15 / 67
第九話 躓きを乗り越えて
⑧茜、イベントの運営を頼まれる
しおりを挟む
冬が駆け足でやって来るような遅霜が降りた土曜日の朝、茜が朝食とも昼食ともつかぬ遅い食事を摂っていると、携帯がプルプルと鳴った。オゾン時代の親友、小畑香織からだった。
「どう?その後、元気にしている?」
「うん、相変わらずよ」
「実はね、あなたに連絡を取りたいって人が居るんだけど・・・」
「だあれ?一体・・・」
「劇団“昴”を宰って居る田宮って言う人・・・」
「ああ、田宮さん」
「知っている?」
「うん」
田宮というのは、あの「未成年者飲酒事件」の時にオゾンホールで公演していた劇団の代表者だった。
「でも、その田宮さんが何であたしに逢いたいって?」
「何でも、劇団の所有するミニシアターのイベントを企画運営して欲しい、というようなことだったわよ」
「えっ、イベントの運営?」
「そう・・・逢ってみる?」
「うん、とても興味あるわ・・・でも、あなた、どうして田宮さんを知っているの?」
「昨日、帰りに待ち伏せされたのよ。あなたと仲の良い友達を探してあなたに連絡を取る為に、だって・・・」
「そうなの・・・」
「じゃ、時間と場所を決めてまた連絡するね」
「うん、宜しく」
訪れる場所に指定されたのは寺町蛸薬師に在る寺社のような古民家風の建物だった。「劇団昴」と墨書された大きな木の看板が掲げられていた。
田宮代表が一階の稽古場で茜を出迎えた。
「いやあ、来て頂いて恐縮です。過日はご迷惑をお掛け致しました。改めてお詫び申し上げます」
「いえ、それはもう・・・」
茜が見渡すと、広い板敷きの部屋の隅に大きな書棚と小さなデスクが見て取れた。
「此処が稽古場ですか?」
「ええ。奥には流しとトイレと風呂と、団員が寝泊まり出来る小部屋も在ります」
「で、此処をホールとして使おうと?」
「いや。後で案内しますが、二階がガランと空いていますので、其処を少し改修してイベントや催しが出来るホールのようなものにしたいと考えているんです。無論、劇団の公演もこれまで通り二階で行いはしますが・・・」
「はあ・・・」
「建物は何とかなるんですが、問題は催し物の企画と運営で・・・誰か良い人が居ないかなぁ、と探していたところ、貴女がオゾンを辞められたと聞いたものですから、渡りに船、と小畑さんを通してお願いした次第です」
「香織とはお知り合いだったんですか?」
「いえ。オゾンの人事部へあなたの住所と電話番号を問い合わせたんですが、プライバシーを理由に拒否されて・・・それで、仲良くされている友人を探している内に小畑さんに行き当たったんです」
「なるほど、そうでしたか・・・」
案内された二階はオゾンホールとは比べようもなかったが、小ホールとして使うには十分な広さだった。二百人程度なら収容出来るだろうか?美術展や絵画展、バレー教室やピアノ発表会、自主映画の試写会や落語の独演会、写真スタジオなど、茜の頭には早くもイメージがくっきりと湧き上がって来た。
「どうでしょう?オゾンでの経験を活かして存分に腕を振るって頂けませんか?」
「はい・・・」
「先ずは“昴ホール”の管理者になって頂き、このホールの全面改装、そして新装ミニシアターの運営指針策定。催し物やイベントの企画運営はあなたの自由。必要とあれば助手やバイトの活用もお任せします。引き受けてはくれませんか?」
茜はイベント・プロデューサーの仕事に未練があった。やり残したとの思いはあっても、やり切ったという感慨は無かった。それに今、仕事の見込みなど何一つも立っていなかった。降って湧いたような突然の文句のない素晴らしい話に、茜は暫し言葉が出なかった。
やがて、漸くの思いで彼女は言った。
「私、やります、是非、やらせて下さい」
「そうですか、引き受けて頂けますか、有難うございます」
階下へ降りた田宮は奥のキッチンから冷酒と摘みを持って来て茜を隅のデスクに座らせた。
「では、善は急げ。固めの乾杯をしましょうか」
注がれた盃を持ち上げて二人は合わせ合った。
「では、“昴ホール”管理者の誕生を祝って、乾杯!」
茜は直ぐに思い浮かんだことを田宮に話した。
「こけら落としは“劇団昴“の前衛芝居でお願いしますね」
彼は、ウイ、という表情で頷いた。
「どう?その後、元気にしている?」
「うん、相変わらずよ」
「実はね、あなたに連絡を取りたいって人が居るんだけど・・・」
「だあれ?一体・・・」
「劇団“昴”を宰って居る田宮って言う人・・・」
「ああ、田宮さん」
「知っている?」
「うん」
田宮というのは、あの「未成年者飲酒事件」の時にオゾンホールで公演していた劇団の代表者だった。
「でも、その田宮さんが何であたしに逢いたいって?」
「何でも、劇団の所有するミニシアターのイベントを企画運営して欲しい、というようなことだったわよ」
「えっ、イベントの運営?」
「そう・・・逢ってみる?」
「うん、とても興味あるわ・・・でも、あなた、どうして田宮さんを知っているの?」
「昨日、帰りに待ち伏せされたのよ。あなたと仲の良い友達を探してあなたに連絡を取る為に、だって・・・」
「そうなの・・・」
「じゃ、時間と場所を決めてまた連絡するね」
「うん、宜しく」
訪れる場所に指定されたのは寺町蛸薬師に在る寺社のような古民家風の建物だった。「劇団昴」と墨書された大きな木の看板が掲げられていた。
田宮代表が一階の稽古場で茜を出迎えた。
「いやあ、来て頂いて恐縮です。過日はご迷惑をお掛け致しました。改めてお詫び申し上げます」
「いえ、それはもう・・・」
茜が見渡すと、広い板敷きの部屋の隅に大きな書棚と小さなデスクが見て取れた。
「此処が稽古場ですか?」
「ええ。奥には流しとトイレと風呂と、団員が寝泊まり出来る小部屋も在ります」
「で、此処をホールとして使おうと?」
「いや。後で案内しますが、二階がガランと空いていますので、其処を少し改修してイベントや催しが出来るホールのようなものにしたいと考えているんです。無論、劇団の公演もこれまで通り二階で行いはしますが・・・」
「はあ・・・」
「建物は何とかなるんですが、問題は催し物の企画と運営で・・・誰か良い人が居ないかなぁ、と探していたところ、貴女がオゾンを辞められたと聞いたものですから、渡りに船、と小畑さんを通してお願いした次第です」
「香織とはお知り合いだったんですか?」
「いえ。オゾンの人事部へあなたの住所と電話番号を問い合わせたんですが、プライバシーを理由に拒否されて・・・それで、仲良くされている友人を探している内に小畑さんに行き当たったんです」
「なるほど、そうでしたか・・・」
案内された二階はオゾンホールとは比べようもなかったが、小ホールとして使うには十分な広さだった。二百人程度なら収容出来るだろうか?美術展や絵画展、バレー教室やピアノ発表会、自主映画の試写会や落語の独演会、写真スタジオなど、茜の頭には早くもイメージがくっきりと湧き上がって来た。
「どうでしょう?オゾンでの経験を活かして存分に腕を振るって頂けませんか?」
「はい・・・」
「先ずは“昴ホール”の管理者になって頂き、このホールの全面改装、そして新装ミニシアターの運営指針策定。催し物やイベントの企画運営はあなたの自由。必要とあれば助手やバイトの活用もお任せします。引き受けてはくれませんか?」
茜はイベント・プロデューサーの仕事に未練があった。やり残したとの思いはあっても、やり切ったという感慨は無かった。それに今、仕事の見込みなど何一つも立っていなかった。降って湧いたような突然の文句のない素晴らしい話に、茜は暫し言葉が出なかった。
やがて、漸くの思いで彼女は言った。
「私、やります、是非、やらせて下さい」
「そうですか、引き受けて頂けますか、有難うございます」
階下へ降りた田宮は奥のキッチンから冷酒と摘みを持って来て茜を隅のデスクに座らせた。
「では、善は急げ。固めの乾杯をしましょうか」
注がれた盃を持ち上げて二人は合わせ合った。
「では、“昴ホール”管理者の誕生を祝って、乾杯!」
茜は直ぐに思い浮かんだことを田宮に話した。
「こけら落としは“劇団昴“の前衛芝居でお願いしますね」
彼は、ウイ、という表情で頷いた。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる