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第八話 流離う愛
③「止めろよ、何時までそうやって悪ぶって居りゃ気が済むんだ!」
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翌朝、香織がバスに乗り込むと、聡亮は既にシートに座っていた。彼は二つ手前のバス停から乗る。時間帯はいつも同じだった。帰りのバスは一斉に下校する高校生で混み合うが、朝のバスは、彼等は順次に乗って来るので、比較的空いている。空席も在った。
香織は聡亮の横に座って威勢よく声を掛けた。
「オッス!」
聡亮は驚いて眼を見張った。
「どうかした?」
彼は返答に窮したのか、見ていた単語カードに眼を戻した。
「テスト済んだばかりじゃないの。久し振りだから少し話をしようよ」
聡亮は返事をする代わりに、じい~っと香織の顔をしげしげと見返した。
香織は彼に構い続けようとして思い止まった。他人の眼も在ることだし、楽しみは先に延ばした方が良い。なにしろ、三十分余りの乗車区間である。彼女は聡亮の端整な横顔を見て時を過ごした。
学校でも、帰りのバスでも、香織は聡亮に近づかなかった。ただ、それと無く彼の様子を窺っているだけだった。
降車するバス停が見えて来た時、香織が聡亮の肩を軽く叩いた。
「ちょっと、顔を貸してくんない?」
聡亮はギョッとした表情で香織を見詰めた。
「何で俺が此処で降りなきゃならないんだよ?」
「顔、貸せって言っているんだよ!」
降りたバス停の向かい側に市営の公園が在った。野外音楽堂やグラウンドや遊園地などの有る大きな公園だった。
香織は遊歩道を横に見て脇道へ入り、樹が鬱蒼と茂る林の中へと聡亮を導いた。
暫く行くと、後ろに従いて来ていた聡亮が立ち止まって訊いた。
「一体、何の用なんだ?」
「何の用?あんたは男で、あたしは女じゃん、男と女が二人切りになりゃ、することは決まっているよ」
聡亮は無言で眼を見張った。
「これ、伊達に履いている訳じゃないんだよ」
香織はスカートの裾を引き上げた。
「あんたとあたしは空き家で唇を触れ合った仲だもんね。こうして捲り上げりゃ何時でも出来るんだよ」
聡亮の貌が引き吊ったようだった。
「止めろ!」
突然、大きな声で話を遮った。
「いつまでそうやって悪ぶって居りゃ気が済むんだ!もういい加減にやめろよ」
予期せぬ聡亮の言葉に香織はハッと胸を憑かれた。
「今の君は真実の君じゃないよ。君は頭も良くて気配りも出来る優しい奴なんだよ」
「止めてよ!秀才面して説教を垂れようって言うのか?あんたに何が解かるって言うのよ!」
が、香織の怒鳴り声にも聡亮は怯まなかった。
「詳しいことは知らないが、大方の察しはついているよ。いつまでも過ぎたことに拘っていないで、少しは前を見ろよ。君も俺も未だ十七歳なんだぞ。君は母親とは違うんだ。自分の人生を他人の所為にして無駄に潰すんじゃないよ。自分の未来は自分で築くもんだ」
「黙れ!喧しい!あんたなんかに解って堪るか、あたしの気持が・・・」
香織は半べそをかきながら声を震わせた。
「帰れっ!」
香織はいきなり叫んだ。
「あんたみたいな意気地無しに用なんか無いわ、さっさと帰れよ!」
「俺は君に、空き家で逢ったあの頃の君を、賢くて可愛かった君を、もう一度取り戻して欲しいだけだよ!」
聡亮はそう言って暫く香織の顔を凝視したが、やがて、ゆっくりと踵を返して、彼女の前から去って行った。
風が渡って、樹葉の影が香織の貌の上で揺れた。木漏れ日と葉の緑に染められて彼女の顔は頬を伝う涙に光っていた。
良い男になりよって・・・
香織は独り自分の心に呟いた。
翌くる日の午後、香織は東京行きの新幹線に乗った。あの長いスカートは身に着けず、洗い晒しのジーパンを履いていた。東京には父親が赴任している。兄も住んで居る。月に一度しか香織の元へ帰って来ない父親に、半月に一度ほどしか電話を呉れない兄に、兎に角、香織は逢いたかった。彼女は小さなボストンバッグを足元に置き車窓に顔をつけて、流れ行く京都の風景に視線を彷徨わせた。
