見ているだけで満足な姫と死んでも触りませんと誓った剣士の両片思いの恋物語

まつめ

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99.別れ

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 人が死んだ。
 自分を守るために、目の前で。

 リエリーは、バッシャールの襲撃があった日、殺されて床に倒れた護衛官を思い出していた。
 彼に愛する家族がいただろう、彼自身の未来の夢もあったろう。それは自分を守ることで断ち切られた。

 リエリーは考える。
 私は果たして、彼の命に値するような価値のある人間だったのかと。
 彼はリエリーに価値があるから守ったのではない、王女である自分を守ったのだ。
 
 今、王女であるという意味がリエリーに理解できた。
 私は、王女に生まれたから王女なのだ。

 王女に相応しい人間だから、王女なのではない。

 取るに足らない、空っぽの価値のない人間だったとしても、王女として生まれたならば、こうして自分を守って死ぬ人間がいるのだ。

 あの襲撃の日、アツリュウは会いにきてはくれなかった。
 彼は城に戻るとすぐにヨンキントを助け出すために、バッシャールの根城に向かった。

 自分が考え無しに発した「ピプドゥ」の一言。

 それが、賊を招き、何人もの護衛兵を殺し、ヨンキントを自分の身代わりにし……そして、アツリュウを殺されるかもしれない場所に送り込んだ。

 それなに、リエリーは自分の勝手さに、呆れて情けなくなる。
 リエリーは待っていた、アツリュウが真っ先に、自分に会いに来てくれることを。

 己の愚かさ、そして、どんなに愚かな人間であったとしても、自分は王女をやめられないのだとリエリーは悟った。

 翌日アツリュウはヨンキントを無事に救出して城に戻ってきた。
 そしてリエリーに告げた「姫様、モーリヒルドにお帰りください」と……

 「もう、あなたをここでお守りすることはできません」
 
 アツリュウは、護衛官が職務上の報告をするみたいに、感情の無い顔でリエリーに言った。
 

               ◇◇◇   ◇◇◇

 城の城門前の馬車停めに、エイドドアドの港に向かう馬車が停まっている。
 襲撃があった日から3日目の今日、リエリーはモーリヒルドに帰る。

 あの馬車に乗り込んだら、アツリュウとはもう永遠に会えなくなる。

 スオウがリエリーをモーリヒルドの離宮まで送ってくれるのだと決まっていた。
 アツリュウは、リエリーを港まで送らないという、この領主城でお別れなのだ。

 スオウは一緒に送りたいと願ったカーリンを馬車に乗せることを許さなかった。カーリンは先にエイドドアドの港で待っていて、そこでリエリーを見送るからと一足先に行ってしまった。

 城の城門前の広場に、オルゴン、キボネ、ヨンキントらが見送りに出てくれている。
 リエリーは彼らに別れの挨拶はしたけれど、いくら言葉を尽くしても伝えきれない感謝の気持ちがあった。

 真夏の早朝、エイヘッドでは爽やかな山からの風が吹く。

 長く伸びた彼の癖のある髪が、風に揺れている。
 もう、見送ってさえくれないかと思っていた。
 けれど、アツリュウは来てくれた。
 
 あなたの何もかもが好きだと思う。

 その癖のある濃茶の髪も
 しなやかな体躯も

 大きな手も
 そして、琥珀の瞳も

 背を向けて馬車に乗り込めば、もう2度と彼を見ることは叶わない、彼の全てを、何もかもを……

 たった一言の過ちで人を殺してしまうなら、モーリヒルドの離宮にいよう。
 私は王女として、生きていくしかないのだから。

 そしてリエリーにはもう一つ、ここを去らねばならない事実がある。
 アツリュウは自分を求めていない。

 『あなたと結婚するつもりはない』と、はっきりとアツリュウは本音を伝えてくれた。
 それはリエリーが王女である無しではなく、彼の意思なのだ。
 私自身を見て、彼が決めたことなのだ。

 王女としての自分はもうここに居てはいけない。
 そしてリエリーとしての自分も、アツリュウに必要とされていない。

 アツリュウに愛してもらえない現実を受け入れよう、リエリーは決心した。

 知っていた。出会ったあの日からどんな時も、アツリュウは私を守っていてくれていると。大切に想っていてくれるのだと。
 それで、いいではないか……それ以上を望んではいけない……
 もう、彼を傷つける存在になりたくない。

 今日でお別れ……
 でも……
 願いがあった、一度でいい、たった一度でいいから……
 
 アツリュウに抱きしめて欲しい。

 アツリュウが好き、でも受け入れるから…… もう永遠に会えなくなることを……受け入れるから……
 もうけして、何も望まないから、遠くから見ることさえ、もう望まないから、だから……

 たった一度でいい、抱きしめて欲しい。

「姫様、それでは参りましょう」
 スオウが、馬車に乗るように声をかけるのが後ろで聞こえた。

「姫様……」
 アツリュウが、ささやき見つめてくる。
 大好きな琥珀の瞳は切なげで、そんなはずはないのにリエリーに「行かないで」と告げているように見えた。

 風に吹かれた前髪が揺れて、彼の額が見える。微かに残っ茶色い場所、それは恩赦の戦の傷。
 モーリヒルドの東屋でお別れした時よりずっと、その色は薄くなっていた。

 もうけして無茶はしないでと、その傷に触れたかった。けれどあの日のように、彼が逃げてしまう気がして触れることはできなかった。

「アツリュウ、どうか体を大切にしてください。あなたの幸せをいつでも祈っています」

「姫様、どうか幸せになって。いつかあなたが選んだ人と幸せになって欲しい……」
 アツリュウは言葉を詰まらせた。

 他の誰かと結婚してほしいと言われる度に傷ついてきた、けれどそれが彼の望みならば、私はそれを受け入れよう、あなたのために……

「はい、分かりました」
 きっと、ちゃんと笑顔をつくれていたと思う。

 リエリーの返事を聞いた瞬間、アツリュウの瞳が揺れた、少し驚いた顔をした。でもすぐに彼も微笑みをつくって頷いてくれた

「アツリュウ、最後に1つだけお願いがあります」

 切なげな瞳が、もっと苦し気になる、彼が「なに?」と小さく答えた。

 言葉にするのが怖い、でも……ここで、言わなければきっと一生後悔する。

「一度だけでいいの……お願い、抱きしめてください」

 アツリュウの顔が歪んで、泣いてしまうのかと一瞬思った。彼は目を閉じ、こぶしを握りしめて額に当てた。
「すまな……い……ひ……さま」

 震える声が聞こえた時、ああ駄目なんだと……私は永遠にあなたに抱きしめてもらえないのだと……

 目をきつく閉じた。
 アツリュウ、アツリュウ、アツリュウ
 あなたが目の前にいるのに……
 最後まで、私は…… あなたに触れることが叶わなかった。

 彼の目を見ることはできなかった。
 リエリーは振り返って、飛び込むように馬車に乗った、座ると両掌を思い切り握って、声を出した。大きな声を出そうと思ったのに、震えたか細い声になった

「スオウ、行きましょう」

 外から御者が扉を閉めると、スオウが騎乗する音が聞こえ、彼が出発の号令をかけた。

 息を止め体に力を入れて、リエリーはこれから起きることを覚悟した。

 これで最後、もう一生アツリュウに会えなくなる。
 アツリュウと心の中で何度も叫んだ。

 馬車が動き出した。
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