青龍将軍の新婚生活

蒼井あざらし

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1 青龍将軍の旅立ち

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 遥か東の大陸に、青辰せいしん涼白りょうはくという二つの国があった。この二つの国の間には大河が流れており、遥か昔からこの川の利権を巡って争ってきた。国境沿いにある集落同士の小競り合いから国を挙げた大きな戦いまで、大小問わず争い続けてきた。ここ五十年程は大きな争いは起きておらず、国境付近でお互いの軍が睨み合いを続けている状態だったが、建国から五百年続いてきたこの二国の争いに、遂に一石が投じられることとなった。

 青辰と涼白の若き二人の王太子が、長く続いた争いに終止符を打ち、お互いに手を取ることで国をより豊かにしていこうと声明を発表したのだ。偶然同じ年の同じ日に生まれたこの二国の王太子は、秘密裏に親交を深めており新しい時代を築き上げようと手を取り合ったのだ。勿論この声明は王太子二人のあらゆる根回しや説得の上に発表された王家同士の意向ではあったが、当然賛成する者もいれば反対する者も大勢いた。長らく続いた争いから一方の国に悪感情を抱いている者は多く、直接的な被害はなくともお互いに嫌悪感があったのだ。

 その風潮を変えるため、王家は王太子の声明と共に多くの政策を打ち出した。大使館を設置し、二国間の貿易を推し進め、留学生を交換する。そんな制度が次々と整えられていった。だが多くの政策の中でも国民たちが一番驚き、そして興味を持ったのは、国を代表する将軍同士の結婚であった。

 青辰と涼白には、それぞれ武勇名高い青龍将軍と白虎将軍と呼ばれる将軍がいた。それぞれ国を守ってきた二人の将軍は国民から絶大な人気を誇っており、独身で年も近かったその二人が結婚するとなれば、国中がその話題で持ち切りとなった。これが政略的な結婚であることは火を見るよりも明らかで、中には悲嘆する者や将軍に同情を向ける者いた。国民全員それぞれ思うところはあったが、結局誰もが「国境沿いで睨み合いをしていた将軍同士の結婚など上手くいくはずがない」と心の中では思っていた。

 そんな国民たちの心配と期待を背負い、青辰の青龍将軍――しん星燐せいりんが婚姻のために母国を発ったのは、王太子の声明発表から三か月後のことだった。

***

「父上、母上、兄上、みなもどうか達者で」

 星燐はそう言って見送りに来てくれた家族と使用人たちに別れの挨拶をした。代々優秀な軍人を輩出し、王家とも強い繋がりを持つ信家の屋敷は国でも有数の豪邸であり、使用人の数もかなりのものだ。その全員がこうして見送りに出てくれば、何か祭りでもあるのかと周囲の人間が勘違いするほどの人の多さだった。

「星燐、分かっているな」
「はい、心得ております」

 父親に神妙な顔で肩を叩かれ、星燐もそれに応えるよう力強く頷く。星燐は、この政略結婚において自分がこれからどうしなければならないのか、それをよく分かっていた。

「私は……白虎将軍の良き伴侶となり、幸せな家庭を築いて参ります!」

 星燐が力強くガッツポーズをしながらそう言うと、父はうんうんと安心するように何度も頷いた。星燐の母も、兄も、大勢の使用人も、皆同じように星燐を勇気付けるように頷いている。この場にいる誰もが別れの涙を堪えていたが悲壮感はなく、結婚によって家を出て行く子供を心配ながらも、幸せを信じて送り出そうという雰囲気に満ちていた。

 この場で唯一口をあけてぽかんとしていたのは、星燐を迎えに来た涼白の使者たちだった。口に出さずとも、きっと使者たちは皆思ったことだろう。「政略結婚とは思えないこのほんわかとした応援ムードは何なんだ?」と。

「星燐、向こうでも母が教えたことをよく思い出すのですよ」
「はい、まずは胃袋を掴むこと。そして愛嬌を大切に、ですね」
「ええ、そうです。かの名高き白虎将軍と言えど、美食には抗えないでしょう」
「お任せください! 母上から教わった鍋振りの技術、必ず活かしてみせます!」
「星燐、忘れ物はないな? 愛刀も持ったか?」
「はい兄上、先に運んでもらいました」
「家を守ることも伴侶の勤め、結婚しても剣の修行も怠るなよ」
「はい、山賊からも嵐からも、必ずおいえを守ってみせます!」

 母、兄、父と順番に軽い抱擁を交わし、星燐は最後に後ろに控えていた使用人たちを振り返った。

「皆から教わった節約術も裁縫も頑固なシミの落とし方も、無駄にはしない! どうか皆も元気で!」

 星燐がそう言うと、中には涙を流した使用人もいたが、皆その言葉に応えるよう笑顔を向けてくれる。その場にいる全員から応援するような視線を向けられて星燐も思わず涙腺が緩んだが、何とか堪えて迎えに来ていた涼白の馬車に乗り込んだ。中から御者に合図を送ると、すぐに馬車が動き出す。

