【完結】忌子と呼ばれ婚約破棄された公爵令嬢、追放され『野獣』と呼ばれる顔も知らない辺境伯に嫁ぎました

葉桜鹿乃

文字の大きさ
2 / 21

2 『野獣』と呼ばれる辺境伯

しおりを挟む
「いっ……?!」

「けっ、ここまでだ。あとは迎えが来る手筈になっている。それまで魔物に食い殺されなきゃいいがな」

 ギャハギャハと笑った下町の運び屋をやっている荒くれ者の男に、荷馬車から引き摺り下ろされ、地面に這いつくばったまま少ない手荷物を投げてぶつけられた私は、遠くに森が見える以外に何もない『グラスウェル辺境伯領』に辿り着いた。

 婚約破棄から2週間、あっという間の出来事。

 私は『病の療養』という名目の元、婚約解消となり、ブレンダが新たに王太子妃として婚約者となった。さすがに元からブレンダと婚約していた、というのは難しく、家同士の力関係を考えればブレンダが新たな婚約者になるのは誰にも止められるものでもなかった。

 そして、私の存在は秘され、病という事で誰も詳しくは事情を聞かず、家では居場所を無くし最低限のもの以外を取り上げられて……そのきっかけはブレンダが告げ口したことにも関わらず、私が忌子だからということとなり……、結果、見窄らしいワンピースにブーツ、そして荷馬車で1週間以上野宿を繰り返して、ここに辿り着いた。

 汗と埃でドロドロに汚れた服も体も気持ち悪い。荷馬車のささくれで裂けた服や皮膚も碌に繕えもしないし、洗えもしなかった。幸い化膿まではしてないけれど、産まれた時に殺されるのと、今の状況ならばどちらがマシだろうと、辛うじて『身分』に貞操を守られた私は泣きそうになっていた。

 ここに誰かが迎えに来るなんて信じられない。でも、こうして自然の中に一人ぽつねんと居るのは、王都にいるよりはるかに息がしやすく思う。

「『野獣』に食べられちゃうのかしら、私……」

 つぶやいた言葉に、自分でも何がおかしいのかわからなかったが、よく分からない笑いが込み上げてきてしまった。

 ここには野生の獣も魔物も出る。王宮の討伐隊もここまでは遠征しない。

 しかし、グラスウェル辺境伯領からそれらの獣や魔物が国に溢れ出したりもしない。辺境伯その人が、獣も魔物も間引きしていると噂で聞いている。

 だから『野獣』と呼ばれているし、誰も姿を見たことがない。領を離れられないからだ。

 どんなにむくつけき男性が現れても、悲鳴はあげないようにしよう。それに、今の汚れ切った私の方が余程獣臭いだろうし。

 そんな事を考えているうちに、道なき道を4頭の馬が立派な黒塗りの馬車を引いてやってきた。

 御者席には帽子を被った若い男性……王太子殿下と同い年くらいだろうか? が、座っていて、まっすぐこちらに向かってくる。

 ちぐはぐな取り合わせに、馬車の車輪が草に取られはしないのだろうか、とややズレた気持ちで見守っていると、馬車は真っ直ぐ私の元に来て止まった。

 御者席から男性が降りてくる。よく見れば、刺繍入りの立派な服を着ていた。

「迎えが遅れてすまなかったね。よく来てくれた、僕がここの領主のヘンリー・グラスウェルだ。よろしく、メルクール嬢」

 帽子を取って切り揃えた金髪と青い瞳を晒した細身の美青年が、場違いな服装と流麗な礼をして、私の手を取り流れるように口付けた。

 彼が、『野獣』ヘンリー・グラスウェル辺境伯。

 人心地ついた暁には、野獣、という言葉を辞書で引き直そうと、驚いて固まってしまった私は飛んでしまった思考で考えていた。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので辺境でスローライフします……のはずが、氷の公爵様の溺愛が止まりません!』

鍛高譚
恋愛
王都の華と称されながら、婚約者である第二王子から一方的に婚約破棄された公爵令嬢エリシア。 理由は――「君は完璧すぎて可愛げがない」。 失意……かと思いきや。 「……これで、やっと毎日お昼まで寝られますわ!」 即日荷造りし、誰も寄りつかない“氷霧の辺境”へ隠居を決める。 ところが、その地を治める“氷の公爵”アークライトは、王都では冷酷無比と恐れられる人物だった。 ---

