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120.リエリーの新しい家族
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リエリーが身支度を整えて、侍女に通された場所には神妙な顔で立っているアツリュウと、言い争うギナーリュウと彼の妻であるアカリの姿があった。
「だから、そもそも別室にさせたギナが間違っているのです。お互いを失うかもしれない不安にさらされて、やっと再会した夜なのです。二人が愛し合って何が悪い!」
アカリが背の高い強面のギナーリュウにぐいぐい迫って叱りつけている。
「結婚するまでは、婚約者と言えど男は一人の誠実なる剣士であるべきだ。婚姻前にそんな剣士としてあるまじき振る舞いをするなど……私は剣士の誉れをアツリュウに教えてきたつもりだ」
ギナーリュウはアカリとは対照的に落ち着いた姿勢を崩さないが、アツリュウがリエリーの寝室に泊まったことを咎めている様子だった。
「あなたが無粋であたまがガチガチの頑固者だということは知ってます。でも、アツリュウが処刑されるかもしれない中で姫様は戦ったのです! 勝ち取ったアツリュウをどうしようと姫様の自由です!」
あれ? 私がアツリュウを襲ったことになっている? アカリそれはちょっと違うような……とリエリーは思った。
「アカリはいつもそうだ、感情とその時の直感ですべてを決めてしまう。しかしこういうことには決まり事があってだな」
「あーもう、リエリー王女様は誰とでも結婚できる権利があるのです、だから彼女がこの人と決めた瞬間からその人は夫です。ギナーリュウ、文句があるならアツリュウではなく私に言いなさい!」
あのーっとアツリュウが情けない声をだした。
「父上の仰ることはもっともです。今夜はリエリーの所へは行きません。慎みをもった行動をですね、ちゃんと……はい、します」
アツリュウがそう約束を口にしたあと、なんとも言えない渋い顔をして視線を泳がせた。リエリーには「できるかな~」とアツリュウが頭の中で言っているのが聞こえる気がした、もちろん親である彼らにはもっとはっきりその声は聞こえていただろう、リエリーは困った猫ちゃんだなとふふっと笑った。
◇◇◇ ◇◇◇
お昼を一緒に食べ損ねた4人は午後のお茶の席にいた。リエリーはアカリから借りた筒着物姿で、緑茶を茶碗で頂いていた。
最近はどこも帝国式の家屋に建て替えて、テーブルやソファーの西式にしているところが貴族の間では流行りと聞くが、ミタツルギ家はヒルディルド国式のものが多い。イグサの間に座していると、リエリーは落ち着く。王族はヒルディルド国式にしていることが多いので、こちらの方が自分には馴染んでいる。
ミタツルギ家の前当主ギナーリュウという人は、伝統のような昔から受け継いできたものを大切にする方なのかしらとリエリーは思った。
一方妻のアカリは、とても快活ではっきり思ったことを言う人で、しきたりとか決まり事よりも、今この時の感情を大切にする人のようだ。
奥方は父上より9歳若いのだけど、嫁いだときから年上みたいに遠慮がなかったらしい。戦争に行って将までした男相手に奥方って怖い物知らずだなとよく思うよ。とアツリュウは言っていた。
「それでグイド陛下は新しい家名をリエリー王女に与え、リエリーは新たな家の当主となります。恩賜される家名は『ササナリ』です。私はササナリ家に婿入りする形になります。エイヘッド領はササナリ家預かりとなり、その時点で代行が取れて、私は正式にエイヘッド領主になります」
アツリュウは昨日グイド陛下とセウヤ兄様が決めたことをギナーリュウに話している。
ギナーリュウは「すでにエンドバード領を治めているミタツルギ家がこれ以上力を拡大させることは好まぬのだろう、ミタツルギ家のアツリュウが領主となるのは避けたいのだな」と答えた。
「私の生まれ月の4月は『隠れウサギ』です。どの月も動物か昆虫が象徴としてありますが、ウサギだけは、2月雪ウサギと4月隠れウサギの2つのウサギがあるために、4月の象徴は『笹の葉』です。ですからこの笹にちなんで笹鳴り『ササナリ』という家名になりました」
