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1・2 愛していたのですが
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「少し過去に行きすぎたな。早送り」
魔術師様がそう言うと、空中の光景が歪んだ。でもすぐに元に戻る。だけど先ほどとは少しちがう。
祭壇前にはわたくしの最愛の人で婚約者である、第一王子ガエターノ殿下がいる。彼の視線の先にいるのは、わたくし。これは間違いなくきのうの光景だわ。
『貴様との婚約は破棄だ!』
光景の中のガエターノ殿下の苛立った声に、胸が苦しくなる。
『なぜでしょうか』
『バカ女が!』
殿下が手を高く振り上げ、わたくしの頬を平手打ちした。衝撃で倒れるわたくし。
『そんなこともわからぬか。貴様は国の非常事態に心を痛めている俺に、寄り添わないではないか!』
『わたくしは王妃殿下から留守中に頼まれた仕事を……』
『口答えをするな!』
殿下がわたくしを蹴り飛ばす。
国王夫妻や宰相である父たちは、一週間ほど前から疫病が蔓延している地域に、慰問を兼ねて視察に赴いている。三つのグループに別れ、罹患しないよう細心の注意を払ってのことだけど、なにが起こるかわからない。疫病のことにも陛下たちのことにも、わたくしは心を痛めている。
だけど彼らの留守をわたくしは預かっているの。とくに王妃様には、普段彼女がしている執務の代行を頼まれている。わたくしだってガエターノ殿下のおそばにいたいけど、なすべきことはなさねばならない。
そう考えていたのに、殿下は違ったらしい。
『貴様みたいな女は国母にふさわしくない。だが貴様にできることが、ひとつだけある。国民のために厄災の竜の生け贄となれ!』
その言葉に殿下直属の兵士がわたくしを取り囲んだ。
その後ろでは殿下が寵愛する男爵令嬢のハンナ様がほくそえんでいる――。
ブンッとまた音がして礼拝堂とわたくしたちの姿は消えた。
魔術師様がわたくしにハンカチを差し出している。
「……もう枯れ果てたと思っていたのですが。ありがとうございます」
受け取り涙を拭く。
「あんなものは言い掛かりだろうが。なぜ素直に従う」と魔術師様。
「最愛の人に見限られたのです。生きていたくありません。わたくしの命が国と民の役に立つのなら、喜んでそうします」
「あんな鬼畜が最愛だと! お前はやはりバカだろう!」
「子供のころは優しかったのです」
「バカだ! 掛け値無しのバカ!」
バカという言葉が辛い。
崖の下からビュオウと強い風が吹き上げる。
そういえばいつの間にか竜がいない。不思議な魔法で過去を見ている間に飛び去ったのかもしれない。
「だいたい王は息子の狼藉を放置して、なにをしているんだ」
「疫病の視察と慰問に出ています」
「まともな人間じゃないか」
「陛下は素晴らしい方です。大臣たちが生け贄を提案したときも、『それは最終手段だ』とおっしゃって、退けたそうです。『どうしても必要なときは自分がなる』とも。ですから陛下よりはわたくしのほうが、国のためにもよいと思いましたの」
「バカだ! きっとその王ならば、お前のために泣くぞ」
そうかもしれない。陛下ご夫妻には、とても良くしてもらっているもの。だけど、ガエターノ様に命じられた以上、わたくしには生け贄になるしかないのよ……
「ああ、もう泣くな。愚かなお前には選択肢をやる」
もう一度涙を拭く。
「選択肢?」
「そうだ」
「あの、その前にひとつ気になっているのですが」
「なんだ」
「兵士たちは帰ったのでしょうか」
「ヤツらは消した」
「消した?」
「俺を見るなり武器を向けてきたから、全て炭化して砂粒サイズにまで破壊。残骸はこの強風に乗ってどこぞに飛んで行った」
「なんてことを!」
「なんの罪もないか弱い者を平気で生け贄に捧げる奴らだぞ。お前は槍で突かれていたじゃないか。お前は俺に『助けてくれてありがとう』と言うべきだ。――ああ、馬は巻き添えにすべきではないから逃がしたぞ」
確かにそのとおりだけど……。
兵士たちの顔を覚えている。声も。彼らが殺されたと思うと可哀想そうな気がする。でもこの魔術師様はわたくしを助けようとして声を掛けてくれたわけで……
ひと息吸って、気持ちを整える。
「失礼をしました。助けてくださり、ありがとうございます」
「よろしい。で、お前は面白いから特別に選択肢をやる。いつもなら生け贄には俺の下男下女になってもらうのだがな。なお、俺の住まいはその崖の下にあるあばら家だ」
『いつもなら』とはどういうことかしら。魔術師様は、昔から生け贄が捧げられるのを見てきたかのような発言をずっとしている。外見や声からの雰囲気はわたくしより少し上、二十代なかばのようだけど。ちがうのかしら。
「お前用の特別な選択肢は」と魔術師様。「遠い町に行き別人として生きることだ。さあ、どちらがいい」
魔術師様の赤い目がじっとわたくしを見ている。
「それでは魔術師様の下女でお願いします」
うなずく魔術師様。
「当然だな、下女など誰でも嫌――ん?」
魔術師様が目をぱちくりとする。
「聞き間違いか。今なんと」
「魔術師様の下女でお願いします」
「なにっ!」大仰に驚く魔術師様。「お前は公爵令嬢だろ。下女でいいのか?」
「町に住めば、殿下のお噂を耳にすることがあるでしょうから。それは辛いだろうと思うのです」
「……お前、本当にバカだな。よし、少しサービスをしてやるか」
そう言った魔術師様は唇に指を当てた。その隙間からピーッという高い音が鳴る。
するとバサバサと翼の音がして、どこからともなく先ほどの竜が現れた。
「手」と魔術師様。
「手?」とわたくしは自分の手を見る。
するとその手が掴まれた。魔術師様に。次の瞬間、わたくしは竜の背にいた。
「行くぞ」と後ろにいる魔術師様。
「待って!」
わたくしの願いむなしく竜が飛び上がる。崖から離れ、あっという間に地上ははるか彼方へ。
――怖い。目がまわ……
魔術師様がそう言うと、空中の光景が歪んだ。でもすぐに元に戻る。だけど先ほどとは少しちがう。
祭壇前にはわたくしの最愛の人で婚約者である、第一王子ガエターノ殿下がいる。彼の視線の先にいるのは、わたくし。これは間違いなくきのうの光景だわ。
『貴様との婚約は破棄だ!』
光景の中のガエターノ殿下の苛立った声に、胸が苦しくなる。
『なぜでしょうか』
『バカ女が!』
殿下が手を高く振り上げ、わたくしの頬を平手打ちした。衝撃で倒れるわたくし。
『そんなこともわからぬか。貴様は国の非常事態に心を痛めている俺に、寄り添わないではないか!』
『わたくしは王妃殿下から留守中に頼まれた仕事を……』
『口答えをするな!』
殿下がわたくしを蹴り飛ばす。
国王夫妻や宰相である父たちは、一週間ほど前から疫病が蔓延している地域に、慰問を兼ねて視察に赴いている。三つのグループに別れ、罹患しないよう細心の注意を払ってのことだけど、なにが起こるかわからない。疫病のことにも陛下たちのことにも、わたくしは心を痛めている。
だけど彼らの留守をわたくしは預かっているの。とくに王妃様には、普段彼女がしている執務の代行を頼まれている。わたくしだってガエターノ殿下のおそばにいたいけど、なすべきことはなさねばならない。
そう考えていたのに、殿下は違ったらしい。
『貴様みたいな女は国母にふさわしくない。だが貴様にできることが、ひとつだけある。国民のために厄災の竜の生け贄となれ!』
その言葉に殿下直属の兵士がわたくしを取り囲んだ。
その後ろでは殿下が寵愛する男爵令嬢のハンナ様がほくそえんでいる――。
ブンッとまた音がして礼拝堂とわたくしたちの姿は消えた。
魔術師様がわたくしにハンカチを差し出している。
「……もう枯れ果てたと思っていたのですが。ありがとうございます」
