海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 エレベーターを降りてロビーへ出ると、大きなガラス窓から公園が見えた。反対の窓からは、敷地内に植えられた木々が見えている。外に出ると湾が広がっている。

 ここはペット可のマンションだから、イヌが家族に連れられて歩いている。ペットの利用可のソファーでは、飼い主が誰かと話している。そばの小型犬がこっちを見て尻尾を振っていた。

「裕理さん。あの子が見てるよ」
「ほんとうだね。リクと遊びたいだろう?来週、遊びにいかせてもらおうか?」
「うん。遠藤さんが昇進祝いをしてくれるって」
「申し訳ないよ」
「裕理さんに会いたいんだよ。面白いし……」
「遠藤さん、俺のバンド時代の話を聞きたがっていたからなあ」
「それも言っていたよ。佐久弥とのことがクリアになったから、話せることが……あああ……」

 口にしたものの、禁句のような気がした。いくら友達に戻りつつあってもだ。心の中は複雑だろう。すると、早瀬が笑い出したから、ホッとした。

「佐久弥のこと、付き合いをしなくていいんだぞ?向こうはそうじゃなくても、話せば納得する」
「いいんだよ。なにかの縁だと思うんだ。裕理さんを前に進ませた人なんだよ?俺は付き合いを続けたい。ギタリストとしてもリスペクトしてるし」
「大人になったね。無理はしてほしくない」
「裕理さんと佐久弥、直接、連絡は取ってないじゃん。こういうところはちゃんとしているからいいんだよ。そういうのって大人だよね」
「君も大人だよ」
「へへへ……」
 
 マンションの前には大きなスーパーがある。久しぶりに2人で行けるから嬉しかった。

 マンションを出ると、大きな道路を挟んだ向かいにスーパーがある。大きな店舗で、沢山の車が入って行く。夕方だから人が多そうだ。信号待ちをしていると、珍しいことに渋滞が起きていた。この時間は帰宅ラッシュでもないのに。

「パトカーが2台、来ているぞ」
「ええ?なにかあったんだねー?」
「向こうの方で、逆走している車がいたそうよ」
「あ、こんにちは」

 そばに立っていたのは、同じ階に住んでいる山中さんだ。イヌを飼っているから自然と話す様になった。今日は連れていないからどこかへ出かけるようだ。さらに山中さんが教えてくれた。

「……普通はすぐに気がつくじゃない?……ずっと逆走状態で走っているから、警察が来たのよ。それでも逃げるようにしていて、怖かったわ」
「山中さん、見ていたんですね」
「……ええ。このあたり、変な人が目撃されているから気をつけてね?30代っぽい男だそうよ。このマンションの人ではなさそうなのよ」
「裕理さん……、なんだろうね?」
「ああ。ここは子どもが多いから心配だ」
「青になった!山中さん、ありがとうございました」
「またね」

 軽く会釈をして別れて、手を繋いで信号を渡った。早瀬が肩を抱いてきたからどうしたのかと見上げると、思い切り照れくさいことを言い出した。

「なんだよ!変なことを言うなよ」
「可愛いから連れ去りに遭う。誰にも顔を見せるな」
「バカ!」

 早瀬のことを押しのけて走ってスーパーへ向かった。慌てて追いかけてきたから、さらに走ってやった。そして、早瀬のことをチラチラ見ていたから前をよく見ていなくて、柱にぶつかって尻もちをついてしまった。

 せっかく今朝の痛みがマシになったというのに、完全に自分の不注意のせいで転んでしまった。誰もいないと思って走ったのが間違いだった。早瀬から抱き起されて、ズボンの汚れをパンパンと払いのけてもらった。

「いてててっ」
「指先をスリむいているぞ」
「あああ……」
「ギターを弾く分には大丈夫そうか……」
「うん。薬指だしね」
「先に薬局へ行こう。絆創膏を買う」
「いいよ。帰ってからで……」
「……血が苦手だろう?出てきたぞ」
「げえええっ」

 みっともないことのオンパレードだ。よそ見して2回も転ぶなんて。ショゲていると、早瀬が肩を揺らして笑い出したから気がまぎれた。気をつけろと叱りつつも、優しいから叱られている感覚が無い。
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