リエリーが名前のいわれを伝えると「なんだか、そんなに深い意味はないのね、単純というかすごい思いつき感がするわね」
アカリが遠慮なく言う。
「私は気に入りました。家紋もどんなものになるか楽しみです」
リエリーが素直な気持ちを伝えるとアカリは微笑んだ。
「それでは二人の結婚の儀は、王女殿下がササナリと成ってから行われるということだろうか?」
「いえ、陛下のお考えではササナリ恩賜の儀式と婚姻の儀式を同時に執り行いたいとのことで、準備をこれから進めるそうです。でも、先ほどリエリーが言った家紋一つをとっても新しい家を興すわけですから、様々な取り決め事と準備が山のようにあるようで、いったいその儀式がいつになるのか分かりません」
アツリュウは少し言い難そうな顔をしてギナーリュウを見ている。彼が「なんだアツリュウ」と聞いた。
「俺はもう待ちたくないのです。陛下は俺たちの結婚を認めてくださった。けれど陛下はリエリーに心を残しているのです、正直な気持ちは俺と結婚させたくないのですきっと。だから結婚の儀式の準備が整うのはすごく先になる気がする。陛下の言葉を疑っている訳ではない、でも彼は急いで進める理由もないですから……だから、俺はもう待たずに結婚してしまいたい」
まあ良いわねと喜んだアカリをさえぎってギナーリュウが顔をしかめた。
「それは無理な話だ。陛下やセウヤ殿下のお許しなくリエリー王女と結婚はできな……」
「できるわよ」
アカリの得意げな顔に、ギナーリュウは嫌そうな顔をした。
「だって、リエリー様は誰とでも結婚できるんだから」
「その、正式でなくとも良いのです。でもエイヘッドの神殿で簡素でいいから式を挙げようと思っています。夫婦としてエイヘッドで暮らして、陛下の準備ができたら、その時ミタツルギを離れて婿入りします」
アツリュウはとても緊張した顔をしていた。ギナーリュウは伝統や決まり事を重んじる人だろう、リエリーは彼が父親に反対されるのを覚悟で言っているのだろうと見守った。
ギナーリュウは、意外にもすぐに返事をかえした。
「アツリュウの好きにするといい。私としては陛下のお声がかかるまで慎み深く待っていて欲しいが、私が駄目だと言ったら、結婚せぬまま夫婦のように暮らすお前の姿が見えるようだ。それならば、エイヘッドの神官様に認めて頂いた方が良い。ただしリエリー様のご意向が最優先だぞ、いいなアツリュウ」
「あらまあ、頭が固いあなたが珍しいこともあるのね。ギナ見直したわ」
アカリのいじわるな顔をギナーリュウはわざと見ないようだ。「私とてアツリュウの幸せをだな……」と口の中でごにょごにょ呟く感じがアツリュウに似ているなとリエリーは思った。
「エイヘッド大神官のヨンキント様という方がいるのですが、私の親友であり尊敬する方です。その神官様に結婚の儀を司って頂けるようお願いするつもりです」
アツリュウとギナーリュウが結婚の話を進めるのを聞きながら、リエリーはエイヘッドに帰るのが待ち遠しくなった。ヨンキントに見守ってもらいながらアツリュウと結婚式なんて……うっとりと想像しながら、私はエイヘッドに『帰る』と思うのだなと気が付いた。もうすでにエイヘッドが自分にとって帰る場所になったのだとリエリーは嬉しく思った。
◇◇◇ ◇◇◇
剣の鍛錬にギナーリュウは息子を連れていってしまい。キボネの母が運んでくれた菓子を食べながらリエリーはアカリと二人のんびりと談話していた。
「アツリュウはね、年頃になっても女の子を避けてばかりで、興味があるのは馬ばかりだったの。女性に興味が無いと言うよりは複雑な心情がそうさせているようで、あの子はもしかしたら一生独身でいるのかもとまだ若いのに思わせるようなところがあって……」
アカリは紅茶の綺麗な赤色に目を落しながら、その時を思うのか寂し気にした。
「だからあなたという人に出会って、アツリュウが結婚を決意したことは本当にうれしいの、二人で幸せになってね。あの勢いのアツリュウだから、すぐ赤ちゃんできそうよね、そうしたら私エイヘッドにお手伝い行くわ」
