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③
しおりを挟む公爵家の一人娘であるシャーロットには誰にもいえない嗜好があった。
いつから自分がそうだったのかはわからない。だが、自分がそうであると気づいた日のことはとてもよく覚えている。
その日は建国記念日だっため、シャーロットは皇族主催の公式パーティーへと参加をしていた。
代わる代わる挨拶をしていれば、愛らしい容姿をした彼女を前に赤い顔をする者、微笑みを浮かべる者、緊張で固まってしまう者。
様々な反応ではあるが、どれも好意的なものには違いなかった。
そんな様子を見て、シャーロットは何かが冷めていくのを感じた。憂いを帯びた表情を見せるシャーロットに、母親は優しく声をかける。
「気分でも悪いの? 少し外の空気でも吸ってきたら?」
その言葉に曖昧に微笑んで、シャーロットは会場の外へと出た。近くにあったベンチに腰掛けて、一人考える。
好意的な視線を向けられて嫌なわけではない。悪意に満ちた視線を向けられることを望んでいるわけでもない。
ただ少し、ほんの少しだけ。誰かさくっと罵ってくれやしないかと、そう願ってしまうだけなのだ。
罵ることが高望みだというのならば、冷たい視線を向けてくれるだけでもいい。そうその辺に落ちているゴミをを見るような、そんな目で。
(なんて、無理な話よね。こんな事を考えているなんて、お父様やお母様に知られたらきっと怒られてしまうわ…)
そろそろ会場へ戻ろうかと、シャーロットが重い腰をあげた瞬間、ガザガザと背後から音がした。
何かと思い、音がする方へと向かえば、そこには少年が一人、座り込んでいた。
彼の真っ赤になった目元から察するに、おそらく涙を流していたのだろう。
シャーロットはゆっくりと少年に近づき、声をかける。そして、そっとハンカチを差し出したのだったが。
「どうしたの? もし何か困ったことが」
「──俺に触るな!」
勢いよく振り払われてしまった。衝撃で、差し出したハンカチが地面へと落ちる。
シャーロットにとってそれは生まれて初めての他者からの拒絶だった。
振り払われた手はじんじんと痛んだ。落ちたハンカチを拾いながらも、シャーロットは目尻を下げて少年へと謝罪の言葉を述べる。
「……ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。ですが、ただ心配で声をかけただけで、他意はなかったのです」
「なんだその取り繕った言葉は。どうせ、お前も他の奴らと同じだというくせに……ああ、気持ち悪い」
そう言って、少年はそのまま去ってしまった。
酷い言い草だ。ただ純粋に心配して声をかけただけだというのに。しかし、気持ちとは裏腹にシャーロットの胸はドキドキと高鳴っていた。
(こんなに心臓がうるさいだなんて……もしかしたらこれが恋?!)
その日からシャーロットが少年のことを考えない日はなかった。名前は何というのだろうか、また会えるだろうか。そうして、気づけば何をしていても、あの少年のことを思い出すようになってしまった。
(まるでゴミを見るかのような目、冷たい声、鋭い言葉、全身から溢れ出ていた嫌悪感。……ああ、生まれて初めてだわ、人前で涎を垂らしそうになってしまうぐらいに興奮したのは。やだ、思い出しただけでも涎が……)
そして、パーティーから少し経ったある日のこと。シャーロットは、あの日出会った少年が、第二皇子であるオズワルドであることを知った。
「オズワルド様…」
(とても素敵なお名前……ああ、でもわたくしのような人間が気安く呼んだりしては叱られてしまうわ。もしも、うっかり呼んでしまえば、きっとあの冷たい瞳と声で「気安く呼ぶな雌豚が」とか言われたりなんかして……うふふふぐへへ)
と、妄想は一旦ここまでにしておいて、これからの事を考えなくてはいけない。この先、オズワルドの側に居たいと願うのであれば、確実な方法は添い遂げることだろう。
しかし、相手は皇族だ。婚約者に選ばれるのは容易な話ではない。だけど、シャーロットはどうしても諦められなかった。
何としてでも彼の婚約者になりたい。オズワルド以外は考えられなかった。
なので、婚約者に選ばれるよう、完璧な令嬢になろうとシャーロットは誓ったのだった。自分の趣味嗜好を満たすため、いや、もうこれは愛のためだと言っても過言ではない。
そう思うと、シャーロットは全身から力が湧いてくるような気がした。これから先、どんな困難も乗り越えられそうだと、本気で思った。
(必ず貴方様に相応しい完璧な令嬢になってみせますわ。だから、その時はご褒美に蔑んでくださいね、オズワルド様!)
