恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編

夏目奈緖

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 この辺りなら大丈夫だと思い、アンを地面に下ろした。もう少し歩いたらユーカリの咲いている場所へたどり着く。振り返ると、さっき通って来たドッグランの入り口が見えた。今居る場所がわりと高さがあるのかと驚いた時、急に足元がふらついた。

「わああーー、転ぶ……っ。いたた……」

 ドクン。心臓の鼓動が強く打った。忘れていたぐらいの痛みが起こった。左胸が圧迫される感覚が起きた後、息が出来なくなった。視界がぼやけるほどに息をしていないのか。こういう時なのに、頭のなかは落ち着いている。首の辺りからは強い脈拍を感じた。胸の痛みの方なのか。何か怖くて、こうなっているのか。それとも、両方だろうか。

「なにも……、怖くない……、アンー、ごめんね……」

 クーーン。アンが心配そうにしながら足元へ来て座った。同じように座り込んでいる俺の方へ鼻先を寄せて、さらに心配そうな鳴き声を上げた。体を撫でてあげることしか出来ない。

 もう少し休んでいれば、立ち上れるだろう。少し横になろう。自分の体を支えることが出来なくて、倒れ込むようになった。アンの大きな目が潤んで見える。泣いているのだろうか。

「電話するからね……、怖くないよ。すぐに……、来てくれるからね……っ。黒崎さん、ごめんね……」

 スマホ画面を見ても、電話をかけているのか分からない。ぼんやりした視界の中で、自分の呼吸が浅くなったり止まったりしているのを感じた。不思議と痛みを感じない。治まったのか。顔から汗が流れて冷たくなり始めた時、アンが吠え始めた。誰かを呼んでくれているのだろうか。

「ごめん……。どうしてだろう……」

 急に昔の映像が頭の中に流れ始めた。小学生の時に起きた事件の映像だ。

 毎夜の祈りの時間では、あの時のことばかりを祈っていた。あの日、万理のことを一人にした罪を赦されたいと思っていた。その後、俺は事件の犯人を恨み、一方的に人を信じていなかった。だから俺は手を差し伸べてくれた人たちのことを遠ざけていた。その人達に対して、ごめんなさいと言いたい。 

 あの事件の加害者を赦す日は来ない。それで構わないと今なら思える。赦さなければならないと思えば思うほど、鎖となって錠がかかるからだ。自分で縛り付けていた。その事に対して、自分自身に対してごめんなさいを言いたい。

 目が覚めた時には、誰かそばに居てくれているだろうか?人を遠ざけていた自分に手を差し伸べてくれた人達は帰ってきてくれるだろうか。 

 とにかく息が苦しい。起き上がって帰りたいのに、出来そうもない。胸を押さえたところで、苦しさと痛みは消えない。するとその時だ。着信音が聞こえてきた。黒崎だと思う。でも、胸の痛みで、手を伸ばすことすら出来ない。

 「アン……。ごめん……」

 この一言を発するだけで、精一杯だった。 だんだんと目の前がかすんできた後、目を閉じた。
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