海のそばの音楽少年～あの日のキミ

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　午前８時半。

　黒崎製菓本社ビルへ到着後、20階のオフィスへ向かった。役員室・営業企画部マーケティング推進室と表示されたフロアへ入った。出入口のそばのカフェスペースでは、２人の社員が談笑していた。ここは３月末に作られた場所だ。給湯室はあったが狭苦しくて、社員達は飲み物をデスクで飲むしかなかった。そういうわけで、このスペースが作られた。黒崎のアイデアだ。同じフロアとはいえ、仕事から離れて休憩できると評判がいい。

「おはようございます！」
「おはよう」
「常務が、室長のことを探されていました」
「そうか。ありがとう」

　黒崎が俺のことを探していたそうだ。俺は秘書じゃないぞと思いつつ、デスクに向かった。近くには役員室がある。スペースといった表現が正しい。個室ではなく、役員同士のデスクはパーテーションがあり、ドアが存在しない。シンプルな机が並んで丸見えだ。このスタイルも、３月末から取り入れられた。

　黒崎ホールディングスとの合併により、この春からこの黒崎製菓に移った。代表取締役社長の黒崎圭一は常務取締役、営業企画部部長に就任した。役員の半数近くが入れ替わり、そのタイミングで役員室の仕様を変更した。

　今までの役員室は個室だった。エグゼクティブデスクが並んだ部屋では、社員達が気軽に話しかけられるような空気がなく、社員からの情報が耳に届きづらかった。今となっては、自由に話しかけられるようになった。いい流れだ。仕様変更から４か月が経過した現在、営業企画部内は開放的になっている。

　自分のデスクへ荷物を置き、パソコンを開いた。この時間はメールチェック、部下のスケジュール管理の共有と確認をしている。黒崎が探していたと聞いたが、向こうから来るだろうから放ってある。御用聞きにはならない。甘やかすと厄介だ。

「早瀬。おはよう」
「おはようございます」

　ほら、来た。顔を上げると、ダークグレーのスーツ姿の男が立っていた。二度見するほど整った顔立ちをした男だ。雰囲気も佇まいも迫力がある。夏樹のパートナーでもある黒崎だ。

　彼はモテる男だ。今までは外見を見て女性が寄って来ていたが、夏樹との結婚で性格が穏やかになり、さらにモテ始めた。そのおかげもあって、俺と黒崎がデキているという噂まで立った。しかし、さすがに冗談の域を越えずに済んだ。左手の指輪と、デスクに置いてあるデジタルフォトフレームの効果によるものだ。夏樹の写真集を作成し、再生させているからだ。