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第四章 洛陽編
光武帝
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そしてついにこのときが来た。
封禅の儀をおこなったその次の年、劉秀が病に臥せったのだ。年齢からいっても死病であろうことは誰もが察せられた。
鄧禹もその一人であり、それを誰よりも望まず、そして誰よりも劉秀の心情を感得していた人物かもしれない。
劉秀は自分の為すべきことをすべて終えたと感じているのだ。
戦乱に傷つき、病み衰えた国土を、劉秀は適正な政で快復させてきた。
それが一定の成果を見せたからこそ鄧禹たちは封禅を勧めたのだが、そのことが返って劉秀に満足を与えてしまったのかもしれない。
「だとすれば我らは救いがたい不忠の臣よ…」
鄧禹はそうも考えるが、同時にどこか安堵の想いもあった。臣下として許されないことだが、ようやく劉秀自身が休憩を与えられる。そんな気がしたのである。
一日、鄧禹は劉秀に呼び出された。
「見舞いにも来ぬとは薄情なやつめ」
牀(寝台)に横たわる劉秀が笑いながら鄧禹にかけた言葉は当然諧謔である。
公務でもないのに皇帝を尋ねるなど、臣下の身で許されることではない。そうでなければ鄧禹は毎日でも劉秀を訪ねていただろう。
劉秀が鄧禹や他の臣下を呼びつけなかったのは、彼らが激務の中にあるとわかっていたからである。もともとの重責に加え、自分が臥せってしまった以上、すべきことはさらに増えてしまっているに違いないのだから。
それが理解できる明晰さを失っていない劉秀が自分を呼んだ意味。そのことを思うと鄧禹には皇帝の諧謔にすら恐れを覚えていた。
「申し訳ございませぬ…」
「まあ構わぬ」
それだけを告げた後、二人はしばし黙った。語ろうと思えばいくらでも語り合えることがある。それはどれだけ時間があっても足りないもので、だがその時間がもう劉秀にはない。それゆえ何も話せなかったのだ。
「…荘を頼む。おぬしは朕より少しばかり若いゆえ、まだあれのそばにいられよう。佐てやってくれ」
荘――劉荘は劉秀の息子で皇太子である。当然、劉秀の死後は皇帝になる。
「御意にございます。非才の身なれど全力で…」
「おぬしに才がないならこの世に才ある者など一人もいなくなってしまうわ」
力なく劉秀が笑うことに、鄧禹は長安で初めて彼と会った頃を想起していた。
劉秀は鄧禹には見極められないものを持っていた。それが何だったのか、当時はわからなかったが、今はわかる。それは鄧禹だけでなく、漢に生きる者すべてが理解していることだった。
「…陛下、感謝いたします。陛下のご功業の末端にでも関われたこと、生涯の誉にございます」
「おぬしはもう一度最初から学問をしなおした方がよさそうだな。中心と末端を間違えるようではどうしようもない」
万感の想いをこめての鄧禹の感謝を笑って受け容れる劉秀も、やはり出逢った頃を思い出していたのだろう。学問などという単語が出てきたことがそれを感じさせる。それゆえか、劉秀は語を継いだ。
「…おぬしが鄴に現れてくれたこと。あれが天命をつかむ契機だったと今なら理解できる。朕こそ礼を言わねばな。ありがとう、仲華」
更始帝の命令で河北を転戦していたとき、駐屯していた鄴に鄧禹は現れた。そして劉秀にとっての天命は天下を得ること。鄧禹が仕えてくれたからこそ天下を取ることができた。劉秀はそう言っているのである。
そしてそれが理解できない鄧禹ではなかった。
「陛下…」
才あることを証明し続けてきた鄧禹にして、このときこの場ではこれ以上何も言えず、ただ落涙するのみだった。
建武中元二年(西暦57)二月五日。
劉秀は崩御した。享年六十三。
廟号は世祖。
諡号から歴史上光武帝と称される、後漢王朝初代皇帝である。
中興にして創業。名将にして名君。大器にして温柔。