リエリーは話しが未来のびっくりするところまで飛んで、驚くことしかできなかった。それに貴族には義母が子育てを手伝う習慣もない。それでも想像すると嬉しいなあとリエリーは思った。
「私はあなたの母になる、だからリエリーって呼ぶわ、あなたは私のことをお母様と呼んでね」
「あの……どうして私がそうしたいと分かったのですか? あなたとギナーリュウに私はリエリーと呼ばれたかったのです」
アカリはふふふと不敵な顔をした。
「あなたの顔を見たらわかるの」そう言ってアカリは何とリエリーを引き寄せて、抱っこするように後ろから包んでくれた。リエリーはとんでもなく驚いたけれど、いい香りと柔らかさに安心して、身をゆだねた。彼女が頭を撫でてくれる。ああもうここから出られないとリエリーは観念して「お母様」と呼んでみた。それはとても自然な感じで胸がじんわり暖かくなった。
「あなたの母になりたいと、一目見て決めたけど。アツリュウに対しては、何年一緒に暮らしてもけして母になりたいと思わなかった」
「お二人は特別に仲の良い母子に見えます」
「ええ、アツリュウを愛しているし仲良しよ。でも母子ではない、友達が一番近い感覚かしら。あの子にはたった一人の母親がいて、それは揺るがない完璧なもの、他者がそこに入り込むことは無意味なの。私は直感でするべきことが分かる。生まれ持ってそういう所があるの。だからあなたの母親になることはすぐに分かった。もう本当の娘のように思うわ」
リエリーは抱っこされながら「早いですね」とふふと笑った。でもリエリーも、もうそんな気がしてきた。暖かな家族、優しいふれあい、幼心にあの館でどれだけ求めてきただろう。もう得られないと思ったのに、いまここにそれがあるのだ。
リエリーは人に言えないでいることでも、アカリに打ち明けられる気がした。
「お母様がエイヘッドに来てくださるのは嬉しいけれど、私は子供を授かれるか分かりません。アツリュウとそうなる前からずっと月のものが無いのです。お医者様からはもっと食べなさいと言われていて」
「それはきっと、今まであまりにも強い緊張の中にいたせいでしょう。大丈夫、あの子に愛されているうちにゆっくり体が目覚めますよ。今はそうね、よく眠るといいわ」
アカリがゆりかごのようにゆらゆらするので、リエリーは赤子のような心地ですぐに眠ってしまいそうなほど安心した。
「アツリュウは優しい? 夜あなたに無茶をさせていない?」
目を閉じて、少しうとうとし始めた。
「アツリュウはいつもゆっくりで優しくて、私の体を気遣って大丈夫?って何度も聞いてくれて、ときどき優しすぎるくらい……でも昨日の夜は意地悪で……」
「まあ! 意地悪だったの」
「私が悪いのです。神官とたった二人で賊の根城に飛び込んだから。彼の無実を証明したかったのです。でもそれを話したらアツリュウはすごく心配して、怒って……それで」
「あらまあ! そうね意地悪したくなった気持ちは分かるかも、ふふでも困った子ね」
アカリのユラユラがあまりに心地よくて、リエリーは一瞬眠りに落ちていたかもしれない。
「あなたはアツリュウを救うために正に命をかけて奔走してくれたのね、本当にありがとう。これはもう、張り切ってリエリーを甘やかすわ! そうだ!」
ちょっと大きな声にリエリーは目を開けた。
「婚礼の衣装を作らなくっちゃ! リエリーお昼寝したら採寸よ、あなたを着飾るのがとても楽しみ」
わくわくしたアカリの目が輝いている。着飾ると聞いてリエリーは思い出した。
「エイヘッドでアツリュウがいつも着ている筒着物がとても似合っていて……その、すごくかっこいいのです」
「まあ、あれは私が選んだの。それじゃあモーリヒルドにいるうちに、新しいあの子の着物を選びましょう。リエリーが選んだらアツリュウは喜びますよ。好きな刺繍の構図を決めて仕立てから作ってもいいし……」
感動のあまり眠気が吹き飛んだ。
今まで生きてきてこんなにわくわくときめく事があっただろうか。アツリュウを着飾れるとは!
