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私のドラゴン
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ノヴァック様をびっくりさせて笑顔にする方法を見つけるためなら、ちょっやそっとのことには怖気づかない。
長い棒を夕暮れ時に振り回すと、コウモリが寄って来ると知り、ブンブンと竿を振り回して館のガラス窓を割ってしまったり。
トカゲは捕まえるとしっぽを切り離すなんてことは、田舎暮らしの私には当たり前だけれど、侯爵の息子は知らないだろうと思い、館のまわりの石をカヤとひっくり返して探していたら、蛇にうっかり噛まれそうになったり。
大道芸の真似をして固い玉を同時に3個投げて、受け損ね頭に大きなたんこぶをつくったり。
本やら研究論文やらを調べまくり、使用人にも面白い話はないか聞いてまわった。
私の恋する気持ちが大きくなっていくのとは裏腹に、あんなに優しく微笑んでくれたノヴァック様は会いに来てくれなかった。寂しさを紛らわせるために、びっくり作戦はどんどん過激な挑戦になった。カヤは本気で心配して止めようとしてくれたけれど私は聞かなかった。そしてとうとう事故を起こした。
薬品をこぼして酷いやけどを腕に負ってしまった。
マナーも知らない男爵令嬢であるだけでも、いつ終わっても不思議でない婚約者なのに、傷物になったらもうどうしようもない。絶望の思いで打ち明けたのに、ノヴァック様は「なんだそんなこと」と気にも止めずに「私はあなたと結婚する」と言ってくれた。
私のことをダニエルと呼んで欲しいと、少し照れた顔が私を見つめてくれた。
彼を信じて心の全てをゆだねるのは怖かった。心の中で木の枝にぶら下がって、落ちないように両手で必死に枝にしがみついていた。「大丈夫だよ、私があなたを受け止める」そう言って下でノヴァック様が腕を広げて待っている。
「ソフィア」と低くやわらかな声で呼ばれた時、ダニエル様が受け止めてくれるからと信じて私は両手を放してとうとう落ちた。彼はとても不器用な人だけれど、私を見ていてくれる、けして空気にしない。
令嬢との会話はとても苦手なのだと告白して、それでも会話を続けようと努力してくれる。
「専売法からの特許法への移行の歴史と徒弟制度の変容、そして近代特許法における旧特許法との改定点と問題点、民衆への啓蒙と発明者の保護など現状における特許法の在り方を説明していこうと思うんだ。どうして特許法に着眼したかといえばソフィアの父上が詳しいから興味があるかと推察した。私が個人的に好む法律分野は……」
ドラゴンがついに火を吹いたとき、焼け焦げて死ぬかと思ったけれど、ダニエル様の妻になるのだ。ここで死んではならないと、必死でくらいついた。謎の言葉の連続で、10分も聞き続けたら精神力を根こそぎ奪われる、剣の鍛錬のような法律の講義をまじめに受けた。
法律講義を頑張って聞けばきくほど、彼は喜んで増々熱を込めて話してくれる。
ドラゴンの吹き出す炎にへとへとに疲れた。どう考えてもお茶の席で婚約者に語る内容ではなかったけれど、ダニエル様が饒舌に語るのは、私を愛してくれているからだと思うようになった。
嬉しそうに語るダニエル様は眩しかった。毎週のように訪ねてきてくれて、お花も照れた顔で渡してくれる。私が見つけてきたびっくり話をすると少年の顔でよく笑う。
時々勝負をしてやり込めると悔しそうな顔をするのがたまらない。
そうして結婚式の日が、半月後だと告げられた時、私は嬉しくて泣き出しそうになった。ダニエル様は苦し気な瞳で顔を近づけてきた。キスされるのだと思って目を閉じ待ったけれど、何も起きなかった。
困った顔の彼を見た時、結婚したらきっといっぱいしてくれるそう信じて微笑み返した。私を育ててくれた執事夫婦のように、愛情深い家族をこの人とならきっとつくっていける……私は安心しきってダニエル様に心をゆだねていた。
