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4 青龍将軍の新婚生活
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水狼との謁見から一か月後、王城近くの軍司令部で書類仕事をしていた准華の元に、早馬が知らせを届けに来た。
「反乱分子の残党が、白虎将軍の屋敷を襲撃したとの知らせが!」
その言葉を聞いた瞬間、准華は常に傍に置いていた槍を手に取り、数人の部下を率いて館に向かった。馬を全力で走らせている間、准華はずっと怒りと後悔の念に苛まれていた。恐らく、この襲撃事件の目的は星燐だろう。准華と星燐の結婚は青辰と涼白の友好の象徴だ。涼白の民によって星燐が傷付けられたとなれば、再び国同士の仲が険悪になるのは火を見るよりも明らかだった。勿論それを警戒して屋敷には多く警備を残していたし、准華自身も結婚してからはずっと反乱分子を捕まえることに心血を注いできた。だが、それでも防ぎきれなかったのは自分の落ち度だ。
もし星燐の身に何かあったら、准華は星燐を傷付けた人間も、自分自身も、決して許せなくなるだろう。星燐の身が無事だったとしても、万が一この事件が発端で星燐と離縁になるなんてことなったら、准華は自分がどうなってしまうのか分からない。地位を捨て、国を捨て、そして恩人である主を捨ててでも、星燐を取り戻そうするだろう。
そう確信してしまう程に、准華は星燐を既に愛してしまっていた。
一日千秋の想いで館に辿り着いた時、館は襲撃があったとは思えない程静かだった。冷たい汗が背中を流れ落ちていくのを感じながら、准華は館の扉を開け放った。
「星燐!」
准華の大声に、玄関にいた数人の人間が驚いたように振り返った。その中に星燐を見つけた准華は、わき目も振らず星燐に駆け寄って思い切り抱きしめた。
「星燐、怪我などはしていないか」
「は、はい。この通り」
星燐の体温を感じながら艶やかな青銅色の髪に顔を埋めた時、准華はようやく生きた心地がした。星燐の体温が、早鐘のように動いていた准華の心臓を落ち着かせてくれる。
「……旦那様、皆が見ております」
星燐の言葉に、准華は自分が長い時間星燐を抱きしめたままだったことに気付いて我に返った。腕の中にいる星燐がこれまで見たことも無いほど顔を真っ赤に染めているのを見てまた抱きしめたくなったが、准華は何とか我慢してそっと腕を解いた。つい抱きしめてしまったが、思えばこんな風に触れ合ったのは初めてのことだった。
「襲撃があったと聞いたが、大丈夫か」
星燐はまだ頬を染めたままだったが、凛とした声ではっきりと答えた。
「あの不埒者共は皆縛って警吏に引き渡しておきました。家人にも屋敷にも傷一つ付けておりませんから、ご安心を」
星燐の言葉に驚き、准華は思わず星燐の隣にいた屋敷の警備を任せていた部下に視線を向けた。部下は興奮した様子で、何があったのかを教えてくれた。襲撃があった際、いち早く状況を察した星燐が部下たちに的確な指示を行い、統率の取れた動きが出来たことで襲撃犯を追い詰められたこと。そして星燐自身が剣をとり、目にも止まらぬ剣捌きで襲撃犯たちを次々となぎ倒していったこと。部下たちは星燐の指揮能力と美しい剣技にすっかり当てられてしまったらしく、「青龍将軍はまるで武神のようだ」と口々に言った。
部下の言葉に准華が再び星燐に視線を向けると、星燐は相変わらず美しい、だが勇ましさを感じさせる笑みを浮かべた。
「家を守るのも私の勤め。どうか旦那様は心配されませんよう」
星燐の頼もしい言葉が、綺麗な笑顔が、これ以上にない程胸に突き刺さる。彼は、かの青龍将軍なのだ。忘れていた訳では無いのだが、星燐の健気さと可愛らしさにすっかり傾注していた准華は、彼が武勇名高い軍人であることの現実味がどこか薄かった。
この時、准華は完全に星燐に落ちてしまった。美しく、可愛らしく、そして強いこの伴侶のことが、愛おしくて堪らなくなった。星燐を喜ばせたい。星燐を笑顔にしたい。星燐を、この世界の誰よりも幸せにしたい。そんな想いで胸が一杯になった。
気持ちを抑えきれず、准華はもう一度星燐を強く抱きしめた。最初は驚いていた星燐も、おずおずと自分の背中に腕を回してくれる。もう、星燐になら裏切られても殺されても構わなかった。
「星燐……今夜、部屋に行ってもいいか」
「えっ! ……あの、それは」
准華の言葉が余りにも意外だったのか、星燐は頬を赤らめながら視線を宙に泳がせた。これまでのことを考えれば、星燐の驚き様も無理のないことだろう。星燐に対し、線を引き続けてきたのは准華の方だ。勝手に疑い、勝手に遠ざけていた。だからこそ、この時准華は星燐に対してこれ以上にない本心を口にした。
「星燐が愛おしくて堪らない。どうか、身も心も私のものになってくれないか」
准華の言葉に驚きに見開かれた目を向けて固まっていた星燐だったが、暫くしてから赤く染まった顔を隠すように准華の胸に埋めて、囁くような小さな声で言った。
「……心は、とっくに旦那様のものです」
その妖精の囁きのような声とは反対に、骨が軋むほど力で抱きしめられ(准華でなければきっと折れていただろう)、准華は人生で一番の幸福を感じていた。
