13 / 21
13 『野獣』の本領発揮(※ヘンリー視点)
しおりを挟む
僕が野獣と呼ばれて王家から忌避されているのには2つの理由がある。
1つはとてもじゃないが誰にも言えない。国家転覆すらあり得る最強のカードであり、下手に使えば僕が殺される最悪のカードだ。
だから、普段は忘れて過ごす。
もう1つの理由は、天性の身体能力の高さと、魔力による一時的な身体強化にある。
明日には一度領を出るので、久しぶりの狩りに備えて今夜は『練習』する事にした。
屋敷が寝静まり、夜の番の兵士と使用人の目を掻い潜って外に出る。この辺は手慣れたもので、もう誰かに見つかることもない。
次に、最初の壁に向かう。真上に首を見上げるほど高い壁の上には松明が焚かれ、見回りの兵士がいる。門からは離れた場所で夜目に慣らしているが、上の様子はここからでは見えない。
ここで身体強化を使う必要はない。道具もいらない。石を重ねて作った高い壁を、鍛えた指先が僅かな凸凹を掴んで身体を上に運んでいく。
松明の明かりの届かない場所で足音を頼りに、人が通り過ぎた瞬間を狙って飛ぶようにして壁の上の通路に体を運び、通路を蹴って反対側の壁ギリギリに即座に飛ぶ。そして、少し落下したところで壁の突起を掴み、2階ほどの高さまで降りてから地上に降りる。
この壁の先は兵士の駐屯所や兵舎、厩、冒険者用の宿屋や酒場といった戦い慣れた人たちの暮らす場所だ。
足音を立てず、気配を出さずに、そっと裏道を走り抜ける。ここが一番難しい。馬や家畜は気配に敏感だから、殊更気を払わなければならない。
そして2枚目の壁に辿り着くと、1枚目と同じ要領で壁を越える。壁は、外に向かうほど警備が厳重になっている。
壁を越えるのはそう難しく無い。やはり、人間相手より動物の方が厄介だ。
僕は2枚目と3枚目の一番外側にある平民街の裏道を駆け抜けて、一番外の城壁も越える。
松明の数も兵の数も多くて少し時間が掛かったが、問題なく越えられた。
これで完全に街の外だ。夜の平野も森も、魔物と獣の独壇場である。
荷物持ちや素材を分ける為に冒険者と、練度の為に兵士を連れていくが、1番の獲物を狩るのは僕1人の仕事だ。
明日の朝ごはんと、携行食にする為に少し肉でも狩っていくかと、僕は背負っていた片手剣を腰に提げて、森へ向かった。
早めに戻らないと寝る時間が減るので、そんなに森の奥までは行かない。
一本の木に膂力だけで飛び上がって枝に移ると、枝から枝へと四つ足の獣の様に脚と腕を使って飛び移りながら、流れていく景色を見つつ獲物を探して森に入っていく。
帰りは獲物を抱えることを考えると、あまり奥には行けない。この移動に着いて来れる冒険者や兵士はいない。身体能力には飛び抜けて恵まれているし、訓練も怠らないから当然ではあるが、他人に言わせれば「それは人間離れしているというんだ」と言われてしまう。
歴とした人間なんだけどな、とそのたびに肩をすくめているのだが、やはり聞き入れては貰えない。残念なことだ。
と、枝の近くに大山猫の気配がした。気配の大きさからいって魔物に変異した物だろう。推測だが、3メートルは身の丈があると思われる。
僕はそこで初めて剣を抜いた。出会ってから武器を構える様では遅い。
そして、身体強化の魔法を使う。魔力というのは、瘴気が自然発生する負のエネルギーだとしたら、周辺の空気に混ざっている染まっていない力の事だ。気を練る、と東方の国ではいうらしい。
僕が魔力を使って身体強化を自身に掛けると、……見られたらメルクールに嫌われてしまうかもしれない。
首から下の筋肉が大きく発達していく。脳のリミッターが外れて、それでいながら自己破壊を起こさない様に魔力で筋肉や体組織の強化をする。
僕は大山猫の気配を察知していたが、シルエットが変わるほど膨らんだ僕の体躯の気配は隠し切れる物では無い。
逃げないかどうかだけは心配だったが、大山猫も逃げる気配はない。森の浅い場所だから、この辺をテリトリーにしてる若い個体なのかもしれない。
僕は先程の何倍もの速度で大山猫の気配に向かって枝を蹴る。
誰かに見られれば『野獣』と言われても仕方がない姿で、僕はこちらを舐め切った大山猫の横に飛び出し、避ける間も与えずに一気に額を逆手に握った片手剣で貫いた。
1つはとてもじゃないが誰にも言えない。国家転覆すらあり得る最強のカードであり、下手に使えば僕が殺される最悪のカードだ。
だから、普段は忘れて過ごす。
もう1つの理由は、天性の身体能力の高さと、魔力による一時的な身体強化にある。
明日には一度領を出るので、久しぶりの狩りに備えて今夜は『練習』する事にした。
屋敷が寝静まり、夜の番の兵士と使用人の目を掻い潜って外に出る。この辺は手慣れたもので、もう誰かに見つかることもない。
次に、最初の壁に向かう。真上に首を見上げるほど高い壁の上には松明が焚かれ、見回りの兵士がいる。門からは離れた場所で夜目に慣らしているが、上の様子はここからでは見えない。
ここで身体強化を使う必要はない。道具もいらない。石を重ねて作った高い壁を、鍛えた指先が僅かな凸凹を掴んで身体を上に運んでいく。
