ハーンのミサイル

有嶺哲史

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終章

諸国の戦後

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 ジパングの損失は核が落ちなかったので数十兆円にとどまった。
それは太平洋狭しと駆けまわったC国の戦費より桁が一つ小さかった。
それにしても我が国は身内からでも猛烈な反対が出そうなのによくこんな衛星防衛システムが造られたものだ。
真相を知らないジパングの庶民に神風はじめ出鱈目な噂が流れた。
それを打ち消すため政府は今回の戦いの実態を国民に知ってもらう目的でたっぷり資金を投じてアニメ映画を作った。
しかし核に関わる部分は隠蔽し、敵国の名前まで仮名にするなど変に気を使い過ぎた。
脚本家は困り陳腐な恋愛アニメになった。
当然のことながら空前の大コケ映画になった。
正月にC国が核ミサイルを落とすと恫喝していながらひとつも落ちなかった腑に落ちない感覚はすぐに忘れ去られた。
C国滞在の邦人は解放されて帰国するまで戦争があったことも知らなかった。
帰国して文句を言ったが、安全のためを思って足止めしたハーンの思いやりと思う人はいなかった。
中東を含め大きな航路が再開しジパングは再び安価な中東原油の輸入に頼ることができて安心した。
ところがそのルートを扼する有名な海峡があった。
その沿岸国はC国と仲がいいため海峡に回収不能な機雷を撒くことが懸念された。
その沿岸国はあるとき気づいた。
実際にそれをやればC国を含む全世界に激怒され木っ端微塵にされるかもしれない。
ということで恒久的に無条件に開放すると宣言した。
この戦争以後、ジパングの国内では自称専門家でC国に卑屈に寄り添う人々がマスコミから大幅に脱落した。

 琉珠共和国では戦いが終わると外国勢力が大慌てで引き揚げたため逆クーデターが発生しすべてが元に戻った。
そこで見つかった〝極秘〟文書があった。
沖綱の妊娠可能な年齢の全女性を強制的にC国のあぶれている独身男に娶わせる計画が書かれていた。
沖綱女性だけでは必要人数の1%だから、我が国全体を征服しようとしたC国の真の目的はこれだったのだろう、富でも不老長寿の薬でもなくて……それで納得する男もいたが、いかにC国でも三千万人の女性たちを秩序だって拉致することは不可能だ。
しかも最初の脅し文句にあったようにいきなり核爆発させたら生き残っても女性達は全員醜くただうめき這う幽鬼になったはずだ。
沖綱文書の〝原本〟はついに出てこず信憑性は無くなった。
しかし以前からC国が他国の個人情報を盛んに集めていたのは知られていたので不気味なことだった。
単にスパイ目的や詐欺に留まらないと分かった
一方で、男が目的だったという説もあった。
その昔満州国政府の多国籍官僚たちの間で囁かれたように〝ジパングの男は仕事好き、おだてりゃタダでも残業する〟のだ。



 R国は北方二島とともに原潜の聖域の一つを失った。
ジパングは戦争によって二島を取り戻したが開発は進まなかった。
再び彼等が攻めて来たとき守るための憲法改正は結局できなかったからだ。
N国は無理に派遣した精鋭の大半をジパングに見捨てたので軍人が減り厳しい締め付けが出来なくなった。
N国の独裁体制は不安定になった。
S国は同盟関係を裏切った形になりどうしようもない微妙な立場に自らを追い込んでしまった。



 C国の歴史には皇帝が外征に出ると国内に反乱が起きる例が多かった。
しかし今回の戦いで使われなかった大部分の陸軍は丞相バヤンに掌握され温存されていた。
彼等も次第に腹を空かしていったが皇帝の支配が揺らぐ寸前でとどまった。
いつか終戦交渉が行われ、南の小国のことも議題に上がるだろうがそこは居抜きどころか頭も内臓も除かれた魚同然だった。
第一次産業だけが残っていた。
小さな島国には面積以上の意味があり、西太平洋におけるC国のプレゼンスを恒久的に高めた。
それでハーンの面目は保たれた。
ジパングの太平洋の孤島に厚かましくも共同統治を申し出るほどになった。
しかしミサイルおよび渡海作戦用の空母中核戦力を失ったためシーパワーとしての脅威はなかった。



 マルコは誠実で信用できるとされ、しかも話術の天才だった。
遠い異星の旅の報告はハーンのみならず宮廷人全員が聴きたがり、皆話の中の数々の雄大な不思議に夢中になった。
このマルコが言ったという放射能を浄化する驚くべき装置というものは何だったのだろう。
マルコの故郷の異星では宇宙で長旅することが盛んで、旅の間に浴びる宇宙線対策の研究が昔から盛んだったそうだ。
マルコがハーンに実演したのは一つの部屋の中の放射線を除去するデモンストレーションだった。
中央に置かれた小ぶりな機械が音を立てて動き始めると不思議なことにハーンの護衛武官が手に持ったガイガー計数管の値が減っていった。
ハーンは参戦予定の三国の首脳たちにも極秘で見せて信用してもらった。
それを大規模にすれば街全体でも放射能除去が出来るとハーンは思った。
戦争に勝って占領が実現、とならなかったので終に出番が無かった。
それにしてもチョコナンとうずくまっている空気清浄器みたいな機械のモーターが動けば周りの壁まで放射能が除去できるなんて錬金術レベルの、どうにも怪しい話だ。
デモンストレーションには何かトリックがあったのだろう。
普段は誠実でもマルコも商売人だから。
真実は誰にも判らない。

