4 / 25
グランパス辺境伯の兄妹
しおりを挟む
「……本気ですか、父上」
「本気だオースティン。お前たちに見合いの場を用意する」
歴史の勉強を中止して父上に呼び出されたと思ったら、とんでもないことを言われた。
横には間抜け面して鼻水を垂らした小猿、こと妹のリリーナがいる。
私はまだ九歳になったばかりだ。結婚適齢期にはまだ早い。
「私ならまだわかりますよ。茶会には何度か出てますし。でも、こいつ、リリーナはまだ三歳ですよ?ほとんど猿みたいなものじゃないですか」
「いいすぎよ。オースティン。あなただってこの歳の頃は同じだったんですからね」
それはそうですけどね、母上。
ドレスを着ただけの怪物ですよコイツは。
そんな私の心を見透かしたように、父上はいう。
「お前たちが、本物の『獣』と結婚しないようにしないといけないからな」
父上の言葉に思わず叫びそうになった。
――父上! いくらここが都から遠く離れた辺境だからといって、言っていい事と悪い事があるでしょ! 憲兵に聞かれたら不敬罪で裁かれますよ!
公子の結婚については私も知っている。
男女については知らないが、とんでもないことだというのはよくわかる。
父上の説明はこうだ。
公子と例の平民の女に子供が出来た場合、その子供と結婚しないようにしたいそうだ。
確かにそんな経緯で生まれた子供と結婚など、社交界や政の場でかなり複雑な立場になっていくだろう。
それに、公子はまだ若い。そして大公陛下が新たに子を為すことも考えられる。
結婚が破綻した時、一回り二回り年の離れた女性と結婚する可能性だってある。つまり、リリーナの事だ。
現に十から十五の児童の間では殆ど婚姻が結ばれているそうだ。
辺境伯として国を守る立場にある父上は、都にいずともそういった情報を集める事に長けている。
『影』と呼ばれる信頼に足る人材を手足のように使っているのだ。
逞しく筋骨隆々で大きな体躯からは想像も出来ぬほど、頭が切れるお人だ。
そして人々からの人気も高く、攻撃的な大公陛下にもこの態度だ。
流石は私の父上だ。
彼に更なる尊敬の念を抱くのと同時に、鋭い金切り声が響く。
まるで大きく太い針を鼓膜に突き刺されたようだ。
リリーナに至っては泣き始めていた。
野犬に跨るくらい気丈な小猿にこれほど不快感を与えられる人物を、私は一人しか知らない。
青い顔をしたメイドが中に入り、想像通りの言葉を話す。
「し、失礼いたします。その、サーペン伯爵夫人がいらっしゃいました」
「あら……手紙も無しにね。大変だわ。いったいどんな急用なのかしら。心配ね、あなた」
――思ってもないことを。
父上の妹、私の叔母であるロッティ・サーペン伯爵夫人は絶世の美女として名高い。
彼女を描いた肖像画は高く取引されていると言われている。
何度かその姿を見たことがあるが、武人然とした父の同じ父母から生まれたとは思えない小柄で可憐な佇まいだった。
漆黒の髪色の父とは正反対な、ふわふわとした毛先の甘い金茶の巻き髪。澄み切った青色の瞳の色は父と同じだが、円らなその瞳には長い睫毛が縁どられている。
何も知らない人間からしたらさも可憐な少女そのものであり、私たちの姉と言っても解からないだろう。
だが、その性格はあの通りだ。
甲高い声で両親に詰め寄り、その子供である私たちを冷たく睨み無視をする。
前に家に押し入った際、大股で去り際に私とリリーナを見たあの姿は、まさに絵物語で子供を食らう魔女そのものだった。
曰く、私が物心つく前に兄である父上との間でひと悶着あったらしい。
詳しくは聞けないが、父上の友人で私たち兄妹にもよくしてくれるサーペン伯爵と結婚したというのに、一体どんな問題が起こったって言うんだ。
父上は額に手を置きながら深くため息をついて、私たちに命じた。
「……オースティン、自室に戻って勉強を続けろ。私たちが対応するから、『客人』には顔を見せないようにな」
「あなたはリリーナを部屋に連れて行って落ち着かせてちょうだい。『お客様』が帰るまで見張っていて」
最早身内とも呼んでいないのか……
かくして私たちは玄関を避け、メイドに抱かれたリリーナと共に避難するように自室へと戻った。
背後からは絶えず喧しい叔母の声が響いていた。
「本気だオースティン。お前たちに見合いの場を用意する」
歴史の勉強を中止して父上に呼び出されたと思ったら、とんでもないことを言われた。
横には間抜け面して鼻水を垂らした小猿、こと妹のリリーナがいる。
私はまだ九歳になったばかりだ。結婚適齢期にはまだ早い。
「私ならまだわかりますよ。茶会には何度か出てますし。でも、こいつ、リリーナはまだ三歳ですよ?ほとんど猿みたいなものじゃないですか」
「いいすぎよ。オースティン。あなただってこの歳の頃は同じだったんですからね」
それはそうですけどね、母上。
ドレスを着ただけの怪物ですよコイツは。
そんな私の心を見透かしたように、父上はいう。
「お前たちが、本物の『獣』と結婚しないようにしないといけないからな」
父上の言葉に思わず叫びそうになった。
――父上! いくらここが都から遠く離れた辺境だからといって、言っていい事と悪い事があるでしょ! 憲兵に聞かれたら不敬罪で裁かれますよ!
