馬と鹿

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馬と鹿

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「お前ちょっとはSubらしくしろよ」


 同僚と仕事終わりに飲みに行った帰り、そんなことを言われた。


「俺だってパートナー欲しいよ!」

「なら、目つきから直すんだな。お前、自分の顔わかってねーから」

「うるせー! これは生まれつきだ!」

「じゃあ短気を直せ」

 同僚を睨むが、奥にある店のショーウィンドウに自分の姿が反射して見える。くたびれた洋服を着た、目つきの悪い男がそこに居た。




 ダイナミクスとは、この世界にある性別と異なる第二の属性だ。

 Domは支配的、Subは従順。どちらの特徴も持たないNeutral──そのなかで、俺鹿角かずの たけるはSubの分類に生きている。そして、それが悩みでもあった。


「そんな怖そうな顔してSubとかウケんだけど」

「うう、やっぱ可愛い方がモテんのか?」

「当たり前だ。てかこの前、せっかくDomにナンパされたのにさー。合わないとか言ってキレんなよ」

「あれはっ……なんかcommand欲しいのに、いざ受けると不快になるっつーか」

「そんなんだからいつも上手くいかねーんだよ」

「Domなら誰でもってわけじゃねーんだもん。相性大事にしてんだ俺は」

「強面のSubを好きになってくれる奴ねー……ま、探せばどっか居るかもな」

「簡単に言うなよ……とりあえず物静かに頑張ってみるけど」


 そんな話をしながら俺たちは夜の街をぶらつく。いい感じに夜が更けてきた頃、交差点の前で信号を待っていると、向かいからやって来た男性に声をかけられた。


「なあ、もしかしてあんたSub?」

「あ? そうだけど……」

「相手探しててさ。俺と遊ばね?」


 そいつは俺と同じくらいの目線で、がっしりした体形だ。向かい合った胸板の圧にたじろぐ。


「お、今日もきたな健。行ってこいよ」

「は? って、背中押すな!」

「今度こそ相性いいかもだし」


 同僚が楽しそうな顔をしているのがムカつく。俺はとりあえず、ナンパ男に顔を向ける。


「……奢ってくれんの?」

「いいよ」

「んじゃ、遊んでもいい……かも」

「よっしゃ。じゃ、行こっか」


 すると相手は馴れ馴れしく肩を抱いてきた。嫌だったけど、まあ気にしないことにする。


「健ー! また明日なー!」

「……」



 能天気な声に見送られた俺は、その後ナンパ男と追い酒していい感じに酔っぱらった。少しは大人しくしようと思い、言われるまま薄暗い公園までついてくる。


「ここ、繫華街から近いのに静かでいいでしょ? ベンチ座ろっか」

「ん……」


 誰もいない公園のベンチは冷えていて気持ちがいい。無言で腰掛けていると、近づいた相手が俺のパサついた毛先をつついた。


「なあ、結構遊んでんの? どういうPlayが好き?」

「別に、好き嫌いとかないけど」

「期待していいってと?」

「その前に、相性みたいからさ。軽いcommandくれね?」


 一瞬で相手の雰囲気が変わった気がして、身体が待機状態に入る。あまり好みのタイプではないけど、もしかしたらという好奇心に逆らえない。

 相手をじっとみつめると、短い言葉が返ってきた。


Lookこっち見ろ

「……っ」


 首が一点で固まり──だけど、じわじわ気持ち悪さが湧き出る。commandに反応する身体と反対に、気持ちはこいつのために何かしたいと思えない、一度芽生えた違和感は爆速で膨らんでいく。