アツリュウの筒着物姿を想像すると興奮が止まらない。アカリの手をぎゅっと握った。
「お母様、楽しみすぎてお昼寝できません! アツリュウの筒着物選びます!!」
「だから、そもそも別室にさせたギナが間違っているのです。お互いを失うかもしれない不安にさらされて、やっと再会した夜なのです。二人が愛し合って何が悪い!」
アカリが背の高い強面のギナーリュウにぐいぐい迫って叱りつけている。
「結婚するまでは、婚約者と言えど男は一人の誠実なる剣士であるべきだ。婚姻前にそんな剣士としてあるまじき振る舞いをするなど……私は剣士の誉れをアツリュウに教えてきたつもりだ」
ギナーリュウはアカリとは対照的に落ち着いた姿勢を崩さないが、アツリュウがリエリーの寝室に泊まったことを咎めている様子だった。
「あなたが無粋であたまがガチガチの頑固者だということは知ってます。でも、アツリュウが処刑されるかもしれない中で姫様は戦ったのです! 勝ち取ったアツリュウをどうしようと姫様の自由です!」
あれ? 私がアツリュウを襲ったことになっている? アカリそれはちょっと違うような……とリエリーは思った。
「アカリはいつもそうだ、感情とその時の直感ですべてを決めてしまう。しかしこういうことには決まり事があってだな」
「あーもう、リエリー王女様は誰とでも結婚できる権利があるのです、だから彼女がこの人と決めた瞬間からその人は夫です。ギナーリュウ、文句があるならアツリュウではなく私に言いなさい!」
あのーっとアツリュウが情けない声をだした。
「父上の仰ることはもっともです。今夜はリエリーの所へは行きません。慎みをもった行動をですね、ちゃんと……はい、します」
アツリュウがそう約束を口にしたあと、なんとも言えない渋い顔をして視線を泳がせた。リエリーには「できるかな~」とアツリュウが頭の中で言っているのが聞こえる気がした、もちろん親である彼らにはもっとはっきりその声は聞こえていただろう、リエリーは困った猫ちゃんだなとふふっと笑った。
◇◇◇ ◇◇◇
お昼を一緒に食べ損ねた4人は午後のお茶の席にいた。リエリーはアカリから借りた筒着物姿で、緑茶を茶碗で頂いていた。
最近はどこも帝国式の家屋に建て替えて、テーブルやソファーの西式にしているところが貴族の間では流行りと聞くが、ミタツルギ家はヒルディルド国式のものが多い。イグサの間に座していると、リエリーは落ち着く。王族はヒルディルド国式にしていることが多いので、こちらの方が自分には馴染んでいる。
ミタツルギ家の前当主ギナーリュウという人は、伝統のような昔から受け継いできたものを大切にする方なのかしらとリエリーは思った。
一方妻のアカリは、とても快活ではっきり思ったことを言う人で、しきたりとか決まり事よりも、今この時の感情を大切にする人のようだ。
奥方は父上より9歳若いのだけど、嫁いだときから年上みたいに遠慮がなかったらしい。戦争に行って将までした男相手に奥方って怖い物知らずだなとよく思うよ。とアツリュウは言っていた。
「それでグイド陛下は新しい家名をリエリー王女に与え、リエリーは新たな家の当主となります。恩賜される家名は『ササナリ』です。私はササナリ家に婿入りする形になります。エイヘッド領はササナリ家預かりとなり、その時点で代行が取れて、私は正式にエイヘッド領主になります」
アツリュウは昨日グイド陛下とセウヤ兄様が決めたことをギナーリュウに話している。
ギナーリュウは「すでにエンドバード領を治めているミタツルギ家がこれ以上力を拡大させることは好まぬのだろう、ミタツルギ家のアツリュウが領主となるのは避けたいのだな」と答えた。
「私の生まれ月の4月は『隠れウサギ』です。どの月も動物か昆虫が象徴としてありますが、ウサギだけは、2月雪ウサギと4月隠れウサギの2つのウサギがあるために、4月の象徴は『笹の葉』です。ですからこの笹にちなんで笹鳴り『ササナリ』という家名になりました」
リエリーが名前のいわれを伝えると「なんだか、そんなに深い意味はないのね、単純というかすごい思いつき感がするわね」
アカリが遠慮なく言う。
「私は気に入りました。家紋もどんなものになるか楽しみです」
リエリーが素直な気持ちを伝えるとアカリは微笑んだ。
「それでは二人の結婚の儀は、王女殿下がササナリと成ってから行われるということだろうか?」
「いえ、陛下のお考えではササナリ恩賜の儀式と婚姻の儀式を同時に執り行いたいとのことで、準備をこれから進めるそうです。でも、先ほどリエリーが言った家紋一つをとっても新しい家を興すわけですから、様々な取り決め事と準備が山のようにあるようで、いったいその儀式がいつになるのか分かりません」
アツリュウは少し言い難そうな顔をしてギナーリュウを見ている。彼が「なんだアツリュウ」と聞いた。
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まあ良いわねと喜んだアカリをさえぎってギナーリュウが顔をしかめた。
「それは無理な話だ。陛下やセウヤ殿下のお許しなくリエリー王女と結婚はできな……」
