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終章
大統領の野望
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あわや第〇次世界大戦が、と危惧された戦争は大方の予想を裏切って短期間で終わり二大国にとっては総力戦にもならなかった。
A国の大統領は小規模な介入に留めたし、ハーンの諦めも早かった。
A国大統領は同盟国に核が落とされただけでは自国から核を発射しないと最初から決めていて迷いは無かった。
年老いた大統領は国民にはただのボケ老人に見えていた。
核戦争であったことは隠蔽されたので従来型局地戦だったと思われた。
しかし核ミサイルが多量に飛んでいたことは世界の裏側では知られていた。
全てが不発に終わった理由は誰も説明できず、そのうち忘れられた。
しかし裏ではあらゆる憶測が飛び交っていた。
相互確証破壊による平和と安全保障の同盟概念は崩れ始めていた。
同盟があっても軍事侵略は受ける。
理不尽な核攻撃も受ける。
核を持たないことの危険性が浸透してきたのは確かなので、いくつかの国は核保有或いは保有核の増強を検討し始めた。
世界中で核武装化が濃厚になった。
ところがジパングだけは今後核攻撃を受けないだろうと言われるようになった。
理由は誰も言わなかった。
A国で戦勝祝賀式典が挙行された。
曇り空を背景にジェット戦闘機の編隊がアクロバティックに飛んだ。
招待されたジパング政府代表には嬉しくない土産があるぞと言われているように見えた。
式典には政界を引退したナマコ爺の傍になぜかおれも呼ばれていた。
終わって帰る途中チョイチョイと肘を引っ張る者がいた。
振り返ると高齢のA国大統領が人懐っこい笑顔で言った。
「逢いたかったぞえ。お若いの、よくやったの!」
なぜおれを知っているんだ? 驚いていると横からナマコ爺が言った。
「君の招待は大統領の御指名みたいなものだよ。宇宙でダルシマーを奏でるアビシニアの娘のような働きをした人物がいたに違いない。ぜひ招待したいと言われたのだよ」
大統領は唐突なことを言った。
「君にやった島の土産、うまかったかのっ!」
「えっ? はあ……」
「またいつの世か、どこかで逢おうのっ!」
呆然としているおれをおいて大統領は去っていった。
二人は芝生に座った。
遠くに巨大なオベリスクを見ながらナマコ爺が語った。
「最初に戦争を仕掛けたのはハーンではない。大統領が垂れた釣り糸の餌にハーンが喰いついた。南の島の小国付近からA国軍が一時いなくなったことがあったろう?」
「えっ、あれが餌? 海を隔てたあの島国を征服するのはいかにC国軍でも相当困難、という説もあったのに」
「A国は、C国がジパング攻撃の準備として南の小島国攻撃をすると予想していた。C国が焼畑作戦に入ってからできるだけ戦いを長引かせて国力を消耗させる戦略だった」
この頃にはハーンが発動した二つの作戦名は我々にも広く知られていた。
ナマコ爺は続けた。
「ハーンが狙っていたジパングの富だが、闇に消えたと騒がれた備蓄用の金も含めて隠されていた国家管理分は開戦直前にA国の銀行に移動していた。もしジパングが負けて国を失えば生き残った国民が世界に散って難民となるだろう。そのとき当座の生活資金として各個人に渡すことを予定していた」
「なにか、祖国が海に沈むという昔の映画の終盤のシーンを思い出しますね」
「焼畑作戦は同時に多量の核攻撃を使い戦争を手っ取り早く終わらせるもので、A国の戦略の裏をかくものだった。しかし核ミサイルは全て破壊され戦争は長引き、このため結果的にA国大統領の狙いが当たった。さらにジパング近海にA国潜水艦が跳梁し、上陸したC国軍への補給もままならなくなった。A国は意図的に大きな決戦を避けC国をジパングとの長期消耗戦に誘導していた。占領できてもお宝はあまり残っていないので、もともとぎりぎりまで財政状況が悪化していたC国は財政破綻し継戦能力を失う。軍人への報酬支給まで滞り不満が高まる。そこでトドメに内乱を起させる。すなわち開戦前から手を廻していた各地の大物の軍閥たちに一斉蜂起させる。これがA国の狙いだった」