「ちょっ、やっぱ止め……」

「は? いいじゃん。ここまで来たら帰さねーよ。どうせ人も来ないし……」


 相手の顔がさらに近づき、俺は抑えられずに立ち上がった。


「無理だっ、離れてくれっ!」

「痛っ」


 勢いよく相手を突き飛ばすと、ベンチから落ちたナンパ男からGlareが溢れる。だけど身体は動いたので、抵抗しなきゃと蹴りを入れた。


「お前本当にSubか?!」

「っうるせえ! 俺だってわかんねーんだよっ!!」

「ヤリたいんじゃねーのかよ?! 急に何なんだお前、馬鹿か!」


 立ち上がった彼は怒りながら俺に飛びかかる。抵抗した俺は握った拳を振り上げながら怒鳴る。


「離せよ!」

「黙れやクソ! Subの癖に!」


 言葉と一緒に、彼の拳が顔に食い込んだ。可愛く大人しくなんて無理にきまってんのに、どうしていつもこうなるんだろう──俺は、殴られて砂場の中に落ちて倒れた。


「ふざけんなまじで……」


 その拍子に入ったのか、じゃり、と口の中で砂が鳴る。




「何やってるんだ君たち! こんな夜中に喧嘩なんか止めなさいっ」

 その時、公園の入り口から別の声が聞こえた。駆け寄ってきたその人は、ナンパ男と話しているようだ。俺は砂場に転がったままそれを聞いていた。


「ちょっと?! この人Subじゃ……何してるんですか!」

「向こうが先に手出してきたんだよ」

「それにしたって、かなりの大声でしたよ。警察を呼びましょうか?」

「っ、余計なお世話だ。俺もう行くわ」


 砂場に転がったまま、遠ざかる砂利の音を聞いていると上から声がした。


「大丈夫ですか」

「あんた、誰?」

「っと、飛鳥馬あすまっていいます──立てます?」


 スラリと長い腕が伸びて俺の前で止まる。顔を上げると、そこには逆三角形のシルエットと、綺麗な短髪を夜空にサラサラ揺らした男性が立っていた。その顔はまるで彫刻みたいだった。


「っ……」

「無理しないでください。いま救急車を」

「いや、大丈夫っす。よくある事なんで」


 存在感に圧倒されながら、彼の手を取らずに自力で身体を起こした。中途半端なcommandとGlareを浴びたせいか、無傷というわけでもなく、酷い乗り物酔いみたいな気持ち悪さに襲われる。

 歩こうとするがフラついてしまい、飛鳥馬と名乗った男性は俺の身体を支えてくれた。顔を覗き込みながら心配そうに呟いている。


「Sub dropですか? やっぱり警察に……」

「しばらくしたら治るんで。すんません」

「なら、応急処置だけでも。僕はDomなんで、ケアさせてください!」

「……いいから」


 またcommandを受けたら、もっと気分が悪くなりそうだ。彼を振り払おうとした時、そんな俺の予想は一瞬で消滅した。


「Good boy」

「な……」


 俺の感覚は、その一言に集中した。ビクリと身体が震え、感じたことのない感情が胸の中に沸く。


「よしよし、頑張りましたね。もう大丈夫ですから、ゆっくり深呼吸して」

「え」


 トントンと寝かしつけられるように背中を叩かれると、俺は小さく息を吐いた。


「なんで……? 気持ち悪くならない?」

「よかった、少し気分いいですか?」

「あ、飛鳥馬あすまさんでしたっけ……」

「はい」

 首を傾げる彼に視線を通わす。



「好きっす」

「……え?」







 公園の水飲み場で口をゆすぐと、見守ってくれていた飛鳥馬さんに頭を撫でられる。


「かなり落ち着きましたね」

「っはい」

「あ、頭に砂がついてますよ」

「えっ、ども」


 優しい声で砂も払ってくれる。ガキみたいに扱われるのは嫌いだけど、今は例外だ。俺はそのまま斜め45度のお辞儀をした。


「あの、めちゃくちゃ助かりました。改めまして、俺は鹿角かずの たけると言います。パートナーになってください!」

「え、頭上げてください! とにかくSub dropしなくてよかった。それと、初対面の方にそう言われても困ります」

「っ……そんな! 困ってるSub見捨てるんすかっ!?」

「う、それは」

「パートナーになってくれるまで帰りません!」

「え、あのっ。とにかく落ち着いて……。鹿角かずのさん、でしたっけ。とりあえずベンチに座りませんか。自販機で暖かい飲み物買ってきますから」

「お、置いてかないでくださいよ!」

「信用してくださいってば」


 整った眉毛を八の字にした飛鳥馬さんは、そう言うとすぐ背を向けてしまった。言われたらしかたがないので、俺はさっき人を殴り飛ばしたベンチに戻り、ドキドキしながら待っていた。やがて、白い息を吐きながら缶を2つ持った飛鳥馬さんが戻って来る。


「ココアお好きですか?」

「あざっす。好きです……ココア」

「何か事情があるんですか?」

「えと……」


 差し出された缶を受け取り、タブを開けると身体が動かなくなった。俺は、飛鳥馬さんを見た。何かを察してくれて、彼は自分の缶を開ける。


「どうぞ、先に飲んでください」

「っ~~~ ご、ごめんなさい! こんな事今まで……」


 ロックが解けた俺は、焦るようにココアを飲みこむ。その横で飛鳥馬さんは、特に気にする様子もなく自分のを飲み始めた。そんな姿も絵になる。


「それで、どうしたんですか?」

「えと、どこから説明すればいいか……」

「ゆっくりでいいですよ」

「……俺、ナンパについってたんす。でも拒否って言い合いになって」

「なるほど」

「Subのくせに、大人しくできないんす……色んな人と試してるけどダメで。さっきの奴も、ちょっと好奇心でついてったんすけど。無理でした」

「なかなか無謀な事をしてますね」

「っだけど! 飛鳥馬あすまさんのはすっと入ってきて……もっと聞きたいと言うか! だから……逃したくないというか」

「……」

「あんな風に感じるの初めてで……!」





「かわ…」

「え?」

「可愛いですね」

「えっ!!?」


 ふと笑った飛鳥馬さんに見とれている隙に、ぎゅっと抱きしめられてしまった。暖かく引き締まった胸の中で、何度もまばたきする。いま可愛いって言ってくれた?


「なっ、なんかめちゃいい匂いするっすね?!」

「うーん、柔軟剤かなあ」


 離れた飛鳥馬さんは、軽く俺の頭を撫でた。


「よかった、さっきは不良の喧嘩かと思ってちょっと怖かったんです」

「そう見えますよね……」

「僕も相性のいいSubが少ないので、大変な気持ちはわかります。だけど、初対面の方とパートナーになるはやっぱり……」

「っ連絡先だけでも! 後でブロックしてもらってもいいんでお願いします!!」

「う~ん、ここで会ったのも何かの縁ですかね」


 少し間をおいて、飛鳥馬さんは小さく頷いてくれた。俺から言い出した事なのに、スマホを起動してトークアプリのアカウントを見せる動作さえ褒めてくれる。


「さておき、もう無茶はしちゃだめですよ。さっきSub dropしかけていたんですから」

「う……ハイ」

「ふふ、いい子」

「っ、嬉し……!」



 初めての感覚で興奮すると、それをなだめてくれた飛鳥馬さんにどんどん魅力を感じてしまう。あっという間にココアも飲み終わり、俺たちはベンチを立った。


鹿角かずのさん、本当に怪我は大丈夫ですか? 僕の車が近くのコンビニに停まってますけど乗ります?」

「え、いや。マジ平気っす。服が砂まみれだし歩いて帰ります。こっから近いし。あ、あとこれココア代っす」


 小銭を彼の手に乗せながら、ついていきたくなるのを抑えて街灯の下に立ち止まった。照らされた俺のTシャツは、綺麗にしたつもりだったが土埃でかなり汚れていた。

 心配そうな飛鳥馬さんの顔がこっちを向いていたけど、それ以上何も言ってこない。


「じゃあ、また」


 俺たちは短い挨拶をして別れた。



 ___


「ぉざます」

「おは。昨日はどうだった?」


 翌日、勤めている古着屋に出社すると早速同僚が近づいてきたので、俺は興奮まじり話し出す。


「やっぱダメで解散したんだけどさっ、その後信じらんねーくらいのイケメンが助けてくれて……」

「は? とうとうアニメの話か。衣類分けたからマネキンよろしくなー」

「ちょ、マジだって! 最後まで聞けよ!」


 同僚は俺の話を最後まで聞くことなく、在庫整理に行ってしまった。


 ___


 数週間経ったある日、俺は休憩時間に同僚と近くのファーストフード店に居た。


「なあ、パートナーの相性って何で決まると思う?」

「急にどうした」


 ため息をついた俺を不思議そうに同僚が眺める。


「……気になる人にメッセージ送ってみてんだけど、なかなか進展しなくて。やっぱ俺には手の届かない人なのかと……」

「マジ? どんな感じのやり取りしてんの?」

「いい感じ撮れた料理の写真とかを……」

「う、うーん。もう一押し欲しいな」

「なあ、3回に1回くらいは返事来るんだよ。まだいけるよなっ?! こないだなんか、綺麗に咲いたって育ててる花の写真送ってくれたし」

「へー、だからスマホの待ち受けが花になってたのか。絶対、たけるの趣味じゃねーと思った」

「いつ見たんだよ」


 ヘラヘラする同僚に呆れつつ、スマホで書き溜めているメモを表示した。


「あとこれは俺が勝手にやってるんだけど、日記みたいに毎日自分の行動メモってんだよね」

「なんで?」

「……いつか見せて、褒めてもらいたくて」

「俺、Neutralだけどさ。そういうとこマジでSubって可愛いわ」

「……うるせえ」


 そんなやり取りの後、味のしないハンバーガーを食べながら暫らく考えた。飛鳥馬さんに公園で声をかけられた時は不調だったし、あの瞬間だけCareが効いた可能性はある。

 初めて俺を可愛いと言ってくれる人と出会ってテンションが上がったけど、イコール相性がいいってわけではないのかも。という疑問が浮かんでいた。


「やっぱ無理かなぁ」

「よく知らんけど、Subから望みを言うのもいいんじゃねーの」

「……望み?」

「もっと褒めて欲しい~とか? Domなら誰でもいいわけじゃないって言ってたじゃん」

「……引かれねーかな?」

「しらん」

「……」


 考えながら、飛鳥馬さんに今日のメッセージを送ることにする。思い切って、また褒めてもらいたいこと、そのためなら何でもできる気がすることと、人生初めてのパートナーになってほしいことを書いた。そして最後に、また会いたいと付け加えて送信ボタンを押す。