「──以上が、わたくしとオズワルド様の出会いです!」
興奮した様子で話すシャーロットに、オズワルドは後悔をした。
ここまでインパクトのある女性を覚えていないわけがない。だから幼い頃に出会ったという話はシャーロットの勘違いではないのかと。
そう問いかければ、彼女は意気揚々と語り出したのだった。そして、シャーロットの話を聞いている内に、オズワルドも思い出したのだ。
パーティーの日、自分に優しく声をかけてくれた少女のことを。泣いているところを見られた恥ずかしさから、八つ当たりのような態度を取ってしまったのを、後悔していたことを。
「……聞かなきゃよかった、と心からそう思うよ」
「まあひどい。話を振ったのはオズワルド様の方だというのに」
ムッと頬を膨らませたシャーロットを見て、オズワルドはため息をついた。
(何がひどいだ。内心、今も冷たくされて喜んでいるくせに。その証拠に頬が緩んでいるのを全く隠せていないじゃないか。……結局、彼女にとって一番大事なのはそこなのだ。そう思うと、何だかつまらないな)
オズワルドはモヤモヤする心に気付かないふりをして、シャーロットが持ってきた焼き菓子を口へと運ぶ。
普段、甘味をあまり好まないオズワルドも、シャーロットが持ってくる物は好んでよく口にした。
「お口にあいますか?」
「ああ。君の家には腕のいい料理人がいるようだな」
「あら、それはわたくしの手作りですのよ」
その言葉に、思わずオズワルドの手が止まる。
「……変なものを入れてないだろうな?」
「嫌ですわ、オズワルド様ったら。いくらわたくしでも、そんな無謀なことはしませんわ」
流石のシャーロットも皇子であるオズワルドに対して、そのような事はしない。その辺りは弁えている。
「……ならいいが」
「まあ、わたくしったら本当に信用されていないのですね。婚約関係を結んでから随分と時間が経つというのに」
(確かに出会ってから随分と時間が経ったな)
このまま順調に進めば、いずれ世継ぎの問題が出てくる。いくらこの関係が利害の一致よる仮初のものだとしても、皇族としてそれだけは避けられない。
オズワルドは第二皇子であるとはいえ、兄であり第一皇子であるイヴァンは身体が弱く、その辺りを期待できずいた。
しかし、現状、自分たちのそのような未来は全く想像できない。実際、この数ヶ月も共に茶を飲むぐらいのことしかしていない。
(試しに抱擁でもしてみるか? いや、まずは手を繋ぐのが先か? そもそも、この女は俺に触れられて、不快な思いをしないのか?)
「どうかされました? そのような難しい顔をして」
オズワルドは不器用だった。そもそも色恋に興味がなかったのだ。なので、こういう時にスマートに対応できるほどの経験値もないのだ。
だから、今もこうして無言で手を差し出すことしかできなかった。
しかし、何を言わずに手を差し出したオズワルドに対して、シャーロットは目を輝かせた。そして、彼の掌に自身の手を乗せ、こう叫んだのだった。
「わんっ!」
その後。
たまたま、オズワルドの部屋の近くを通っていた使用人たちが、シャーロットのその声を聞いてしまっていたことにより、城中に大変不本意な噂が広まってしまったのは、いうまでもない。
「……またあんな変なことをしたら、今度こそ婚約を破棄するからな」
「まあ、ひどい。そもそもオズワルド様が始めたのではありませんか」
「チッ」
「きゅんっ!」
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