◇◇◇ ◇◇◇
何もかもが私の勘違いで、夢見た結婚生活は、私が割ったガラスの窓みたいに盛大に音をたてて一気に粉々になった。
法律好きな高級官僚でいらっしゃる侯爵家の次男様にとって、私という存在はただの契約書に書いた文字であるようだった。ダニエル様にとって私の心などどうでもよかったのだ。
「あなたと早く結婚したい」と優しく微笑まれたら、大切に想われていると信じても仕方が無いと思う。すっかりあなたに愛されていると信じ切っている女に、どうして「婚約破棄のことを考えると楽しくってやめられない」などと言えるのか。
それは、あなたにもう一生会えなくなる方法を考えると、楽しくて仕方が無い。と言っているのと同じだった。
それなのに、彼は手紙を連日送ってきて、誤解だと弁解し繰り返し会いたいと言ってくる。どうしても希望を捨てきれずにいるとアビス公爵家とノヴァック侯爵家の婚姻話が飛び込んできた。
田舎の野ウサギが会えるはずもなかったドラゴンは、同じく伝説級のフェニックスと結婚するという。これは何が起きようとダニエル様とのお別れが決まったのだと覚悟ができた。
手紙になぞなぞが書いてあった。見てすぐ答えが分った、それは私が使用人の子供に教えてもらったもので答えは『太陽』だ。
皮肉な答えだった、あなたが私を『太陽の王女様』と呼んでくれた時、私はきっと今まで生きてきた中で一番に幸せだった。
最後に会ってちゃんとお別れしよう。
◇◇◇ ◇◇◇
ダニエル様が跪いて「私と結婚してください」と熱のこもった目で求婚し「愛している」とか「私の太陽の王女様」とか真面目な顔で告げてくれた。それを思い出したら顔がふにゃふにゃーとなって、にへらーと笑い続けるしかない。カヤに何度「お嬢様気持ちが悪い」と言われても、だって嬉しすぎる。
あと2カ月待てば結婚式。
私のウエディングドレスも仕上がって、侯爵家の威厳と、成り金選手権の先頭を走っている父が羽振りがいいことを宣伝する場として、私達の式と披露目のパーティーは豪華絢爛になるらしい。田舎娘には許容できる範囲をはるかに超えていて、もう何も気にせず楽しみに結婚する日を待つことにした。隣にはドラゴンがいてくれるので何とかなるだろう。
今日は私の白馬に乗った騎士様とのデートなのだ。私のびっくり作戦の場として植物園に連れて行く。
ダニエル様が私を太陽の王女様と呼んでくれた日から、私達はとても親密になった。私は遠慮せずに気持ちを伝えるようにして、彼の法律話が白熱しすぎる時は、もう限界だと正直に言っている。
「私は兄に、おまえはとんだ馬鹿者だとよく言われてきた。賢い私を兄は嫉妬しているのだと話を流していたのだが、どうやら兄は正しかった。私は頭は良いが人としては馬鹿者のようだ。私がまた酷い間違いを犯してあなたを傷つけることがあったら、どうか叱って教えて欲しい」とダニエル様は健気な子犬のようにしょんぼりしてお願いしてきた。
彼は言葉が真っすぐで、飾らないので時々困ってしまう。「愛している」とそんなに言われたら倒れちゃいそう。もしやこれもドラゴンの火吹きなのか、結婚式の日が近づくほどに火は激しくなって焼き殺されそうだ。
「ねえソフィア、植物園では最近貴族の間で大流行の欄の花を見るのかな?」
「いいえ、私達が見るのはシダです」
植物園に入ってからシダの所までしばらく歩かないといけない。私の手を左腕にのせ、ゆっくり歩くダニエル様があからさまに不満げな顔をした。
「あの、薄暗いじめじめしたところに生えているシダのことかい? 可憐なランを見ないでわざわざそっちを見るのか?」
そうですと頷いて、得意気に教えてあげた。
「シダには種ができないってご存知ですか?」
「そうなのか? だったらどうやって増える」
