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20・1 解呪のお時間ですが
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「当代一の魔術師マロウ様」
そう呼びかけると、青年は呪文を唱えるのを止めて顔をわたくしに向けた。
「まだいたのか。邪魔をするなら喰らうぞ」
青年が口をガバリと開ける。人の歯に混じり、上顎から鋭い二本の牙が生えていた。
「当代一の魔術師マロウ様」わたくしは繰り返した。「わたくしは彼の呪いを解きにきました」
シャァッ!と青年の口から音がして、一瞬にして彼の顔が目の前に迫った。
ゴクリと唾を飲みこむ。
「だけれど、わたくしはあなたも救いたいのです」
「救う、だと? 貴様が、この俺を? つまらぬ冗談だ」
「わたくしはひよっこ魔術師です」構わず話し続ける。「魔法を習い始めてまだ何ヶ月も経っていません。あなたの足元にも及ばない」
「ひよこに失礼だな」青年が声を立てて笑う。
「ならば、わたくし風情が当代一のマウロ様に勝てる確率は、限りなくゼロに近いですね」
「近いのではない。ゼロだ」
「では、試させてください」
「うん?」
「あなたは千年も彼を呪い続けている。そろそろ心安らかに眠るべきです。わたくしがそのお手伝いをします」
青年が目をすがめてわたくしを見る。
「試させてください。わたくしに勝つ自信がおありなら、ちょっとした余興と思って楽しめばいいのではありませんか?」
「……なにをする気だ?」
「自信はないのですね?」
「そんなことは言ってない!」
またシャァッ!と彼の口から音がする。威嚇の音なのかもしれない。
正直に言えば、怖い。敵意丸出しの青年。ちろちろと動く舌は、それだけで別個の生き物のようで、正直なところ、気味が悪い。
だけれど、わたくしはエドの呪いを絶対に解くのよ。
「怖がる必要はありません」
「怖がってなどおらん!」青年は怒鳴った。「いいだろう。やってみるがいい。終わったら、お前を喰うからな」
「わかりました」
手にしていた短剣を抜く。鞘は無理やり服の隙間に差し込んだ。
「不安にならないでくださいね。武器として使うのではありません」
わたくし自身が不安なことを悟られないよう、堂々とふるまう。思いついた策は、我ながら無謀だ。だけど他に良案は浮かばなかった。
両手を揃え、親指と残りの指で剣身を挟むように持つ。
「失礼しますね」
そう声をかけて青年の額に剣ごと手を触れた。
クヴェレ様が、悪しきものを浄化する力を込めてくれた剣。
どうぞ、わたくしにそのお力をお貸しくださいと、心の中で願う。
それから、治癒魔法の中級である体内の浄化をする魔法の呪文を唱え始めた。
闇を払うから光属性の精霊王が呪いを解くことができるというのなら。
呪いが形になった彼には、光魔法の浄化が効果があるかもしれない。
なんの根拠もない推論だけれど、呪いは悪しきものと言えるから、的外れではないはず。たぶん。
ただ、この魔法は一度も成功していない。けれど今のわたくしにはクヴェレ様のお力がある。ふたつの力を合わせれば、うまくいくはずよ。自分を信じ、魔法の流れを感じ、浄化をイメージする。
青年は思いの外、大人しくしている。薄暗くて気づかなかったけれど近くで見ると彼の瞳は赤く、髪は暗い緑色だった。エドとそっくり同じ。
エドも彼も、呪いから開放したい。
懸命に呪文を唱える。
「リリアナ、がんばって!」とカトラリーたちの応援が聞こえる。
魔法が失敗している感触はない。大丈夫、きっとうまく発動している。
ううっ、と青年の口からうめき声が漏れた。わたくしの手で顔の半分が隠れている。けれど隠れていない部分は苦しそうにも、恍惚としているようにも見える。
呪文を唱え続ける。体がホカホカと温かい。
「あぁ」
と、また青年の声のようなため息のようなものが漏れ聞こえる。いつの間にか彼は目を閉じている。その顔は穏やかな表情に見えた。
「光ってますぞ!」ナイフの遠慮がちな声。
確かに彼の蛇身が淡い光を発している。魔法が効いているのだわ!
