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あれは一昨日の夜の出来事だ。マンションのベランダから、夏樹が飛び降りようとした。毎晩のように夢にうなされ、眠れていなかった。まともな思考が出来るわけがない。彼は下の道路を見つめていただけだと言っていたが、それだけが理由では無いと思った。怒りと悲しみに心の許容量が越え、とうとう溢れてしまったのだろう。
夏樹がベランダに出たことに気づき、引きずるようにして寝室へ連れて来た。そして、ベッドに仰向けにさせて押さえつけた。どうして下を見ていたのかと夏樹に聞くと、自分自身の存在自体が耐えられなくなったからだという。それを聞いた、俺の心も耐えられなかった。
「何をやろうとしたのか、分かっているのか?」
「見ていただけだよ」
「ここは十五階だ。その意味を理解しているのか」
「決まっているだろ」
「飛び降りる必要はない。おい、こっちを向け!」
「飛び降りるつもりはなかったよ!あんたには分からないよ……」
夏樹の声は、もう枯れたはずの涙まじりのものだった。
「達也君に言われたんだ。俺が女の子みたいだからいけないんだって!俺の気持ちが、あんたに分かるのかよ?」
「俺自身じゃないから分からない」
「何も分からないなら、何も言うなよ!」
「それなら、お前は俺の悩みが分かるのか?何も悩みがない人間だとでも思っているのか?」
「逆に聞きたいよ。社会で認められていて……」
「それだけしか想像出来ないのか?お前の外見に惹かれたんじゃないかと、疑っていたな?その言葉を返してやる。俺の何を見たんだ?」
「そうだよ。俺は何も分かっていないよ。こういう人間だよ。慰められて甘えて、何がしたいのか分からないよ。この苦しみが消えるなら……、今の思いから解放されるなら、自分の肉体なんて苦しみと一緒に滅んでしまえ。人間なんていつかは死ぬんだから、それが早いか遅いかだけの差だよ。自分で死を選んで何が悪いの?体は燃やされて灰になればいい。それで終わりだよ」
「夏樹。何を言っているのか分かっているのか?」
「分かっているよ」
「お前が死んだ後のことを、想像出来ないのか?」
「したよ。それぐらい、俺だって考えた。泣いてくれる人はいるよね、でも、思い出に変わるだけじゃないの?誰だって、明日になれば、死ぬかもしれないんだよ?」
どうか分かってほしいと言われて、胸の奥が苦しくなった。俺が掴んでいる夏樹の両手首には、達也の指の跡が残っていた。忌々しい跡だ。こんなものがあるから、夏樹の様子がおかしくなったのだと思った。俺がその手首を掴んだことで痛みが走ったのだろう。夏樹が顔をしかめていた。
「痛いだろう?これが生きている証拠だ。これが現実だ。目の前にいるのは誰だ?自殺をされて、お前の家族はどんな気持ちになると思う?何かがあって死ぬのとは訳が違う。その違いを理解しているか?……家族のことも、友達のことも、俺のことも、お前は捨てたことになるんだ。お前が自分自身を否定するんじゃない、お前が、周りの人間の存在を否定することになるんだぞ?……捨てられる奴の気持ちが想像出来ないのか?一生、抱えて生きていかないといけない。少なくとも俺はそうなる。俺の側に居てくれる人間は……、いないのか……」
「黒崎さん。どうして、そういう事を言うの?そんな悲しい目をするの?俺がいなかったら、あんたは新しい人生を歩いていける。あんたにはその力があるから。周りには、いっぱい人がいるじゃん……」
「いつでも一人だ。お前には分からないだろう」
言ってしまって後悔した。ここでぶつける話ではない。傷ついている夏樹に寄り添うことも出来ない。入り乱れた感情を抑え切れずに、夏樹を一人残して部屋から出た。後ろを振り返る勇気がなかった。 そして、部屋のドアの前に座り込んだ。
(夏樹が泣いている。そばに行きたい。いや、頭を冷やそう……)
言い過ぎたどころの話ではない。今の夏樹は正しい思考が出来なくなっているのは分かっている。ただ抱き寄せるべきだった。それが出来ない自分自身に腹が立った。混乱している夏樹に感情を吐き出してしまった。最悪のことをした。
