海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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2-19(悠人視点)

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 18時。

 病室で夏樹と話をしている。黒崎さんが気を遣って、下のロビーで待っている早瀬の元へ行った。そして、俺は今、夏樹から聞かされたことに驚いている。

「黒崎さんのお父さんの養子になるんだね……」
「うん。うちの両親とも話し合った結果だよ。黒崎家の一員になるよ」
「そっか……」

 夏樹の両親は良い人だと思う。子供の意志を大事にしている。ベッドの傍には、家族と撮った写真が飾られている。写真には、笑っているお母さんが写っている。夏樹は赤い着物を着ている。

「この写真、いいね。面白そうなお母さんじゃない?」
「お母さんは面白いよ。からかって遊ぶしね。厳しい事も言える人だよ」
「いいなー」
「両親が来ていたんだ。悠人に会いたがっているよ。バンドコンテストを観に来るんだ」
「そうなんだー。俺も会いたいよ。……何か検査しているの?」
「ああ、この機械だね……」

 この病室には検査機械が置かれている。起き上がれるのに、これがあるのは不思議だ。生命維持装置のような感じがする。大袈裟だろうか。夏樹が言葉を濁した後、軽く頷いた。事情がありそうだ。

「実はね。子どもの頃に心臓が悪くて、カテーテル治療をしたんだよ。それから後は、月一回の検診を受けているんだ。今回の入院でも検査をしてた。大丈夫だったけど……」
「ああ……」

 何を返していいのか言葉が見つからない。大きな病気をしたことがないから、想像しかできない。

「普通に走れるんだよ?知っての通り元気だよ」
「だから、体調が悪いのを隠しているんだね?言わないと分からないから、ちゃんと言えよ。親が心配するから?」
「うん。そういうのが癖になっているよ。先天性だから、お母さんが自分を責めていたんだ。妹の万理も赤ちゃんの時に体が弱くて、よく熱を出していたしね。……俺が中学生の時に荒れたから、母親失格だって、親戚から陰口を叩かれたし。今はカラーリングをしているから分からないけど、お母さんって、白髪だらけなんだよ。40歳の手前からだよ……」
「そうなんだ……」

 写真で見る限りは、元気そうなお母さんだ。知らないところで泣いていたのか。母もそうなのだろうか?いつも綺麗な格好をしていて、髪型も整っている。父のことでは泣いたはずだ。俺は何もしてあげていない。文句しか向けていない。

「悠人。何かあったんだね?」
「うん……っ、裕理さんがいるから平気だよ……」
「そっか……」

 夏樹が右手で抱き寄せてくれた。体調が悪い相手にすがりついている。何か話題を変えよう。ちょうど、浴衣の話が聞きたかった。

「あ、そうだ……。赤い浴衣のことだけどさ。その写真でも赤い着物を着ているだろー?何か理由があるんだよね?女性物だし……」
「それはねー」
「ふむふむ……」

 ティッシュで鼻を拭きつつ促した。その理由を聞いて、さらに涙と鼻水を出してしまった。無事に退院して家に帰れるようにという願掛けだったからだ。

「最初は黒崎さんの冗談だったんだ。友達のデザイナーさんのブランドなんだよ。赤い着物が全身から溢れ出した血に見えたんだ。長い袖は『滴る血』だよ。これを着ることで生まれ変わったんだ。暴力を振るいたい衝動と戦っていた自分は死んで、今の俺がいるんだ。あの日に生まれ変わったんだから、今回もそうだと思ってる。実際に『黒崎夏樹』になることが決まったし。この浴衣がお守りになるといいなって思ったんだ……」
「……」

 相槌を打つだけで精一杯だ。今日は色んな事が起こる。もしかして、俺も生まれ変わるのだろうか?今日の痛みは、生まれ変わるためのものだ。きっとそうだ。

 ガー、ザー。背後でドアが開く音がした。振り返ろうとすると、夏樹から頭を撫でられた。

「早瀬さんが迎えに来たよ」
「あ……、夏樹!報告したいことがあるんだ!」
「うん?何?」
「裕理さんと結婚したんだ!あああ……。はあ……」

 とうとう言ってしまった。これでもう後には引けない。夏樹の顔が綻び、天使のような微笑みを浮かべた。未来への交差点に差し掛かり、信号機が青に点灯した。そして、そばにいる早瀬の手を握った後、夏樹と黒崎さんへ手を振った。またね!と言いながら。
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