【完結】公爵家のメイドたる者、炊事、洗濯、剣に魔法に結界術も完璧でなくてどうします?〜聖女様、あなたに追放されたおかげで私は幸せになれました

冬月光輝
恋愛
ボルメルン王国の聖女、クラリス・マーティラスは王家の血を引く大貴族の令嬢であり、才能と美貌を兼ね備えた完璧な聖女だと国民から絶大な支持を受けていた。 代々聖女の家系であるマーティラス家に仕えているネルシュタイン家に生まれたエミリアは、大聖女お付きのメイドに相応しい人間になるために英才教育を施されており、クラリスの側近になる。 クラリスは能力はあるが、傍若無人の上にサボり癖のあり、すぐに癇癪を起こす手の付けられない性格だった。 それでも、エミリアは家を守るために懸命に彼女に尽くし努力する。クラリスがサボった時のフォローとして聖女しか使えないはずの結界術を独学でマスターするほどに。 そんな扱いを受けていたエミリアは偶然、落馬して大怪我を負っていたこの国の第四王子であるニックを助けたことがきっかけで、彼と婚約することとなる。 幸せを掴んだ彼女だが、理不尽の化身であるクラリスは身勝手な理由でエミリアをクビにした。 さらに彼女はクラリスによって第四王子を助けたのは自作自演だとあらぬ罪をでっち上げられ、家を潰されるかそれを飲み込むかの二択を迫られ、冤罪を被り国家追放に処される。 絶望して隣国に流れた彼女はまだ気付いていなかった、いつの間にかクラリスを遥かに超えるほどハイスペックになっていた自分に。 そして、彼女こそ国を守る要になっていたことに……。 エミリアが隣国で力を認められ巫女になった頃、ボルメルン王国はわがまま放題しているクラリスに反発する動きが見られるようになっていた――。

国外追放ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私は、セイラ・アズナブル。聖女候補として全寮制の聖女学園に通っています。1番成績が優秀なので、第1王子の婚約者です。けれど、突然婚約を破棄され学園を追い出され国外追放になりました。やった〜っ!!これで好きな事が出来るわ〜っ!! 隣国で夢だったオムライス屋はじめますっ!!そしたら何故か騎士達が常連になって!?精霊も現れ!? 何故かとっても幸せな日々になっちゃいます。

【完結】婚約破棄をされたわたしは万能第一王子に溺愛されるようです

葉桜鹿乃
恋愛
婚約者であるパーシバル殿下に婚約破棄を言い渡されました。それも王侯貴族の通う学園の卒業パーティーの日に、大勢の前で。わたしより格下貴族である伯爵令嬢からの嘘の罪状の訴えで。幼少時より英才教育の過密スケジュールをこなしてきたわたしより優秀な婚約者はいらっしゃらないと思うのですがね、殿下。 わたしは国のため早々にこのパーシバル殿下に見切りをつけ、病弱だと言われて全てが秘されている王位継承権第二位の第一王子に望みを託そうと思っていたところ、偶然にも彼と出会い、そこからわたしは昔から想いを寄せられていた事を知り、さらには彼が王位継承権第一位に返り咲こうと動く中で彼に溺愛されて……? 陰謀渦巻く王宮を舞台に動く、万能王太子妃候補の恋愛物語開幕!(ただしバカ多め) 小説家になろう様でも別名義で連載しています。 ※感想の取り扱いについては近況ボードを参照してください。

ぐうたら令嬢は公爵令息に溺愛されています

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のレイリスは、今年で16歳。毎日ぐうたらした生活をしている。貴族としてはあり得ないような服を好んで着、昼間からゴロゴロと過ごす。 ただ、レイリスは非常に優秀で、12歳で王都の悪党どもを束ね揚げ、13歳で領地を立て直した腕前。 そんなレイリスに、両親や兄姉もあまり強く言う事が出来ず、専属メイドのマリアンだけが口うるさく言っていた。 このままやりたい事だけをやり、ゴロゴロしながら一生暮らそう。そう思っていたレイリスだったが、お菓子につられて参加したサフィーロン公爵家の夜会で、彼女の運命を大きく変える出来事が起こってしまって… ※ご都合主義のラブコメディです。 よろしくお願いいたします。 カクヨムでも同時投稿しています。

婚約を破棄され辺境に追いやられたけれど、思っていたより快適です!

さこの
恋愛
 婚約者の第五王子フランツ殿下には好きな令嬢が出来たみたい。その令嬢とは男爵家の養女で親戚筋にあたり現在私のうちに住んでいる。  婚約者の私が邪魔になり、身分剥奪そして追放される事になる。陛下や両親が留守の間に王都から追放され、辺境の町へと行く事になった。  100キロ以内近寄るな。100キロといえばクレマン? そこに第三王子フェリクス殿下が来て“グレマン”へ行くようにと言う。クレマンと“グレマン”だと方向は真逆です。  追放と言われましたので、屋敷に帰り準備をします。フランツ殿下が王族として下した命令は自分勝手なものですから、陛下達が帰って来たらどうなるでしょう?

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

処理中です...