「できるわよ」
アカリの得意げな顔に、ギナーリュウは嫌そうな顔をした。
「だって、リエリー様は誰とでも結婚できるんだから」
「その、正式でなくとも良いのです。でもエイヘッドの神殿で簡素でいいから式を挙げようと思っています。夫婦としてエイヘッドで暮らして、陛下の準備ができたら、その時ミタツルギを離れて婿入りします」
アツリュウはとても緊張した顔をしていた。ギナーリュウは伝統や決まり事を重んじる人だろう、リエリーは彼が父親に反対されるのを覚悟で言っているのだろうと見守った。
ギナーリュウは、意外にもすぐに返事をかえした。
「アツリュウの好きにするといい。私としては陛下のお声がかかるまで慎み深く待っていて欲しいが、私が駄目だと言ったら、結婚せぬまま夫婦のように暮らすお前の姿が見えるようだ。それならば、エイヘッドの神官様に認めて頂いた方が良い。ただしリエリー様のご意向が最優先だぞ、いいなアツリュウ」
「あらまあ、頭が固いあなたが珍しいこともあるのね。ギナ見直したわ」
アカリのいじわるな顔をギナーリュウはわざと見ないようだ。「私とてアツリュウの幸せをだな……」と口の中でごにょごにょ呟く感じがアツリュウに似ているなとリエリーは思った。
「エイヘッド大神官のヨンキント様という方がいるのですが、私の親友であり尊敬する方です。その神官様に結婚の儀を司って頂けるようお願いするつもりです」
アツリュウとギナーリュウが結婚の話を進めるのを聞きながら、リエリーはエイヘッドに帰るのが待ち遠しくなった。ヨンキントに見守ってもらいながらアツリュウと結婚式なんて……うっとりと想像しながら、私はエイヘッドに『帰る』と思うのだなと気が付いた。もうすでにエイヘッドが自分にとって帰る場所になったのだとリエリーは嬉しく思った。
◇◇◇ ◇◇◇
剣の鍛錬にギナーリュウは息子を連れていってしまい。キボネの母が運んでくれた菓子を食べながらリエリーはアカリと二人のんびりと談話していた。
「アツリュウはね、年頃になっても女の子を避けてばかりで、興味があるのは馬ばかりだったの。女性に興味が無いと言うよりは複雑な心情がそうさせているようで、あの子はもしかしたら一生独身でいるのかもとまだ若いのに思わせるようなところがあって……」
アカリは紅茶の綺麗な赤色に目を落しながら、その時を思うのか寂し気にした。
「だからあなたという人に出会って、アツリュウが結婚を決意したことは本当にうれしいの、二人で幸せになってね。あの勢いのアツリュウだから、すぐ赤ちゃんできそうよね、そうしたら私エイヘッドにお手伝い行くわ」
リエリーは話しが未来のびっくりするところまで飛んで、驚くことしかできなかった。それに貴族には義母が子育てを手伝う習慣もない。それでも想像すると嬉しいなあとリエリーは思った。
「私はあなたの母になる、だからリエリーって呼ぶわ、あなたは私のことをお母様と呼んでね」
「あの……どうして私がそうしたいと分かったのですか? あなたとギナーリュウに私はリエリーと呼ばれたかったのです」
アカリはふふふと不敵な顔をした。
「あなたの顔を見たらわかるの」そう言ってアカリは何とリエリーを引き寄せて、抱っこするように後ろから包んでくれた。リエリーはとんでもなく驚いたけれど、いい香りと柔らかさに安心して、身をゆだねた。彼女が頭を撫でてくれる。ああもうここから出られないとリエリーは観念して「お母様」と呼んでみた。それはとても自然な感じで胸がじんわり暖かくなった。
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「まあ! 意地悪だったの」
「私が悪いのです。神官とたった二人で賊の根城に飛び込んだから。彼の無実を証明したかったのです。でもそれを話したらアツリュウはすごく心配して、怒って……それで」
「あらまあ! そうね意地悪したくなった気持ちは分かるかも、ふふでも困った子ね」
アカリのユラユラがあまりに心地よくて、リエリーは一瞬眠りに落ちていたかもしれない。
「あなたはアツリュウを救うために正に命をかけて奔走してくれたのね、本当にありがとう。これはもう、張り切ってリエリーを甘やかすわ! そうだ!」
ちょっと大きな声にリエリーは目を開けた。
「婚礼の衣装を作らなくっちゃ! リエリーお昼寝したら採寸よ、あなたを着飾るのがとても楽しみ」
わくわくしたアカリの目が輝いている。着飾ると聞いてリエリーは思い出した。
「エイヘッドでアツリュウがいつも着ている筒着物がとても似合っていて……その、すごくかっこいいのです」
「まあ、あれは私が選んだの。それじゃあモーリヒルドにいるうちに、新しいあの子の着物を選びましょう。リエリーが選んだらアツリュウは喜びますよ。好きな刺繍の構図を決めて仕立てから作ってもいいし……」
感動のあまり眠気が吹き飛んだ。
今まで生きてきてこんなにわくわくときめく事があっただろうか。アツリュウを着飾れるとは!
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