 マルコがハーンに吹き込み、他の三国まで巻き込んだとココジン姫に疑われた不純な動機とは何か。
C国には発表されたことが無く国民の知らない負債が膨大にあった。
もとから膨大に有ったものに加え戦争、休戦中の突貫工事の費用が重なってさらに増えた。
軍事は別枠だったのでその全体も非公表だった。
すべてを自力で解消するには良い景気が何十年も続く必要が有るという極秘の試算があった。
既に繁栄は翳らざるを得なくなっていた。
まわりを見ると、昔栄光の繁栄を長期に謳歌したジパングがある。
その首相が外遊するときはいつも多額の海外援助をプレゼントするのが通例だった。
にも拘らず増税と緊縮財政を長年続けているので財政当局が国民に黙っている豊かな隠し資産がある、と多くの外国は睨んでいた。
征服して全ての富を奪えばC国の債務償還を劇的に早められる。
ジパングには個人金融資産が八百億両以上あった。
ある官僚がハーンの側近に恐る恐る質問した。

「ジパングには個人金融資産に匹敵する債務残高があります。我が帝国の建国時に大量の貧乏人を抱えて初代皇帝陛下は困惑されたそうです。あそこの膨大な債務を我が国がかぶってしまう懸念をどうしますか?」

「政府が消えると債務も消える。先の敗戦後ジパング政府はすべての負債を国民に押し付け国内負債を事実上踏み倒した。文句がでるなら我々も踏み倒す。うっちゃっておけ」

 今回の軍事費は全体で百三十四億両、建国以来の累積債務五百六十億両合わせてもすべてが消える。
そのために核爆発の爆心点の三次元座標、爆発力が精密に設定されていた。
住民の抹消が目的ではなく、ジパングのあらゆる資産が失われることなく奪えることを目的にしていた。
以前から個人情報(とくに金融機関)の収集やサイバー攻撃を熱心にしていたのはそのためだった。
全てが金塊の状態で金庫に存在するわけではないから極めてシステマティックにやらなければならないが、どんな形態でどこにあるか判らなくてもC国が特定した金融機関の内部関係者に素早く協力させればある程度はまとめて取り出せるだろう。
担当の複数の権限者を核爆死させないように退避させ、爆発後のどさくさに紛れて資金を移動させるつもりだった。
ハーンの戦争とは国家レベルの銀行ギャングだった。

 この戦争の後、ハーンは改心したように危機的な内政にたち向かった。
C国の人々がA国文明に心を寄せてゆくと必ずC国は崩壊に向かう、というハーンの話はよく判らないまま忘れられた。
思惑通り戦争に勝ったならば全負債を返済できるが、自立力がつかず国民は怠惰になり結局活力を失い衰退するだろう。
現実はそうならなかった。
ハーンはその後先帝の夢であった上都シャンドゥ離宮の本格的建設以外は浪費を控え内政に励んだ。
軍人の要求を抑えて失った軍事力の回復をしなかった。
腐敗と反乱の温床であった上級貴族を大きく整理した。
そのころ民族はほとんど入り混じっていた。
戦時体制だった経済を慎重に自由化させていった。
そのとき貴族達や従来からの大企業経営者を新しくできた企業の経営に参加させず財閥化、寡占経済化を許さなかった。
征服国家の民主化とも言える一連の変革は独裁者のハーンでも難しく、恨みを買って命の危険があったが彼は断行した。
内需向けに業種の転換を進めた。
砲弾屋が団子屋に変わった。

 戦争のためにハーンに総動員され仕事をせかされた国民に奇跡的に働き癖がついていた。
ここで何もしなければ元の木阿弥だろう。
このときハーンは天才的人材を見出し、その人物に財政を任せた。
前王朝時代の民は怠惰なイメージがあった。
ところがその天才は戦争の置き土産である〝C国民の勤勉さ〟を担保に債券を発行した。
誰が買ったか判らないが、膨大な人口があったので潤沢な資金が手に入った。
急いで運河開削ほか種々の公共投資を行い国家は莫大な負債をかかえながらも再び繁栄し始めた。
報酬の多くは元受の会社そのものではなく労働力を提供した一般庶民の懐に直接入る仕組みにしていた。
全ての庶民の生活に余裕ができてレジャーを楽しみ将来に希望が持てるようになり車の所有が流行った。
立派な道路が全国に張りめぐらされた。
反乱者バイズが嘆いた、あまりに辺境すぎた風光明媚な温泉地に高速道路が繋がった。
大都市から便利に行けるようになると庶民の観光客がどっと押し寄せ大いに栄えた。
途中でくじけたハーンの焼畑作戦だったが、その最大の収穫はC国の庶民にもたらされた。
勤勉な国民が膨大に存在するので将来の大きな発展が約束されている、と外国に評価されるようになった。
高度成長期は一度しか訪れない、という常識が破られそうだった。
国民の間でハーンの評価は戦争前より高まった。
戦後の経済立て直しをやっているうちに複雑な現代経済の特徴を知り運営がシステマティックになり、ゆっくり独裁色が消えていった。
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