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11-1 さようならを伝えるはずの日(夏樹視点)
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10月17日、日曜日。13時。
黒崎のお母さんが住んでいる場所の近くに到着した。よくドライブしている海岸線を走ると着く。今の家に引越したのは、お母さんの家の近くだから選んだのかと思ったほどだ。
俺がそばにいるから寂しくないよ。泣いたら涙を拭くよ。それは言葉に出さずに、車から降りた直後から、黒崎の手を握った。
「お母さんの家が近いのは偶然なの?」
「家が近いのは知っていた。それが理由じゃない。お前が気に入る場所を選んだだけだ。安全面と散歩の環境も考えた」
「ありがとう」
海岸線の駐車場に停めて、徒歩でお母さんの家へ向かった。アンのことは実家に預けた。真っ直ぐに帰りたくない気分になるかも知れず、遅くなるかもしれないからだ。母が預かってくれた。
「レモンとアン、仲が良くなったよね。レモンは子犬が好きだし。大人の犬は苦手みたいなんだ。お土産は、何がいいかな?」
「評判のいい洋菓子店がある」
歩いていると、お洒落な街並みが見えてきた。こういう場所があったなんて知らなくて、楽しくなった。デートをしている気分になれるように、あちこちの店を眺めて話した。そうしていると、さっきから黒崎のことを見て視線を向けてくる人たちが増えてきた。かっこいいからだと思う。さすがに慣れてきたとはいえ、黒崎のことを見てほしくなくて、面白くない気分になった。
「黒崎さんの魔力だね……」
「お前のことだろう。……あの子、イケメン。そう言われていたぞ?」
「マジで?イケメンなんて言われないよ」
「そうか?」
「そういえば、学校で、お兄様って呼ばれた時があったよ。お兄ちゃんじゃなくてさ……」
「そうか……」
黒崎が笑いながら手を握ってくれた。すると、急に無言になった。真剣な顔をしている。そして、大事な話があると言い出した。お母さんのことではなかった。11月12日に開かれる、レセプションパーティーの事だった。
「水曜日の昼に、ここを出るんだよね?アンのことは実家へ預けるけど。……どうしたの?一緒に行くよ?」
「パーティーでは、色んな大人と会話をする」
「ちゃんと教わった通りにするよ」
「俺のことが好きか?」
「好きだよ?」
「俺のことを愛しているか?」
「もちろんだよ」
「ここで言ってほしい」
「黒崎さんのことを愛しているよ」
どうしたのだろうか。黒崎の目が真剣だ。そんなに緊張しなくていいパーティーだと言っていたのにと思い、急に肩が凝ってきた。実は緊張するのかと聞くと、リラックスできるようにすると答えが返ってきた。そして、俺が当日着る予定の服装の話になった。怜さんがデザインを担当しているブランドから選んで着るそうだ。
「当日の服装のことだが。今、選んでいるところだ。一着は決まった」
「この間、プレゼントしてくれたやつを着るよ。勿体ないからさー」
「せっかくだ。一着は、淡い紫のボレロだ。もう一着の色を迷っている」
「まさか、スカートじゃないよね?」
「スカートじゃない。赤色、紺色、淡い緑色。どの色がいい?」
「服は紺色が多いから、赤がいい」
「次は柄だ。古典的なものと現代風なものでは、どちらがいい?」
「古典的と現代風って、どんな感じなの?」
「昔からある柄と、奇抜にも見える柄をイメージしてくれ」
「じゃあ現代風にするよ。せっかくだからさ」
「分かった。赤色の現代風だな。用意する」
「どうして、2つも用意するんだよ?」
「立食パーティーだからだ。飲み物を溢した時に備える」
「ありがとう。やりそうなことだよー。あ……」
髪の毛をかき上げられて、耳元に温かい手が触れた。恥ずかしくなり俯こうとする前に、優しい眼差しを向けられた。
ふと、お互いに無言になった。休日の午前中だから、この辺りは散歩を楽しんでいる人たちが多い。楽しそうな笑い声が聞こえるのに、俺達の周りだけが、時間が止まったかのようだ。
「お前は亡くなった兄貴に似ている」
「……マジで似ているの?」
「雰囲気が同じだ。大人に近づいて、そう思うようになった」
「嬉しいよ。どんな人だった?」
「周りを明るくする人だった。あの黒崎の家で、兄貴だけが家族だった。そう思わせることが出来る人だった」
「黒崎さんの心のドアが開いたんだね。もっとパタパタ開けろよー。もっと話してよー」
「これで全開だ。もっと話をする」
信じられないと思った。黒崎の方からお兄さんの話をしてくれたからだ。彼の心のドアが大きくドアが開いたと思い、胸が痛くなり、目尻が熱くなったのを堪えた。俺が泣いていいことではない。泣きたいのは黒崎の方だと思うからだ。
「……泣かなくていい」
「ごめん。すぐに泣き止むから。よし、もう大丈夫だよ」
「説得力がない」
黒崎が意地悪そうに笑った。いつもの彼だが、無理をしているのは分かっている。だからわざと茶化した。
「ウェットティッシュじゃ使いづらいけど、我慢するよ」
トートバッグの中からウェットティッシュを取り出して、涙を拭いた。本当に使いづらいし、畳むことが難しい。それを黒崎が笑って見ていた。こうやって笑ってくれるなら、新聞紙で鼻をかんでもいいと思った。そうしていると、ティッシュがあるのが分かり、そっちで鼻を拭いた。
「……手をつなごう」
「手を洗ってからにした方がいいよ」
「汚くない。帰ってから手を洗う」
黒崎から手を握られた。照れくさくなったから、わざと憎まれ口を叩いた。そうしていると、住宅街の方に曲がろうと黒崎が言い、とうとう近くに来たのだと思い、肩に力が入った。
黒崎のお母さんが住んでいる場所の近くに到着した。よくドライブしている海岸線を走ると着く。今の家に引越したのは、お母さんの家の近くだから選んだのかと思ったほどだ。
俺がそばにいるから寂しくないよ。泣いたら涙を拭くよ。それは言葉に出さずに、車から降りた直後から、黒崎の手を握った。
「お母さんの家が近いのは偶然なの?」
「家が近いのは知っていた。それが理由じゃない。お前が気に入る場所を選んだだけだ。安全面と散歩の環境も考えた」
「ありがとう」
海岸線の駐車場に停めて、徒歩でお母さんの家へ向かった。アンのことは実家に預けた。真っ直ぐに帰りたくない気分になるかも知れず、遅くなるかもしれないからだ。母が預かってくれた。
「レモンとアン、仲が良くなったよね。レモンは子犬が好きだし。大人の犬は苦手みたいなんだ。お土産は、何がいいかな?」
「評判のいい洋菓子店がある」
歩いていると、お洒落な街並みが見えてきた。こういう場所があったなんて知らなくて、楽しくなった。デートをしている気分になれるように、あちこちの店を眺めて話した。そうしていると、さっきから黒崎のことを見て視線を向けてくる人たちが増えてきた。かっこいいからだと思う。さすがに慣れてきたとはいえ、黒崎のことを見てほしくなくて、面白くない気分になった。
「黒崎さんの魔力だね……」
「お前のことだろう。……あの子、イケメン。そう言われていたぞ?」
「マジで?イケメンなんて言われないよ」
「そうか?」
「そういえば、学校で、お兄様って呼ばれた時があったよ。お兄ちゃんじゃなくてさ……」
「そうか……」
黒崎が笑いながら手を握ってくれた。すると、急に無言になった。真剣な顔をしている。そして、大事な話があると言い出した。お母さんのことではなかった。11月12日に開かれる、レセプションパーティーの事だった。
「水曜日の昼に、ここを出るんだよね?アンのことは実家へ預けるけど。……どうしたの?一緒に行くよ?」
「パーティーでは、色んな大人と会話をする」
「ちゃんと教わった通りにするよ」
「俺のことが好きか?」
「好きだよ?」
「俺のことを愛しているか?」
「もちろんだよ」
「ここで言ってほしい」
「黒崎さんのことを愛しているよ」
どうしたのだろうか。黒崎の目が真剣だ。そんなに緊張しなくていいパーティーだと言っていたのにと思い、急に肩が凝ってきた。実は緊張するのかと聞くと、リラックスできるようにすると答えが返ってきた。そして、俺が当日着る予定の服装の話になった。怜さんがデザインを担当しているブランドから選んで着るそうだ。
「当日の服装のことだが。今、選んでいるところだ。一着は決まった」
「この間、プレゼントしてくれたやつを着るよ。勿体ないからさー」
「せっかくだ。一着は、淡い紫のボレロだ。もう一着の色を迷っている」
「まさか、スカートじゃないよね?」
「スカートじゃない。赤色、紺色、淡い緑色。どの色がいい?」
「服は紺色が多いから、赤がいい」
「次は柄だ。古典的なものと現代風なものでは、どちらがいい?」
「古典的と現代風って、どんな感じなの?」
「昔からある柄と、奇抜にも見える柄をイメージしてくれ」
「じゃあ現代風にするよ。せっかくだからさ」
「分かった。赤色の現代風だな。用意する」
「どうして、2つも用意するんだよ?」
「立食パーティーだからだ。飲み物を溢した時に備える」
「ありがとう。やりそうなことだよー。あ……」
髪の毛をかき上げられて、耳元に温かい手が触れた。恥ずかしくなり俯こうとする前に、優しい眼差しを向けられた。
ふと、お互いに無言になった。休日の午前中だから、この辺りは散歩を楽しんでいる人たちが多い。楽しそうな笑い声が聞こえるのに、俺達の周りだけが、時間が止まったかのようだ。
「お前は亡くなった兄貴に似ている」
「……マジで似ているの?」
「雰囲気が同じだ。大人に近づいて、そう思うようになった」
「嬉しいよ。どんな人だった?」
「周りを明るくする人だった。あの黒崎の家で、兄貴だけが家族だった。そう思わせることが出来る人だった」
「黒崎さんの心のドアが開いたんだね。もっとパタパタ開けろよー。もっと話してよー」
「これで全開だ。もっと話をする」
信じられないと思った。黒崎の方からお兄さんの話をしてくれたからだ。彼の心のドアが大きくドアが開いたと思い、胸が痛くなり、目尻が熱くなったのを堪えた。俺が泣いていいことではない。泣きたいのは黒崎の方だと思うからだ。
「……泣かなくていい」
「ごめん。すぐに泣き止むから。よし、もう大丈夫だよ」
「説得力がない」
黒崎が意地悪そうに笑った。いつもの彼だが、無理をしているのは分かっている。だからわざと茶化した。
「ウェットティッシュじゃ使いづらいけど、我慢するよ」
トートバッグの中からウェットティッシュを取り出して、涙を拭いた。本当に使いづらいし、畳むことが難しい。それを黒崎が笑って見ていた。こうやって笑ってくれるなら、新聞紙で鼻をかんでもいいと思った。そうしていると、ティッシュがあるのが分かり、そっちで鼻を拭いた。
「……手をつなごう」
「手を洗ってからにした方がいいよ」
「汚くない。帰ってから手を洗う」
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