「あの大統領がそんなたくらみを?」
「地理的民族的理由から十くらいの小国に分裂するのが自然だとA国は考えて、それぞれの版図や経済運営の基本は既にA国が設計を終えて軍閥たちに教えていた。〝天下十分の計〟だ。実現すれば少なくとも数十年間は分裂したままだろう。その間世界に迷惑をかけないですむ。バイズの反乱は時期尚早だったし、ハーンと同じ皇帝を目指していたことがA国の気に入らなかったので支援しなかった。君の戦略爆撃を受けている間にハーンは大統領の陰謀に気づいたらしい。それからの決断は早かった。軍はなりふり構わず素早く帰国し、バイズの反乱に次ぐ内乱の機会は潰れた。C国の財政はぎりぎり持ちこたえた。しかも丞相バヤンによる軍の掌握は揺るがず小規模に起こった反乱はすぐ鎮圧されA国大統領の目論見は失敗に終わった。A国が目論んだ〝天下十分の計〟は君の行った戦略爆撃に粉砕されたよ」
「なんと、そんな裏があったとは! まるで大統領とハーンから直接話を聞いているような感じですよ」
「裏付けはない。耄碌ジジイの独り言だよ」
ハーンの戦争はいつの間にか文明戦争から財政戦争に変質していた。
彼は途中で気づき密かに引き時を見計らっていたのだろう。
おれの戦略爆撃は撤退の口実になった。
「君が全力で戦略爆撃をやらなければハーンの野望をくじき、やれば大統領の野望をくじくことになったのだよ」
「私は宇宙の単なるボタン押しではなかった。何も知らずに決定的な判断をしていたのですね。ではどちらが良かったのですか?」
「政治の評価は未来が決める。これからのC国の歩み方で決まるだろう。でも既に君の体は限界に来ていたのだよ。そのためにも戦略爆撃の成功は良かった」
「巨大な独裁国のC国が大統領の思惑通り十の国に分かれたとしたら……適度な規模でそれぞれ独自に発展して多様な面白い国々になったでしょうね」
老いた元c.c.sは立ち上がって笑った。
「分裂しても……歴史は一筋縄では……おれには見られない未来の世界だ。おれはもう休むよ」
祖国に貢献出来て満足した元c.c.sだった。
A国の大統領は小規模な介入に留めたし、ハーンの諦めも早かった。
A国大統領は同盟国に核が落とされただけでは自国から核を発射しないと最初から決めていて迷いは無かった。
年老いた大統領は国民にはただのボケ老人に見えていた。
核戦争であったことは隠蔽されたので従来型局地戦だったと思われた。
しかし核ミサイルが多量に飛んでいたことは世界の裏側では知られていた。
全てが不発に終わった理由は誰も説明できず、そのうち忘れられた。
しかし裏ではあらゆる憶測が飛び交っていた。
相互確証破壊による平和と安全保障の同盟概念は崩れ始めていた。
同盟があっても軍事侵略は受ける。
理不尽な核攻撃も受ける。
核を持たないことの危険性が浸透してきたのは確かなので、いくつかの国は核保有或いは保有核の増強を検討し始めた。
世界中で核武装化が濃厚になった。
ところがジパングだけは今後核攻撃を受けないだろうと言われるようになった。
理由は誰も言わなかった。
A国で戦勝祝賀式典が挙行された。
曇り空を背景にジェット戦闘機の編隊がアクロバティックに飛んだ。
招待されたジパング政府代表には嬉しくない土産があるぞと言われているように見えた。
式典には政界を引退したナマコ爺の傍になぜかおれも呼ばれていた。
終わって帰る途中チョイチョイと肘を引っ張る者がいた。
振り返ると高齢のA国大統領が人懐っこい笑顔で言った。
「逢いたかったぞえ。お若いの、よくやったの!」
なぜおれを知っているんだ? 驚いていると横からナマコ爺が言った。
「君の招待は大統領の御指名みたいなものだよ。宇宙でダルシマーを奏でるアビシニアの娘のような働きをした人物がいたに違いない。ぜひ招待したいと言われたのだよ」
大統領は唐突なことを言った。
「君にやった島の土産、うまかったかのっ!」
「えっ? はあ……」
「またいつの世か、どこかで逢おうのっ!」
