大人への門

相良武有

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第七話 陽炎揺れて

④裕次、洋子を奥伊根に匿う

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 翌朝早く、裕次の運転するライトバンの助手席に、男物の登山帽を目深に被り、サングラスを架けて、顔を隠すようにじっと座っている洋子の姿があった。後部座席には洋子の身の回り品や日用品を詰め込んだナップザックとボストンバッグが無造作に転がっていた。裕次は険しく黙り込んで前方へ眼を向けている。窓の向うの海は朝陽に金色に光っていた。
二十分ほど走ると、彼方に海に突出している岬が見えて来た。
「ちょっと寄り道して行くからな」
「寄り道?」
 着いたのは小高い山の中腹に在る寺の墓地だった。盛夏になって伸び切った雑草の中に墓石と卒塔婆が立っていた。
「此処は俺のおふくろの墓だ」 
照りつける太陽と降るような蝉しぐれの下で、裕次は墓の周りの草を毟り取った。
手を停め、墓標を眺めながら裕次が呟いた。
「こらっ、裕次、何をしとるんかね、この子は・・・か」
その後、額ずき合掌して祈る裕次の後姿を洋子がじぃ~っと見遣った。
墓前から立ち上がった裕次が振り返って言った。
「君のこと、おふくろに頼んで置いたよ、無事に守ってやってくれって、な」
洋子は眼を裕次から墓へ移し、墓の前に歩み寄って両掌を合わせた。
墓参を終えた二人が更にニ十分ほど車を走らせると、舟屋の立ち並ぶ伊根が見えて来た。
「舟屋と言うのはこの伊根地区独特の伝統的民家で、船の収納庫の上に住居が在るんだ」
裕次が簡単に洋子に説明した。
「一階に船揚場と物置と作業場があり、二階が居室になっている。一階の作業場は出漁の準備や漁具の手入れ或いは魚干物の乾燥や農作物の置場などに利用される。土台や柱は椎の木を用い、梁には松の原木が使われているんだ」
湾を取り囲むように立ち並ぶ舟屋は総じて「舟屋群」と言われ、海から見る舟屋群の景観や舟屋から見る海の景観は伊根町の代表的な観光資源である。舟屋は江戸時代の中期頃から存在していたと言われ、「伊根浦」として漁村では全国で初めて国の重要伝統的建造物群保全地区の選定を受けている。
 その舟屋群の一角に目指す「やすらぎの宿 美紗庵」は在った。
「此処は、女将が営む農園で収穫した野菜をふんだんに使った料理と、伊根町の海で取れた新鮮な魚介類が人気の民宿なんだ」
部屋数は三部屋しか無く一日三組、十名が宿泊の限度だと言う。
丁度、農園から夏野菜を収穫して帰って来たばかりの女将は、勝手口から入った和室の居間に居た。四十歳前後の明るい小粋な女盛りだった。
「あ~ら、裕次さん、お珍しい、急にどうしたんですか?」
「美紗子さん、何も聞かずにこの人を暫く泊めてやって下さい。心も身体も疲れ切っているので少し休養しなければいけないんです、頼みます」
裕次の藪から棒の頼みに、女将は呆気にとられたように不審げに暫く怪訝な表情をしていたが、洋子の顔を微笑で見やって徐に言った。
「解かりました。裕次さんは真直ぐな人だし、嘘を言って人を誑かす人ではないから、お受けしましょう。お部屋は二階の一番奥、六畳の和洋室で少し狭いけど、洗面所とトイレとユニットバスは付いているから、生活に支障はないわ」
それから、洋子を正面に観て、訊ねた。
「随分と綺麗な娘さんだけど、お名前は何とおっしゃるの?」
「はい、申し遅れました。中村洋子と申します。宜しくお願い致します」
洋子は丁寧に頭を下げた。
「洋子さんね。それじゃ取り敢えずお部屋へご案内しましょうか」
ボストンバッグを持ち上げ、ちょっと行って来るわね、と裕次に目顔で言って、洋子を先導して行った。
暫くして戻って来た美紗子が裕次に訊ねた。
「何か訳の有りそうな娘だけど、まさかパパのコレじゃないでしょうね?」
そう言って小指を立てた。
裕次は笑いながら答えた。
「彼女は未だ二十三歳ですよ。親父がいくら何でも、それは無いですよ」
「そう、なら良いけど・・・でもあなた、最近あの人によく似て来たわね、姿形だけでなく、することも、ね」
「えっ?」
「眼の中に入れても痛くないと言うあの人の気持、こうしてあなたと話していると解って来るみたい・・・よく私の処で自慢するのよ、あなたのこと。あいつは小さい頃から俺によく似ているって・・・」
「・・・・・」
「あの人、真実に良く出来た人よ、偉いのよ、ね。だから女にすれば、あの人に頼ってみたい、って気になるの。世話を受けている私を初め「旅館橋立」の幸恵さんや「橋倉茶屋」の和子さんもお互いにいがみ合うこともなく、女は女同士で仲良く付き合って行けるのよ、ね」
「然し、大した金を持っている訳でもない男の何処が良いんですかね、そんなに」
「あの人のこと、そんな風に言うちゃいけないわ。「橋立苑」グループの総師に可愛がられて誇りに思っているのよ、少なくとも私は・・・」
「誇り?良く解らないよ、僕には、あなた達の気持が」
「尤も、金曜日じゃないと来てくれないけどねぇ。淋しいけど嬉しいものよ」
「ほんとうに解りませんよ、あなた達の気持」
「心配なのよ。あの人、女に親切やし、女にすれば頼ってみたい性分やし・・・」
裕次は首を傾げるばかりであった。
「もし彼女が望めば、何でも手伝わしてやって下さい。家の宿では仲居として働いていましたから」
昼食は美紗子の作った冷やし素麺を洋子も入れて三人で食した。かつお出汁の麺つゆと擦り下ろした土ショウガと刻みネギの薬味だけが入った簡単なつけ麺だったが、冷たい氷をどっさりとぶち込んだその味は超がつくほど美味だった。
 「橋観荘」に戻った裕次は会長と豊子に、洋子が入院した、とだけ告げた。
「身体の具合が思わしくなくて宮津の市立病院に連れて行ったら、あちこち検査した挙句に、精密検査が必要とのことで暫く入院することになったよ」
怪訝そうに何か言おうとした豊子を会長が制した。
「解かった。来た時から大分悪そうやったから、大きな病院でちゃんと診て貰った方が良ぇやろ」
会長は何かを察しているようだった。
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