海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 正面エントランスを出た後、タクシー乗り場へ向かった。虎ノ門駅のコインロッカーに、夏樹へのお見舞いを預けたままだからだ。それを取りに行くついでに、マリーズカフェで休んで行こうと話して、重い空気が消え去った。すると、俺達の前を通り過ぎていくグループを何度か見かけた。

「裕理さん。何があるんだろうね?」
「別館の方だね。ああ……」 

 タクシー乗り場を通り過ぎて、数人のグループが向こうへ歩いて行った。掲示板のお知らせを見ると、この敷地内に教会があることを知った。午後からオルガンの演奏会が開かれるそうだ。

「寄って行かないか?お腹が空いていないなら」
「まだ平気だよ。でも、まだ時間が先だよ?」
「その方がいい。じゃあ、行こう」
「う、うん……」

 早瀬に手を引かれて歩いて行くと、教会らしき屋根が見えてきた。4階建ての高さがありそうな、大きな建物だ。大きな鐘が屋根のてっぺんにある。すると、早瀬が自動販売機の前で立ち止まった。

「面白いラインナップだよ。見てごらん」
「なになに?わわわっ」

 教会へ行く道の途中には、ベンチと自動販売機が置かれていた。それだけなら不思議はないが、商品のラインナップに驚いて声を上げた。8本の青汁と2本の水が売られていた。青汁は病院のプロデュース商品だと表示されている。青汁な苦手な自分としては、通り過ぎておきたい。早瀬から手を引かれようとも。

「飲まないからね!」
「飲んでごらんよ。美味しいかもしれないよ?水も売っているし」
「リンゴジュースが売っていたらいいのに」
「水の方がスッキリするからだろう。商売上手と言える。こうして立ち止まるようなラインナップにしてある」
「マーケティングだね」

 だからといって飲むとは言っていないのに、早瀬が買っていた。そして、缶の蓋を開けて差し出して来たから、もちろんNOだと意思表示をした。

「いらない!」
「そう?俺が飲むよ。……うーん。飲んでごらん。規定概念を覆す味だ」
「へえ~、飲んでみる……」
「はい、どうぞ」
「いただきます……」

 ゴクリと口に含んだ瞬間に、口の中に強烈な苦みが広がった。子供の頃に飲まされた青汁の味がしたから、思いきりむせ返った。何とか飲み込んでも咳が止まらないのは、別の場所に入ったからだ。

「うええええ!ごほっ、ごほっ」
「規定概念を覆す味だろう?」
「どこがだよ!?最近のは飲みやすいってCMをしてるけど、そんなことないじゃん」
「いや、飲みやすくなっているんだよ。それにもかかわらず、この青汁は昔ながらの味だよ。だから規定概念を覆す味だ」
「屁理屈だよーっ、ゲホッ」
「ゆうとくーん?すぐに人を信じたらダメだよー?」
「裕理さんを信じないで、誰を信じるんだよ?あああ……」

 どうしよう?つい、恥ずかしい言葉を口走ってしまった。向こうへ行こうとすると、両手首を掴まれて動きを封じられた。両足でジタバタやっていると、肩を揺らして吹き出しながら離れてくれた。バシバシ叩いて反撃しても笑われているから、アホらしくなった。

「もう怒るのをやめたのかー?」
「そうやって喜ばせたくないもん」
「もっと怒っていいよ」
「バカー。セクハラ親父!いじめっ子!」
「はいはい、もう行くよ」
「……」

 早瀬が笑っている。俺は幸せだと思った。こういう幸せな光景を眺めているばかりだったのに、その中の一員として存在しているからだ。祖母の病室へ行く時も、帰る時も一人ぼっちだった。親に手を引かれた小さな男の子を見て、自分もああいいう体験をしたのかな?と想像したことがある。母からは一度もなくて、父から抱き上げられた光景だけを思い出した。どこで何をしていたのかまでは覚えていない。

(悠人は18歳です。まだやる事が……、よろしくお願いします。私たちの家だ……。お父さんから出た言葉に思えなかったな……)

 待合室での父との会話を思い出した。早瀬からは俺の予想を真っ向から否定された。そういう人ではないと。だったらどういう人なのだろう。頭が混乱してきたのは、今まで持っていた父の姿が間違いかも知れないと気づき始めたからだ。2人で手を繋いで教会へ向かう間、新しいモヤモヤした思いが沸き上がった。
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