でも、落ち着いて、冷静に。
そう思いながらも期待で声が震えてしまう。
エドと彼が千年に及ぶ呪いから開放されるまで、あともう少し。
『リリアナ』
エドの声が聞こえた気がした。
突然、青年の頭部が消えた。触れていた手が押さえがなくなりバランスが崩れ、たたらを踏む。青年の蛇身もない。変わりに体のあった場所に光の粒子が漂っている。
でもそれもわずかな間だけで、粒子はバラバラに天に昇っていき、暗闇に溶けていった。
「やったわ、リリアナ!」
「さすが、リリアナ!」
「素晴らし過ぎますぞ、リリアナ!」
カトラリーたちがわたくしに抱きつく。
だけど段々と視界が暗くなる。
いつの間にかエドの光が弱まり縮んでいる。
「魔術師様っ!?」
そう呼びかけると、青年は呪文を唱えるのを止めて顔をわたくしに向けた。
「まだいたのか。邪魔をするなら喰らうぞ」
青年が口をガバリと開ける。人の歯に混じり、上顎から鋭い二本の牙が生えていた。
「当代一の魔術師マロウ様」わたくしは繰り返した。「わたくしは彼の呪いを解きにきました」
シャァッ!と青年の口から音がして、一瞬にして彼の顔が目の前に迫った。
ゴクリと唾を飲みこむ。
「だけれど、わたくしはあなたも救いたいのです」
「救う、だと? 貴様が、この俺を? つまらぬ冗談だ」
「わたくしはひよっこ魔術師です」構わず話し続ける。「魔法を習い始めてまだ何ヶ月も経っていません。あなたの足元にも及ばない」
「ひよこに失礼だな」青年が声を立てて笑う。
「ならば、わたくし風情が当代一のマウロ様に勝てる確率は、限りなくゼロに近いですね」
「近いのではない。ゼロだ」
「では、試させてください」
「うん?」
「あなたは千年も彼を呪い続けている。そろそろ心安らかに眠るべきです。わたくしがそのお手伝いをします」
青年が目をすがめてわたくしを見る。
「試させてください。わたくしに勝つ自信がおありなら、ちょっとした余興と思って楽しめばいいのではありませんか?」
「……なにをする気だ?」
「自信はないのですね?」
「そんなことは言ってない!」
またシャァッ!と彼の口から音がする。威嚇の音なのかもしれない。
正直に言えば、怖い。敵意丸出しの青年。ちろちろと動く舌は、それだけで別個の生き物のようで、正直なところ、気味が悪い。
だけれど、わたくしはエドの呪いを絶対に解くのよ。
「怖がる必要はありません」
「怖がってなどおらん!」青年は怒鳴った。「いいだろう。やってみるがいい。終わったら、お前を喰うからな」
「わかりました」
手にしていた短剣を抜く。鞘は無理やり服の隙間に差し込んだ。
「不安にならないでくださいね。武器として使うのではありません」
わたくし自身が不安なことを悟られないよう、堂々とふるまう。思いついた策は、我ながら無謀だ。だけど他に良案は浮かばなかった。
両手を揃え、親指と残りの指で剣身を挟むように持つ。
「失礼しますね」
そう声をかけて青年の額に剣ごと手を触れた。
クヴェレ様が、悪しきものを浄化する力を込めてくれた剣。
どうぞ、わたくしにそのお力をお貸しくださいと、心の中で願う。
それから、治癒魔法の中級である体内の浄化をする魔法の呪文を唱え始めた。
闇を払うから光属性の精霊王が呪いを解くことができるというのなら。
呪いが形になった彼には、光魔法の浄化が効果があるかもしれない。
なんの根拠もない推論だけれど、呪いは悪しきものと言えるから、的外れではないはず。たぶん。
ただ、この魔法は一度も成功していない。けれど今のわたくしにはクヴェレ様のお力がある。ふたつの力を合わせれば、うまくいくはずよ。自分を信じ、魔法の流れを感じ、浄化をイメージする。
青年は思いの外、大人しくしている。薄暗くて気づかなかったけれど近くで見ると彼の瞳は赤く、髪は暗い緑色だった。エドとそっくり同じ。
エドも彼も、呪いから開放したい。
懸命に呪文を唱える。
「リリアナ、がんばって!」とカトラリーたちの応援が聞こえる。
魔法が失敗している感触はない。大丈夫、きっとうまく発動している。
ううっ、と青年の口からうめき声が漏れた。わたくしの手で顔の半分が隠れている。けれど隠れていない部分は苦しそうにも、恍惚としているようにも見える。
呪文を唱え続ける。体がホカホカと温かい。
「あぁ」
と、また青年の声のようなため息のようなものが漏れ聞こえる。いつの間にか彼は目を閉じている。その顔は穏やかな表情に見えた。
「光ってますぞ!」ナイフの遠慮がちな声。
確かに彼の蛇身が淡い光を発している。魔法が効いているのだわ!
でも、落ち着いて、冷静に。
そう思いながらも期待で声が震えてしまう。
エドと彼が千年に及ぶ呪いから開放されるまで、あともう少し。
『リリアナ』
エドの声が聞こえた気がした。
突然、青年の頭部が消えた。触れていた手が押さえがなくなりバランスが崩れ、たたらを踏む。青年の蛇身もない。変わりに体のあった場所に光の粒子が漂っている。
でもそれもわずかな間だけで、粒子はバラバラに天に昇っていき、暗闇に溶けていった。
「やったわ、リリアナ!」
「さすが、リリアナ!」
「素晴らし過ぎますぞ、リリアナ!」
カトラリーたちがわたくしに抱きつく。
だけど段々と視界が暗くなる。
いつの間にかエドの光が弱まり縮んでいる。
「魔術師様っ!?」
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