呆然としているおれをおいて大統領は去っていった。
二人は芝生に座った。
遠くに巨大なオベリスクを見ながらナマコ爺が語った。
「最初に戦争を仕掛けたのはハーンではない。大統領が垂れた釣り糸の餌にハーンが喰いついた。南の島の小国付近からA国軍が一時いなくなったことがあったろう?」
「えっ、あれが餌? 海を隔てたあの島国を征服するのはいかにC国軍でも相当困難、という説もあったのに」
「A国は、C国がジパング攻撃の準備として南の小島国攻撃をすると予想していた。C国が焼畑作戦に入ってからできるだけ戦いを長引かせて国力を消耗させる戦略だった」
この頃にはハーンが発動した二つの作戦名は我々にも広く知られていた。
ナマコ爺は続けた。
「ハーンが狙っていたジパングの富だが、闇に消えたと騒がれた備蓄用の金も含めて隠されていた国家管理分は開戦直前にA国の銀行に移動していた。もしジパングが負けて国を失えば生き残った国民が世界に散って難民となるだろう。そのとき当座の生活資金として各個人に渡すことを予定していた」
「なにか、祖国が海に沈むという昔の映画の終盤のシーンを思い出しますね」
「焼畑作戦は同時に多量の核攻撃を使い戦争を手っ取り早く終わらせるもので、A国の戦略の裏をかくものだった。しかし核ミサイルは全て破壊され戦争は長引き、このため結果的にA国大統領の狙いが当たった。さらにジパング近海にA国潜水艦が跳梁し、上陸したC国軍への補給もままならなくなった。A国は意図的に大きな決戦を避けC国をジパングとの長期消耗戦に誘導していた。占領できてもお宝はあまり残っていないので、もともとぎりぎりまで財政状況が悪化していたC国は財政破綻し継戦能力を失う。軍人への報酬支給まで滞り不満が高まる。そこでトドメに内乱を起させる。すなわち開戦前から手を廻していた各地の大物の軍閥たちに一斉蜂起させる。これがA国の狙いだった」
「あの大統領がそんなたくらみを?」
「地理的民族的理由から十くらいの小国に分裂するのが自然だとA国は考えて、それぞれの版図や経済運営の基本は既にA国が設計を終えて軍閥たちに教えていた。〝天下十分の計〟だ。実現すれば少なくとも数十年間は分裂したままだろう。その間世界に迷惑をかけないですむ。バイズの反乱は時期尚早だったし、ハーンと同じ皇帝を目指していたことがA国の気に入らなかったので支援しなかった。君の戦略爆撃を受けている間にハーンは大統領の陰謀に気づいたらしい。それからの決断は早かった。軍はなりふり構わず素早く帰国し、バイズの反乱に次ぐ内乱の機会は潰れた。C国の財政はぎりぎり持ちこたえた。しかも丞相バヤンによる軍の掌握は揺るがず小規模に起こった反乱はすぐ鎮圧されA国大統領の目論見は失敗に終わった。A国が目論んだ〝天下十分の計〟は君の行った戦略爆撃に粉砕されたよ」
「なんと、そんな裏があったとは! まるで大統領とハーンから直接話を聞いているような感じですよ」
「裏付けはない。耄碌ジジイの独り言だよ」
ハーンの戦争はいつの間にか文明戦争から財政戦争に変質していた。
彼は途中で気づき密かに引き時を見計らっていたのだろう。
おれの戦略爆撃は撤退の口実になった。
「君が全力で戦略爆撃をやらなければハーンの野望をくじき、やれば大統領の野望をくじくことになったのだよ」
「私は宇宙の単なるボタン押しではなかった。何も知らずに決定的な判断をしていたのですね。ではどちらが良かったのですか?」
「政治の評価は未来が決める。これからのC国の歩み方で決まるだろう。でも既に君の体は限界に来ていたのだよ。そのためにも戦略爆撃の成功は良かった」
「巨大な独裁国のC国が大統領の思惑通り十の国に分かれたとしたら……適度な規模でそれぞれ独自に発展して多様な面白い国々になったでしょうね」
老いた元c.c.sは立ち上がって笑った。
「分裂しても……歴史は一筋縄では……おれには見られない未来の世界だ。おれはもう休むよ」
祖国に貢献出来て満足した元c.c.sだった。
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