香織は思っていた。
もしも昨日、聡亮に会わなかったら、今日、この列車に乗らなかったかも知れない。彼は男らしい少年に成長していた。心底から私のことを思い、懸命に叱ってくれた・・・
香織の胸に熱いものが込み上げて来た。
父親に会って東京から帰って以降、香織の中で何かが少しずつ変わり始めた。相変わらずジーンズのジャケットにロングスカートという伊出達は変わらなかったが、頭の中の意識や胸の中の思いが変わって行くのが自分でも解った。
ビリギャルだって猛勉強して東京の有名大学に受かったんだ、私にだって出来ない訳じゃ無い・・・
だが、二年近くの間、途中で居眠りするなどして授業さへ真面に聞いていなかった香織にいきなり受験勉強が出来る訳がなかった。
或る日、授業が終わると直ぐに、彼女は聡亮を何日かの市営公園へ誘い出した。
「ねえ、あたしに勉強を教えてくんない?」
「えっ?」
聡亮は学年全体で上位五本の指に入る秀才となり、国立大学を目指して受験勉強に明け暮れていた。
「何を言っているんだ?急に・・・」
「勉強するのよ、あたしも」
「どうしたんだ?また」
「勿論、大学へ入る為よ、あんたと同じように、さ」
「本気で言っているのか?・・・真実にマジか?」
「本気だったら、教えてくれるのか?」
聡亮はまじまじと香織の顔を凝視した。香織も聡亮に負けず劣らずの強い視線で彼を見返した。
「よし、分った。本気でやるんなら、俺で良けりゃ、出来る限りの協力はするよ」
「出来る限りじゃなく、とことん最大限、力を貸してよ、ねぇ!」
「中間テストや期末試験と違って、受験勉強は一夜漬けでは駄目だぞ、良いな!」
「うん、解かっている」
その日から聡亮との二人三脚による香織の猛勉強が始まった。
「良いか、先ずはとことん憶えることだ。何が何でも丸暗記するんだ」
「丸暗記?」
「そうだよ、其処からがスタートだ」
そして、聡亮は「俺の勉強が丸切り出来ないじゃないかよ」と文句を言いながらも、毎日、香織に発破をかけつつ丁寧に教えた。
香織は聡亮の横に座って威勢よく声を掛けた。
「オッス!」
聡亮は驚いて眼を見張った。
「どうかした?」
彼は返答に窮したのか、見ていた単語カードに眼を戻した。
「テスト済んだばかりじゃないの。久し振りだから少し話をしようよ」
聡亮は返事をする代わりに、じい~っと香織の顔をしげしげと見返した。
香織は彼に構い続けようとして思い止まった。他人の眼も在ることだし、楽しみは先に延ばした方が良い。なにしろ、三十分余りの乗車区間である。彼女は聡亮の端整な横顔を見て時を過ごした。
学校でも、帰りのバスでも、香織は聡亮に近づかなかった。ただ、それと無く彼の様子を窺っているだけだった。
降車するバス停が見えて来た時、香織が聡亮の肩を軽く叩いた。
「ちょっと、顔を貸してくんない?」
聡亮はギョッとした表情で香織を見詰めた。
「何で俺が此処で降りなきゃならないんだよ?」
「顔、貸せって言っているんだよ!」
降りたバス停の向かい側に市営の公園が在った。野外音楽堂やグラウンドや遊園地などの有る大きな公園だった。
香織は遊歩道を横に見て脇道へ入り、樹が鬱蒼と茂る林の中へと聡亮を導いた。
暫く行くと、後ろに従いて来ていた聡亮が立ち止まって訊いた。
「一体、何の用なんだ?」
「何の用?あんたは男で、あたしは女じゃん、男と女が二人切りになりゃ、することは決まっているよ」
聡亮は無言で眼を見張った。
「これ、伊達に履いている訳じゃないんだよ」
香織はスカートの裾を引き上げた。
「あんたとあたしは空き家で唇を触れ合った仲だもんね。こうして捲り上げりゃ何時でも出来るんだよ」
聡亮の貌が引き吊ったようだった。
「止めろ!」
突然、大きな声で話を遮った。
「いつまでそうやって悪ぶって居りゃ気が済むんだ!もういい加減にやめろよ」
