眠れる森の星空少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 これから晩御飯を食べるところだ。テーブルの上には、大好きなビーフシチューが並んでいる。トマトとチーズのサラダもある。ここに来る前に寄ったテイクアウトの店で買ったクラブハウスサンドイッチと、他の料理も美味しそうだ。キッチンから匂いが漂ってくる度に、腹が鳴っていた。

「美味しそうーっ」 
「食べてみて」
「うん。いただきます!」 

 ビーフシチューを口に運ぶと、あまりの美味しさに声が漏れた。 

「あふ~っ」
「いい反応だな。作り甲斐がある」
「好きだって話したから、作ってくれたんだね。これって手が込んでいるだろ。おばあちゃんが、長い時間をかけて煮込んでくれたんだ」
「今回は圧力鍋を使ったから、短い時間で仕上がったよ。休みの日なら手が込んだものが作れるよ」
「すごいね。料理上手なんだね。一人暮らしだと料理を作るのが面倒くさいって、大学の先輩から聞いたんだよ。俺もそうだけど……」
「料理が好きなんだよ。誰かに食べて貰う機会が無かった。嬉しいよ」 

 ふと気になったことがある。恋人はいなかったのだろうか? この口ぶりだと、しばらくいないようだ。失礼だと思うから聞かないでおこう。そう思っていたのに見破られてしまった。

「気になるのか?前に付き合っていた相手のことが」
「そう意味じゃないよ。しばらくいないのかなって思っただけだよ」
「今年の1月にフラれた。それからは誰もいない」
「ごめん……」
「気にしなくていいよ。こうして一緒にいられるのは、フラられたおかげだ」
「あのね。そういう事は言わないでよ」
「悠人君。どうしたんだ?」 
「目を逸らしてよ」
「せっかくだ。もう少し見つめ合いたい。今夜ここに泊っていけばいい」
「や、やだよ」 

 見つめ合ったままで即座に返事をした。恐ろしい事が待っているに違いない。早瀬が楽しそうに笑うと、テーブル越しに俺の手を握った。

「何しないよ」
「苛めるだろー?」
「それは否定しないよ」
「そこは嘘でも否定しろよ」
「たっぷり食べて風呂に入って、気の済むまで演奏すればいい。明日はバイトがないはずだ」
「やだよ。着替えがないもん。下着がないからさ」

 自信満々に言い切られた以上、首を縦に振れるわけがない。ぶんぶんと首を横に振った。友達の家に泊まる日は、前の日の下着や服を着ている。ひと晩ぐらい我慢できる。しかし、それは黙っておく。出せる口実は何でもいい。すると、早瀬が言った。

「向かいのコンビニで下着が買えるよ。寝るときのTシャツは貸す」
「ううん、帰る。授業のテキストが……」
「口実だね。サボる悪い子になりなさい」

 握られた手が早瀬の口元に寄せられて、ふーっと息を掛けられた。見つめ合ったままで優しく笑っているが、変質者にしか見えない。

「か、帰りたい!」
「モップ」
「もう……」
「決まりだ。食べた後で店へ行こう。ビーフシチューの二皿目はどうする?」
「食べる」
「いい子だね。ゆうとくーん」

 早瀬が椅子から身を乗り出してきて、テーブル越しに近づいた。慌てて後ろに下がろうとしたら、頭の後ろに手を添えられて阻止された。そして、唇にキスをされた後、ぺろりと舐められてしまった。

「ひいいいいっ」
「ビーフシチューが付いていたからだ」

 早瀬が肩を揺らして笑いながら、おかわりを注ぎに行った。 
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