公子の結婚については私も知っている。
男女については知らないが、とんでもないことだというのはよくわかる。
父上の説明はこうだ。
公子と例の平民の女に子供が出来た場合、その子供と結婚しないようにしたいそうだ。
確かにそんな経緯で生まれた子供と結婚など、社交界や政の場でかなり複雑な立場になっていくだろう。
それに、公子はまだ若い。そして大公陛下が新たに子を為すことも考えられる。
結婚が破綻した時、一回り二回り年の離れた女性と結婚する可能性だってある。つまり、リリーナの事だ。
現に十から十五の児童の間では殆ど婚姻が結ばれているそうだ。
辺境伯として国を守る立場にある父上は、都にいずともそういった情報を集める事に長けている。
『影』と呼ばれる信頼に足る人材を手足のように使っているのだ。
逞しく筋骨隆々で大きな体躯からは想像も出来ぬほど、頭が切れるお人だ。
そして人々からの人気も高く、攻撃的な大公陛下にもこの態度だ。
流石は私の父上だ。
彼に更なる尊敬の念を抱くのと同時に、鋭い金切り声が響く。
まるで大きく太い針を鼓膜に突き刺されたようだ。
リリーナに至っては泣き始めていた。
野犬に跨るくらい気丈な小猿にこれほど不快感を与えられる人物を、私は一人しか知らない。
青い顔をしたメイドが中に入り、想像通りの言葉を話す。
「し、失礼いたします。その、サーペン伯爵夫人がいらっしゃいました」
「あら……手紙も無しにね。大変だわ。いったいどんな急用なのかしら。心配ね、あなた」
――思ってもないことを。
父上の妹、私の叔母であるロッティ・サーペン伯爵夫人は絶世の美女として名高い。
彼女を描いた肖像画は高く取引されていると言われている。
何度かその姿を見たことがあるが、武人然とした父の同じ父母から生まれたとは思えない小柄で可憐な佇まいだった。
漆黒の髪色の父とは正反対な、ふわふわとした毛先の甘い金茶の巻き髪。澄み切った青色の瞳の色は父と同じだが、円らなその瞳には長い睫毛が縁どられている。
何も知らない人間からしたらさも可憐な少女そのものであり、私たちの姉と言っても解からないだろう。
だが、その性格はあの通りだ。
甲高い声で両親に詰め寄り、その子供である私たちを冷たく睨み無視をする。
前に家に押し入った際、大股で去り際に私とリリーナを見たあの姿は、まさに絵物語で子供を食らう魔女そのものだった。
曰く、私が物心つく前に兄である父上との間でひと悶着あったらしい。
詳しくは聞けないが、父上の友人で私たち兄妹にもよくしてくれるサーペン伯爵と結婚したというのに、一体どんな問題が起こったって言うんだ。
父上は額に手を置きながら深くため息をついて、私たちに命じた。
「……オースティン、自室に戻って勉強を続けろ。私たちが対応するから、『客人』には顔を見せないようにな」
「あなたはリリーナを部屋に連れて行って落ち着かせてちょうだい。『お客様』が帰るまで見張っていて」
最早身内とも呼んでいないのか……
かくして私たちは玄関を避け、メイドに抱かれたリリーナと共に避難するように自室へと戻った。
背後からは絶えず喧しい叔母の声が響いていた。
196
あなたにおすすめの小説
婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。
黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。
その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。
王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。
だから、泣かない。縋らない。
私は自分から婚約破棄を願い出る。
選ばれなかった人生を終わらせるために。
そして、私自身の人生を始めるために。
短いお話です。
※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。
妹の初恋は私の婚約者
あんど もあ
ファンタジー
卒業パーティーで、第一王子から婚約破棄を宣言されたカミーユ。王子が選んだのは、カミーユの妹ジョフロアだった。だが、ジョフロアには王子との婚約が許されない秘密があった。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?
あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。
理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。
レイアは妹への処罰を伝える。
「あなたも婚約解消しなさい」
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
私が生きていたことは秘密にしてください
月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。
見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。
「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」
【完結済】婚約破棄から始まる物語~真実の愛と言う茶番で、私の至福のティータイムを邪魔しないでくださいな
をち。「もう我慢なんて」書籍発売中
恋愛
約束の時間に遅れ、さらには腕に女性を貼り付けて登場したアレックス殿下。
彼は悪びれることすらなく、ドヤ顔でこう仰いました。
「レティシア。君との婚約は破棄させてもらう」
婚約者の義務としての定例のお茶会。まずは遅れたことに謝罪するのが筋なのでは?
1時間も待たせたあげく、開口一番それですか? しかも腕に他の女を張り付けて?
うーん……おバカさんなのかしら?
婚約破棄の正当な理由はあるのですか?
1話完結です。
定番の婚約破棄から始まるザマァを書いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる