婚約破棄からの……溺愛 ~エリート侯爵子息は最愛をうっかり婚約破棄してしまう~

まつめ

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私の戦い方

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「ようこそクノール男爵。侯爵邸までご足労いただき感謝します」
 本来なら、館に呼びつけた私は彼を礼儀を持って迎えるべきだ。だが、ソファーに座り足を組んだまま無礼な態度で座るように促した。
 
 20代の若造の不遜な態度にクノール男爵は一瞬不快な顔を浮かべたが、すぐに商売人のようなにこやかな笑みを作って向かいに座った。

「私とソフィアの婚約破棄をノヴァック侯爵と決めたそうですね。それ、今すぐ撤回してくださいお義父上」

「はは、お義父上と呼びました? ダニエル卿は冗談があまりお上手ではないようで……今日の御用向きは何でございましょう?」

 腕を組むと、クノール男爵を怒りを込めて睨みつけた。私の得意な沈黙をこれでもかと与えると、彼は怯えたように話し出した。

「婚約破棄の件はノヴァック侯爵のご意向です。男爵位のわたくしごときが何を申せましょうか」

「私はソフィアを妻にすると決めている。結婚式の日も決まっていた。それなのに私に一言もないまま婚約を破棄し、ソフィアを他の男に餌として与えるだと? お義父上は何をしようとしているか分かっているのか?」

「当主同士の話は決着しております。失礼を承知で言わせて頂きますが、次男のあなた様がどう思われようと、何もおできになりませんよ」

「これからすることなど無い、何故ならもうしてある」と笑って見せた。

「クノール男爵、今回の合同事業は何か変だと思いませんか、ノヴァック侯爵家は対等な関係でそちらと事業を経営する。あなたはご自身が買い取った数々の特許や利権がものを言っていると思っているのでしょう? ちがいますよ、我が父は、リスク回避のための担保をしている。この事業が失敗したときは、クノール男爵家に全ての負債を押し付けて逃げるつもりなのですよ」

 クノール男爵の顔が強張る「どういうことです?」と低く聞いた。

「私が全てそうなるように合意書を書き上げました。あなたも署名なさる前に読んだでしょう。ああでも少しばかり分かりにくい表現もあったかもしれない。なにせ私は法律にすばらしく精通しておりますので」
 彼は狼狽し、そんな卑怯なとさっきまで貼りつけていた笑顔をすっかり消した。

「お義父上は父に両家の婚姻による結びつきが無くても、信頼関係があればよいと言ったとか、父はさぞ喜んだでしょう、破綻したときの面倒事が増々減りますからね。あの悪魔のような男と信頼関係なんて誰も結べない」

 私は組んでいた足を解くと、体を前に寄せて彼に顔を近づけた。
「私はねソフィアを愛しているんです。だから私は妻が悲しむようなことはしませんよ、彼女の大切な父親を何が起きても捨てたりしない。クノール男爵、ご自分の置かれた状況をよく考えられた方いいですよ」

 私は頭を下げてしおらしくお願いした。
「お願いしますよ義父上、私の父に婚約破棄は無かったことにしてくださいと、私とソフィアを結婚させると泣きついてきてくれませんかね」

「無理だそんなことは。侯爵が決めたことに反論するなどできようもない。それに私はこの事業に自信がある、失敗なぞするものか」彼は独り言のように苛々と言うと、面倒くさそうにこちらを見た。

「あんな娘のどこが気に入ったか存じませんが、あなた様がそこまで言ってくださるなら、新しい婚約は諦めましょう。どうぞ愛人にでもしてやってください、あれは差し上げます」

 ダンとテーブルを叩いた。彼の肩がびくっと震えた。

「あー、分かって無い、全然分かってない。ねえお義父上、どうして私があなたを呼びつけたか何も理解してない。私はね、怒っていたのですよ。あなたがソフィアにしていることに」