「反乱分子の残党が、白虎将軍の屋敷を襲撃したとの知らせが!」
その言葉を聞いた瞬間、准華は常に傍に置いていた槍を手に取り、数人の部下を率いて館に向かった。馬を全力で走らせている間、准華はずっと怒りと後悔の念に苛まれていた。恐らく、この襲撃事件の目的は星燐だろう。准華と星燐の結婚は青辰と涼白の友好の象徴だ。涼白の民によって星燐が傷付けられたとなれば、再び国同士の仲が険悪になるのは火を見るよりも明らかだった。勿論それを警戒して屋敷には多く警備を残していたし、准華自身も結婚してからはずっと反乱分子を捕まえることに心血を注いできた。だが、それでも防ぎきれなかったのは自分の落ち度だ。
もし星燐の身に何かあったら、准華は星燐を傷付けた人間も、自分自身も、決して許せなくなるだろう。星燐の身が無事だったとしても、万が一この事件が発端で星燐と離縁になるなんてことなったら、准華は自分がどうなってしまうのか分からない。地位を捨て、国を捨て、そして恩人である主を捨ててでも、星燐を取り戻そうするだろう。
そう確信してしまう程に、准華は星燐を既に愛してしまっていた。
一日千秋の想いで館に辿り着いた時、館は襲撃があったとは思えない程静かだった。冷たい汗が背中を流れ落ちていくのを感じながら、准華は館の扉を開け放った。
「星燐!」
准華の大声に、玄関にいた数人の人間が驚いたように振り返った。その中に星燐を見つけた准華は、わき目も振らず星燐に駆け寄って思い切り抱きしめた。
「星燐、怪我などはしていないか」
「は、はい。この通り」
星燐の体温を感じながら艶やかな青銅色の髪に顔を埋めた時、准華はようやく生きた心地がした。星燐の体温が、早鐘のように動いていた准華の心臓を落ち着かせてくれる。
「……旦那様、皆が見ております」
星燐の言葉に、准華は自分が長い時間星燐を抱きしめたままだったことに気付いて我に返った。腕の中にいる星燐がこれまで見たことも無いほど顔を真っ赤に染めているのを見てまた抱きしめたくなったが、准華は何とか我慢してそっと腕を解いた。つい抱きしめてしまったが、思えばこんな風に触れ合ったのは初めてのことだった。
「襲撃があったと聞いたが、大丈夫か」
星燐はまだ頬を染めたままだったが、凛とした声ではっきりと答えた。
「あの不埒者共は皆縛って警吏に引き渡しておきました。家人にも屋敷にも傷一つ付けておりませんから、ご安心を」
星燐の言葉に驚き、准華は思わず星燐の隣にいた屋敷の警備を任せていた部下に視線を向けた。部下は興奮した様子で、何があったのかを教えてくれた。襲撃があった際、いち早く状況を察した星燐が部下たちに的確な指示を行い、統率の取れた動きが出来たことで襲撃犯を追い詰められたこと。そして星燐自身が剣をとり、目にも止まらぬ剣捌きで襲撃犯たちを次々となぎ倒していったこと。部下たちは星燐の指揮能力と美しい剣技にすっかり当てられてしまったらしく、「青龍将軍はまるで武神のようだ」と口々に言った。
部下の言葉に准華が再び星燐に視線を向けると、星燐は相変わらず美しい、だが勇ましさを感じさせる笑みを浮かべた。
「家を守るのも私の勤め。どうか旦那様は心配されませんよう」
星燐の頼もしい言葉が、綺麗な笑顔が、これ以上にない程胸に突き刺さる。彼は、かの青龍将軍なのだ。忘れていた訳では無いのだが、星燐の健気さと可愛らしさにすっかり傾注していた准華は、彼が武勇名高い軍人であることの現実味がどこか薄かった。
この時、准華は完全に星燐に落ちてしまった。美しく、可愛らしく、そして強いこの伴侶のことが、愛おしくて堪らなくなった。星燐を喜ばせたい。星燐を笑顔にしたい。星燐を、この世界の誰よりも幸せにしたい。そんな想いで胸が一杯になった。
気持ちを抑えきれず、准華はもう一度星燐を強く抱きしめた。最初は驚いていた星燐も、おずおずと自分の背中に腕を回してくれる。もう、星燐になら裏切られても殺されても構わなかった。
「星燐……今夜、部屋に行ってもいいか」
「えっ! ……あの、それは」
准華の言葉が余りにも意外だったのか、星燐は頬を赤らめながら視線を宙に泳がせた。これまでのことを考えれば、星燐の驚き様も無理のないことだろう。星燐に対し、線を引き続けてきたのは准華の方だ。勝手に疑い、勝手に遠ざけていた。だからこそ、この時准華は星燐に対してこれ以上にない本心を口にした。
「星燐が愛おしくて堪らない。どうか、身も心も私のものになってくれないか」
准華の言葉に驚きに見開かれた目を向けて固まっていた星燐だったが、暫くしてから赤く染まった顔を隠すように准華の胸に埋めて、囁くような小さな声で言った。
「……心は、とっくに旦那様のものです」
その妖精の囁きのような声とは反対に、骨が軋むほど力で抱きしめられ(准華でなければきっと折れていただろう)、准華は人生で一番の幸福を感じていた。
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この先もぜひ読みたいです!!!
ありがとうございます!
いつか2人の甘々新婚生活も書きたいと思っているので、その時はまた読んでいただけると嬉しいです!