「え……やば。今日は返信速い」


 ポテト片手にそれをみつめていると、画面に飛鳥馬さんからのメッセージが表示される。


「おいっ!! まじか。まじで?  Good boyってきてんだけど」


 恐る恐るスクロールしていくとメッセージには続きがあった。夜でいいなら、明日にでも会えるとのことだ。

 思わずガッツポーズを決める。
 俺はすぐに、この前会った公園で待ち合わせを提案した。了解のスタンプがきて、履歴を何回も確認する。


「会ってくれるって!」


 それを見ていた同僚は俺にナゲットをおごってくれた。


 ___


 俺は翌日、仕事が終わると速足で公園に向かった。時計をみつつ、暗くなった空の下に置かれたベンチに座る。


「やべ、ちょっと早いか……ま、座ってるか。えっと、メモは保存してあるから……」

「~……」

「? 飛鳥馬あすまさん?」


 遠くで誰かの声が聞こえ、辺りを見回した。低い植木の向こうから二人組が歩いて来ていた。


「は? あいつ、ナンパ男じゃねーか。また誰か連れてるし」


 こちらに向かって来るナンパ男は、Subの肩を抱いている。それを見たら無性に腹立たしくなって、思わず舌打ちしてしまった。だけど気配に気付かれたのか、向こうが視線を動かした。


「やべっ」


 身を隠そうとするも間に合わず、立ち上がろうとした所で背中に声が聞こえる。


「おい。テメーが何でここにいんだ」

「……お前こそ、来る場所がワンパターンなんだよ」


 俺は最大限に睨みながら返事をした。彼は連れから離れると、ガンを飛ばしながら俺に迫る。


「俺の勝手だろ。邪魔だからどっか行け」

「知るか!」


 やっぱ飛鳥馬さん以外のDomには強気になれる。俺はまた拳を握り込んだが、脳裏に飛鳥馬さんの声が蘇った。

 ”無茶はしない”
 ──ここで喧嘩をしたら褒めてもらえない気がして、身体がフリーズした。


「っ……前はできたのにっ」

「この前の威勢はどうした? 抑制剤忘れたか?」

「っ?! なにしやがる──」


 言い終わるより早く、相手の拳が俺の顔を殴った。


「吠えたってDomに勝てねえよ。たっぷりお仕置きしなきゃな!!」

「っあ!!!」


 衝撃に備えて身体に力を入れるが、態勢を崩した俺に蹴りが続く。俺は混乱する頭で、飛鳥馬さんと出会ってしまったことを後悔した。あの声で褒めてもらえるかもという期待が、俺の行動を変化させてしまったのだろう──そろそろヤバイとぼんやり感じた時、ピタリと攻撃が止まった。


「あ……」


 口の中に滲んだ血を吐いて、閉じていた目を開けると、相手の動きが止まっている。彼は引きつった表情で、その背後から腕をゆっくりと下ろしている人物の顔が覗いた──飛鳥馬さんだ。

 だけど、その顔は人形のように無表情で冷たい。



 その場に充満する強いGlareに身体が強張る。誰もが動けない中、飛鳥馬さんは俺の身体を茂みから起こした。


「あ……りがと……」

「待たせました。歩けますか?」

「……はい」


 飛鳥馬さんは無表情のまま俺の手を引いて歩き出す。未だ動けないナンパ男を振り向いた飛鳥馬さんは、低い声で呟いた。


「邪魔」

「っ、あんたとやる気はねえから、そのDefenseやめてくれよ!」


 そう言うとナンパ男は、連れの手を引いてどこかへ走り去った。





「……ごめんなさい。また、助けてもらいました」

「驚きましたよ。僕じゃなくて彼と会いたかったんですか?」

「そんな事有り得ないっす! 信じてください……いう事聞くから」


 ざらついた唇を噛みながら、彼の背中に視線を送る。歩くたびに飛鳥馬さんのGlareか、自分の傷が痛むのか分からない。相変わらず彼の声は冷たくて、急に静かになった周囲に木のざわめきが鳴った。気がつけば、俺は飛鳥馬さんに手を引かれたまま公園の入口にいた。


「とにかく、病院に」

「平気っす!また、殴られただけだから」

「いう事聞くんでしょ。ほら、乗って」

「あっ」


 公園を出た所には一台の黒い車が停まっている。飛鳥馬さんはそこに近づくと、ロックを外して助手席のドアをあけた。車内には見慣れない形の座席と、左ハンドルが覗いている。