「シダは種の代わりに胞子ができるのです、今日はそれを見せますよ」
「どうしてそんな不敵な笑いを浮かべているの、勝負なのか?」
私はふふふと頷いた。
「葉の裏に、黒いつぶつぶがびっしり付いているらしいです。そんな虫の卵みたいな気持ちの悪いものを見たら、ダニエル様はひゃああーとなって絶対に触れませんよ。田舎育ちの私は平気ですけどね」
ダニエル様は失礼なとムッとした顔を見せた。
「ソフィアは私のことを臆病な子供のように思っているね」
「だってロウソクの火を消せなかったでしょ」
私はべっと舌をだした。
こらこら令嬢がそういうことをしない、と叱りながら彼は笑った。
「それに……」
言おうかどうしようか迷ったけれど、思い切って聞いてしまった。
「それに、ダニエル様は臆病です……だって……手も……握ってくださらない……し」
すごく小さな声になったけれど、静かな植物園でそれは彼の耳に届いてしまった。
ダニエル様が初めて会った日の怖い顔で立ち止まった。
「それは、私が臆病だからではない。婚約の誓約書に書かれている約束事を守っているだけだ。婚約中は慎み深く紳士でいる」
「そう……なん……だ」
婚約してから9カ月程、ダニエル様は求婚してくれた日に手にキスを1回してくれただけで、あとは手も繋いでくれないし、私に一切触れてこない。それがずっと寂しかった。でも法務局務めのエリートは法律の番人としてさすがに真面目だ。契約書の約束はこの人にとって絶対なのだと理解できた。
「それなら、こうしましょう。その契約書を頭の中で広げてください」
え? とびっくりした顔になったが、分かったと彼は応じてくれた。
「紙を開いたら、頭の中でペンを持ってね」
「うむ」
「こう書き加えてください。婚約期間中は紳士たるべし。ただし、手を繋ぐことは許可する。どう? 書き加えましたか?」
彼の目がどんどん大きくなって、口まで大きく開かれた。ふわーっと解放されたように特大の笑顔になって、目がキラキラと輝き出す。
「素晴らしい! なんという大発見だ。これで私はようやくソフィアに触れられる。よし! どんどん書き加えるぞ」
何かとんでもないことをしでかした予感が走った。しかしもはや遅かった。
「それと髪にも触りたい、キスは許可する。もちろん手の甲も指も……ああそうだ、耳は食べてみたい」
「ちょっと、ちょっと、ちょっと待って! 1度落ち着きましょうダニエル様」
にへら~と幸せそうに笑う彼の目は、キラキラからギラギラに変わってきた。
「ここはよく考えて書き加えなければ。キスは唇はもちろんだが、おでこにも頬にもしたい、……そうだ、頭にキスを許可と書けば顔中どこでもキスできる、ねえソフィア、髪の毛は頭に含まれるかな?」
「え? あのその、含まれないかな」
「それなら、頭髪、首より上部位頭部(顔面を含む)への接触と接吻及び、手関節より末端までの手全体部位への接触と接吻について、許可する。……よし書いた。これで指先にもキスできる」
彼はにこっと笑って頷いてみせる。ドキッとして身を引いてしまった。
なんだか難しい言葉を並べられて何が許可になったのかはっきりしない……けどキスって言った。
「ああ、大事なことがもう1つあるじゃないか。抱きしめるのは絶対にできるようにしないと……抱擁は許可する……とよしよしとてもいい感じだ」
うわ、わわわ。どうしよう、私嬉しいのかな困ってるのかな、よく分からないけど心臓がすごく鳴ってる。これ以上は無理な感じ……
「ダニエル様、もう終わりにして早くシダの所に行きましょう」
彼は頭の中の契約書を眺めているのだろう、視線が合わない。なんだか深く考えている。
「首は頭に含まれるかな? やはり腕も入れておこうかな……」
首にキス! ないないない、無理だから、駄目だから、お願いもう止まって。
それから……と呟いて、彼の視線が私の胸を見た。何を考えているのー!!!
