緑の袱紗が鳴るとき

ホルモンヤん

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 それからもう6日ほど経つ。そろそろこの仕事場の道具にも慣れてきた頃だ。今日は茶会があると、つい先ほどいつもの女中が伝えに来た。またあの落雁が食べれるのかと期待に胸を弾ませながら茶室へと向かう。前回同様先に来ていた兄様の横に座る。

「兄様も仕事に慣れましたか?」
「うん、そうだね。女中さんもみんな親切にしてくれるよ」

 そう和やかな会話をしていると、楽しく過ごしてくれてるみたいでよかったわと珠さんが現れた。先日と同じくしっかりと伸びた姿勢で、茶道具運び込む。そのとき、ふと珠さんの身に着けていた袱紗に目が留まった。——緑だ。
 珍しい、緑の袱紗なんてと頭をかしげた。袱紗は俺たちと反対側に身に着けているためか兄様は気づいていないようで、次の織物の参考にしようと掛け軸の絵柄に気を取られている様子だった。

「ほな、一服差し上げます」

 きれいな深い礼。そうして茶会が始まった。流れるような手つきで柄杓構え、そのまま竹の上に置く。茶碗や棗を並べ、袱紗を手に取る。そして先日教えてくれた「なつめを清める」動作をする。軽く拭き、そのまま袱紗を両手で持って折り曲げる。
 前と同じだ。
 ぱんッと音が響く。その音でようやく兄様は珠さんの方を向いた。そして緑の袱紗を目に留め、凍りつく。あの緑の袱紗には何か意味があるのだろうか?
 平静を装おうとぎゅっと膝の上で拳を握りしめているが、兄様の手は震えている。

「兄様、具合が悪いのですか?」
「ううん、大丈夫だよ」

 兄様は小さく笑ってみせたが、表情はどこか引き攣っていた。その後、珠さんから差し出された茶碗をもつ手もまた、微かに揺れ、その茶があたかも毒であるかのように苦しみの表情を浮かべ、兄様は飲み干した。

「いややわ、春樹。そないな顔して、まずかったん? 堪忍なぁ、まだヘタみたいやわ」

 冗談めいて笑う珠さんを苦虫を嚙み潰したような顔で兄様は見る。

「いいえ……とてもおいしいお茶だったよ。これからの『仕事』の励みになるね」

 何故だろうか。それは仕事を熱心に行う兄様らしい言葉のはずなのに、どこか皮肉めいた響きに聞こえた。
 その後何事もなかったように茶会は進み、そのまま解散となった。俺はどうしてもさっきの兄様の様子が気にかかり、兄様の仕事場へ向かおうとした。しかし、扉の前で女中に止められる。

「ここから先は入らないでください」
「なぜですか? 兄様の仕事をみるだけですよ」
「いいえ。申し訳ありませんが、今は誰も通せないのです」

 女中の頑なで強い口調で俺を制止する。しかし俺はそのまま引き返さずに仕事場の周囲の探索を始めた。何とか入れるところはないものか、そう見渡すと一つ、正面とは反対の位置に扉があった。ここならと開けようとしてもその扉は固く、普通の木造とは訳が違うもので、また鍵もかかっている。如何する術もなく、俺は部屋へと戻るしかなかった。

 悶々とした気持ちを抱え、一人寝床につく。兄様とは仕事場以外同室だ。食事も、寝室も。だから寝に帰ってきたとき聞けばいい、そう思ったが朝になるまで兄様は戻らなかった。
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