「乗っていいんすか?」


 立ち止まって観察していた俺を軽く中に押した飛鳥馬さんは、何も言わないまま運転席に乗り込んでエンジンをかけた。





 しばらくして病院に到着し、俺はそのまま診察を受けた。予想通り怪我は大したことなくて、数時間後には処方箋の袋を握りしめたまま、申し訳なさそうに飛鳥馬さんの隣を歩く俺がいた。


「付き添ってもらってすいませんでした。でも、言ったじゃないっすか。大したことないって」

「軽い擦り傷と打撲で? いったい今まで何してきたんですか」

「それは……。せっかく会ってくれるって日に、ごめんなさい」

「……鹿角かずのさん?」

「舞い上がってました。やっぱ俺みたいなのって、Subらしくできないんす」


 地面を見つめた俺の瞳から、ひとつふたつと涙が落ちていく。


「……っ、パートナーになってほしいなんて、マジで図々しかったですよね……俺、もう帰ります」

「……馬鹿ですね」

「!」


 頭を下げたまま最寄りのバス停へ歩き出そうとした俺を、優しい声と同時に引き留めた飛鳥馬さんは、俺の身体を引き寄せる。そのまま崩れるように彼の胸に倒れると、震えていた俺の頭を何度も撫でてくれた。


「痛かったでしょうに」

「……っ」

「僕はそんなに怒っていません。まったく、危なっかしくて目が離せませんね」


 すっかり優しい声に戻っていて、聞いているだけでまた涙が溢れる。胸に当たった俺の耳に、彼の鼓動が聞こえてくるのが心地よくて、思わず目を閉じた。


「さて、こうなったら僕の家に来てくれますよね?」

「えっ、だけど……俺」

「珍しく目が丸い。そんなにびっくりします?」

「いいんすか……?」


 顔を上げると至近距離いっぱいに飛鳥馬さんがいて、つい見つめてしまう。まつ毛が長くて、肌がきれいで、まるでガラス細工みたいな瞳が輝いて見えた。


「……もちろん」

「あ」


 いつまでも眺めていたいなと思っていると、徐々に近づいてきた唇が額に触れる。




 再び、車に乗せてもらい移動する間、俺はずっと額を触っていた。


「ねえ、鹿角かずのくんって呼んでいいですか?」

「も、もちろん……」

「鹿角くん。実は僕も、今までパートナー作ったことないんですよ」

「え?」


 涙が乾いた顔を運転席の方へ動かす。真っすぐ正面を見ている飛鳥馬さんの横顔は、少し困惑している様子だった。


「いつもcommandが上手くいかなくて。だからドライブが趣味なんです。あの夜も……」

「Domでもそういうことあるんすね」

「もちろん。commandを出しても満たされない時はあります。……鹿角かずのくんの反応はとっても嬉しかったですけどね」

「うっ……急な笑顔が眩しいっす。てか、なんか都内の方来てません? 飛鳥馬あすまさん家ってどこなんすか?」

「もう少ししたら住宅街に入りますよ」

「へえー、なんかでっかい家ばっかですね」


 気分も落ち着き呑気なことを言っていたが、道路を進んだ車が住宅街に入ると俺の額に汗が滲んだ。不敵な笑みを浮かべる飛鳥馬さんは、ハンドルをきってどデカい一戸建ての駐車場に入っていく。


「っえ、ここっすか?!」

「もしかしてDomを甘く見てますね?」


 大きな門をくぐり、自動ドアの車庫を降りると家の中へ案内される。長い廊下を抜けて、大きな窓があるリビングにたどり着いた。飛鳥馬さんは慣れた動きで照明をつけ、俺をソファーへ座らせる。俺はちんまりと座ったまま辺りを見回した。


「俺の職場より広い……」

「あはは。とりあえずコーヒーでも淹れてきましょうか」

「あっ、お構いなく」


 戻ってきた飛鳥馬さんから暖かいコーヒーを受け取る。彼は俺の隣に座ると、湯気がほわほわ揺れるマグカップをそっと口につけた。合わせるように俺も淹れたてのコーヒーを頂く。


「美味しいっす。あの、ありがとうございます。ところでご職業って……」

「IT系の会社員をしています」

「ほえ……ここに一人で住んでるんすか? それとも別荘とか? なんか、あんま生活感がないというか」

「自宅です。パートナーいない分、欲求を仕事で発散しがちでして。一人なので、帰って寝るだけなんですよねー」

「……俺、場違いっすか?」

「またその話をします? 帰りたいなら送りますけど」

「う……嫌っす」


 雑談をしつつ、飛鳥馬さんに少しだけ身体を寄せてみる。まだギリギリお互い触れない距離だけど、なんだかドキドキする。そのうちにさっきの話になって、俺は空になったカップを机に置いた。