 鉄の機械とあだ名されるいつもの目で彼を追いつめる。
「婚約破棄する相手の家と平気で事業を続けたら、娘がどれほど傷つくかなどお構いなしだ。さらにだ、あなたがソフィアの新しい相手に選んだのは、商家の48歳の男の後妻だ。それだけでもふざけているが、今度は私の愛人だと? 私のソフィアを心の無い空気みたいに扱うのは……」

 もう一度激しくテーブルを叩きつけた。
「許さない」

 私の怒りを隠さない態度に、彼は身を縮めてながらも顔つきにはまだ余裕がある。彼は分かっていないのだ、私に喧嘩を売ったことに。

「最近あった婚約破棄で、行き場を失ったビアス公爵家の豪華な邸宅をご存じか?」
 男爵は何の話かと訝しがりながら頷く。

「あの館には国庫からかなりの額がつぎ込まれている。なぜならあの邸宅は外交の場として使われる予定だった。他国同士との兼ね合いで、国賓として迎えることが難しい小国の王族などを、公爵家が代理でもてなすために造られた。第3王子が婿にはいるのもそのためだ、元王族がいると格が上がる。だが馬鹿な第3王子の不始末で、あの邸宅は公爵家の物にするよりない」

 私はまた足を組んで無礼な態度にもどった。

「国王陛下は頭を悩ましておられる。国庫からつぎ込んだ金の分は、公爵家から返してもらいたい、だが息子の不始末で婚約破棄になったのだ、いわば公爵家は被害者だ、そこから金を引き出すのは難しい」

 そこでだ……私は不遜に笑った。
「だが私なら、公爵家7に対して国3か……いや6対4ぐらいの割合まで、公爵家から金を引き出すことが可能だ」

「そんなことどうやって」
 私はここで、と自分の頭を指でトントン叩いた。

「私が法務局の上層部にいることはご存じでしょう? ちなみに上司はバギンスキー公爵家の方なのでビアス公爵家が邸宅を無償提供される独り勝ちは許さない風潮をつくる。そして私は都合のいい法律をいくらでも見つけ出して、法を根拠にアビス家を追い込む。法務局はね、剣の代わりに法で戦うのですよ時に世論を動かしながらね。今回の戦いで良い結果をだせば、国王陛下はさぞお喜びになるだろう」

「お話は分かりましたが、それが私と何の関係があるというのです」

「だから、お義父上は誰を怒らせたのか理解していただきたい。こんなことは私の日常だ、何度国王陛下のために法を駆使してお仕えしてきたか数えきれない。私は陛下のお気に入りだ。だからね、陛下は私がちっとも伴侶を得ないので常々ご心配くださっている。想像してくださいよ、その私が愛しているとまで言って妻にする予定の女性を、あなたは48歳の後妻にするという。ああ、私が陛下に泣きついたら……」

「ちょっと、待ってください。ダニエル卿そんなことをされたら」
「私の父を説得する気になりましたか?」

 クノール男爵は迷いながらも首を横に振った。
「公爵を説得するなど……私にはとても……」

「それでは仕方ない、別の方法で国庫から流れた金を補填しよう。これから鉄道が敷かれる土地に、国領地の湿地地帯がある。王家は不毛の場所であるからと、無償で土地を提供してくださる。でも、あの土地から使用料を取るように進言します。毎年決まった額で出て行く金というのは馬鹿にできませんよ、経費がかさみますね」

「やめてください、あなたもノヴァック侯爵家の人間でしょう? 事業経営を悪化させるようなことをしてどうするんです」

「私はね、ソフィアが手に入るなら、別に鉄道事業がどうなろうが知った事ではない。ただね、こんな方法は今思いついた。分かりますか、私はいくらでもあなたを困らせる方法を思いつくことができ、そして強力な人脈を使って……」
 ギリと強い視線で睨みつける。
「実行できるということだ」

 クノール男爵の顔はようやく青ざめてきた。
「私にお義父上と呼ばれるのが嬉しくなって来たでしょう? 私はいい義息子になりますよ。それでは父を説得してくださいますね」