「駄目です、これ以上は何も書き加えません!」
ダニエル様が上を向いて、とても無念そうに「はあ」とため息をついた。
私が彼の腕を引っ張るようにズンズン歩いていくと、植物園の奥の方にシダ植物がたくさん植わっている場所に来た。全くもって人気が無い場所なのだろう、人気は無かった。
私が意気揚々とシダの葉をめくると、想像していたよりも胞子の連なりは気味が悪い黒い粒だった。
ダニエル様を見上げると、胞子ではなく私を見つめている。どうしたのかなと、背の高い彼を見上げて瞳を覗き込むと、甘く優しい瞳が近づいてきて……キスされた。
長く熱く続いたキスに、立っていられなくなったけれど、気づいたら彼の腕の中に抱きとめられていた。
「シダを見るのは正解だったね、人が誰もいないからたくさんキスできる」
それから何度もキスされて、気が付いたら二人ともへたり込んで座っていた。彼に抱きしめられながら「びっくりしたの、初めてだから」と告げると「私も初めてだ」と返事が返ってきてもう一度びっくりした。
「でも、なんだかとっても上手な感じだった」
「うん、私は勉強熱心だから書物を読んだり、同僚に聞いたりして研鑽を高めていた」
けんさんを高める? 何の?
彼は私を立ち上がらせると、余裕の笑みを見せながらシダの胞子を触って見せた。どうぞと促されたけれど、私はどうしても虫の卵に見えて触れなかった。
「今日は私の勝ちだ」
いつもだったら悔しがるところだけれど、さっきのキスで頭がぼうっとしてしていた。
「私が勝ったから、ご褒美に今日はクノール男爵邸に送った後、あなたの部屋にいってもいい?」
へ? と我に返った。
「お部屋に来て何をするの?」
「お茶をいただこうかな」
ダニエル様が嬉しくて仕方が無いといった感じで、わくわくとこちらを見ている。
さっきの契約書に書き込んだことを全部するつもりだ。どうしよう、心臓が止まってしまう。
また大きな体に包み込まれて、頭にキスが落とされる。そして耳をパクリと食べられた。
うっわー、これはドラゴンのかぎ爪攻撃だー!!
体が痺れて動けなくなった。
「ずっと我慢していたんだソフィア」
耳元でささやかれる低い声は甘くて、あの日二人で見つけたバラの香りのようだった。
あなたがしょっぱいクッキーを食べて私を見たあの瞬間から、私は捕えられてしまっていたんだ。
抱きしめられて優しくささやかれたら、もう降参。あなたに勝つことなんてできないの。
大好きな私のドラゴン。
長い棒を夕暮れ時に振り回すと、コウモリが寄って来ると知り、ブンブンと竿を振り回して館のガラス窓を割ってしまったり。
トカゲは捕まえるとしっぽを切り離すなんてことは、田舎暮らしの私には当たり前だけれど、侯爵の息子は知らないだろうと思い、館のまわりの石をカヤとひっくり返して探していたら、蛇にうっかり噛まれそうになったり。
大道芸の真似をして固い玉を同時に3個投げて、受け損ね頭に大きなたんこぶをつくったり。
本やら研究論文やらを調べまくり、使用人にも面白い話はないか聞いてまわった。
私の恋する気持ちが大きくなっていくのとは裏腹に、あんなに優しく微笑んでくれたノヴァック様は会いに来てくれなかった。寂しさを紛らわせるために、びっくり作戦はどんどん過激な挑戦になった。カヤは本気で心配して止めようとしてくれたけれど私は聞かなかった。そしてとうとう事故を起こした。
薬品をこぼして酷いやけどを腕に負ってしまった。
マナーも知らない男爵令嬢であるだけでも、いつ終わっても不思議でない婚約者なのに、傷物になったらもうどうしようもない。絶望の思いで打ち明けたのに、ノヴァック様は「なんだそんなこと」と気にも止めずに「私はあなたと結婚する」と言ってくれた。
私のことをダニエルと呼んで欲しいと、少し照れた顔が私を見つめてくれた。
彼を信じて心の全てをゆだねるのは怖かった。心の中で木の枝にぶら下がって、落ちないように両手で必死に枝にしがみついていた。「大丈夫だよ、私があなたを受け止める」そう言って下でノヴァック様が腕を広げて待っている。