「あの、公園のことなんすけど。俺、マジで飛鳥馬あすまさんを待ってただけで」

「……信じますよ」

「早く来て座ってたら、アイツが……」


 すると飛鳥馬さんは急に距離を詰め、その手が俺の足に触れた。


「僕以外のDomの話を、今しないで」

「っ……はい」


 怒られたはずなのに、どこか胸がきゅっとする。優しい笑みを浮かべる彼は、細長い指を俺の唇に伸ばした。

 柔らかい指は傷口を避けながら唇をなぞっていく。俺はじっとそれを受け入れた。


「口の端、切れちゃってますね」

「っ。元は俺がふっかけた喧嘩だったんで」

「やんちゃですね」

「……あの、飛鳥馬あすまさんに見てほしいのあるんす」

「なんです?」

「これ、今日まで頑張ったこととか……見てほしくて」


 ポケットからスマホを取り出し、溜めていたメモを見せた。画面を覗き込んだまま目を見開いた飛鳥馬さんの方に、身体ごと向きを変える。


「その、これで俺の信頼伝わりますか?」

「なっ…… Good boy!」

「わっ」


 飛鳥馬さんはまた俺を抱きしめた。
 とっても温かくて気持ちが良くて、ほわほわする。俺は静に息を吐いて、震える身体を落ち着かせる。


「沢山伝わりました。ホント可愛い。ねぇ、パートナーになっちゃいましょうか、僕たち」

「っ。でもっ、俺みたいなのが」

「俺みたいな? 僕がそう思わせてしまいました?」

「違うっす! むしろ、むしろ……可愛いとか、褒めてくれるのめちゃくちゃ嬉しいから……」


 すっぽりと飛鳥馬さんに包まれるように身体をあずけ、頭を撫でてもらう。


「俺、飛鳥馬さんにしか……懐きたくない」

「っ?! そんな事言ってると知りませんからね」

「あっ」

「……少し室温を上げましょう」


 飛鳥馬さんのいつになく真剣な表情に息を呑む。彼はテーブルに置かれたリモコンを操作し、ソファーに戻った。お互いの呼吸が少しずつ熱を帯び、速くなっていく。

 握りしめた彼の上着を引き寄せ、俺がソファーに倒れると、彼が覆いかぶさる。そしてリップ音をたてながら、傷口に当たらない角度でキスが降り注いだ。


「んっ。はっ……あっ、飛鳥馬さんっ」

「鹿角……くん」

「くすぐった……あっ!」

「大丈夫? 痛くないですか?」

「ん……」


 身をよじると、持ち上げられた上着の中に長い腕が入ってくる。飛鳥馬さんの逞しい両手が俺の胴体に触れ、優しく腰から上へ撫で上げた。


「脇腹……ここにも痣がある。他も全部見せて」

「っあ、そこ乳首っ……そんなとこ、痣ないっす」

「ふふ。小さくて硬くなってる。ほら」

「っ、ちょ、摘まむのダメだからっ」

「腰浮いてるけど?」

「んっ」


 相手のペースに飲まれ、きゅっと両乳首を摘ままれると情けない声がでた。繊細な指先はくりくりと俺の乳首をつまんだり、こねたりしている。飛鳥馬さんに見つめられながらそんなことをされると、先端がじんとした。


「鹿角くんのセーフワード、教えて?」

「セーフワードとかいらない……」

「こらこら、ちゃんと決めないと。ダメな時は止めるので」

「っ。じゃ、stop止めるにする」

「分かりました。じゃあ早速──Strip脱いでして」


 頷いた飛鳥馬さんは俺の額に散った前髪を指で整えた。熱くなる顔を俯かせ、ゆっくりと身につけているものを脱ぎ捨てていく。


「っ、裸、自信ないっ」

「大丈夫。鹿角くん、大きめのズボン穿くから分からなかったけど、なかなか美脚ですね」

「っあ。触っ……っ、ん」

「Good. いい眺めだ」


 彼はうっとりした声で俺の太ももを掴み、ひと撫でした。


「あ、飛鳥馬さんの、裸も見たい」

「いいですよ」

「……っあ。腹筋すご」

「見惚れちゃう?」


 飛鳥馬さんは上着を脱ぎ、続いてズボンに手をかける。そこから大きな竿の先端がのぞき、俺は釘付けにになる。


「……っでか」

「見ます?」


 悪戯に笑う飛鳥馬さんは自身のちんこを軽く握って揺らす。俺の倍くらいあるんじゃないかこれ……


「そんなに見つめないで、鹿角くん」

「っ! あ……ごめ」

「泣きそうな顔して……正直、思ったより超タイプです。もっと広い方がいいから、ベッドルーム行きましょうね」

「あっ」


 飛鳥馬さんに軽々とソファーから持ち上げられて、寝室へ移動する。ぎゅっと抱きつくと、俺のがさついた肌と飛鳥馬さんの滑らかな肌が触れて、その間に暖かさが広がった。


「ねぇ、本当に今までパートナーできなかったんですか? こんなに可愛いのに」

「うう……」


 ベッドにゆっくり寝かせてもらってから、ほぼ抱き合うくらいの距離に飛鳥馬さんが接近した。下で2つの竿が当たったと思うと、それをやわく握られ、俺とひと回り以上違うサイズのちんこが擦れあう。


