恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編

夏目奈緖

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 19時。
 
 パーティー会場のある一階に着いた。この奥にある広い部屋が会場だ。中庭に面していて、テラスから自由に出入り出来る。可愛い庭だから歩きたい。黒崎から、後で歩いてみようと言われているから楽しみだ。

 このパーティー会場は昼ご飯の後で少しだけ連れて行ってきていた。下見ができたからよかった。準備中の裏舞台が見られたから、いきなり煌びやかな世界に行かずに済むからだ。

「夏樹。こっちを歩こう」
「うん」

 少しは安心できたか?と黒崎から聞かれて、緊張感がほぐれた。案内してくれているマネージャーさんから微笑みかけられて、会釈を返した。黒崎から言われた通りにした。これで大丈夫かと聞くと、OKだということだった。これならできると思い、安心した。

 黒崎と話をしながら会場へ向かっていると、招待客がグループになって話していた。彼らが黒崎を見て手を振った。黒崎、黒崎さん、黒崎君、黒崎社長。いろんな呼び方をされていた。みんな知り合いらしい。

 グループから笑顔を向けられた後、さっきのように会釈を返した。こんばんは。そう挨拶言葉を出しかけた時、黒崎の身体で遮られたことで会話が中断した。そして、自然な流れで会場へ歩きだした。

「言い忘れていた。挨拶もしなくて構わない」
「声も出すなってこと?笑うだけ?」
「その通りだ。俺から促された時だけ、挨拶してくれ。こんばんはの、一言だけだ」
「うん。分かった。……服を褒められたらどうする?ありがとうございますって返さないと、怜さんにも失礼じゃないかな?」
「俺が答える。会場へ入るぞ。あのカーテンを覚えているだろう?取り付けをしている時、一緒に眺めた。緊張しないだろう?」
「うん。綺麗な色だなって見ていた分だよね?あれ?ええ?」

 会場に着いた瞬間、胸の鼓動が強く打った。ドラマで観たような大人の世界が広がっていたからだ。大勢の集まりといえば、全校集会しか経験のない自分にとっては眩暈がした。それに、下見の時よりも広く感じた。社交ダンスをしそうな雰囲気まである。それはしないと黒崎から笑われて、肩を抱かれて奥へ進んだ。
 
「すごく広いね。人がいっぱいいるし。不安だよ」 
「気軽な集まりだ。今夜の主役が堅苦しいものを嫌う。怜のパーティーだ」
「そんなことないよ。綺麗な服装をしているもん」
「本人に挨拶を済ませておこう」 
  
(すごいな。慣れてる。俺とは住む世界が違うな……)

 これから怜さんと会って挨拶するそうだ。黒崎から促されて歩き出した。さすがは黒崎だと思った。大勢の人の中、ぶつからずに、スムーズに歩いて行けたからだ。急にこういう場に一人で来たら歩けなかったと思う。

(俺、頑張らないといけない……)

 黒崎と出かける先では、食事のマナーや大人との会話を教わってきた。その度に息が詰まりそうになった。でも、今から思うと、教えてもらってよかったと思う。黒崎と歩く道を選択した以上、避けては通れない道だからだ。それに、大人になったときに役に立つだろう。  

「夏樹。疲れていないか?」 
「平気だよ。いい思い出を作りたんだ。……どうしたの?」 
「今夜の服、似合っている。笑顔を向けすぎだ」 
「そんなに見るなよ」 
「見たいからだ。……怜に見つかった」
「怜さん……、かっこいいね」 

 照れくさくて目を逸らした時、自分達を呼んでいる声が聞こえて来た。遠めからでも目立っている男性から手を振られた時、招待客から道を開けられた。その息の合った光景に驚いて、口を開けたままになりそうだ。

 主役の怜さんのそばには、数人の男女が取り巻いていた。黒崎の方を見て、遠慮がちに下がった。その反対に、怜さんは子供のように、ぶんぶんと手を振っている。

「おーーい、こっちだよ。夏樹君、大丈夫?人が多いから驚いたよね?」
「うん」
「美味しそうなスイーツがあるから、2人で食べに行こう」
「うん」
「ははは。僕となら話してもOKだよ。そうだろう?」

 さり気なく怜さんが俺の前に立ち、招待客から見えないようにしてくれた。黒崎の方も同じように立った。ここでは自由に話して言いそうだ。

「怜さん。お招きと、服をありがとうございます」 
「こちらこそ、ありがとう。良く似合っているよ。着物は見てくれた?さすがに女性物は嫌がるんじゃないかって言ったんだけどね」 
「黒崎さん……。怜さんも言っているじゃん」
「これは罰ゲームだ。着物を着たくなければ、無事にパーティーを乗り越えろ」 
「……圭ちゃんはドSだからね。本当に楽しそうに笑うようになったよ。今夜は彼に丸なげして楽しんでね。……夏樹君を連れ回して、自慢しているのか?俺のことは遠ざけたくせに」
「人聞きの悪いことを言うな。夏樹とは結婚した」
「知っているよ。沙耶から聞いた。……外見がヤバイだっけ?中身がマズい?夏樹君。どこがいいんだよ?」

 怜さんが黒崎に嫌味をぶつけて、それを軽くスルーするという会話が始まり、そばに居た人から笑いが起きた。そうしているうちに、それぞれが他のグループから話しかけられた。

(俺には出来ない事だ。喋らなくてよかった。挨拶をしたら会話が始まるから……)

 会場に入ってから10分程度しか経っていなのに、早くも疲れてしまった。着慣れない服に、慣れない場所。 会話の内容がさっぱり分からず、ひたすら笑顔を浮かべることに集中した。
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