「達者で!」

 星燐は馬車の窓から顔を出して、そう言いながら一生懸命皆に手を振った。

「体に気を付けるんだぞ!」
「幸せになるのですよ!」
「お元気で!」

 皆の声が、皆の姿が、見慣れた屋敷が、少しずつ遠ざかっていく。その何もかも見えなくなった時、星燐はこの時初めて郷愁の思いに駆られて一筋の涙を流した。

***

 武勇名高き青龍将軍、信星燐は軍人としての輝かしい経歴とは裏腹に、子供の頃から伴侶となる人に尽くしたいという願望を持っていた。それは国中でもおしどり夫婦として知らぬ者はいない両親のことをずっと見てきた結果であり、お互いを慈しみ合っている両親の姿は星燐の憧れだった。母は父を見送る時は必ず口付けをし、どんな時でも帰ってきた父を優しく迎え、いつも楽しそうによく二人で話をしていた。将官である父も忙しいだろうに可能な限り早く帰ってきては母に綺麗だと、いつもありがとうと、そう言って母を抱きしめていた。

 そんな二人に溺愛されて育った星燐は、物心がついた時から自分も両親のような温かい家庭を築くのが夢になっていた。こんな風に好きな人を幸せに出来る人生を、自分も歩みたかった。そのため、星燐は子供の頃から様々なことを教わった。母からは料理を、父からは礼儀作法を、兄からは家を守るための剣を、そして使用人たちからはその他の家事や家計管理の術を。家族も使用人たちも星燐の良き伴侶になりたいという願いを応援し、皆快く色々なことを教えてくれた。学ぶばかりの毎日だったが新しいことを学ぶのは楽しかったし、将来これで好きな人を幸せにしてあげられるかもしれないと思うと星燐はそんな毎日が苦では無かった。

 そして、星燐は軍人になってもその夢を諦めていなかった。

 子供の時に剣の才能を見出され軍人になった星燐は、その卓越した剣技と指揮能力で二十五歳という若さで涼白との国境守備における全責任を負う将軍という地位についた。一つに纏めている青銅色の長い髪を揺らし、天を衝く鋭い剣技で相手を翻弄する姿に、誰かが彼を青い龍のようだと言った。国を守る武勇の誉れ高い将軍の噂は次第に国中に広まっていき、いつの間にか星燐は青龍将軍とまで呼ばれるようになった。

 由緒のある武家の血筋に華々しい経歴と、何不自由ない暮らしをしていた星燐だったが、実はある重大な悩みを抱えていた。それは、星燐に尽くさせてくれる伴侶となってくれそうな人がいないことである。星燐の周りにいる部下や同僚は皆星燐に尊敬と羨望の眼差しを送ってはくれるが、星燐と話すだけ恐れ多いといった様子でとても尽くさせてくれる関係にはなれそうもない。山のように来ていた縁談の申し出の中から何人か会ってみたりもしたが、「青龍将軍を支えたい」と言われることばかりで、星燐はとても尽くされて欲しいなんて言えなかった。星燐の軍人としての能力が高かったばかりに、尽くす伴侶として星燐を求めてくれる人が見つからなかったのである。

 二十七歳になった今でも星燐が独身を貫いていたのには、そう言った理由があったのだ。もう尽くす伴侶になる夢を捨てて誰かと結婚するか独身を貫こうかと、そんなことを星燐が考え始めていた時、若い王太子から頭を下げられたのだ。涼白の白虎将軍と婚姻関係を結んで欲しいと。星燐はこの結婚に希望を見出した。

 白虎将軍の武勇は星燐の耳にも届くほどだった。悪事を働いた政治家を毅然とした態度で糾弾したとか、素手で熊を倒したことがあるとか、壮烈な槍捌きにおいては右に出るものはいないとか。そんな噂を聞く度に、星燐はきっと白虎将軍はそれはそれは男らしい勇猛な人なのだろうと想像していた。背が低く、宝石のようだと例えられていた母に似ている中性的な顔の自分とは正反対のような人なのだろうと。国境の警備中に遠目で白虎将軍らしい人物を見たことはあったが、実際に会って話すといったことは無かったため、勝手にそんな想像をしていた。それ故に、婚姻を打診された時に星燐は思ったのだ。もしかしたら、白虎将軍なら自分に尽くさせてくれるかもしれない、と。

 正直に言えば、恋愛結婚に憧れはあった。だがこれまで誰かに対して憧れ以上の恋情を持ったことも無く、立場的にも自由に相手を選ぶことは出来ないだろうとも分かっていた。それに、国の未来を憂いて変えようとするこの優しく年若い王太子の願いならと、星燐は快くその願いを受け入れたのだ。自分の結婚によって国が豊かになり、国民が穏やかに暮らせるようになるのならば、星燐とて本望だった。

 そんな使命と希望を抱いて、星燐は長らく敵対してきた隣国、涼白の地に足を踏み入れることになったのだった。
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