「っあ、ふ、あ……うあ、ンん」

「自分で擦ってみる?」

「きもち……これっ……んんっ」


 俺は欲望に任せて、彼と手を握ったままちんこを擦った。何度も亀頭から根本までを往復して、自分で動かしているのか彼が動かしているのかも分からなくなる。びくびくと反応する自分の物が恥ずかしく、内股になると制するように内ももを撫でられる。艶めかしい水音が響くなかで、飛鳥馬さんは俺の顔を指で軽く持ち上げるとキスをした。


「んぅ。っは、あ……っ、あっ」

「っふ、頬が赤くなってる」

「あっ、飛鳥馬さん……っ」

「そろそろ、後ろも触っていいです? それとも、今日は前だけにしときます?」

「ぅ、それは……っ」

「綺麗ですね……もしかして、期待してたんですか?」


 飛鳥馬さんが急に身体を離し、俺の両足を割り開いた。中心にある後孔をまじまじと見ると、ひと撫でする。確かに今日の事を考えて準備はしたが、見られながら言われると恥ずかしい。彼はベッドサイドのローションを手に、指を静かにそこに埋めた。


「ん、う。っ、んあ。……ふっ、う」

「……っ。温かくて指が溶けそう。前立腺はここの辺りかな?」

「っあ!! そこ、なんかビリビリくる!!」

「そんな怖い顔しないで。沢山気持ちよくなって。ほら、前も一緒に触ってあげるから」

「っ、ん。気持ちいっ。んあっ、やば、まって……! あっ、ふあ」


 ぐちぐちと卑猥な音をたてながら、前立腺を内側から押され、前は素早く擦られて沸騰しそうになる。ベッドシーツを握りしめて耐えていると、徐々に快感が押し寄せる。


「はっ、ん。っ……俺、こんな声出してる……っ」

「僕の前ではもっと甘えてくださいね」

「ぅあっ、ああっ」

「っ……そろそろ」


 長いまつ毛を伏せて、息を吐いた飛鳥馬さんが態勢を変えた。あ、これ挿れられるんだ、と思った時には、既に両足を持った彼が股の間に来ていた。


「っひ。あ、熱いの入って来てるっ……」

「息を吐いて。ゆっくり、根元まで入れますよ」


 息を吐くタイミングで中に入ってくる飛鳥馬さんの圧を全身で受け止めながら、汗ばむ顔を見上げる。


「んっ、ふ。きてるっ……あっ、すご……」

「……鹿角くん、Lookこっち見て. このまま、イく顔みせて」

「んっ。ふ。あっ、あ」

 彼の瞳に自分の影が映った。飛鳥馬さんのは俺の中でしばらくじっとしていたけど、そのうちピストンが始まった。それだけで頭が精一杯なのに、ちんこを擦られながら乳首を口で強く吸われ、同時に責められた快楽に悲鳴みたいな声が出る。それなのに、飛鳥馬さんの頭から視線を外せない。


「あ”、そんなっ、乳首吸わないでっ。あ、んう」

「っは。すごい締まる」


 じゅっと音を立てて乳首から唇が離れ、顔を上げた飛鳥馬さんと視線が交わる。ベッドの上で身体が揺れ、逃げようとすると腰を掴まれて更に密着する。


「ぁあ。も、そんな。激しっ、あ。いくっ……! やばいっ。ん、きもちいいっ。あ、もう、いくっ、いっちゃうっ。んぐっ、あ、あ、ああっーーーーー!」


 ちんこと奥を同時に突かれ、俺は真っすぐ飛鳥馬さんの顔を見つめながら精液を飛ばした。彼の物が根元まで差し込まれ、そのままぴったり密着する。お腹が気持ちよくて、身体が痙攣してカクカク震えるが、彼の手はゆっくりと俺の竿をもんだまま先端を親指でぐりぐり刺激した。


「あっ! これなにっ、知らないっ。まっで……! 休まっあ、あ、なんか出る?! ひああ、う、んっ?!」

「っ、そのまま出して」

「ひぐっ、あん、ああっ」


 ぴゅ、ぴゅっと透明な液体がちんこから飛び出した。頭が真っ白になって、生理的な涙が俺の瞳に浮かぶ。目の前の飛鳥馬さんは、苦しそうな顔をしながら俺の腰を掴んでピストンを再開した。