「ソフィア」と低くやわらかな声で呼ばれた時、ダニエル様が受け止めてくれるからと信じて私は両手を放してとうとう落ちた。彼はとても不器用な人だけれど、私を見ていてくれる、けして空気にしない。
令嬢との会話はとても苦手なのだと告白して、それでも会話を続けようと努力してくれる。
「専売法からの特許法への移行の歴史と徒弟制度の変容、そして近代特許法における旧特許法との改定点と問題点、民衆への啓蒙と発明者の保護など現状における特許法の在り方を説明していこうと思うんだ。どうして特許法に着眼したかといえばソフィアの父上が詳しいから興味があるかと推察した。私が個人的に好む法律分野は……」
ドラゴンがついに火を吹いたとき、焼け焦げて死ぬかと思ったけれど、ダニエル様の妻になるのだ。ここで死んではならないと、必死でくらいついた。謎の言葉の連続で、10分も聞き続けたら精神力を根こそぎ奪われる、剣の鍛錬のような法律の講義をまじめに受けた。
法律講義を頑張って聞けばきくほど、彼は喜んで増々熱を込めて話してくれる。
ドラゴンの吹き出す炎にへとへとに疲れた。どう考えてもお茶の席で婚約者に語る内容ではなかったけれど、ダニエル様が饒舌に語るのは、私を愛してくれているからだと思うようになった。
嬉しそうに語るダニエル様は眩しかった。毎週のように訪ねてきてくれて、お花も照れた顔で渡してくれる。私が見つけてきたびっくり話をすると少年の顔でよく笑う。
時々勝負をしてやり込めると悔しそうな顔をするのがたまらない。
そうして結婚式の日が、半月後だと告げられた時、私は嬉しくて泣き出しそうになった。ダニエル様は苦し気な瞳で顔を近づけてきた。キスされるのだと思って目を閉じ待ったけれど、何も起きなかった。
困った顔の彼を見た時、結婚したらきっといっぱいしてくれるそう信じて微笑み返した。私を育ててくれた執事夫婦のように、愛情深い家族をこの人とならきっとつくっていける……私は安心しきってダニエル様に心をゆだねていた。
◇◇◇ ◇◇◇
何もかもが私の勘違いで、夢見た結婚生活は、私が割ったガラスの窓みたいに盛大に音をたてて一気に粉々になった。
法律好きな高級官僚でいらっしゃる侯爵家の次男様にとって、私という存在はただの契約書に書いた文字であるようだった。ダニエル様にとって私の心などどうでもよかったのだ。
「あなたと早く結婚したい」と優しく微笑まれたら、大切に想われていると信じても仕方が無いと思う。すっかりあなたに愛されていると信じ切っている女に、どうして「婚約破棄のことを考えると楽しくってやめられない」などと言えるのか。
それは、あなたにもう一生会えなくなる方法を考えると、楽しくて仕方が無い。と言っているのと同じだった。
それなのに、彼は手紙を連日送ってきて、誤解だと弁解し繰り返し会いたいと言ってくる。どうしても希望を捨てきれずにいるとアビス公爵家とノヴァック侯爵家の婚姻話が飛び込んできた。
田舎の野ウサギが会えるはずもなかったドラゴンは、同じく伝説級のフェニックスと結婚するという。これは何が起きようとダニエル様とのお別れが決まったのだと覚悟ができた。
手紙になぞなぞが書いてあった。見てすぐ答えが分った、それは私が使用人の子供に教えてもらったもので答えは『太陽』だ。
皮肉な答えだった、あなたが私を『太陽の王女様』と呼んでくれた時、私はきっと今まで生きてきた中で一番に幸せだった。
最後に会ってちゃんとお別れしよう。
◇◇◇ ◇◇◇
ダニエル様が跪いて「私と結婚してください」と熱のこもった目で求婚し「愛している」とか「私の太陽の王女様」とか真面目な顔で告げてくれた。それを思い出したら顔がふにゃふにゃーとなって、にへらーと笑い続けるしかない。カヤに何度「お嬢様気持ちが悪い」と言われても、だって嬉しすぎる。
あと2カ月待てば結婚式。
私のウエディングドレスも仕上がって、侯爵家の威厳と、成り金選手権の先頭を走っている父が羽振りがいいことを宣伝する場として、私達の式と披露目のパーティーは豪華絢爛になるらしい。田舎娘には許容できる範囲をはるかに超えていて、もう何も気にせず楽しみに結婚する日を待つことにした。隣にはドラゴンがいてくれるので何とかなるだろう。