予期せぬ聡亮の言葉に香織はハッと胸を憑かれた。
「今の君は真実の君じゃないよ。君は頭も良くて気配りも出来る優しい奴なんだよ」
「止めてよ!秀才面して説教を垂れようって言うのか?あんたに何が解かるって言うのよ!」
が、香織の怒鳴り声にも聡亮は怯まなかった。
「詳しいことは知らないが、大方の察しはついているよ。いつまでも過ぎたことに拘っていないで、少しは前を見ろよ。君も俺も未だ十七歳なんだぞ。君は母親とは違うんだ。自分の人生を他人の所為にして無駄に潰すんじゃないよ。自分の未来は自分で築くもんだ」
「黙れ!喧しい!あんたなんかに解って堪るか、あたしの気持が・・・」
香織は半べそをかきながら声を震わせた。
「帰れっ!」
香織はいきなり叫んだ。
「あんたみたいな意気地無しに用なんか無いわ、さっさと帰れよ!」
「俺は君に、空き家で逢ったあの頃の君を、賢くて可愛かった君を、もう一度取り戻して欲しいだけだよ!」
聡亮はそう言って暫く香織の顔を凝視したが、やがて、ゆっくりと踵を返して、彼女の前から去って行った。
風が渡って、樹葉の影が香織の貌の上で揺れた。木漏れ日と葉の緑に染められて彼女の顔は頬を伝う涙に光っていた。
良い男になりよって・・・
香織は独り自分の心に呟いた。
翌くる日の午後、香織は東京行きの新幹線に乗った。あの長いスカートは身に着けず、洗い晒しのジーパンを履いていた。東京には父親が赴任している。兄も住んで居る。月に一度しか香織の元へ帰って来ない父親に、半月に一度ほどしか電話を呉れない兄に、兎に角、香織は逢いたかった。彼女は小さなボストンバッグを足元に置き車窓に顔をつけて、流れ行く京都の風景に視線を彷徨わせた。
香織は思っていた。
もしも昨日、聡亮に会わなかったら、今日、この列車に乗らなかったかも知れない。彼は男らしい少年に成長していた。心底から私のことを思い、懸命に叱ってくれた・・・
香織の胸に熱いものが込み上げて来た。
父親に会って東京から帰って以降、香織の中で何かが少しずつ変わり始めた。相変わらずジーンズのジャケットにロングスカートという伊出達は変わらなかったが、頭の中の意識や胸の中の思いが変わって行くのが自分でも解った。
ビリギャルだって猛勉強して東京の有名大学に受かったんだ、私にだって出来ない訳じゃ無い・・・
だが、二年近くの間、途中で居眠りするなどして授業さへ真面に聞いていなかった香織にいきなり受験勉強が出来る訳がなかった。
或る日、授業が終わると直ぐに、彼女は聡亮を何日かの市営公園へ誘い出した。
「ねえ、あたしに勉強を教えてくんない?」
「えっ?」
聡亮は学年全体で上位五本の指に入る秀才となり、国立大学を目指して受験勉強に明け暮れていた。
「何を言っているんだ?急に・・・」
「勉強するのよ、あたしも」
「どうしたんだ?また」
「勿論、大学へ入る為よ、あんたと同じように、さ」
「本気で言っているのか?・・・真実にマジか?」
「本気だったら、教えてくれるのか?」
聡亮はまじまじと香織の顔を凝視した。香織も聡亮に負けず劣らずの強い視線で彼を見返した。
「よし、分った。本気でやるんなら、俺で良けりゃ、出来る限りの協力はするよ」
「出来る限りじゃなく、とことん最大限、力を貸してよ、ねぇ!」
「中間テストや期末試験と違って、受験勉強は一夜漬けでは駄目だぞ、良いな!」
「うん、解かっている」
その日から聡亮との二人三脚による香織の猛勉強が始まった。
「良いか、先ずはとことん憶えることだ。何が何でも丸暗記するんだ」
「丸暗記?」
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そして、聡亮は「俺の勉強が丸切り出来ないじゃないかよ」と文句を言いながらも、毎日、香織に発破をかけつつ丁寧に教えた。
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