加えて文才においても歴史に名を遺す、五千年を誇る中国史上でも他に類を見ない、独得で、優秀や有能という言葉では表現しきれない叡智や器量を持つ皇帝であった。
封禅の儀をおこなったその次の年、劉秀が病に臥せったのだ。年齢からいっても死病であろうことは誰もが察せられた。
鄧禹もその一人であり、それを誰よりも望まず、そして誰よりも劉秀の心情を感得していた人物かもしれない。
劉秀は自分の為すべきことをすべて終えたと感じているのだ。
戦乱に傷つき、病み衰えた国土を、劉秀は適正な政で快復させてきた。
それが一定の成果を見せたからこそ鄧禹たちは封禅を勧めたのだが、そのことが返って劉秀に満足を与えてしまったのかもしれない。
「だとすれば我らは救いがたい不忠の臣よ…」
鄧禹はそうも考えるが、同時にどこか安堵の想いもあった。臣下として許されないことだが、ようやく劉秀自身が休憩を与えられる。そんな気がしたのである。
一日、鄧禹は劉秀に呼び出された。
「見舞いにも来ぬとは薄情なやつめ」
牀(寝台)に横たわる劉秀が笑いながら鄧禹にかけた言葉は当然諧謔である。
公務でもないのに皇帝を尋ねるなど、臣下の身で許されることではない。そうでなければ鄧禹は毎日でも劉秀を訪ねていただろう。
劉秀が鄧禹や他の臣下を呼びつけなかったのは、彼らが激務の中にあるとわかっていたからである。もともとの重責に加え、自分が臥せってしまった以上、すべきことはさらに増えてしまっているに違いないのだから。
それが理解できる明晰さを失っていない劉秀が自分を呼んだ意味。そのことを思うと鄧禹には皇帝の諧謔にすら恐れを覚えていた。
「申し訳ございませぬ…」
「まあ構わぬ」
それだけを告げた後、二人はしばし黙った。語ろうと思えばいくらでも語り合えることがある。それはどれだけ時間があっても足りないもので、だがその時間がもう劉秀にはない。それゆえ何も話せなかったのだ。
「…荘を頼む。おぬしは朕より少しばかり若いゆえ、まだあれのそばにいられよう。佐てやってくれ」
荘――劉荘は劉秀の息子で皇太子である。当然、劉秀の死後は皇帝になる。
「御意にございます。非才の身なれど全力で…」
「おぬしに才がないならこの世に才ある者など一人もいなくなってしまうわ」
力なく劉秀が笑うことに、鄧禹は長安で初めて彼と会った頃を想起していた。
劉秀は鄧禹には見極められないものを持っていた。それが何だったのか、当時はわからなかったが、今はわかる。それは鄧禹だけでなく、漢に生きる者すべてが理解していることだった。
「…陛下、感謝いたします。陛下のご功業の末端にでも関われたこと、生涯の誉にございます」
「おぬしはもう一度最初から学問をしなおした方がよさそうだな。中心と末端を間違えるようではどうしようもない」
万感の想いをこめての鄧禹の感謝を笑って受け容れる劉秀も、やはり出逢った頃を思い出していたのだろう。学問などという単語が出てきたことがそれを感じさせる。それゆえか、劉秀は語を継いだ。
「…おぬしが鄴に現れてくれたこと。あれが天命をつかむ契機だったと今なら理解できる。朕こそ礼を言わねばな。ありがとう、仲華」
更始帝の命令で河北を転戦していたとき、駐屯していた鄴に鄧禹は現れた。そして劉秀にとっての天命は天下を得ること。鄧禹が仕えてくれたからこそ天下を取ることができた。劉秀はそう言っているのである。
そしてそれが理解できない鄧禹ではなかった。
「陛下…」
才あることを証明し続けてきた鄧禹にして、このときこの場ではこれ以上何も言えず、ただ落涙するのみだった。
建武中元二年(西暦57)二月五日。
劉秀は崩御した。享年六十三。
廟号は世祖。
諡号から歴史上光武帝と称される、後漢王朝初代皇帝である。
中興にして創業。名将にして名君。大器にして温柔。
加えて文才においても歴史に名を遺す、五千年を誇る中国史上でも他に類を見ない、独得で、優秀や有能という言葉では表現しきれない叡智や器量を持つ皇帝であった。
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