今日は私の白馬に乗った騎士様とのデートなのだ。私のびっくり作戦の場として植物園に連れて行く。
ダニエル様が私を太陽の王女様と呼んでくれた日から、私達はとても親密になった。私は遠慮せずに気持ちを伝えるようにして、彼の法律話が白熱しすぎる時は、もう限界だと正直に言っている。
「私は兄に、おまえはとんだ馬鹿者だとよく言われてきた。賢い私を兄は嫉妬しているのだと話を流していたのだが、どうやら兄は正しかった。私は頭は良いが人としては馬鹿者のようだ。私がまた酷い間違いを犯してあなたを傷つけることがあったら、どうか叱って教えて欲しい」とダニエル様は健気な子犬のようにしょんぼりしてお願いしてきた。
彼は言葉が真っすぐで、飾らないので時々困ってしまう。「愛している」とそんなに言われたら倒れちゃいそう。もしやこれもドラゴンの火吹きなのか、結婚式の日が近づくほどに火は激しくなって焼き殺されそうだ。
「ねえソフィア、植物園では最近貴族の間で大流行の欄の花を見るのかな?」
「いいえ、私達が見るのはシダです」
植物園に入ってからシダの所までしばらく歩かないといけない。私の手を左腕にのせ、ゆっくり歩くダニエル様があからさまに不満げな顔をした。
「あの、薄暗いじめじめしたところに生えているシダのことかい? 可憐なランを見ないでわざわざそっちを見るのか?」
そうですと頷いて、得意気に教えてあげた。
「シダには種ができないってご存知ですか?」
「そうなのか? だったらどうやって増える」
「シダは種の代わりに胞子ができるのです、今日はそれを見せますよ」
「どうしてそんな不敵な笑いを浮かべているの、勝負なのか?」
私はふふふと頷いた。
「葉の裏に、黒いつぶつぶがびっしり付いているらしいです。そんな虫の卵みたいな気持ちの悪いものを見たら、ダニエル様はひゃああーとなって絶対に触れませんよ。田舎育ちの私は平気ですけどね」
ダニエル様は失礼なとムッとした顔を見せた。
「ソフィアは私のことを臆病な子供のように思っているね」
「だってロウソクの火を消せなかったでしょ」
私はべっと舌をだした。
こらこら令嬢がそういうことをしない、と叱りながら彼は笑った。
「それに……」
言おうかどうしようか迷ったけれど、思い切って聞いてしまった。
「それに、ダニエル様は臆病です……だって……手も……握ってくださらない……し」
すごく小さな声になったけれど、静かな植物園でそれは彼の耳に届いてしまった。
ダニエル様が初めて会った日の怖い顔で立ち止まった。
「それは、私が臆病だからではない。婚約の誓約書に書かれている約束事を守っているだけだ。婚約中は慎み深く紳士でいる」
「そう……なん……だ」
婚約してから9カ月程、ダニエル様は求婚してくれた日に手にキスを1回してくれただけで、あとは手も繋いでくれないし、私に一切触れてこない。それがずっと寂しかった。でも法務局務めのエリートは法律の番人としてさすがに真面目だ。契約書の約束はこの人にとって絶対なのだと理解できた。
「それなら、こうしましょう。その契約書を頭の中で広げてください」
え? とびっくりした顔になったが、分かったと彼は応じてくれた。
「紙を開いたら、頭の中でペンを持ってね」
「うむ」
「こう書き加えてください。婚約期間中は紳士たるべし。ただし、手を繋ぐことは許可する。どう? 書き加えましたか?」
彼の目がどんどん大きくなって、口まで大きく開かれた。ふわーっと解放されたように特大の笑顔になって、目がキラキラと輝き出す。
「素晴らしい! なんという大発見だ。これで私はようやくソフィアに触れられる。よし! どんどん書き加えるぞ」
何かとんでもないことをしでかした予感が走った。しかしもはや遅かった。
「それと髪にも触りたい、キスは許可する。もちろん手の甲も指も……ああそうだ、耳は食べてみたい」
「ちょっと、ちょっと、ちょっと待って! 1度落ち着きましょうダニエル様」