受け取り涙を拭く。
「あんなものは言い掛かりだろうが。なぜ素直に従う」と魔術師様。
「最愛の人に見限られたのです。生きていたくありません。わたくしの命が国と民の役に立つのなら、喜んでそうします」
「あんな鬼畜が最愛だと! お前はやはりバカだろう!」
「子供のころは優しかったのです」
「バカだ! 掛け値無しのバカ!」
バカという言葉が辛い。
崖の下からビュオウと強い風が吹き上げる。
そういえばいつの間にか竜がいない。不思議な魔法で過去を見ている間に飛び去ったのかもしれない。
「だいたい王は息子の狼藉を放置して、なにをしているんだ」
「疫病の視察と慰問に出ています」
「まともな人間じゃないか」
「陛下は素晴らしい方です。大臣たちが生け贄を提案したときも、『それは最終手段だ』とおっしゃって、退けたそうです。『どうしても必要なときは自分がなる』とも。ですから陛下よりはわたくしのほうが、国のためにもよいと思いましたの」
「バカだ! きっとその王ならば、お前のために泣くぞ」
そうかもしれない。陛下ご夫妻には、とても良くしてもらっているもの。だけど、ガエターノ様に命じられた以上、わたくしには生け贄になるしかないのよ……
「ああ、もう泣くな。愚かなお前には選択肢をやる」
もう一度涙を拭く。
「選択肢?」
「そうだ」
「あの、その前にひとつ気になっているのですが」
「なんだ」
「兵士たちは帰ったのでしょうか」
「ヤツらは消した」
「消した?」
「俺を見るなり武器を向けてきたから、全て炭化して砂粒サイズにまで破壊。残骸はこの強風に乗ってどこぞに飛んで行った」
「なんてことを!」
「なんの罪もないか弱い者を平気で生け贄に捧げる奴らだぞ。お前は槍で突かれていたじゃないか。お前は俺に『助けてくれてありがとう』と言うべきだ。――ああ、馬は巻き添えにすべきではないから逃がしたぞ」
確かにそのとおりだけど……。
兵士たちの顔を覚えている。声も。彼らが殺されたと思うと可哀想そうな気がする。でもこの魔術師様はわたくしを助けようとして声を掛けてくれたわけで……
ひと息吸って、気持ちを整える。
「失礼をしました。助けてくださり、ありがとうございます」
「よろしい。で、お前は面白いから特別に選択肢をやる。いつもなら生け贄には俺の下男下女になってもらうのだがな。なお、俺の住まいはその崖の下にあるあばら家だ」
『いつもなら』とはどういうことかしら。魔術師様は、昔から生け贄が捧げられるのを見てきたかのような発言をずっとしている。外見や声からの雰囲気はわたくしより少し上、二十代なかばのようだけど。ちがうのかしら。
「お前用の特別な選択肢は」と魔術師様。「遠い町に行き別人として生きることだ。さあ、どちらがいい」
魔術師様の赤い目がじっとわたくしを見ている。
「それでは魔術師様の下女でお願いします」
うなずく魔術師様。
「当然だな、下女など誰でも嫌――ん?」
魔術師様が目をぱちくりとする。
「聞き間違いか。今なんと」
「魔術師様の下女でお願いします」
「なにっ!」大仰に驚く魔術師様。「お前は公爵令嬢だろ。下女でいいのか?」
「町に住めば、殿下のお噂を耳にすることがあるでしょうから。それは辛いだろうと思うのです」
「……お前、本当にバカだな。よし、少しサービスをしてやるか」
そう言った魔術師様は唇に指を当てた。その隙間からピーッという高い音が鳴る。
するとバサバサと翼の音がして、どこからともなく先ほどの竜が現れた。
「手」と魔術師様。
「手?」とわたくしは自分の手を見る。
するとその手が掴まれた。魔術師様に。次の瞬間、わたくしは竜の背にいた。
「行くぞ」と後ろにいる魔術師様。
「待って!」
わたくしの願いむなしく竜が飛び上がる。崖から離れ、あっという間に地上ははるか彼方へ。
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