「っ、あ。僕もっ」

「んっあ。は、あーーー」


 荒い呼吸をした飛鳥馬さんはちんこを一気に引き抜いて、小刻みに震える俺の腹に勢い良く射精した。


「っ~~~!!」

「Good boy. ずっと視線を外さなかったですね。偉いですよ」

「……あ」


 ほほ笑む飛鳥馬さんが上から囲うみたいに身体を重ねてきて、涙でびしょびしょになった俺の頬に、ちゅっと音を立ててキスをした。達成感に満たされた身体から力が抜け、ふっと視点がぼやける。


「ふへ……」

「あ、Sub spaceはいっちゃった」






 暖かいタオルで全身を拭かれ、ぼーっと高い天井を見る。イってから数十分後、段々と俺の意識は回復してきた。


「う、あ……飛鳥馬さ……」

「気がつきました? あ、よだれ垂れてますよ。Sub space気持ちよかったですね」


 俺の口元を乾いたタオルで拭くと、飛鳥馬さんがベッドに潜り込んできた。そのまま俺に抱きついてキスをしながら、ご機嫌で頭を撫でている。


「はあ、僕も気持ちよかった。身体は大丈夫です?」

「ん……。今は痛くないっす。と、俺。初めてかも……Sub space」

「え~嬉しい。イった時も中すっごく締め付けてとっても可愛かったです」

「……」


 眉間にシワが寄りそうになると、すかさず飛鳥馬さんの指が間をぐりぐりして平らに戻した。


「あ、そう言えばあのメモ、ベッドでもう一回見ましょうか」

「え、俺のっすか?」

「そうそう。取ってきますね! さ~Care頑張っちゃいますよ」

「えっ。あ」


 布団を顔まで上げた俺を置いて、飛鳥馬さんがスマホを取ってくる。その後、二人ベッドに寝たままたっぷり褒めてもらえて、俺は再びフワフワし、やがて眠りに落ちた。




 ___


 あっという間に数週間経ったある日、仕事終わりの帰り道、いつもの同僚と会話する。


「おつかれ。なー健、今日飲みいこーぜ」

「あ、すまん。迎えが来るから無理だわ」

「はー?」


 職場の建物から出た所で俺たちは立ち話をしていた。夕暮れの空を背に、同僚は不思議そうに首を傾げた。


「なんか、最近調子良さそうだな。やつれオーラ消えたというか」

「なんだよそれ」

「うーん、上手く言えんが雰囲気が変わったというか……あ、もしかして気になってる人と上手くいってるとか?」

「ふへ」

「っ、急に笑顔のチワワみたいな顔すんな。分かりやすすぎだろ」

「そのうちお前にも紹介しなきゃな」

「んだよ。そろそろ、どんな人か教えてくれたって──」


 同僚が言いかけた所で、俺の前に影が落ちて暗くなった。


「あっ、飛鳥馬さん!」


 首の向きを変えると、横に飛鳥馬さんが立っていた。俺が声をかけると、いきなり背中に腕をまわされて身動きできなくなる。飛鳥馬さんは同僚の方を向き、モデルみたいな笑顔を浮かべるとハキハキと喋り出した。


「初めまして。 鹿角くんのパートナーの飛鳥馬といいます」


 あまりにも作り笑顔で、俺はちょっと笑う。ども、と小さく会釈をした同僚は、身体を縮めながら飛鳥馬さんを足元から頭のてっぺんまで観察した。


「すみません、この後予定があって。さ、鹿角くん行きましょうか」

「えっ、あ。ハイ……」


 背中にまわされた腕は下に動いて、俺の腰をしっかりと抱き寄せる。俺より先に同僚が顔を赤くさせ、真顔で俺のほうに顔を向ける。


「ってことで……今度ちゃんと紹介するわ。すまん」

「……お幸せにな」


 棒立ちになった同僚を置いて、俺たちは道路脇に停めてあった飛鳥馬さんの車に乗り込んだ。バタンと車のドアを閉めると、彼は息を吐きながら伸ばした指先でゆっくりと俺の額に落ちた前髪をすくう。


「お待たせしました。寒くなかったですか?」

「あの、飛鳥馬さん……?」

「なんです?」

「さっきのアイツは、フツーに同僚で親友っす」

「すみません、そうでしたか。だけど僕のSubだから。言っとかないとと思って」


 そのままいつものように頭をぽんぽんと撫でられた。少しむっとしている飛鳥馬さんの横顔が可愛いなと思う。


「じゃ、帰りましょうか」

「はい」


 俺はシートベルトをしめてフロントガラスに映る空を見上げた。可愛いとか、僕のものとか、言われ過ぎてあまり気にならなくなってきた。ふと、お互いが好きすぎて、馬鹿になったみたいだなと思った。





 fin.
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