに礼をいう。さあピプドゥ行きの話をしよう」
「すまないな、ミッタ―ツルギ。私は船でピプドゥに帰る、草原は見せてやれない」
「どうしてだバッシャール」
「言っただろう?私は部族から逃げて来たと。そして勝てない戦はしない主義だと。帝国経由で帰れば、話は違う。私はヌーフから王位を取り戻すだろう。南ルールドに借りをつくるのは本意ではないが」
「ずいぶん簡単に、王位をとりもどすと仰る。本当にそれができるとお考えですかアーディル?」
ヨンキントが冷めた声で聞いた。
「何故その名で私を呼ぶのだ神官」
「それはあなたに、王位を取り戻す熱意が感じられないからです。あなたは本当にバッシャールになる気があるのですか?」
「そうだな……、私はその問いに対する答えを今は持っていない。私がアーディルとして生きるか、バッシャールになるかは、グイド王に会ってから決めるかな」
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「ここがそれほど寒くなければな、このままいてもいいのだ。だが寒すぎる。それにピプドゥ人はここで目立ちすぎる、本当に……」
「面倒だ」アツリュウが、ぴったりと合わせて彼と同時に言うと、バッシャールがはははと美しい声で笑った。
「それで、ミッタ―ツルギ。先ほどの話だ、私のここでの価値とはなんだ」
アツリュウは座り直すと、静かに彼を見すえた。
「バッシャールよ、これから私がおまえに教えることは、この国では金塊の山のごとく価値がある。だからこの金塊をもっていけば、我が主は喜んで取り引きに応じるだろう。だが、約束しろ、その金塊はまずセウヤ王子の所へ持っていけ、金塊に気が大きくなって、他へ持っていくなよ」
面白そうに目を輝かせて彼は「よかろう」と答えた。
「金塊とは、おまえが通ってきた『道』だ。その道こそが、我が主への宝になる」
バッシャールは不思議そうな顔をした。
「どういうことだ?」
「ここエイヘッドでは、大森林の向こうが、大陸とつながっていることさえ知られていない。ヒルディルド国は海路のみが、他国からの入り口だ。それがピプドゥに繋がる陸路があると分かれば、我が国の外交は大きく変わる。シュロム王は他国とつながる陸路を手に入れる。これはまさしく金塊だ」
ほう、とバッシャールの顔が変わった。そして意地悪く笑った。
「それは良い事を教えてもらった。それが本当であるならば、私は人質など必要ないということか。ピプドゥとヒルディルドを繋げる道、私の頭の中にあるその道の地図に価値があると、おまえは言うのだな。そういうことであれば……、私はグイド王と直接交渉しよう」
「さっきの約束を忘れたか? 金塊に気が大きくなって、他に行くなよと私は言ったはずだ」
バッシャールは急に目の色を変え「もう一度縛ることになるかな?」と恐ろしい雰囲気をかもした。
「ミッタ―ツルギ、おまえは私のことを知らなすぎる。私は奇襲の天才と呼ばれている、ずるがしこく、卑怯に、だまし討ちをして、敵に忍び寄っては勝ってきた。だから私は強い。戦いに名誉や誇りは必要ない、そんなものは、いまだ剣で一騎打ちなぞする部族民たちの糞みたいなものだ。私はそれを眺めながら奴らを後ろから銃で撃ってきた」
バッシャールが立ち上がって、アツリュウを上から見下ろした。
「おまえ忘れたか? 私は父と兄を焼き殺して国を追われてきた男だぞ、そんな男の約束を信じたか?」
アツリュウも立ち上がり、間近に彼を睨み返した。彼は長身で、アツリュウは見上げることになった。
「バッシャール、知っているか? 砂金を手でつかむとき、大きく手を広げた時と、小さく広げた時、より多くの砂金を握れるのはどちらだ?」
「なんの謎かけだ」
「大きく手を広げるほどに、つかめる砂金は少なくなる。指の間から砂金がこぼれ落ちるからだ。欲をかくと、得られるものは少なくなるぞ」
「面白いことを言うのだな坊や、まだ子供なのに賢いことを言う」
アツリュウは眉を思い切りよせた。
「子供とはどういうことだ、ちょっと確認する。おまえ私を何歳だと思っている?」
バッシャールが即答した。
「15くらいだろう?」
アツリュウはヒルディルド語で「ふざけんな!」と叫んだ。
「私は19歳だ、この国では立派な大人だ!」
「それは驚いた。ではかわいそうに、おまえはそれ以上大きくなれないな」
くっそー! 頭にくるこいつ。やっぱりいけ好かないクソ野郎だった。
アツリュウはどかっと床に胡坐で座ると、大声で怒鳴るように言った。
「バッシャール、おまえが私の所にくるならば、私はお前を客人として迎え、我が主セウヤ王子の元へ連れて行く。その後のことは私には関係ない、セウヤ王子の機嫌をとって、欲しいものを引き出せるかどうかはおまえ次第だ。私の話は終わりだ」
「ミッターツルギの機嫌を損ねてしまったな。それではお前の話を受けるかどうか、すこし考えてみよう」
バッシャールは座ると杯に新しい酒を注がせた。肱を付いて寛いだ姿勢になり、顎を擦った。どうやらそれが彼の癖らしかった。
「私が考えて答えを出すまでの間、少しお喋りをしよう。いいかなミッタ―ツルギ」
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「あのピチパ。美しい少女は誰なのだ」
アツリュウは目を細めるだけで黙っていた。
「あの美しい宝石の瞳をまた覗き込んでみたい、あの人に会えるならば、おまえの城に行ってもいいかもしれないな……」
「城に彼女はいない」
「ミッタ―ツルギ、やはりおまえは、あの美しい人を知っているのだな? 何故彼女はピプドゥ語を話すのだ。ふっ答えぬよな……まあよかろう、では、私の心は決めた」
バッシャールは杯を置き、体を起こした。
「ミッタ―ツルギ、私をおまえに預けよう。お前の主とやらに会わせてくれ」
アツリュウはしばらくバッシャールの黒曜石の瞳を見つめた。
この、荒々しい野生馬のような男を自分は乗りこなせるだろうか?
果たしてセウヤ殿下の所まで、こちらが傷を負わずに届けることはできるのだろうか。
「お前が一人で来るならば、私はおまえを客人として迎えよう」
アツリュウの提案にバッシャールは顎を擦った。
「それは少し難しい条件だ。私は構わんがな、私の取り巻き達が納得しないだろう。では、あいつらを説得するのに時間をくれ。何日かかかるだろう」
「何日もかかるのか? おまえ頭領だろう、言うことをきかせられないのか?」
「私はあいつらの頭領になった覚えはない。何度も言っているだろう、あいつらが勝手について来たんだ。私がお前の城に行ったとたんに、勝手に侵入してくるだろう。あいつらは口で言ってもきかない、別の方法で躾ける。人数がいるからな、少し時間がかかるだろう」
別の方法で躾ける……ちょっと物騒な言い方だな。
「分かった。お前の準備ができるまで待つ」
「では話は決まった。明日お前達を山小屋まで送らせる。今晩はここで休むといい。寝ている間だけ、怖い犬の手足を縛っておきたいがいいかなミッタ―ツルギ?」
「いいともバッシャール。おまえが私の城に来た時に、同じように縛られたいなら」
はははといい声で笑うと、バッシャールは別の天幕にアツリュウとヨンキントを案内させた。
入口に見張りは付いたが、手足は縛られなかった。
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