鄧禹

橘誠治

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第四章 洛陽編

約束のゆくえ

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 さて、そして、劉秀との約束だが、これは皇帝が頭を抱えつつある状況だった。
 特進とは言ってみれば政治顧問であるため、もともと成功や失敗の基準があやふやな地位なのだ。
 その上鄧禹は明確な失敗はまずしない。これでは少なくとも長安遠征以後の鄧禹の事績がいかに有為であったとしても、それを歴史に残すことができないのだ。
「延岑討伐以前の功績は残せるようにしてあるのがせめてものことだが…」
 これは劉秀が約束したとき条件の一つとして挙げたことで、せめて鄧禹の功績の前半部だけは確実に残せるようにという保険の意図もあったのだが、年数を重ねる中、劉秀ははたと気づいた。
「待て、もしやこのままでは仲華の名は悪名として歴史に残るのではないか」
 鄧禹の軍事的功績の最後は延岑討伐であり、これにより彼の敗運は払拭されたと劉秀や他の者たちは考えていた。だがそれはあくまで同時代人の感覚であり、後世の人間にとっては遠征失敗の印象の方が強いのではないか。劉秀はそのことに気づいたのだ。
 そう考えると、特に最終段階において馮異を巻き込んでの大敗・潰走は印象が悪すぎる。下手をすれば鄧禹は「おのれの功名のために兵を無為に死なせ、僚友をも敗死させかかった無能者であり卑怯者である」との心証だけが後世の人々の心に刻み込まれてしまう。


「あ…っ!」
 ここで劉秀はもう一つのことにも気づいた。
 もしや鄧禹はすでにこの危険を承知しているのではないか。というより最初から理解していたのではないか。
 そう考えればここまでの鄧禹の働きぶりも納得できる。
 成功を続ければ後半生の功名は残らず、悪名も存在しない以上やはり残らない。あるいは確かに功績がありながら、それが明確になりにくい働き方をしている。
 そしてこのまま事が推移してゆけば、鄧禹は悪名(というより悪印象)だけが後世に残り、結果は彼の望み通りのものになる。
 鄧禹はそこまで考え、最初から「判定勝ち」を狙っていたのだ。
「本当におぬしはいつまでたってもかわいげのない…」
 ようやくそれと知った劉秀は、次に鄧禹に会ったとき、渋面を浮かべながら有能すぎる臣下を軽く難詰した。本当に責めているわけではないのだが、少年時代から明晰すぎる頭脳のため、しばしば年齢にそぐわない「かわいげのなさ」を示してきた鄧禹を思い出していたのだ。
 それを感じたか、鄧禹もわずかに苦笑に似た表情を浮かべつつ、しかし自分をいつまでも慈しんでくれる主君に、申し訳なさも含め、静かに頭を下げた。 


 鄧禹の仕事は続く。相変わらず様々な職分に関わる日々だが、年経ても各分野の潤滑剤・接着剤・緩衝材としての存在感は薄れない。
 どの分野にも鄧禹が見出した人材がおり、専門外の分野との軋轢を彼の仲裁で解消できたことも一度や二度ではない。それにより様々な政策も滞ることなく進み、成果を上げてゆく。
 劉秀の重臣の中では若い層に入る鄧禹は、年長の重臣と新参の年若い臣下との間を取り持つことも少なくない。
 そして若かった鄧禹も四十を過ぎてくれば、さらに権威も増してくる。だが彼はいつも穏やかで、威はあっても近づきがたさは感じさせない。
 鄧禹は長安遠征の中期から後期にかけての、独りよがりだった自分を一生忘れることはなかった。


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