「それほど弁がたつなら、あなた自身でご説得なさったら?」
 よほど私の父と話すのが嫌なのだろう。それは分かる、父は機嫌を損ねると恐ろしい。

「私はなかなかに頭の良い人間だと自負していますが、私を生んだ父はそれ以上でさらに侯爵という権力も持っている。ありていにいって太刀打ちできない。私の総力をあげれば1度は勝てるかもしれないが、彼は恐ろしい程に負けず嫌いで、その後10倍にして返される。国王陛下のお力を借りたとしても、私では父を動かせない。そして、これは覚えておいた方がいいです」

「なにをです?」
「家族間で起きた行き違いに、法律はほとんど役立たない」
 
 ですのでお願いしますと私は立ちあがり、丁寧に頭を下げた。
「息子である私の剣では父を切れない、だが他人のあなたの剣なら……父を一突きはできるのです」

「ああでもダニエル卿、私はあの方の考えを変えるなど到底できるとは思えません」

「こう言えばいいのですよ。私の娘をあなたの息子と結婚させることができないなら、この共同事業は白紙にしますとね。自信をもってください、我が父はこの事業から莫大な富を得る方に賭けてます。あの人はね金が増えるのが何よりも楽しみなんです。この金を生むニワトリになる卵はどうしても欲しいのです」

「そんな事今更言えな……」
 にっこりと優し顔をしてやった。

「私は税務局にも警吏官にも知り合いがいる。あなたが短期間にどうしてここまで商いを成功させ財を成したか、私が調べなかったとでもお思いか? 私の友人たちに話をした方がいいだろうか……」

 これについてははったりだったが、どうやら彼には痛い腹があったようだ。

「承知しました。必ずやノヴァック侯爵を説得いたします。どうかご容赦くださいますよう」
「そんなにかしこまらないでくださいお義父上、だってもうすぐあなたの義息子になるんですから」

 面会の約束をあらかじめ取り付けておいたのでクノール男爵を父もとに連れて行き、後ろに控えて話し合いの成り行きを見守った。
 私がお願いした通りにクノール男爵は不機嫌な父を前にしても引かず、当初両家で取り決めた婚姻関係を結ぶことが、共同事業の絶対条件だと言い募り、とうとう父を納得させた。

 父は後ろに控える私を手招きし、側に来させじろじろと私の顔を眺めた。彼の顔には面白くないと書いてある。

「ダニエル、このクノール男爵家に埋蔵金でも埋まっているのか? どうしてこの家との結婚にこだわるのだ」
 あれほど私は積極的に婚約者に会い、結婚時期まで早めたというのに、驚くことに父は私がソフィアと結婚したがっていることを理解していなかったようだ。私の興味が男爵家だと思っている。

「父上は私に50回近く婚約の機会を無駄にされたことを忘れてらっしゃる。私はとうとう結婚に興味をもったのです。ですがそれはクノール男爵令嬢とのみ。公爵家のご息女とはすぐに婚約を破綻させる自信があります。私を結婚させたいなら最後の機会とお心得ください」

「私はおまえがとうとう令嬢との会話の仕方をマスターしたのだと思っていたのだが」

「違いますよ、私が会話できるのは、クノール男爵令嬢ただ1人です。彼女を逃したら私と結婚できる女性は皆無だとご覚悟ください」

「おまえは本当に面倒な男だね。分かったクノール男爵令嬢との結婚を認める」
 私がけして勝てない男は、真顔のまま口だけ笑った。息子の思惑で、自分の決定が覆されるのを彼が許すわけがない。良い悪い関係ない、彼はただ自分の思い通りにならないことが嫌いなのだ。

「それでは結婚したらおまえを子爵にする。私の手足となって領地で働け」

 ソフィアとの結婚は奪回したが、無傷とはいかなかった。父は前から私を国務から降ろして自分の下で働かせたいのだ。法務局の仕事が大好きな私としては、文官の仕事は続けたい。それでも……

 私の全てと思ってきた仕事を引き換えにしても、私はソフィアが欲しいのだ。
 結婚できるならば、子爵として働くのもしかたあるまいと思っている自分に驚いた。
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