沙耶に打たれた頬の痛みを思い出した。夏樹が、涙を流す沙耶の手を引いて目の前から去った。その時、大事なものを無くしてしまったことが分かった。そうだ、俺は酷い人間だ。自分が一番よく分かっている。彼にきつい言い方をしてしまったことを後悔した。
夏樹がベランダに出たことに気づき、引きずるようにして寝室へ連れて来た。そして、ベッドに仰向けにさせて押さえつけた。どうして下を見ていたのかと夏樹に聞くと、自分自身の存在自体が耐えられなくなったからだという。それを聞いた、俺の心も耐えられなかった。
「何をやろうとしたのか、分かっているのか?」
「見ていただけだよ」
「ここは十五階だ。その意味を理解しているのか」
「決まっているだろ」
「飛び降りる必要はない。おい、こっちを向け!」
「飛び降りるつもりはなかったよ!あんたには分からないよ……」
夏樹の声は、もう枯れたはずの涙まじりのものだった。
「達也君に言われたんだ。俺が女の子みたいだからいけないんだって!俺の気持ちが、あんたに分かるのかよ?」
「俺自身じゃないから分からない」
「何も分からないなら、何も言うなよ!」
「それなら、お前は俺の悩みが分かるのか?何も悩みがない人間だとでも思っているのか?」
「逆に聞きたいよ。社会で認められていて……」
「それだけしか想像出来ないのか?お前の外見に惹かれたんじゃないかと、疑っていたな?その言葉を返してやる。俺の何を見たんだ?」
「そうだよ。俺は何も分かっていないよ。こういう人間だよ。慰められて甘えて、何がしたいのか分からないよ。この苦しみが消えるなら……、今の思いから解放されるなら、自分の肉体なんて苦しみと一緒に滅んでしまえ。人間なんていつかは死ぬんだから、それが早いか遅いかだけの差だよ。自分で死を選んで何が悪いの?体は燃やされて灰になればいい。それで終わりだよ」
「夏樹。何を言っているのか分かっているのか?」
「分かっているよ」
「お前が死んだ後のことを、想像出来ないのか?」
「したよ。それぐらい、俺だって考えた。泣いてくれる人はいるよね、でも、思い出に変わるだけじゃないの?誰だって、明日になれば、死ぬかもしれないんだよ?」
どうか分かってほしいと言われて、胸の奥が苦しくなった。俺が掴んでいる夏樹の両手首には、達也の指の跡が残っていた。忌々しい跡だ。こんなものがあるから、夏樹の様子がおかしくなったのだと思った。俺がその手首を掴んだことで痛みが走ったのだろう。夏樹が顔をしかめていた。
「痛いだろう?これが生きている証拠だ。これが現実だ。目の前にいるのは誰だ?自殺をされて、お前の家族はどんな気持ちになると思う?何かがあって死ぬのとは訳が違う。その違いを理解しているか?……家族のことも、友達のことも、俺のことも、お前は捨てたことになるんだ。お前が自分自身を否定するんじゃない、お前が、周りの人間の存在を否定することになるんだぞ?……捨てられる奴の気持ちが想像出来ないのか?一生、抱えて生きていかないといけない。少なくとも俺はそうなる。俺の側に居てくれる人間は……、いないのか……」
「黒崎さん。どうして、そういう事を言うの?そんな悲しい目をするの?俺がいなかったら、あんたは新しい人生を歩いていける。あんたにはその力があるから。周りには、いっぱい人がいるじゃん……」
「いつでも一人だ。お前には分からないだろう」
言ってしまって後悔した。ここでぶつける話ではない。傷ついている夏樹に寄り添うことも出来ない。入り乱れた感情を抑え切れずに、夏樹を一人残して部屋から出た。後ろを振り返る勇気がなかった。 そして、部屋のドアの前に座り込んだ。
(夏樹が泣いている。そばに行きたい。いや、頭を冷やそう……)
言い過ぎたどころの話ではない。今の夏樹は正しい思考が出来なくなっているのは分かっている。ただ抱き寄せるべきだった。それが出来ない自分自身に腹が立った。混乱している夏樹に感情を吐き出してしまった。最悪のことをした。
沙耶に打たれた頬の痛みを思い出した。夏樹が、涙を流す沙耶の手を引いて目の前から去った。その時、大事なものを無くしてしまったことが分かった。そうだ、俺は酷い人間だ。自分が一番よく分かっている。彼にきつい言い方をしてしまったことを後悔した。
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