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(懐かしい。親父に聞けば連絡先が分かるだろうか。あの女性と男の子は元気だろうか……)
俺と沙耶達とで滞在した叔父の家の近所には、小さな男の子が暮らしていた。3歳ぐらいだった。20代ぐらいの女性に手を引かれて歩いている姿をよく見かけた。その人は、母親や姉にも見えなかった。サラちゃんと呼んでいたはずだ。後から知った話は、こういうものだった。
2歳になる彼の妹が入院したそうだ。親が付き添う必要があり、男の子の面倒を見たくても、目を離してしまうことがあったそうだ。それに寂しい思いをさせてしまっている。何かあるといけないからと、母方の祖父母の元へ預けられたそうだ。一緒に歩いていた女性は彼の母親の妹で、大学から帰省していた。彼は彼女によく懐いていたようだ。2人の会話を思い出して笑みが浮かんだ。
(ナツキ、走っちゃだめよ)
(うん。苦しくなる?)
(ううん。かけっこが苦手なの)
(歩くよ。これ、早くない?)
(大丈夫よ。ありがとう)
夕暮れ空の下、手を繋いで歩く2人の姿が印象に残っている。海沿いの町に来て良かったと思った。
当時を振り返ると、父のことが好きだった。拓海兄さんが亡くなった時、黒崎家へ戻って来るように命令されるまでは。そこで、父のことが嫌いになった理由を思い出した。10歳年上の晴海兄さんのことを、父が嫌う発言をしたからだった。ますます俺達の仲が悪くなりそうだった。当時の会話を思い出した。
(圭一。お前には、昔から期待していた。お前が跡取りだ)
(晴海兄さんがいるのに?)
(拓海の弟だから期待していた。見込みが外れた)
(そんな……)
役に立たないと判断すれば、切り捨てるのか。いつか俺のこともそうするのだろう。父まで俺のそばから居なくなるのかと思って、胸が痛んだ。
(圭一。跡取りになってくれ。今年の法事はお前が中心になれ)
(お父さん。考えさせてください)
(音大の推薦入学の件で話しておきたい。私の方から断っておいた)
(どうしてですか?)
(趣味にしろ。どのみち、ピアノを弾く時間は無くなる)
努力して音大の推薦入学が叶った。そして、俺は母方の祖父母の家を出て、一人暮らしをするつもりでいた。しかし、父に入学を勝手に断られたと知り、腹が立つ前に頭の中が真っ白になった。父に怒鳴り散らすことは当時の俺にはできなかったからだ。未来までも奪われた瞬間だった。
その後、父と母方の祖父から、夏休みの間、社会勉強のために海沿いの町へ行くように勧められた。そこから帰った後は黒崎家に帰ってこいと言われた。そして、父が勧める大学に受験をしろと命令された。祖父に相談すると、遊びに行ってこいと言われた。命令では無く、自らの意志なら納得できるだろうとも言われた。
(圭一。夏の間、叔父さんの家に遊びに行ったらどうだ?気晴らしになるだろう。黒崎家に戻れば、遊ぶ時間が無くなる)
(おじいちゃん。俺に黒崎家に戻ってほしいのか?)
(お前が戻る気でいるからだ)
(迷っているぞ?)
(もう決めているはずだ)
あの時は、祖父の言葉が理解できなかった。しかし、今なら理解できる。圭一、お前と一緒に働きたいと言った拓海兄さんの願いを叶えたいと思っていた。彼は亡くなってしまったのに。しかし、そのための一歩だから黒崎家に戻りたいと、心の中では思っていたはずだ。
俺と沙耶達とで滞在した叔父の家の近所には、小さな男の子が暮らしていた。3歳ぐらいだった。20代ぐらいの女性に手を引かれて歩いている姿をよく見かけた。その人は、母親や姉にも見えなかった。サラちゃんと呼んでいたはずだ。後から知った話は、こういうものだった。
2歳になる彼の妹が入院したそうだ。親が付き添う必要があり、男の子の面倒を見たくても、目を離してしまうことがあったそうだ。それに寂しい思いをさせてしまっている。何かあるといけないからと、母方の祖父母の元へ預けられたそうだ。一緒に歩いていた女性は彼の母親の妹で、大学から帰省していた。彼は彼女によく懐いていたようだ。2人の会話を思い出して笑みが浮かんだ。
(ナツキ、走っちゃだめよ)
(うん。苦しくなる?)
(ううん。かけっこが苦手なの)
(歩くよ。これ、早くない?)
(大丈夫よ。ありがとう)
夕暮れ空の下、手を繋いで歩く2人の姿が印象に残っている。海沿いの町に来て良かったと思った。
当時を振り返ると、父のことが好きだった。拓海兄さんが亡くなった時、黒崎家へ戻って来るように命令されるまでは。そこで、父のことが嫌いになった理由を思い出した。10歳年上の晴海兄さんのことを、父が嫌う発言をしたからだった。ますます俺達の仲が悪くなりそうだった。当時の会話を思い出した。
(圭一。お前には、昔から期待していた。お前が跡取りだ)
(晴海兄さんがいるのに?)
(拓海の弟だから期待していた。見込みが外れた)
(そんな……)
役に立たないと判断すれば、切り捨てるのか。いつか俺のこともそうするのだろう。父まで俺のそばから居なくなるのかと思って、胸が痛んだ。
(圭一。跡取りになってくれ。今年の法事はお前が中心になれ)
(お父さん。考えさせてください)
(音大の推薦入学の件で話しておきたい。私の方から断っておいた)
(どうしてですか?)
(趣味にしろ。どのみち、ピアノを弾く時間は無くなる)
努力して音大の推薦入学が叶った。そして、俺は母方の祖父母の家を出て、一人暮らしをするつもりでいた。しかし、父に入学を勝手に断られたと知り、腹が立つ前に頭の中が真っ白になった。父に怒鳴り散らすことは当時の俺にはできなかったからだ。未来までも奪われた瞬間だった。
その後、父と母方の祖父から、夏休みの間、社会勉強のために海沿いの町へ行くように勧められた。そこから帰った後は黒崎家に帰ってこいと言われた。そして、父が勧める大学に受験をしろと命令された。祖父に相談すると、遊びに行ってこいと言われた。命令では無く、自らの意志なら納得できるだろうとも言われた。
(圭一。夏の間、叔父さんの家に遊びに行ったらどうだ?気晴らしになるだろう。黒崎家に戻れば、遊ぶ時間が無くなる)
(おじいちゃん。俺に黒崎家に戻ってほしいのか?)
(お前が戻る気でいるからだ)
(迷っているぞ?)
(もう決めているはずだ)
あの時は、祖父の言葉が理解できなかった。しかし、今なら理解できる。圭一、お前と一緒に働きたいと言った拓海兄さんの願いを叶えたいと思っていた。彼は亡くなってしまったのに。しかし、そのための一歩だから黒崎家に戻りたいと、心の中では思っていたはずだ。
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