にへら~と幸せそうに笑う彼の目は、キラキラからギラギラに変わってきた。
「ここはよく考えて書き加えなければ。キスは唇はもちろんだが、おでこにも頬にもしたい、……そうだ、頭にキスを許可と書けば顔中どこでもキスできる、ねえソフィア、髪の毛は頭に含まれるかな?」
「え? あのその、含まれないかな」
「それなら、頭髪、首より上部位頭部(顔面を含む)への接触と接吻及び、手関節より末端までの手全体部位への接触と接吻について、許可する。……よし書いた。これで指先にもキスできる」
彼はにこっと笑って頷いてみせる。ドキッとして身を引いてしまった。
なんだか難しい言葉を並べられて何が許可になったのかはっきりしない……けどキスって言った。
「ああ、大事なことがもう1つあるじゃないか。抱きしめるのは絶対にできるようにしないと……抱擁は許可する……とよしよしとてもいい感じだ」
うわ、わわわ。どうしよう、私嬉しいのかな困ってるのかな、よく分からないけど心臓がすごく鳴ってる。これ以上は無理な感じ……
「ダニエル様、もう終わりにして早くシダの所に行きましょう」
彼は頭の中の契約書を眺めているのだろう、視線が合わない。なんだか深く考えている。
「首は頭に含まれるかな? やはり腕も入れておこうかな……」
首にキス! ないないない、無理だから、駄目だから、お願いもう止まって。
それから……と呟いて、彼の視線が私の胸を見た。何を考えているのー!!!
「駄目です、これ以上は何も書き加えません!」
ダニエル様が上を向いて、とても無念そうに「はあ」とため息をついた。
私が彼の腕を引っ張るようにズンズン歩いていくと、植物園の奥の方にシダ植物がたくさん植わっている場所に来た。全くもって人気が無い場所なのだろう、人気は無かった。
私が意気揚々とシダの葉をめくると、想像していたよりも胞子の連なりは気味が悪い黒い粒だった。
ダニエル様を見上げると、胞子ではなく私を見つめている。どうしたのかなと、背の高い彼を見上げて瞳を覗き込むと、甘く優しい瞳が近づいてきて……キスされた。
長く熱く続いたキスに、立っていられなくなったけれど、気づいたら彼の腕の中に抱きとめられていた。
「シダを見るのは正解だったね、人が誰もいないからたくさんキスできる」
それから何度もキスされて、気が付いたら二人ともへたり込んで座っていた。彼に抱きしめられながら「びっくりしたの、初めてだから」と告げると「私も初めてだ」と返事が返ってきてもう一度びっくりした。
「でも、なんだかとっても上手な感じだった」
「うん、私は勉強熱心だから書物を読んだり、同僚に聞いたりして研鑽を高めていた」
けんさんを高める? 何の?
彼は私を立ち上がらせると、余裕の笑みを見せながらシダの胞子を触って見せた。どうぞと促されたけれど、私はどうしても虫の卵に見えて触れなかった。
「今日は私の勝ちだ」
いつもだったら悔しがるところだけれど、さっきのキスで頭がぼうっとしてしていた。
「私が勝ったから、ご褒美に今日はクノール男爵邸に送った後、あなたの部屋にいってもいい?」
へ? と我に返った。
「お部屋に来て何をするの?」
「お茶をいただこうかな」
ダニエル様が嬉しくて仕方が無いといった感じで、わくわくとこちらを見ている。
さっきの契約書に書き込んだことを全部するつもりだ。どうしよう、心臓が止まってしまう。
また大きな体に包み込まれて、頭にキスが落とされる。そして耳をパクリと食べられた。
うっわー、これはドラゴンのかぎ爪攻撃だー!!
体が痺れて動けなくなった。
「ずっと我慢していたんだソフィア」
耳元でささやかれる低い声は甘くて、あの日二人で見つけたバラの香りのようだった。
あなたがしょっぱいクッキーを食べて私を見たあの瞬間から、私は捕えられてしまっていたんだ。
抱きしめられて優しくささやかれたら、もう降参。あなたに勝つことなんてできないの。
大好きな私のドラゴン。
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