恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編

夏目奈緖

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 全身の力が抜けて足元から崩れ落ちていくのが分かった。そして、身体が軽くなり、抱き上げられているのが分かった。

 赤い着物の袖が、全身から流れ落ちる血のようだ。お互いの全身が、深い赤の血に染まっている。

「ここにしか、お前の居場所はない。分かったか?」
「うん……っ」
「この赤い着物が血のように見えるぞ。身体全体が血に染まっているし、滴り落ちているようにも見える。……出血多量だな。今までのお前は死んだ」
「うん……」
「この話を聞いた時、俺も同じだと思った」
「そんなことはないよ!俺のことを助けてくれたんだよ?」
「お前が倒れた時、お前の名前を呼んだ。その瞬間に新しい命を与えられた。二度とお前のことを傷つけさせないと誓った。ここからが新しいスタートだ」
「……っ」
「中山夏樹。俺と一緒に歩け」
「あ……」 
「逃がさない。言い訳もさせない。責任を取る。返事は、YESしか認めない。これは命令だ」 
「本当に強引だね……」 
「これが俺だ。YESと言え。今ここで」 
「YES……」 
「もっとはっきり言え。俺には聞こえないぞ」
「YES!YES!」
「それでいい。本当に手のかかる子だ。お前ひとりで十分だ。これ以上、増やすな。さすがの俺でも、許容範囲を超える。お前こそ、いい父親になると思うぞ。それでも、子供を産んでやれない」 
「想像するだけでも嫌だよ……」 
「ああ、そうだろう。どうして子供のことを意識した?今まで一度もなかった。招待客からの一言か?」
「会社のことだよ。跡取りが必要だと思ったからだよ」 
「この世間知らず。血の繋がりだけで、経営が維持できるわけがないだろう。どれだけの企業が倒産しているのか知っているか?世の中を見て来い!」 
「うん!」 
「俺に家庭を持たせようとしたのは、社会的信用を得る為だけじゃないぞ。あの性格だ。息子が一人もそばにいないから、寂しいと話していた。やっと父性愛に目覚めたらしい。すぐには信用できないが……」 
「俺、何も分かっていないんだね……」 
「世間知らずに免じて許してやる。泣かせた埋め合わせをさせろ。何か我儘を言え。……今夜は満月だ。かぐや姫のように、本当は欲しかった連理の枝を取って来ようか?求めた物は、蓬莱の玉の枝じゃないはずだ。あれは真珠で飾られたレプリカだ。……彼女が欲しかったものは、寄り添う意味の枝だ。庭木でもよかっただろう。……誰も心の内を知ろうしなかった。煌びやかな贈り物も、偽りの心も必要ない。すぐ近くにあると教えてもらって、相手にも気づいて欲しかった。……俺はお前から教えられた。叱り飛ばされて、誕生日の満月の夜に手放せた」
「ひとつだけ、お願いを聞いてほしい」 
「妙なことを考えないと約束しろ」 
「……約束する。もう迷わないよ!」
「七夕の願い事ということにしろ。多少の大きな願いも叶えてやる。……早く言え。気が変わるぞ」 
「……黒崎圭一のままでいてほしい。黒崎の家も捨てないでほしい。お父さんのことも捨てないでほしい」
「ひとつだけじゃないのか?3つもあるぞ」
「細かいことを言うなよ」 
「叶えてやる。その代わり、1番の位置を譲るな」 
「最初からなかった。別れるなんて言っていない」
「どういうつもりだった?結婚の話以外のことがあるはずだ」 
「自分が情けなくて、泣いていたんだよ。ちゃんとやっていけるのか、不安で堪らない」
「現状に満足できないでいるからだ。人の気持ちを考えすぎる。それが長所であり短所だと話したののを覚えているか?」 
「ちゃんと覚えているよ。だから、迷いや悩みが出来るんだろうって。あの言葉は忘れない」 
「それならいい。こういう場でも臆することなく振舞えるようになるはずだ。……お前は人の心を読むことに長けている。母たちの事でも感謝している。自信を持て」
「うん!」 
「この笑顔が見たくて、毎日頑張ることが出来る」   
「もう一回、滅多に言わない言葉を聞かせてよ。4つめの願い事にする」 
「天国から迎えに行った時に言ってやる」 
「かなわないよ……」

 黒崎の頬を両手で包み込んだ後、しっかりと重ねた。笑顔を浮かべたから、機嫌を直してもらえたようだ。いつもの反対で面白い。

「ファーストキスだよ。生まれ変わる前の分は、怖い顔のお兄さんに奪われたんだ。すごく嫌な思い出だったよ」 
「だったら、部屋へ戻ろう。新婚旅行の夜だ。夜景を眺めて過ごそう」
「うん。スイーツを頼んでもいい?……アフタヌーンティーがあるの?この時間に?無理なことを頼まないでよ。組み合わせができるんだ?でもさ……、決まった時間に頼んだらいいよ」
「期待に応えてやる。俺からの願い事をきけ」
「どんなこと?」
「連理の枝になってくれ。駄々をこねるぞ」
「何だよ、それーー」

 面白いから吹き出すと、嬉しそうな顔をされた。俺も嬉しかった。しっかりと手を握って歩き始めようとした時、人の気配を感じた。 

「ここにいたのか」
「晴海兄さん……」 
「へえ。まるで人形だな」

 黒崎とは仲の悪い、もう一人のお兄さんである晴海さんが立っていた。そして、俺のことを睨み付けるようにして、こっちを見ていた。
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