海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 16時半。

 マンションへ帰って来た。早瀬には何も持たせないようにして、家事の段取りを思い浮かべながらロビーを歩いていて、気がそぞろになり、もう少しで転ぶところだった。早瀬に心配をかけてしまった。

 今、早瀬にはリビングでゆっくりしてもらっている。いつもは彼に淹れてもらっている珈琲を用意しているところだ。コーヒーメーカーで淹れるから失敗はないだろう。モカブレンド豆を投入してスイッチを押した。

「ゆうとくーん。大丈夫か?」
「うん。平気だよ。これぐらいは出来るから!」

 コポコポ……。出来上がった珈琲をマグカップに注いだ。早瀬はブラックで飲むから何も入れない。俺はミルクを入れている。

「冷蔵庫にスイートポテトがあるから取ってきてもらえる?」
「うん!」

 甘いものを食べない早瀬が珍しいことだ。それだけ体力を消耗しているのだろう。テーブルに自分の分のマグカップ置いた後、早瀬の分を彼に手渡した。優しく微笑みかけられたから、胸がキュンとした。喜んでもらえたからだ。

「美味しいよ」
「コーヒーメーカーが淹れたんだよ」

 こんなに喜んでもらえるなら、何度も淹れてあげたいと思った。早瀬が食べたがっている個装になっているスイートポテトの袋を開けた。左手の中指と薬指が腫れているから、指を使ってはいけない。それに包帯で巻かれているから動かせないだろう。

「口に入れてくれる?」
「うん……」

 右手にマグカップを持っているからだ。さすがに恥ずかしいけれど、スイートポテトを彼の口に入れてやった。

「あ……」
「ん?どうした?」
「ううん?何でもないよ」

 指を離すタイミングが遅れてしまったから、軽く舌と歯に当たってしまった。わざとだろうか。そんなことを考えるのはおかしい。冷静になって手を離した。

「美味しい?」
「美味しいよ」
「そっか。もう一個どう?」
「食べるよ。大きいから半分に割ってくれないか?」
「そっか。これでいいかな?」
「ありがとう。アーン」
「アーーーン。ひいいっ」

 思わず復唱して、恥ずかしくなった。相手は怪我人だから、いつもより優しくしようと決めてある。だから拒んだり、怒ったりしない。しかも、他の人を庇っての怪我だ。ましてや女性だったから、今回のことは男らしくてシビれる。

 ソファーへ並んで座って、どんなことがあったのかを聞いた。俺にラインを送った直後のことだという。資料室にいた社員が脚立で作業をしていたから、心配になって部屋へ入ったそうだ。

 その時、高い場所に置いてあったファイルがバラバラと落ちて来て、その人がバランスを崩してしまった。咄嗟に受け止めようとそばへ行き、何とか受け止められたが、後ろに倒れ込んでしまったのが結果だと教えてくれた。本当に優しくて頼りになる人だと思い、胸が熱くなった。
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