松明の明かりの届かない場所で足音を頼りに、人が通り過ぎた瞬間を狙って飛ぶようにして壁の上の通路に体を運び、通路を蹴って反対側の壁ギリギリに即座に飛ぶ。そして、少し落下したところで壁の突起を掴み、2階ほどの高さまで降りてから地上に降りる。
この壁の先は兵士の駐屯所や兵舎、厩、冒険者用の宿屋や酒場といった戦い慣れた人たちの暮らす場所だ。
足音を立てず、気配を出さずに、そっと裏道を走り抜ける。ここが一番難しい。馬や家畜は気配に敏感だから、殊更気を払わなければならない。
そして2枚目の壁に辿り着くと、1枚目と同じ要領で壁を越える。壁は、外に向かうほど警備が厳重になっている。
壁を越えるのはそう難しく無い。やはり、人間相手より動物の方が厄介だ。
僕は2枚目と3枚目の一番外側にある平民街の裏道を駆け抜けて、一番外の城壁も越える。
松明の数も兵の数も多くて少し時間が掛かったが、問題なく越えられた。
これで完全に街の外だ。夜の平野も森も、魔物と獣の独壇場である。
荷物持ちや素材を分ける為に冒険者と、練度の為に兵士を連れていくが、1番の獲物を狩るのは僕1人の仕事だ。
明日の朝ごはんと、携行食にする為に少し肉でも狩っていくかと、僕は背負っていた片手剣を腰に提げて、森へ向かった。
早めに戻らないと寝る時間が減るので、そんなに森の奥までは行かない。
一本の木に膂力だけで飛び上がって枝に移ると、枝から枝へと四つ足の獣の様に脚と腕を使って飛び移りながら、流れていく景色を見つつ獲物を探して森に入っていく。
帰りは獲物を抱えることを考えると、あまり奥には行けない。この移動に着いて来れる冒険者や兵士はいない。身体能力には飛び抜けて恵まれているし、訓練も怠らないから当然ではあるが、他人に言わせれば「それは人間離れしているというんだ」と言われてしまう。
歴とした人間なんだけどな、とそのたびに肩をすくめているのだが、やはり聞き入れては貰えない。残念なことだ。
と、枝の近くに大山猫の気配がした。気配の大きさからいって魔物に変異した物だろう。推測だが、3メートルは身の丈があると思われる。
僕はそこで初めて剣を抜いた。出会ってから武器を構える様では遅い。
そして、身体強化の魔法を使う。魔力というのは、瘴気が自然発生する負のエネルギーだとしたら、周辺の空気に混ざっている染まっていない力の事だ。気を練る、と東方の国ではいうらしい。
僕が魔力を使って身体強化を自身に掛けると、……見られたらメルクールに嫌われてしまうかもしれない。
首から下の筋肉が大きく発達していく。脳のリミッターが外れて、それでいながら自己破壊を起こさない様に魔力で筋肉や体組織の強化をする。
僕は大山猫の気配を察知していたが、シルエットが変わるほど膨らんだ僕の体躯の気配は隠し切れる物では無い。
逃げないかどうかだけは心配だったが、大山猫も逃げる気配はない。森の浅い場所だから、この辺をテリトリーにしてる若い個体なのかもしれない。
僕は先程の何倍もの速度で大山猫の気配に向かって枝を蹴る。
誰かに見られれば『野獣』と言われても仕方がない姿で、僕はこちらを舐め切った大山猫の横に飛び出し、避ける間も与えずに一気に額を逆手に握った片手剣で貫いた。
36
あなたにおすすめの小説
【完結】公爵家のメイドたる者、炊事、洗濯、剣に魔法に結界術も完璧でなくてどうします?〜聖女様、あなたに追放されたおかげで私は幸せになれました
冬月光輝
恋愛
ボルメルン王国の聖女、クラリス・マーティラスは王家の血を引く大貴族の令嬢であり、才能と美貌を兼ね備えた完璧な聖女だと国民から絶大な支持を受けていた。
代々聖女の家系であるマーティラス家に仕えているネルシュタイン家に生まれたエミリアは、大聖女お付きのメイドに相応しい人間になるために英才教育を施されており、クラリスの側近になる。
クラリスは能力はあるが、傍若無人の上にサボり癖のあり、すぐに癇癪を起こす手の付けられない性格だった。
それでも、エミリアは家を守るために懸命に彼女に尽くし努力する。クラリスがサボった時のフォローとして聖女しか使えないはずの結界術を独学でマスターするほどに。
そんな扱いを受けていたエミリアは偶然、落馬して大怪我を負っていたこの国の第四王子であるニックを助けたことがきっかけで、彼と婚約することとなる。
幸せを掴んだ彼女だが、理不尽の化身であるクラリスは身勝手な理由でエミリアをクビにした。
さらに彼女はクラリスによって第四王子を助けたのは自作自演だとあらぬ罪をでっち上げられ、家を潰されるかそれを飲み込むかの二択を迫られ、冤罪を被り国家追放に処される。
絶望して隣国に流れた彼女はまだ気付いていなかった、いつの間にかクラリスを遥かに超えるほどハイスペックになっていた自分に。
そして、彼女こそ国を守る要になっていたことに……。
エミリアが隣国で力を認められ巫女になった頃、ボルメルン王国はわがまま放題しているクラリスに反発する動きが見られるようになっていた――。
国外追放ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私は、セイラ・アズナブル。聖女候補として全寮制の聖女学園に通っています。1番成績が優秀なので、第1王子の婚約者です。けれど、突然婚約を破棄され学園を追い出され国外追放になりました。やった〜っ!!これで好きな事が出来るわ〜っ!!
隣国で夢だったオムライス屋はじめますっ!!そしたら何故か騎士達が常連になって!?精霊も現れ!?
何故かとっても幸せな日々になっちゃいます。
【完結】婚約破棄をされたわたしは万能第一王子に溺愛されるようです
葉桜鹿乃
恋愛
婚約者であるパーシバル殿下に婚約破棄を言い渡されました。それも王侯貴族の通う学園の卒業パーティーの日に、大勢の前で。わたしより格下貴族である伯爵令嬢からの嘘の罪状の訴えで。幼少時より英才教育の過密スケジュールをこなしてきたわたしより優秀な婚約者はいらっしゃらないと思うのですがね、殿下。
わたしは国のため早々にこのパーシバル殿下に見切りをつけ、病弱だと言われて全てが秘されている王位継承権第二位の第一王子に望みを託そうと思っていたところ、偶然にも彼と出会い、そこからわたしは昔から想いを寄せられていた事を知り、さらには彼が王位継承権第一位に返り咲こうと動く中で彼に溺愛されて……?
陰謀渦巻く王宮を舞台に動く、万能王太子妃候補の恋愛物語開幕!(ただしバカ多め)
小説家になろう様でも別名義で連載しています。
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照してください。
婚約を破棄され辺境に追いやられたけれど、思っていたより快適です!
さこの
恋愛
婚約者の第五王子フランツ殿下には好きな令嬢が出来たみたい。その令嬢とは男爵家の養女で親戚筋にあたり現在私のうちに住んでいる。
婚約者の私が邪魔になり、身分剥奪そして追放される事になる。陛下や両親が留守の間に王都から追放され、辺境の町へと行く事になった。
100キロ以内近寄るな。100キロといえばクレマン? そこに第三王子フェリクス殿下が来て“グレマン”へ行くようにと言う。クレマンと“グレマン”だと方向は真逆です。
追放と言われましたので、屋敷に帰り準備をします。フランツ殿下が王族として下した命令は自分勝手なものですから、陛下達が帰って来たらどうなるでしょう?
【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
妹に裏切られた聖女は娼館で競りにかけられてハーレムに迎えられる~あれ? ハーレムの主人って妹が執心してた相手じゃね?~
サイコちゃん
恋愛
妹に裏切られたアナベルは聖女として娼館で競りにかけられていた。聖女に恨みがある男達は殺気立った様子で競り続ける。そんな中、謎の美青年が驚くべき値段でアナベルを身請けした。彼はアナベルをハーレムへ迎えると言い、船に乗せて隣国へと運んだ。そこで出会ったのは妹が執心してた隣国の王子――彼がこのハーレムの主人だったのだ。外交と称して、隣国の王子を落とそうとやってきた妹は彼の寵姫となった姉を見て、気も狂わんばかりに怒り散らす……それを見詰める王子の目に軽蔑の色が浮かんでいることに気付かぬまま――
【完結】小国の王太子に捨てられたけど、大国の王太子に溺愛されています。え?私って聖女なの?
如月ぐるぐる
恋愛
王太子との婚約を一方的に破棄され、王太子は伯爵令嬢マーテリーと婚約してしまう。
留学から帰ってきたマーテリーはすっかりあか抜けており、王太子はマーテリーに夢中。
政略結婚と割り切っていたが納得いかず、必死に説得するも、ありもしない罪をかぶせられ国外追放になる。
家族にも見捨てられ、頼れる人が居ない。
「こんな国、もう知らない!」
そんなある日、とある街で子供が怪我をしたため、術を使って治療を施す。
アトリアは弱いながらも治癒の力がある。
子供の怪我の治癒をした時、ある男性に目撃されて旅に付いて来てしまう。
それ以降も街で見かけた体調の悪い人を治癒の力で回復したが、気が付くとさっきの男性がずっとそばに付いて来る。
「ぜひ我が国へ来てほしい」
男性から誘いを受け、行く当てもないため付いて行く。が、着いた先は祖国ヴァルプールとは比較にならない大国メジェンヌ……の王城。
「……ん!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる